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二章 隻腕の精霊使い
16 故に彼は止まらない
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全くもって意味が分からない。
それはエルまですぐそこという所まで来ても変わる事が無かった。
……このフロアで敵を一度も見ていない。
一人位すれ違ってもいい筈なのに、ここまで誰とも会わないとなると、本当に道があっているのか不安になるが、それだけは間違いない。エルは確かにそこいる。
「……此処か」
この扉の先に居る。
俺は警戒しながらも取っ手に手を触れ、勢いよく扉を開いて突入する。
次の瞬間目に飛び込んで来たのは両手足が錠と鎖で拘束されたエルと……見張りをしていたと思われる三十台前半程の男。
……男の方に精霊は居ない。故に一体一。
このまま一気に倒すか、もしくは多分精霊術を使えなくなっているエルの拘束を解いて二人で戦うか。
そう思った次の瞬間……視界が暗転した。
「……ッ!」
だけど気を失ったわけではない。確かにそこには男もエルもいる。ただ人物以外の全てが暗闇に包まれた様な、そんな感じ。
……いや、全てが黒く染まった訳ではない。
俺と男の間に、何かがいた。
それが何なのかは分からない。人にも見えるし動物にも見える。有機物の様に見えて無機物の様にも見えて、見よう見方によっては何とでも解釈が出来る。
そして……どう見ようと、それを目にした事によって抱く感情は変わらない。
畏怖……恐怖。
その何だか分からない何かは、まるで此方の心臓を握りつぶすかの如く恐怖を与え、全身を竦み上がらせる。そして目を逸らせばいいというものではない。頭を抱えて俯いているエルもまた、恐怖に怯える様に震えている。効果範囲は男の周囲だ。
……どうやってこの術を回避すればいいのか、分からない。
「さて、一つ問おう」
その何かを使役しているであろう男は、俺の疑問をそのまま口にする。
「地下一階にて、かのシオン・クロウリーが攻め込んで来た。当然戦力をそちらに回さねば対処できん。だが奴一人ならば、もっと誰にも気付かれない様な潜入の仕方ができた筈。故に他の誰かがいる事が浮かびあがり、その狙いも読めていた。にもかかわらず、このフロアの守りがザルになって居るのは一体どうしてだと思う?」
「……?」
「守りが俺一人で、十分だからだよ」
男は得意げな表情のまま続ける。
「今、お前には何が見えている?」
よく分からない物。
……発せられる畏怖で、体が硬直してしまうほどの恐怖を覚える何かがそこに居る。
「動けないだろう。例え肉体的に強かろうと、精神的な攻めの前では役に立たない。この手の攻撃はそれ相応の術式をぶつけなければ防げない」
そして、と男は右手から剣を生み出す。
「俺の精霊はS級だ。それも精神攻撃一点特化型のな。おかげで広い部屋での大人数での戦いではまともな活躍は出来ないが、術の効果がしっかりと届く狭い部屋の中で小人数を相手にするのならば、俺は誰にも負けはしない」
なにせ、と男は剣を構えて続ける。
「どんな術でも破れない。故に誰も動けやしないんだからな」
「……そうかよ」
俺はそう呟いて、一歩前に踏み出した。
「だけどそれがどうしたよ」
更に一歩。更に一歩と足を速めていき、その何かを通り抜けた。
その動きに男は露骨に動揺する。
「な、何故動け……」
「例え何が目の前にあろうと関係ねえんだよ」
拳を構えながら言ってやる。
「例え目の前が奈落の底だろうが、そこに飛びこむのが『正しい事』だったら飛びこむだろ。どんだけ怖くて足が竦んでも、それが正しい事なら前に進めるだろ」
男が動揺しながら振り下ろした剣を躱して、モーションに入る。
「お前を倒してエルを助ける。それが正しい事なら足引きずってでも前に進んでやるさ」
だから。
「とりあえず倒れろよ。エルが怯えてんだろうが!」
全力で右拳を突き上げた。
突き上げた拳は顎に綺麗に吸い込まれ、男の体は漫画の様に浮き、天井にぶつかってそして地に落ちる。
次の瞬間視界が元に戻った。体を蝕んでいた恐怖も同時に消え去る。
そしてゆっくりと顔を上げたエルに言ってやった。
「助けに来たぜ、エル」
その時エルが浮かべてくれた表情を見ると、やっぱりこう思う。
俺の行動は間違っていなかった。俺は正しかったんだって。
俺の正しいと思う事はなにも間違っちゃいないんだって。
改めて、そう思う。
それはエルまですぐそこという所まで来ても変わる事が無かった。
……このフロアで敵を一度も見ていない。
一人位すれ違ってもいい筈なのに、ここまで誰とも会わないとなると、本当に道があっているのか不安になるが、それだけは間違いない。エルは確かにそこいる。
「……此処か」
この扉の先に居る。
俺は警戒しながらも取っ手に手を触れ、勢いよく扉を開いて突入する。
次の瞬間目に飛び込んで来たのは両手足が錠と鎖で拘束されたエルと……見張りをしていたと思われる三十台前半程の男。
……男の方に精霊は居ない。故に一体一。
このまま一気に倒すか、もしくは多分精霊術を使えなくなっているエルの拘束を解いて二人で戦うか。
そう思った次の瞬間……視界が暗転した。
「……ッ!」
だけど気を失ったわけではない。確かにそこには男もエルもいる。ただ人物以外の全てが暗闇に包まれた様な、そんな感じ。
……いや、全てが黒く染まった訳ではない。
俺と男の間に、何かがいた。
それが何なのかは分からない。人にも見えるし動物にも見える。有機物の様に見えて無機物の様にも見えて、見よう見方によっては何とでも解釈が出来る。
そして……どう見ようと、それを目にした事によって抱く感情は変わらない。
畏怖……恐怖。
その何だか分からない何かは、まるで此方の心臓を握りつぶすかの如く恐怖を与え、全身を竦み上がらせる。そして目を逸らせばいいというものではない。頭を抱えて俯いているエルもまた、恐怖に怯える様に震えている。効果範囲は男の周囲だ。
……どうやってこの術を回避すればいいのか、分からない。
「さて、一つ問おう」
その何かを使役しているであろう男は、俺の疑問をそのまま口にする。
「地下一階にて、かのシオン・クロウリーが攻め込んで来た。当然戦力をそちらに回さねば対処できん。だが奴一人ならば、もっと誰にも気付かれない様な潜入の仕方ができた筈。故に他の誰かがいる事が浮かびあがり、その狙いも読めていた。にもかかわらず、このフロアの守りがザルになって居るのは一体どうしてだと思う?」
「……?」
「守りが俺一人で、十分だからだよ」
男は得意げな表情のまま続ける。
「今、お前には何が見えている?」
よく分からない物。
……発せられる畏怖で、体が硬直してしまうほどの恐怖を覚える何かがそこに居る。
「動けないだろう。例え肉体的に強かろうと、精神的な攻めの前では役に立たない。この手の攻撃はそれ相応の術式をぶつけなければ防げない」
そして、と男は右手から剣を生み出す。
「俺の精霊はS級だ。それも精神攻撃一点特化型のな。おかげで広い部屋での大人数での戦いではまともな活躍は出来ないが、術の効果がしっかりと届く狭い部屋の中で小人数を相手にするのならば、俺は誰にも負けはしない」
なにせ、と男は剣を構えて続ける。
「どんな術でも破れない。故に誰も動けやしないんだからな」
「……そうかよ」
俺はそう呟いて、一歩前に踏み出した。
「だけどそれがどうしたよ」
更に一歩。更に一歩と足を速めていき、その何かを通り抜けた。
その動きに男は露骨に動揺する。
「な、何故動け……」
「例え何が目の前にあろうと関係ねえんだよ」
拳を構えながら言ってやる。
「例え目の前が奈落の底だろうが、そこに飛びこむのが『正しい事』だったら飛びこむだろ。どんだけ怖くて足が竦んでも、それが正しい事なら前に進めるだろ」
男が動揺しながら振り下ろした剣を躱して、モーションに入る。
「お前を倒してエルを助ける。それが正しい事なら足引きずってでも前に進んでやるさ」
だから。
「とりあえず倒れろよ。エルが怯えてんだろうが!」
全力で右拳を突き上げた。
突き上げた拳は顎に綺麗に吸い込まれ、男の体は漫画の様に浮き、天井にぶつかってそして地に落ちる。
次の瞬間視界が元に戻った。体を蝕んでいた恐怖も同時に消え去る。
そしてゆっくりと顔を上げたエルに言ってやった。
「助けに来たぜ、エル」
その時エルが浮かべてくれた表情を見ると、やっぱりこう思う。
俺の行動は間違っていなかった。俺は正しかったんだって。
俺の正しいと思う事はなにも間違っちゃいないんだって。
改めて、そう思う。
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