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二章 隻腕の精霊使い
17 淡い期待の選択肢
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そして俺はエルに問いかける。
「大丈夫か? 何もされてねえか?」
「は、はい! だ、大丈夫です!」
エルは涙を浮かべながらも、確かにそう言ってくれた。
「そっか。なら良かった」
とりあえず一安心だ。
「えっと、エイジさん……その、すみません。またこんな無茶させて」
本当に申し訳なさそうに、エルは俺にそう言う
「謝んな。お前は何も悪くねえ。悪いのはアイツらで……そんで、あの場でお前を守ってやれなかった俺だ」
「え、エイジさんは何も悪くないですよ!」
「そっか。そう言ってくれると助かる」
まあ……実際にこの状況は、俺の力不足や警戒心の薄さが招いた事でもある。俺が悪くないかといえばそんな訳が無い。俺は十二分に悪い。
でもこれ以上の否定はしない。悪くないと言われて気分的に楽になるのは確かだし、そしてそんな会話をしていられる様な時間的猶予はきっとない。
刻一刻とタイムリミットは迫ってる。
だからさっさと此処から脱出する。
その為にもまずやるべき事が一つ。
「エル。ちょっと動くな」
「え?」
「鎖を切る」
俺は両手を繋ぐ鎖に手を添えて風の力で鎖を切断する。
そして同様の事を足の方にも行った。
「これでよし」
これで両手足は自由に動かせる。後はエルに剣になってもらって強行突破……いや、ちょっと待て。
どうして俺は自由に動ける事と精霊術を扱える事を、同義にして語ってる?
嫌な予感が脳裏を過った。
俺はエルの両手足に付けられた、鎖が切れた事により錠としては機能しなくなった錠の本体に視線を向けながらエルに尋ねる。
「エル……今、精霊術、使えるか?」
聞いている俺も段々とその問いの答えが確信めいてきて……そしてエルも、言いにくそうに答える。
「……無理みたいです。この錠が精霊術の枷となってるみたいで……」
「くそ……やっぱりか」
俺は呟きながらも、駄目元でエルの手に触れる。
だけどエルを剣にする精霊術は使えない。この錠を外さない事には無理だ。
……どうやって?
錠を開ける鍵。そんな物は当然持ち合わせていない。
だとすれば鍵が必要か。
そう思った俺は倒れている男の衣服を調べてみる。だが、
「……ねえか」
……それらしいものは見つからない。
思えば監視役が持っている可能性というのは確かに低いのかもしれない。
奪われる可能性を考えれば、多分一番持っていてはいけないのではないだろうか。
だとすれば……取れる手段は一つ。
「壊す……しかないか」
あの鎖を断ち切った様に錠も壊すしかない。
……できるのか? そんな事。
俺は改めてエルに付けられた錠に視線を向ける。
試しに手で砕いてみようと思ったが、強度云々の前に手が掛る面積が小さすぎる。握り絞める事が出来ればともかく、指先だけしか引っかからないんじゃ全く力が入らない。
当然エルの手首に付けられた錠全体を握って、錠だけを潰すなんてのも論外だ。そのまま精霊術も使われていないエルの手首を握りつぶしてしまう事になりかねない。錠だけを潰すなんて器用な真似は俺には出来そうにない。
では鎖を断ち切った時の様に、錠だけを切断してエルから取り外す。選択肢はそれだけだ。
でも……そんな事が本当にできるのか?
鎖を切る様な大雑把な作業では無い。非常に緻密で細かな作業が必要となる。
……精霊術の素人。出力全快でぶっ放す様な事しかやってきてない俺に、そんな事が出来るか?
「……駄目だ」
俺に細かな出力のコントロールをするだけの経験。確実に錠だけを切る技術力なんてのは無い。
故に俺がそれをやろうとすれば、エルの手首を切り落としかねない。
両手足計四か所。一か所成功したとしても、どこかできっと失敗する。
失敗すれば……それこそ取り返しがつかない。
ただの怪我ならば精霊術で治せる。だけど部位の欠損が治せない事はシオンの左腕が証明している。
「……エイジさん」
硬直する俺にエルは不安そうにそう声を掛けてくる。
そして……俺がやろうとしていた事を察したようにエルは言う。
「大丈夫です。私は……エイジさんを信じていますから」
きっと最悪の事態はエルも分かっているのだろう。声が震えている。
それでもエルは俺を信じてくれた。出来る可能性が低い事は知っている筈なのに信じてくれた。
だけど、
「悪い……俺には無理だ」
俺が自分を信じられない。寧ろ自分の技量の無さを把握しているから出来ないという考えを信じてしまっている。
もし漫画だったら、それでもエルの言葉を信じて決行し成功させるのだろう。
だけど此処は現実だ。そんなに都合よく奇跡なんて起きちゃくれない。
……なあ、エル。俺は一体どうすればいいんだ?
そんな事を尋ねてもエルが不安がるだけだろうし、そして俺が取れる選択肢はもはや一つしか無い。
俺はエルの前に屈みこんで、エルを担ぎあげる。「え、エイジさん?」
「いくぞ。なんとかこのまま脱出する!」
俺は扉を開け、エルを担いだまま全速力で走りだした。
エルの力を使っての強行突破は出来ない。その選択肢を強行する事が正しいとは思えない。だったら俺だけの力で何とか脱出するしかない。
自分に暗示を掛ける様にそう呟き、エルがそれに言葉を返す。
その言葉を聞きながら祈った。
……このまま何も起きずに脱出できますようにと。
そんなのが淡い期待だと分かっていても、ただただ祈り続けた。
「大丈夫か? 何もされてねえか?」
「は、はい! だ、大丈夫です!」
エルは涙を浮かべながらも、確かにそう言ってくれた。
「そっか。なら良かった」
とりあえず一安心だ。
「えっと、エイジさん……その、すみません。またこんな無茶させて」
本当に申し訳なさそうに、エルは俺にそう言う
「謝んな。お前は何も悪くねえ。悪いのはアイツらで……そんで、あの場でお前を守ってやれなかった俺だ」
「え、エイジさんは何も悪くないですよ!」
「そっか。そう言ってくれると助かる」
まあ……実際にこの状況は、俺の力不足や警戒心の薄さが招いた事でもある。俺が悪くないかといえばそんな訳が無い。俺は十二分に悪い。
でもこれ以上の否定はしない。悪くないと言われて気分的に楽になるのは確かだし、そしてそんな会話をしていられる様な時間的猶予はきっとない。
刻一刻とタイムリミットは迫ってる。
だからさっさと此処から脱出する。
その為にもまずやるべき事が一つ。
「エル。ちょっと動くな」
「え?」
「鎖を切る」
俺は両手を繋ぐ鎖に手を添えて風の力で鎖を切断する。
そして同様の事を足の方にも行った。
「これでよし」
これで両手足は自由に動かせる。後はエルに剣になってもらって強行突破……いや、ちょっと待て。
どうして俺は自由に動ける事と精霊術を扱える事を、同義にして語ってる?
嫌な予感が脳裏を過った。
俺はエルの両手足に付けられた、鎖が切れた事により錠としては機能しなくなった錠の本体に視線を向けながらエルに尋ねる。
「エル……今、精霊術、使えるか?」
聞いている俺も段々とその問いの答えが確信めいてきて……そしてエルも、言いにくそうに答える。
「……無理みたいです。この錠が精霊術の枷となってるみたいで……」
「くそ……やっぱりか」
俺は呟きながらも、駄目元でエルの手に触れる。
だけどエルを剣にする精霊術は使えない。この錠を外さない事には無理だ。
……どうやって?
錠を開ける鍵。そんな物は当然持ち合わせていない。
だとすれば鍵が必要か。
そう思った俺は倒れている男の衣服を調べてみる。だが、
「……ねえか」
……それらしいものは見つからない。
思えば監視役が持っている可能性というのは確かに低いのかもしれない。
奪われる可能性を考えれば、多分一番持っていてはいけないのではないだろうか。
だとすれば……取れる手段は一つ。
「壊す……しかないか」
あの鎖を断ち切った様に錠も壊すしかない。
……できるのか? そんな事。
俺は改めてエルに付けられた錠に視線を向ける。
試しに手で砕いてみようと思ったが、強度云々の前に手が掛る面積が小さすぎる。握り絞める事が出来ればともかく、指先だけしか引っかからないんじゃ全く力が入らない。
当然エルの手首に付けられた錠全体を握って、錠だけを潰すなんてのも論外だ。そのまま精霊術も使われていないエルの手首を握りつぶしてしまう事になりかねない。錠だけを潰すなんて器用な真似は俺には出来そうにない。
では鎖を断ち切った時の様に、錠だけを切断してエルから取り外す。選択肢はそれだけだ。
でも……そんな事が本当にできるのか?
鎖を切る様な大雑把な作業では無い。非常に緻密で細かな作業が必要となる。
……精霊術の素人。出力全快でぶっ放す様な事しかやってきてない俺に、そんな事が出来るか?
「……駄目だ」
俺に細かな出力のコントロールをするだけの経験。確実に錠だけを切る技術力なんてのは無い。
故に俺がそれをやろうとすれば、エルの手首を切り落としかねない。
両手足計四か所。一か所成功したとしても、どこかできっと失敗する。
失敗すれば……それこそ取り返しがつかない。
ただの怪我ならば精霊術で治せる。だけど部位の欠損が治せない事はシオンの左腕が証明している。
「……エイジさん」
硬直する俺にエルは不安そうにそう声を掛けてくる。
そして……俺がやろうとしていた事を察したようにエルは言う。
「大丈夫です。私は……エイジさんを信じていますから」
きっと最悪の事態はエルも分かっているのだろう。声が震えている。
それでもエルは俺を信じてくれた。出来る可能性が低い事は知っている筈なのに信じてくれた。
だけど、
「悪い……俺には無理だ」
俺が自分を信じられない。寧ろ自分の技量の無さを把握しているから出来ないという考えを信じてしまっている。
もし漫画だったら、それでもエルの言葉を信じて決行し成功させるのだろう。
だけど此処は現実だ。そんなに都合よく奇跡なんて起きちゃくれない。
……なあ、エル。俺は一体どうすればいいんだ?
そんな事を尋ねてもエルが不安がるだけだろうし、そして俺が取れる選択肢はもはや一つしか無い。
俺はエルの前に屈みこんで、エルを担ぎあげる。「え、エイジさん?」
「いくぞ。なんとかこのまま脱出する!」
俺は扉を開け、エルを担いだまま全速力で走りだした。
エルの力を使っての強行突破は出来ない。その選択肢を強行する事が正しいとは思えない。だったら俺だけの力で何とか脱出するしかない。
自分に暗示を掛ける様にそう呟き、エルがそれに言葉を返す。
その言葉を聞きながら祈った。
……このまま何も起きずに脱出できますようにと。
そんなのが淡い期待だと分かっていても、ただただ祈り続けた。
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