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二章 隻腕の精霊使い
30 目覚めとコーヒー
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そんな複雑な心境で、俺は今だ起きる気配の無いエルに視線を向け、そしてそんな俺にシオンは問いかけてくる。
「そういえばキミ達は、今日これからどうするか、決めているのかい?」
「今日?」
「いくら枷で精霊として見られないからといって、それですぐに人の海に跳びこませるわけにはいかねえだろ。旅の準備は出来てるし、今日中には出発しようと思っている」
「まあ、賢明な判断だね。僕もそうするのが良いと思うよ。丁度今なら、この街出る人間は少ないだろうから」
人は増える一方だけどね、とシオンは言う。
そんなシオンに俺は尋ねる。
「お前はどうするんだ?」
「僕かい? 少なくとも、祭が終わるまではこの街に滞在しようと思っているよ」
「観光か?」
「まあね。あの子に、楽しい事を沢山見せてあげたい」
「あの子っていうと……あの精霊か?」
あの金髪の精霊を思い浮かべながらそう返すと、シオンはそれに頷いてから、苦笑いしながら続ける。
「まあ、ああいう場に連れまわす事が正しい事なのかは分からないけどね。何せ人の祭に精霊を連れまわしているんだ。自分で言っていてなんだけど、間違っているんじゃないかなとさえ思うよ」
だけどね、とシオンは言う。
「僕はあの子を、精霊だとか人間だとか、そんな括りに囚われず、一人の女の子として見てあげたい。周囲には滑稽に見られても、誰にも理解されなくても、あの子を一人の女の子として接してあげたいって、そう思うんだ」
確かにそれが正しい事なのかは分からない。何か意味があるのかすらも分からない。
「……頑張れよ」
だけど、それを応援したいとは思えた。
「ありがとう。でも、頑張る必要なんか何処にもないさ」
シオンは笑みを浮かべて言う。
「彼女と一緒に、目一杯楽しめばいい。それが独りよがりの空回りだとしても、僕は笑ってやる。自分が楽しんで無くて、どうして誰かを笑わせてやろうって思えるんだ」
「そう……だな。そりゃそうだ」
その心意気は、きっと間違っちゃいないだろう。
あとはその心意気に、あの精霊が応えてくれるかどうかだけど……俺にはあの精霊が笑う表情を想像できない。それほどまでに感情の籠っていない無表情を彼女は浮かべていて、その表情しか思い浮かべる事が出来ない俺は、はっきり言って笑えない。
それでも笑ってやった。同調して、背中を押してやったつもりだった。作り笑いを浮かべてでも、そうしたいと思った。
素直にシオンのやろうとしている事を、応援してやりたかった。
「キミこそ頑張れ。多分僕なんかより、キミの方がこの言葉を受け取るにふさわしい」
「分かってるよ。まあ、頑張る様な展開にならなきゃいいけどな」
「本当にね……まあ、無理はしないでくれ」
「そうだな。無理をしなきゃならない様な状況がこなければ、無理なんかしねえよ」
「……そうかい」
シオンはそう呟いた後、ゆっくりと立ち上がる。
「行くのか?」
「ああ。彼女が目を覚ました時、その視界には僕が映っていないのが一番いいだろうからね」
だから、とシオンは言う。
「これでキミ達とはお別れだ。見送りなんかもしない方が彼女の為だろう? 元々此処にはその枷を渡しに来たんだ。寧ろ長居しすぎだ位だね」
「……そうか。まあ仕方ねえな」
それが一番無難な選択なのかもしれない。
俺も立ち上がって部屋の外位までは見送る事にした。
そして部屋から出たシオンに、俺は言う。
「本当に、何から何までありがとな。お前がいなきゃどうにもならなかった」
どれだけ感謝しても感謝しきれない。それだけの借りが出来た。
「こちらこそ。キミの様な考えを持つ人間に出会えて本当によかったよ。おかげで少しくらいは希望が見えた気がした」
シオンは微笑を浮かべてそう言う。
「絶界の楽園。辿りつけると良いね」
「辿りつくさ。連れて行かなきゃならねえんだ。お前も……あの子、なんとかなればいいな」
「何とかしてみせるさ。例えどれだけ過酷な道だとしても」
「次に会った時、良い報告が聞けるように期待してる」
「エイジ君もね。無事にまた顔を合わせられる事を、願ってるよ」
そう言って、シオンは歩きだす。
きっとこれから、あの精霊と一緒に、祭を見に行くのだろう。
一方残された俺はといえば、エルが起きるのを待ってエルに枷を渡す。まずはそれからだ。
そう思って部屋に戻った時だ。
なんというか……シオンがいなくなったのは、絶妙なタイミングだったのだと思う。
エルが、ゆっくりと体を起した。
「あ、エイジさん、おひゃようございます……」
なんかすげえ朝弱そうな印象の口調と、ぼけーっとした表情のエルに言葉を返す。
「ああ、おはよう……とりあえず、コーヒー飲む?」
カフェインの摂取を進めよう。それで万事解決だ。
いや解決……何が? 眠そうなのは眠そうなので別に良いのではないだろうか。すぐに出発するわけでもあるまいし……それに、なんというか……色々とありすぎたから、そういう表情を眺めていると、なんかこう……和む。
という事はアレだな……カフェイン摂取しない方が良いんじゃねえかな、うん。
「あ、お願いします」
「……おう」
まあ自分で聞いといて飲ませない訳にはいかないから、入れるけどね。
「そういえばキミ達は、今日これからどうするか、決めているのかい?」
「今日?」
「いくら枷で精霊として見られないからといって、それですぐに人の海に跳びこませるわけにはいかねえだろ。旅の準備は出来てるし、今日中には出発しようと思っている」
「まあ、賢明な判断だね。僕もそうするのが良いと思うよ。丁度今なら、この街出る人間は少ないだろうから」
人は増える一方だけどね、とシオンは言う。
そんなシオンに俺は尋ねる。
「お前はどうするんだ?」
「僕かい? 少なくとも、祭が終わるまではこの街に滞在しようと思っているよ」
「観光か?」
「まあね。あの子に、楽しい事を沢山見せてあげたい」
「あの子っていうと……あの精霊か?」
あの金髪の精霊を思い浮かべながらそう返すと、シオンはそれに頷いてから、苦笑いしながら続ける。
「まあ、ああいう場に連れまわす事が正しい事なのかは分からないけどね。何せ人の祭に精霊を連れまわしているんだ。自分で言っていてなんだけど、間違っているんじゃないかなとさえ思うよ」
だけどね、とシオンは言う。
「僕はあの子を、精霊だとか人間だとか、そんな括りに囚われず、一人の女の子として見てあげたい。周囲には滑稽に見られても、誰にも理解されなくても、あの子を一人の女の子として接してあげたいって、そう思うんだ」
確かにそれが正しい事なのかは分からない。何か意味があるのかすらも分からない。
「……頑張れよ」
だけど、それを応援したいとは思えた。
「ありがとう。でも、頑張る必要なんか何処にもないさ」
シオンは笑みを浮かべて言う。
「彼女と一緒に、目一杯楽しめばいい。それが独りよがりの空回りだとしても、僕は笑ってやる。自分が楽しんで無くて、どうして誰かを笑わせてやろうって思えるんだ」
「そう……だな。そりゃそうだ」
その心意気は、きっと間違っちゃいないだろう。
あとはその心意気に、あの精霊が応えてくれるかどうかだけど……俺にはあの精霊が笑う表情を想像できない。それほどまでに感情の籠っていない無表情を彼女は浮かべていて、その表情しか思い浮かべる事が出来ない俺は、はっきり言って笑えない。
それでも笑ってやった。同調して、背中を押してやったつもりだった。作り笑いを浮かべてでも、そうしたいと思った。
素直にシオンのやろうとしている事を、応援してやりたかった。
「キミこそ頑張れ。多分僕なんかより、キミの方がこの言葉を受け取るにふさわしい」
「分かってるよ。まあ、頑張る様な展開にならなきゃいいけどな」
「本当にね……まあ、無理はしないでくれ」
「そうだな。無理をしなきゃならない様な状況がこなければ、無理なんかしねえよ」
「……そうかい」
シオンはそう呟いた後、ゆっくりと立ち上がる。
「行くのか?」
「ああ。彼女が目を覚ました時、その視界には僕が映っていないのが一番いいだろうからね」
だから、とシオンは言う。
「これでキミ達とはお別れだ。見送りなんかもしない方が彼女の為だろう? 元々此処にはその枷を渡しに来たんだ。寧ろ長居しすぎだ位だね」
「……そうか。まあ仕方ねえな」
それが一番無難な選択なのかもしれない。
俺も立ち上がって部屋の外位までは見送る事にした。
そして部屋から出たシオンに、俺は言う。
「本当に、何から何までありがとな。お前がいなきゃどうにもならなかった」
どれだけ感謝しても感謝しきれない。それだけの借りが出来た。
「こちらこそ。キミの様な考えを持つ人間に出会えて本当によかったよ。おかげで少しくらいは希望が見えた気がした」
シオンは微笑を浮かべてそう言う。
「絶界の楽園。辿りつけると良いね」
「辿りつくさ。連れて行かなきゃならねえんだ。お前も……あの子、なんとかなればいいな」
「何とかしてみせるさ。例えどれだけ過酷な道だとしても」
「次に会った時、良い報告が聞けるように期待してる」
「エイジ君もね。無事にまた顔を合わせられる事を、願ってるよ」
そう言って、シオンは歩きだす。
きっとこれから、あの精霊と一緒に、祭を見に行くのだろう。
一方残された俺はといえば、エルが起きるのを待ってエルに枷を渡す。まずはそれからだ。
そう思って部屋に戻った時だ。
なんというか……シオンがいなくなったのは、絶妙なタイミングだったのだと思う。
エルが、ゆっくりと体を起した。
「あ、エイジさん、おひゃようございます……」
なんかすげえ朝弱そうな印象の口調と、ぼけーっとした表情のエルに言葉を返す。
「ああ、おはよう……とりあえず、コーヒー飲む?」
カフェインの摂取を進めよう。それで万事解決だ。
いや解決……何が? 眠そうなのは眠そうなので別に良いのではないだろうか。すぐに出発するわけでもあるまいし……それに、なんというか……色々とありすぎたから、そういう表情を眺めていると、なんかこう……和む。
という事はアレだな……カフェイン摂取しない方が良いんじゃねえかな、うん。
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「……おう」
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