70 / 431
三章 誇りに塗れた英雄譚
10 究極の選択 上
しおりを挟む
『工場に輸送して、文字通り感情の無い人形に加工する。そうなればもう自我が完全に消滅した操り人形ですから』
かつて俺の命の恩人はそんな事を言っていた。
精霊と人間が契約を結ぶために必要なプロセス。精霊を加工しドール化して、感情を奪い去る為の工場。
その存在は、俺にとって自然と蚊帳の外となっていたのかもしれない。
あの時。エルドさんにそんな事を言われて、俺はこの世界の歪みを知った。だけどあの時考えていた事はエルの事で……つまりは工場云々が絡む前の精霊に視野を向けていた。
それはエルと契約した後でも変わらなかったし、寧ろその傾向は強くなった。エルを守る事に必死になっていたし、エル意外に自我を持った精霊と出会う事も無かった。
他の精霊は俺にとってはもう手遅れで。手を差し伸べられなくて。焦点を当ててもそれはもう工場なんてのが絡み終わった後で。
故にあまりそういう深い所にまで思考が行きとどかなかった。届いても、届いただけだった。深く考えるきっかけも無く、それを考える前に考えなければならないことが沢山あった。
加えて、食品なんかで何処産だとか品質だとか。そういう事は話題に上がっても、その製造工場にまで焦点が当たらない様に。その精霊の能力が云々の話は聞えて来てもどこの工場で加工されたかなんて話は聞こえてこない訳で。そういった話題に引きずり込まれる事も無い。そして自ら情報に触れるほどの語学力も今まで無かった。
つまりは本当に、一カ月越しに俺は工場と言う存在を本格的に意識した事になる。
否。コレは意識させられたと言ってもいい。一種の衝撃の様だ。まるで後頭部を石で殴られたように。
長々と書かれた文面を纏めるとこうなる。
機械の老朽化による部品の欠損で、稼働を停止していたこの街周辺の精霊加工工場が、新しい機械の導入やメンテナンスを終え、明後日には稼働を再開させると言う事。
そして……加工する精霊の搬入はもう終っている事。昨日の夜に到着し加工に取り掛かるまでは厳重に保管される。
……つまり。つまりだ。
俺はエルの顔を浮かべながら同時に思う。
ああやって普通に感情を表に出せる何人もの女の子が、明後日には街を歩くドール化した精霊と同じ様になってしまう。
言ってしまえば彼女達は、冤罪で捉えられた死刑囚となんら変わりは無い。
そしてこのままではその状況は変わらない。何一つ変わっちゃくれない。
そう。このままでは何も変わらないんだ。
そして何も変わらないなんて事は、絶対に間違ってる。そんな事があっていい訳が無い。
でもまだ工場は稼働していない。
まだ間に合う。
誰かが行動を起せば、目の前にある絶望的な状況を回避できる。
でも誰もそんな役割を担ってはくれない。
だったら……今動けるのは俺だけだ。
「……いや、ちょっと待て」
自分の安易な考えに、思わず待ったを掛ける。
俺が捕えられている精霊達を助けようとする事自体は、決して間違いではない筈だ。間違っていてたまるか。
だけど……それはあくまでそこ一点だけを見ればの話だ。
俺は一人だ。二つの事を同時に実行する事は出来ない。
俺はエルを、絶界の楽園に連れて行くと約束をしている。それはきっと俺がもっとも優先するべき事の筈だ。
この二つを両立させるなんて事は、きっと出来やしない。
個人を相手に喧嘩をする。悪党のアジトに潜入して戦いを挑む。そういった事と、工場で捕まっている精霊を解放するのでは何もかもが違う。
きっとそれをやれば、俺はエルの隣にはいられない。
いなくちゃいけないのに。俺自身だって居たいのに。それが出来なくなる。
だって俺がこの状況を打開する為に思い付いた事は、この世界の人間にとっては、テロリストのそれと何ら変わりは無いのだから。
「……どうする」
……考えろ。
今俺が取るべき、正しい行動って奴は一体何だ。
俺は一体、どうすればいいんだ?
その時だった。
ガチャリという音と共に脱衣所の扉が開き、エルが出てきた。
「お風呂空きましたよ、エイジさん」
俺はそんなエルに視線を向けながら、開いていた新聞を閉じた。
「ああ、分かったよ」
そう返す俺に一拍空けてから、エルは言う。
「……なにかありました?」
俺の違和感をエルは感じ取ってくれた様だ。
「いいや、別になんでもねえよ。どうした? 急にそんな事聞いて」
俺は解りきった質問をエルにする。
「いえ、なんだか思いつめた様な表情をしてた物で……まあ何も無いならそれでいいですよ」
でも、とエルは続ける。
「何かあったら相談してくださいよ。私に何かできる事があるかは分かりませんけど、それでも力になれるかもしれませんから」
「ああ。頼りにしてるよ」
だけど頼れない。
こんな悩みは打ち明けられない。そしてどんな解が出ても、その旨を直接エルに告げる事もきっと無いだろう。何を答えても良い様には話は転ばない。そう思えた。
だからこの件は、俺が必死に考えるしかないんだ。
幸い時間はもう少しだけある。その時間を使って死に物狂いで考えろ。
自分が取るべき行動を。俺が正しいと思う事を。
選択によっては、エルに何かしらの手段で伝えなければいけない、その言葉を。
かつて俺の命の恩人はそんな事を言っていた。
精霊と人間が契約を結ぶために必要なプロセス。精霊を加工しドール化して、感情を奪い去る為の工場。
その存在は、俺にとって自然と蚊帳の外となっていたのかもしれない。
あの時。エルドさんにそんな事を言われて、俺はこの世界の歪みを知った。だけどあの時考えていた事はエルの事で……つまりは工場云々が絡む前の精霊に視野を向けていた。
それはエルと契約した後でも変わらなかったし、寧ろその傾向は強くなった。エルを守る事に必死になっていたし、エル意外に自我を持った精霊と出会う事も無かった。
他の精霊は俺にとってはもう手遅れで。手を差し伸べられなくて。焦点を当ててもそれはもう工場なんてのが絡み終わった後で。
故にあまりそういう深い所にまで思考が行きとどかなかった。届いても、届いただけだった。深く考えるきっかけも無く、それを考える前に考えなければならないことが沢山あった。
加えて、食品なんかで何処産だとか品質だとか。そういう事は話題に上がっても、その製造工場にまで焦点が当たらない様に。その精霊の能力が云々の話は聞えて来てもどこの工場で加工されたかなんて話は聞こえてこない訳で。そういった話題に引きずり込まれる事も無い。そして自ら情報に触れるほどの語学力も今まで無かった。
つまりは本当に、一カ月越しに俺は工場と言う存在を本格的に意識した事になる。
否。コレは意識させられたと言ってもいい。一種の衝撃の様だ。まるで後頭部を石で殴られたように。
長々と書かれた文面を纏めるとこうなる。
機械の老朽化による部品の欠損で、稼働を停止していたこの街周辺の精霊加工工場が、新しい機械の導入やメンテナンスを終え、明後日には稼働を再開させると言う事。
そして……加工する精霊の搬入はもう終っている事。昨日の夜に到着し加工に取り掛かるまでは厳重に保管される。
……つまり。つまりだ。
俺はエルの顔を浮かべながら同時に思う。
ああやって普通に感情を表に出せる何人もの女の子が、明後日には街を歩くドール化した精霊と同じ様になってしまう。
言ってしまえば彼女達は、冤罪で捉えられた死刑囚となんら変わりは無い。
そしてこのままではその状況は変わらない。何一つ変わっちゃくれない。
そう。このままでは何も変わらないんだ。
そして何も変わらないなんて事は、絶対に間違ってる。そんな事があっていい訳が無い。
でもまだ工場は稼働していない。
まだ間に合う。
誰かが行動を起せば、目の前にある絶望的な状況を回避できる。
でも誰もそんな役割を担ってはくれない。
だったら……今動けるのは俺だけだ。
「……いや、ちょっと待て」
自分の安易な考えに、思わず待ったを掛ける。
俺が捕えられている精霊達を助けようとする事自体は、決して間違いではない筈だ。間違っていてたまるか。
だけど……それはあくまでそこ一点だけを見ればの話だ。
俺は一人だ。二つの事を同時に実行する事は出来ない。
俺はエルを、絶界の楽園に連れて行くと約束をしている。それはきっと俺がもっとも優先するべき事の筈だ。
この二つを両立させるなんて事は、きっと出来やしない。
個人を相手に喧嘩をする。悪党のアジトに潜入して戦いを挑む。そういった事と、工場で捕まっている精霊を解放するのでは何もかもが違う。
きっとそれをやれば、俺はエルの隣にはいられない。
いなくちゃいけないのに。俺自身だって居たいのに。それが出来なくなる。
だって俺がこの状況を打開する為に思い付いた事は、この世界の人間にとっては、テロリストのそれと何ら変わりは無いのだから。
「……どうする」
……考えろ。
今俺が取るべき、正しい行動って奴は一体何だ。
俺は一体、どうすればいいんだ?
その時だった。
ガチャリという音と共に脱衣所の扉が開き、エルが出てきた。
「お風呂空きましたよ、エイジさん」
俺はそんなエルに視線を向けながら、開いていた新聞を閉じた。
「ああ、分かったよ」
そう返す俺に一拍空けてから、エルは言う。
「……なにかありました?」
俺の違和感をエルは感じ取ってくれた様だ。
「いいや、別になんでもねえよ。どうした? 急にそんな事聞いて」
俺は解りきった質問をエルにする。
「いえ、なんだか思いつめた様な表情をしてた物で……まあ何も無いならそれでいいですよ」
でも、とエルは続ける。
「何かあったら相談してくださいよ。私に何かできる事があるかは分かりませんけど、それでも力になれるかもしれませんから」
「ああ。頼りにしてるよ」
だけど頼れない。
こんな悩みは打ち明けられない。そしてどんな解が出ても、その旨を直接エルに告げる事もきっと無いだろう。何を答えても良い様には話は転ばない。そう思えた。
だからこの件は、俺が必死に考えるしかないんだ。
幸い時間はもう少しだけある。その時間を使って死に物狂いで考えろ。
自分が取るべき行動を。俺が正しいと思う事を。
選択によっては、エルに何かしらの手段で伝えなければいけない、その言葉を。
0
お気に入りに追加
372
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ここは貴方の国ではありませんよ
水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。
厄介ごとが多いですね。
裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。
※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます
海夏世もみじ
ファンタジー
月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。
だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。
彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる