人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
上 下
78 / 431
三章 誇りに塗れた英雄譚

17 もう一人の襲撃者

しおりを挟む
 狙うは追撃。当たるなら。有効打になるならなんだっていい。
 そんな思いで、全力の蹴りをなんとか体勢を立て直そうとするカイルの側頭部目掛けて放った。
 だけどその直前に、何かにぶつかる。
 カイルが作り出した小型の結界にぶつかる。
 中々の強度。だけど十分に砕ける。
 僅かで貴重な時間を用いて。

「……追撃への切り替えがおせえ」

 僅かなタイムラグ。それはおそらく接近戦の達人であろうカイルが体勢を立て直すには十分な時間だ。
 そして俺の蹴りは空を切る。
 真下に沈み込むように屈んだカイルの頭上を右足が通過し、そしてカイルの左拳が鳩尾に叩き込まれる。

「グアッ!」

 激痛。それを感じた直後に、両手から風を噴出。
 地下で戦っていた時に使われた左右のコンビネーションを辛うじて回避する。
 そして着地と同時に再び地を蹴り、更に距離をあける。
 僅かでもいい。打開の策を考える時間が欲しかった。

「ったく……まさか一発貰うとはな。慢心してるつもりはねえが、どっかで気ぃ抜けてたか?」

 首をポキポキと鳴らすカイルは、そんな言葉を口にしながら、血液が流れ出る鼻を押さえる。
 そして俺はと言えば、頭を抱えたかった。
 ……本当に。なんの策も見出せない。
 多分今のだって二度は使えない。それにトリッキーな手段を思い付いたとしても、今のアイツは集中力が増しているように思える。きっと小細工は通用しない。
 本当にゴリ押ししか策は無い。
 だからもう動くしか策は無い。
 一発入れた。それは少なくとも。ほんの少しだけならアイツに影響を与えている。与えているはずなんだ。
 そう思わないと、やってられない。

「うおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 鼓舞するように。声を張り上げた。
 全力で駆け出して間合いを詰め、俺が放てる最高の拳を放つ。
 次の瞬間拳に衝撃。だけど俺の拳は当たらない。

「グ……ッ」

 やってきたのは激痛。当てられたのは肘。
 エルボーブロック。
 拳が砕けたんじゃないかと思うような衝撃の後、攻撃に失敗した俺に待っているのはカウンター。

「……っぐ……ッ!」

 ひざ蹴りが顔面に叩き込まれる。
 一瞬、意識が朦朧とした。
 はっきりした時には、目の前に拳が迫っていた。
 躱せない。そう気付いた時には顔面に拳を叩きつけられる。
 激痛と共に視線の左端にも拳が見えた。
 顔面の衝撃に間髪入れずに脇腹に放たれたフックを放つ。きれいなワンツー。
 否、そんな甘いものではない。
 脇腹に激痛が訪れたかと思えば、次の拳が迫る。
 連撃。コーナー際に追い込んだ相手をたたみ掛けるボクサーの如く、殴る蹴るの応酬が俺に注がれる。
 その威力と速度はすさまじい。例えその内の一発を無かったことにしても、容易に抜け出せるものではない。
 だけどそれでも、なんとか足元に風の塊を作り出してそれを踏み抜いた。
 推進力を得て後方に飛び、同時にその風の勢いでカイルを飛ばす。
 空いた距離。終わる連撃。
 だからこそ気が付いた。
 左腕に一か所。腹部にも一か所。魔法陣の様な物が書かれている事に。
 そしてもうひとつ。これは殴られ続けていても気付いたのかもしれない。
 ……右手に刻まれた契約の刻印から、何か嫌な感じが伝わってきた。
 それは悪寒だ。まるでエルに何かあったんじゃないかと思わせるような、そんな悪寒。
 一瞬、上層階で大きな物音を鳴らす精霊にエルの姿を重ねるが、そんな事があるわけがない。
 だってエルは……。
 と、そこまで考えた所だった。
 そこから先の思考を巡らすことのできない様な物が視界に移る。
 俺を斜め上から見下ろすように、巨大な魔法陣が出現していた。
 そしてその下で、カイルは手を掲げる。

「俺が接近戦しかできないとか、思ってんじゃねえだろうな?」

 次の瞬間カイルの手から俺でいう風の塊の様な、精霊術を用いて作り出された何かが射出される。
 それが一瞬でその魔法陣に届いた瞬間、それは発動する。
 雨。無数に分裂した、破壊の雨。
 ただ剣であるか、精霊術を用いてつくられたエネルギーの塊か。あの森でエルを剣にしている状態でも防ぎきれなかったルキウスのソレとは、そんな程度の違いしかない。
 つまりはまともに躱せない。
 攻撃の雨の抜け道を探して、なんとか回避しようとする。
 少しでも雨が弱いその場所をなんとか探す。
 だけど弱い所が止んでいるわけではない。
 ……そこにも当然降り注ぐ。
 咄嗟に両腕を出そうとした。
 だけど……駄目だ!
 右腕しか使えない。左に当たればそれはそれで大参事だ。

「くそッ!」

 俺は右手でなんとか雨を振り払う。
 直撃した右腕に激痛。
 そして腹部にも、それを上回る激痛。

「ぐ、アァァッ!?」

 あまりの激痛に、何が何だか分からなくなりそうだった。
 だけど分かる事は、雨は片腕だけでは防げないという事。
 そして視界の端にカイルの足が迫っているという事。
 膝から崩れそうになりながら、それでも頭部を守るために左腕でその蹴りを防いだ。次の瞬間、まるで木の枝でも折るかのように左腕がへし折れる。
 崩れかけた膝が床に付くことは無く、代わりに弾き飛ばされ背中が壁に追突した。
 そしてそのあと膝をつく。壁からはがれるように地面に落下し膝をついた。
 なんとか片腕で起き上がろうとする。左腕はもう使い物にならなかった。力がまるで入らない。
 それでもゆっくりと立ち上がった。

「……化け物かよ。なんだってまだ立てるんだ」

 その答えは完全に気力だけでなんとかなってるとしか返しようがない。そして返す気もなく、返す気力もない。

「ま、もうチェックメイトって所か?」

 そう言いながらカイルは俺に歩み寄る。
 ……その言葉にすら、言い返す気力がない。
 ふざけんなと声を張りたかった。だけどそれすらもできない。
 できる事はただ右手の拳を握り、それを無我夢中で振りまわす事だけ。
 でもこの一瞬。この一瞬だけは、そんなこともできやしなくなってたんだと思う。
 何が起きているのか分からず、思考が完全に停止したような感覚に陥る。
 視界にソレが移ると同時、鈍い音がした。
 その音と共に、入口を守っていた精霊が地面を何度もバウンドして壁に叩きつけられる。
 その音に、カイルは俺に警戒しつつもその方向に視線を向けた。そして俺もその方向をみて、ただただ呆然とする。
 そこには所々が赤く染まった青い髪の女の子が居た。
 着ている衣服はそこら中が破れ、布の面積の多くは赤く染まっていた。
 片目の瞼は開ききっておらず、そして右腕が力なくプラリと垂れ下がっていた。
 バランスを崩したのか、それとも最初から崩れているのか、よろけて壁へとぶつかる。
 そんな全身ズタボロで、血まみれで。今にも気を失いそうなそんな精霊が、それでも確かにこちらを見据えていた。

「エイジさんから……離れろ」

 ここにいるはずのないエルが。いてはいけないエルがそこにいた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます

海夏世もみじ
ファンタジー
 月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。  だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。  彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

処理中です...