人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
上 下
66 / 431
三章 誇りに塗れた英雄譚

6 明日からの事

しおりを挟む
 食事を終えた俺達は宿へと戻った。

「……なんだ、お前死にそうな顔してんな」

「まあ、色々あってな……もうパスタは暫く見たくねえ」

 すれ違ったフロントの青年とそんな会話を交わした後、俺達は自分たちの部屋へと戻る。

「大丈夫ですか?」

「まあ大分楽になったよ……」

 でも精神的には相当参った。本当に参った。
 まあ……それでも、こんな事で精神的に参れるってのは、本当に良い事だ。
 ドール化した精霊が街を歩いている事以外は、本当に平和な日常を送っている様で……きっとこういう状況でなければ、あんな程度の事で精神的に参れる気がしない。
 ……参ってんのか楽になってんのか、どっちなんだよ。
 その自問自答への解は、きっとどちらもと答えるのが正解だろう。
 俺はソファーに腰かけ軽く体を伸ばす。

「水、飲みます?」

「あ、貰う」

 そんなやり取りの後、エルは二人分のコップに水を注いでテーブルの上に置く。
 そして俺の正面に座った。

「改めて思い返すと……お前、凄い食いっぷりだったな」

「まあアレですよ。私達は食べなくても生きて行けますけど、食べられる量も、きっと人間とは違うんじゃないかって思います。でもまあ流石にこれ以上食べようとは思いませんけど」

 ……そういえば、そういう事かもしれない。
 人間と精霊。姿形は似ていても、そこには明確に違いがあってもおかしくない。
 人間は食べずに生きていくなんてのは無理だし、普段から大食いの奴でもなければ、女の子が大食いで出てくる様な量を完食するのも無理だろう。きっと根本的に色々な事が違うんだ。
 人間には毒だけど精霊にはそうでは無い物だとか。はたまたその逆だとか。人に感染するウイルスだけど精霊には感染しないとか。はたまたその逆とか。
 ……力の有無や、纏う雰囲気とか。
 考えれば考えるほどそれは増えていく。
 だけどそれでも、その扱いが違っていてはならない。そこだけは同じでないといけない。
 あのフロントであった青年や飯屋でのギャラリー。ああいう目線が当たり前の様に精霊に注がれるのがきっと正しい事なんだ。
 それに対してエルは怯えるし、怯えるからこそ守ってやらないといけないと思うけれど……あの視線を向けられることが微笑ましくなかったと言えば嘘になる。
 その視線そのものは偽りで、きっとどうしようもなく本物にはならないのだろうけど。それが本物になってくれればどれだけいいかと心から思う。
 でも、それができないから、俺達は絶界の楽園へと辿りつかなくてはならない。
 偽りじゃなく本物があるであろう、その場所へ。
 その為にも俺達は今後の行動案を練り始める。




 明日には列車に乗って北へ向かおうという話になった。
 何も焦る必要は無い。だけど留まる理由も何も無い。だったら前進あるのみだ。
 レミールから出た列車がどこまで続いているのかや、どこまでの区間が安く使えるのかは分からないけれど、それを使って行ける所まで行く。
 ……でも、どこまで行けばいいのだろうか?
 俺はエルから北に行けば辿りつける程度の事しか言われていない訳で、一体どこがゴール地点なのかイマイチ把握していない訳だ。
 だからその事を尋ねてみた。

「私が聞いた話ですと、北にずっと進んだ所に大きな湖があるそうなんです。そこに訪れると身に覚えのない精霊術が浮かんできて、それを使えば道が開かれる。そんな感じだったと思います」

 身に覚えのない術が浮かんでくる……それはつまり俺がエルを剣にする時の様な物だろうか。
 きっと特定の状況下でしか発動しない様な、そんな術。
 ……で、今の話を聞く限り絶界の楽園は、シオンの言う通り強力な結界でも築いているのだろう。きっとその術とやらはその結界を通過する為の物なのではないだろうか。

「じゃあ出発前に、その湖とやらの目星を付けとかねえとな」

 北向き進めばその進路に色々な湖が存在するだろう。そのどれが正解かを考えるなり、もしくは全てを回れるルートを構築するなりしておかなければならない。

「じゃあ、明日、地図でも買いますか」

「おう……ていうか俺ら、地図も買わずに旅してたんだな」

 今更ながら随分と無鉄砲な行動に出ていたもんだ。
 まあそんな風に、今後の見通しを立てていった。
 唯一資金面がネックとなったが、おっさんから貰った金が未だに残っている事に加え、先の大食いの金一封で、無駄遣いしなければ暫くはどうにかなりそうだ。
 それが尽きかけたら日雇いのバイトなどで繋ぐ。現実問題そういう事になるだろう。
 流石に手持ちの資金だけでゴールに辿りつけるとは思っていないからな。
 そしてそんな風に話を進めていれば、自然に時間は経過していく。
 区切りのいい所で話を切り上げ、順番にシャワーを浴びた。
 風呂上がりのエルを見て、もう二度目だというのに胸の鼓動が早くなった気がしたが、それが迫りくる睡魔を紛らわす事は無く。ある程度片付いたこれからの目的とは違いしっかりと残っている疲労を取るために俺はベッドに転がる。
 久々にベッドで眠れる気がする。これなら疲れが取れそうだ。
 そんな事を考えたがその直後に思う。
 ……やっぱあのソファー高かったんだな、と。

「おやすみなさい、エイジさん」


「ああ、お休み」

 そうして俺達は眠りに付く。
 明日からは徒歩ではなく列車での移動だ。
 本格的な旅になるな、なんて事を思いながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

双子の姉妹は無双仕様

satomi
ファンタジー
双子の姉妹であるルカ=フォレストとルリ=フォレストは文武両道というか他の人の2~3倍なんでもできる。周りはその事実を知らずに彼女たちを貶めようと画策するが……

八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます

海夏世もみじ
ファンタジー
 月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。  だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。  彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

処理中です...