49 / 431
二章 隻腕の精霊使い
ex 彼が纏う違和感
しおりを挟む
エイジと契約を交わしてからの半日。何度も戦闘を重ね、エイジが何度も死にかけて。それでも隣に居てくれて。そんな半日を送ってきたエルには、様々な感情が降り積もっていた。
例えばその一つはストレス。
当然だ。自分やエイジが何度も危険に晒されて、そうでなくても嫌な視線を感じ続ける。そんな中でストレスが溜まらない筈が無い。
だけどそんなストレスも、シャワーを浴びれば、血液と共に多少なりとも流れ落ちた気はした。
ようやく新しい服に着替えたエルは、コップに注いだ水を一口飲んでから一息付く。
隣にエイジはいない。エルと入れ替わりにシャワーで血を洗い流している。
そんなエイジを待つエルだが、そんな彼女を睡魔が襲う。
別に飲んでいた水に何かが入っていたとか、そういう事では無い。
ただ単純に夜である事。そして疲れが溜まっている事。それが睡魔を呼び寄せる。話相手でもいなければ何時眠ってしまってもおかしくない。
逆に言えば誰かがいればまだ起きていられる。
つまりはまだ眠らない。
「……キミ一人か?」
この部屋を借りている主である、シオンが部屋へと戻ってきた。
その傍らには金髪の精霊が相変わらずの無表情で立っている。そんな二人を目にしたエルは、思わず立ち上がって警戒心を強めた。
「……まあいいよ、別に」
言いながらシオンと、金髪の精霊は部屋の中へと足を踏み入れる。
「エイジ君はシャワーでも浴びてるのか。まあ彼がキミを一人にして部屋を出て行くとは思わないし、それで正解だろうね」
そう言った後、一拍空けてからシオンは言う。
「なんにしても今この場にエイジ君が居ないのならば、好都合だ」
「……え?」
好都合……エイジがいない事の、何が好都合なのだろうか。
エルにとってその言葉は、悪いイメージしか浮かばせない。
そしてシオンは言葉の続きを口にする。
「キミに、言っておきたい事がある」
「……なんですか」
一応は助けられた身だ。本人に自覚があるのかどうかは分からないが、その声音は本当に知らない人間に向ける物と比べれば、ほんの少しだけ和らいだ物となる。
「エイジ君。キミの契約者の事についてだ」
「エイジさんが……どうかしたんですか?」
シオンの表情は至って真剣だ。
そしてその真剣な表情で彼は告げる。
「彼から、目を離すな」
それは強い忠告の様にも聴こえた。
「……どういう事ですか」
「色々と話を聞いた。聞いた上で思ったよ。彼の行動はどこまでも異質なんだ」
「……何が言いたいんですか」
そう返したエルの言葉に、先程の様な和らいだ感じは無い。
それどころか完全にその声には敵意が混じっている。
「キミは違和感を感じないか。彼の行動に」
言われて思い返してみる。
そうして辿りついたのは、あの森で抱いた疑問。
自分を半殺しにまでしてきた精霊を、どうして助けてくれたのかという疑問。
確かにそれは違和感だ。考えてみるが、やっぱりどうしてあそこまでしてくれたのか、明確な答えが出てこない。
そしてエルが何かに思い至ったのを、シオンは察したのだろう。彼は言葉の続きを口にする。
「彼は言っていたよ……正しいと思うからやるといった風の事をね」
「……それが何か問題なんですか」
「そうだね。一見すればそれは悪い事の様には思えない。だけど度が過ぎれば、十分に問題なんだ」
その言葉の続きを言う事に抵抗でもあるかの様に、シオンはそこで押し黙ってしまう。だけどそれでも……意を決した様に、彼はその口を開いた。
「キミは自分が助けられた事に、なんの違和感も感じないのか」
その言葉でシオンの言わんとしている事が、理解できた。
理解できたからこそ、募るのは怒りだ。
「……止めてください」
その声には静かな、しかし確かな怒りが乗せられる。
「エイジさんがやってくれた事がおかしいみたいな事を……そんな事を言うのは、止めてください」
例えば、自分のした事について咎められるのであれば、それは仕方が無い事だと思う。
実際それだけの事をしてしまっている。色々と事情があったとはいえ、そればかりは反論が出来ない事だ。
だけど……こればかりは違う。
確かに違和感はある。正しいと思うだけでその行動を取れた事に、違和感は確かにある。
それでも彼の行動を。自分みたいな精霊を助けようとしてくれたあの行動を否定する事は……その行動を無碍にする事と同義だ。
彼自身を否定する事と、なんら変わりはない。
……そんな事、出来る訳が無い。
そんな事はしたくない。
「……まあ助けられた精霊に、そういう事を言っても納得はしてくれないか」
残念なのか、それとも精霊が人間の行動を否定しない事を嬉しく思ったのか、彼は複雑な表情でそう述べ……そういう反応を見た後でも、言葉の続きを絞り出した。
「とにかく彼は危ういよ。今後何をしでかすか分からない」
反論しようとした。
だけどその文面を構築しきる前に、シオンはエルに頼みこむ。
「だからもう一度言う……彼から目を離すな。離さないでくれ。もしその時が来た時、彼を止められるのは……彼を助けられるのは、キミだけなんだから」
何が言いたいのか、良く分からなかった。
もしかすると……もう少し話をすれば、その真意に気付く事が出来たのかもしれない。
だけどそこで話は打ち切られる。それがシオンにとって、本位なのか不本意なのかは分からない。何しろ打ち切られたのは、第三者の登場によるものだからだ。
「あ、シオン。戻ってたのか。遅かったな」
件の少年。エルの契約者である瀬戸栄治が、脱衣所から出てきた。
その姿が視界に入るだけで安心感が込み上げてくる。
込み上げてくるからこそ思える。思えてしまう。
誰だって、親しい誰かには盲目になる。
あるいは逆もあるだろうが、今の彼女はそうだった。
(大丈夫……エイジさんに、おかしい所なんて、何も無い)
この時エルは確かにそう思った。
エルがエイジの中の歪みを知るのは、もう少し先の事だ。
例えばその一つはストレス。
当然だ。自分やエイジが何度も危険に晒されて、そうでなくても嫌な視線を感じ続ける。そんな中でストレスが溜まらない筈が無い。
だけどそんなストレスも、シャワーを浴びれば、血液と共に多少なりとも流れ落ちた気はした。
ようやく新しい服に着替えたエルは、コップに注いだ水を一口飲んでから一息付く。
隣にエイジはいない。エルと入れ替わりにシャワーで血を洗い流している。
そんなエイジを待つエルだが、そんな彼女を睡魔が襲う。
別に飲んでいた水に何かが入っていたとか、そういう事では無い。
ただ単純に夜である事。そして疲れが溜まっている事。それが睡魔を呼び寄せる。話相手でもいなければ何時眠ってしまってもおかしくない。
逆に言えば誰かがいればまだ起きていられる。
つまりはまだ眠らない。
「……キミ一人か?」
この部屋を借りている主である、シオンが部屋へと戻ってきた。
その傍らには金髪の精霊が相変わらずの無表情で立っている。そんな二人を目にしたエルは、思わず立ち上がって警戒心を強めた。
「……まあいいよ、別に」
言いながらシオンと、金髪の精霊は部屋の中へと足を踏み入れる。
「エイジ君はシャワーでも浴びてるのか。まあ彼がキミを一人にして部屋を出て行くとは思わないし、それで正解だろうね」
そう言った後、一拍空けてからシオンは言う。
「なんにしても今この場にエイジ君が居ないのならば、好都合だ」
「……え?」
好都合……エイジがいない事の、何が好都合なのだろうか。
エルにとってその言葉は、悪いイメージしか浮かばせない。
そしてシオンは言葉の続きを口にする。
「キミに、言っておきたい事がある」
「……なんですか」
一応は助けられた身だ。本人に自覚があるのかどうかは分からないが、その声音は本当に知らない人間に向ける物と比べれば、ほんの少しだけ和らいだ物となる。
「エイジ君。キミの契約者の事についてだ」
「エイジさんが……どうかしたんですか?」
シオンの表情は至って真剣だ。
そしてその真剣な表情で彼は告げる。
「彼から、目を離すな」
それは強い忠告の様にも聴こえた。
「……どういう事ですか」
「色々と話を聞いた。聞いた上で思ったよ。彼の行動はどこまでも異質なんだ」
「……何が言いたいんですか」
そう返したエルの言葉に、先程の様な和らいだ感じは無い。
それどころか完全にその声には敵意が混じっている。
「キミは違和感を感じないか。彼の行動に」
言われて思い返してみる。
そうして辿りついたのは、あの森で抱いた疑問。
自分を半殺しにまでしてきた精霊を、どうして助けてくれたのかという疑問。
確かにそれは違和感だ。考えてみるが、やっぱりどうしてあそこまでしてくれたのか、明確な答えが出てこない。
そしてエルが何かに思い至ったのを、シオンは察したのだろう。彼は言葉の続きを口にする。
「彼は言っていたよ……正しいと思うからやるといった風の事をね」
「……それが何か問題なんですか」
「そうだね。一見すればそれは悪い事の様には思えない。だけど度が過ぎれば、十分に問題なんだ」
その言葉の続きを言う事に抵抗でもあるかの様に、シオンはそこで押し黙ってしまう。だけどそれでも……意を決した様に、彼はその口を開いた。
「キミは自分が助けられた事に、なんの違和感も感じないのか」
その言葉でシオンの言わんとしている事が、理解できた。
理解できたからこそ、募るのは怒りだ。
「……止めてください」
その声には静かな、しかし確かな怒りが乗せられる。
「エイジさんがやってくれた事がおかしいみたいな事を……そんな事を言うのは、止めてください」
例えば、自分のした事について咎められるのであれば、それは仕方が無い事だと思う。
実際それだけの事をしてしまっている。色々と事情があったとはいえ、そればかりは反論が出来ない事だ。
だけど……こればかりは違う。
確かに違和感はある。正しいと思うだけでその行動を取れた事に、違和感は確かにある。
それでも彼の行動を。自分みたいな精霊を助けようとしてくれたあの行動を否定する事は……その行動を無碍にする事と同義だ。
彼自身を否定する事と、なんら変わりはない。
……そんな事、出来る訳が無い。
そんな事はしたくない。
「……まあ助けられた精霊に、そういう事を言っても納得はしてくれないか」
残念なのか、それとも精霊が人間の行動を否定しない事を嬉しく思ったのか、彼は複雑な表情でそう述べ……そういう反応を見た後でも、言葉の続きを絞り出した。
「とにかく彼は危ういよ。今後何をしでかすか分からない」
反論しようとした。
だけどその文面を構築しきる前に、シオンはエルに頼みこむ。
「だからもう一度言う……彼から目を離すな。離さないでくれ。もしその時が来た時、彼を止められるのは……彼を助けられるのは、キミだけなんだから」
何が言いたいのか、良く分からなかった。
もしかすると……もう少し話をすれば、その真意に気付く事が出来たのかもしれない。
だけどそこで話は打ち切られる。それがシオンにとって、本位なのか不本意なのかは分からない。何しろ打ち切られたのは、第三者の登場によるものだからだ。
「あ、シオン。戻ってたのか。遅かったな」
件の少年。エルの契約者である瀬戸栄治が、脱衣所から出てきた。
その姿が視界に入るだけで安心感が込み上げてくる。
込み上げてくるからこそ思える。思えてしまう。
誰だって、親しい誰かには盲目になる。
あるいは逆もあるだろうが、今の彼女はそうだった。
(大丈夫……エイジさんに、おかしい所なんて、何も無い)
この時エルは確かにそう思った。
エルがエイジの中の歪みを知るのは、もう少し先の事だ。
0
お気に入りに追加
369
あなたにおすすめの小説
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
ダブル魔眼の最強術師 ~前世は散々でしたが、せっかく転生したので今度は最高の人生を目指します!~
雪華慧太
ファンタジー
理不尽なイジメが原因で引きこもっていた俺は、よりにもよって自分の誕生日にあっけなく人生を終えた。魂になった俺は、そこで助けた少女の力で不思議な瞳と前世の記憶を持って異世界に転生する。聖女で超絶美人の母親とエルフの魔法教師! アニメ顔負けの世界の中で今度こそ気楽な学園ライフを送れるかと思いきや、傲慢貴族の息子と戦うことになって……。
異世界転生!ハイハイからの倍人生
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。
まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。
ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。
転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。
それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる