人の身にして精霊王

山外大河

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三章 誇りに塗れた英雄譚

6 明日からの事

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 食事を終えた俺達は宿へと戻った。

「……なんだ、お前死にそうな顔してんな」

「まあ、色々あってな……もうパスタは暫く見たくねえ」

 すれ違ったフロントの青年とそんな会話を交わした後、俺達は自分たちの部屋へと戻る。

「大丈夫ですか?」

「まあ大分楽になったよ……」

 でも精神的には相当参った。本当に参った。
 まあ……それでも、こんな事で精神的に参れるってのは、本当に良い事だ。
 ドール化した精霊が街を歩いている事以外は、本当に平和な日常を送っている様で……きっとこういう状況でなければ、あんな程度の事で精神的に参れる気がしない。
 ……参ってんのか楽になってんのか、どっちなんだよ。
 その自問自答への解は、きっとどちらもと答えるのが正解だろう。
 俺はソファーに腰かけ軽く体を伸ばす。

「水、飲みます?」

「あ、貰う」

 そんなやり取りの後、エルは二人分のコップに水を注いでテーブルの上に置く。
 そして俺の正面に座った。

「改めて思い返すと……お前、凄い食いっぷりだったな」

「まあアレですよ。私達は食べなくても生きて行けますけど、食べられる量も、きっと人間とは違うんじゃないかって思います。でもまあ流石にこれ以上食べようとは思いませんけど」

 ……そういえば、そういう事かもしれない。
 人間と精霊。姿形は似ていても、そこには明確に違いがあってもおかしくない。
 人間は食べずに生きていくなんてのは無理だし、普段から大食いの奴でもなければ、女の子が大食いで出てくる様な量を完食するのも無理だろう。きっと根本的に色々な事が違うんだ。
 人間には毒だけど精霊にはそうでは無い物だとか。はたまたその逆だとか。人に感染するウイルスだけど精霊には感染しないとか。はたまたその逆とか。
 ……力の有無や、纏う雰囲気とか。
 考えれば考えるほどそれは増えていく。
 だけどそれでも、その扱いが違っていてはならない。そこだけは同じでないといけない。
 あのフロントであった青年や飯屋でのギャラリー。ああいう目線が当たり前の様に精霊に注がれるのがきっと正しい事なんだ。
 それに対してエルは怯えるし、怯えるからこそ守ってやらないといけないと思うけれど……あの視線を向けられることが微笑ましくなかったと言えば嘘になる。
 その視線そのものは偽りで、きっとどうしようもなく本物にはならないのだろうけど。それが本物になってくれればどれだけいいかと心から思う。
 でも、それができないから、俺達は絶界の楽園へと辿りつかなくてはならない。
 偽りじゃなく本物があるであろう、その場所へ。
 その為にも俺達は今後の行動案を練り始める。




 明日には列車に乗って北へ向かおうという話になった。
 何も焦る必要は無い。だけど留まる理由も何も無い。だったら前進あるのみだ。
 レミールから出た列車がどこまで続いているのかや、どこまでの区間が安く使えるのかは分からないけれど、それを使って行ける所まで行く。
 ……でも、どこまで行けばいいのだろうか?
 俺はエルから北に行けば辿りつける程度の事しか言われていない訳で、一体どこがゴール地点なのかイマイチ把握していない訳だ。
 だからその事を尋ねてみた。

「私が聞いた話ですと、北にずっと進んだ所に大きな湖があるそうなんです。そこに訪れると身に覚えのない精霊術が浮かんできて、それを使えば道が開かれる。そんな感じだったと思います」

 身に覚えのない術が浮かんでくる……それはつまり俺がエルを剣にする時の様な物だろうか。
 きっと特定の状況下でしか発動しない様な、そんな術。
 ……で、今の話を聞く限り絶界の楽園は、シオンの言う通り強力な結界でも築いているのだろう。きっとその術とやらはその結界を通過する為の物なのではないだろうか。

「じゃあ出発前に、その湖とやらの目星を付けとかねえとな」

 北向き進めばその進路に色々な湖が存在するだろう。そのどれが正解かを考えるなり、もしくは全てを回れるルートを構築するなりしておかなければならない。

「じゃあ、明日、地図でも買いますか」

「おう……ていうか俺ら、地図も買わずに旅してたんだな」

 今更ながら随分と無鉄砲な行動に出ていたもんだ。
 まあそんな風に、今後の見通しを立てていった。
 唯一資金面がネックとなったが、おっさんから貰った金が未だに残っている事に加え、先の大食いの金一封で、無駄遣いしなければ暫くはどうにかなりそうだ。
 それが尽きかけたら日雇いのバイトなどで繋ぐ。現実問題そういう事になるだろう。
 流石に手持ちの資金だけでゴールに辿りつけるとは思っていないからな。
 そしてそんな風に話を進めていれば、自然に時間は経過していく。
 区切りのいい所で話を切り上げ、順番にシャワーを浴びた。
 風呂上がりのエルを見て、もう二度目だというのに胸の鼓動が早くなった気がしたが、それが迫りくる睡魔を紛らわす事は無く。ある程度片付いたこれからの目的とは違いしっかりと残っている疲労を取るために俺はベッドに転がる。
 久々にベッドで眠れる気がする。これなら疲れが取れそうだ。
 そんな事を考えたがその直後に思う。
 ……やっぱあのソファー高かったんだな、と。

「おやすみなさい、エイジさん」


「ああ、お休み」

 そうして俺達は眠りに付く。
 明日からは徒歩ではなく列車での移動だ。
 本格的な旅になるな、なんて事を思いながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
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