人の身にして精霊王

山外大河

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二章 隻腕の精霊使い

1 無双の剣

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 多分俺は人との巡り合わせという点においては、非常に高い運気を持っているらしい。

「すみません、乗せてもらって」

「いいんだよ別に。困った時はお互い様ってね」

 運び屋のおっさんは俺にそう返してくれた。
 現在俺達は、馬車の荷台に揺られている。
 どうやら俺の読み通り近くの街までの距離はさほどなかった訳で、歩いても充分に行ける距離だったのだが、それでも夜道の一人歩きは危ないと、エルドさん達がいた街よりも遠くから荷物を運んできた運び屋のおっさんは判断したらしい。
 そう……一人では危ないと判断された。
 予想はしていたけど、エルはカウントされていない。この状況だと自分の身を守る武器として連れている様に見えているのだろうか。

「この辺りは最近通行人を狙った盗賊が出るらしくてね。一人でいる所を見つけられたら、あっという間に身ぐるみを剥がされる」

「あなたも一人じゃないですか」

 そう返す俺の言葉もまた、俺達の目の前に座っているドール化された精霊。多分おっさんと契約している精霊の事は含まれていない。
 エルにしたように、目の前の精霊をどうにかしようとは思わない。
 今はもう思っていない。

『だから皆必死なんですよ。捕まれば、その内自分は自分じゃなくなる。それは死ぬのとおんなじなんです』

 助ける為の手立てはなく、助けようとする事は死人を生き返らせる事と同義だ。
 例えば人が死ぬ事が間違いだと思っても、流石にそのレベルになればもう問題のレベルが突き抜け過ぎている。
 不良の時は、できるかどうかはともかくとして最悪不良をぶっ飛ばしてしまえば解決する問題だった。エルと契約するまではほぼ無謀に近かった、エルドさん達を無理矢理止めるという事も、力尽くで止めれば良いというはっきりとした道筋は出来ていた。
 きっとそこに一ミリでも可能性があれば。否、それが零だとしても、ぼんやりと打開の策があればそれを実行に移せるのだろう。
 だけど死んだ人を生き返らせる様な次元になればそうはいかない。どうにもならない。こればかりは動けない。
 だから今は眼を瞑った。なんとか瞑った。余計な面倒事を避けるためにも、余程の事が無い限りはこの世界に順応しているフリをするのがベストな筈だ。
 その点は多分エルも理解してくれている。しているから、このおっさんと出会った直後から感情を押し殺したようにしているのだろう。まあ警戒しているからというのもあるのだろうが。
 警戒といえば、このおっさんは警戒心が薄いのではないだろうか。

「まあガードを雇いたいのは山々なんだけど、いかんせん高くてね。個人事業だから専門の人間が常時いるわけでもないし……まあこうするしかないんだよ」

 その姿勢が運送業を営む人間として良いのか悪いのかはともかくとして、そういう人間が素性も知らない奴を乗っけるのはマズいのではないだろうか?
 ……いや、違う。寧ろ警戒心が強いのかもしれない。

「もしかして俺を乗せてくれたのって、臨時のガードって事ですかね」

 一人より二人。困った時はお互い様というのは、そういう意味なのかもしれない。

「それもあるよ。でもキミを心配して乗せているという点も確かにあるのは誤解しないでほしいな」

 ……多分それは本当なのだろうけれど、目に見えて分かる高級品を所持していない俺の場合、積み荷が載ってるこの馬車に乗らない方が安全なのではないだろうか。
 ふとそんな事を考えてみるが、どうも俺の考えは大前提から間違っていたらしい。

「キミの精霊。どうも特殊な感じがするから……多分、積み荷なんかよりよっぽど狙われる」

「特殊?」

「纏ってる雰囲気が市場に出てる精霊のソレじゃない」

 ……ああ、そういう事か。
 ドール化された精霊とは違い、エルは神秘的な雰囲気を纏う通常の状態の精霊だ。
 人間と契約していてそういう状態の精霊は、精霊が資源として扱われているこの世界からすればいい売り物なのかもしれない。

「多分此処にある積み荷を何十セット用意しても、買えない程の代物だ。キミはそんな精霊をどうやって手に入れた」

「普通の方法ですよ」

 この世界では普通ではない、そんな方法だ。

「普通……という事は買ったのか。一体いくら出したんだ」

「さあ。どうでしょうね」

 適当にはぐらかす事にした。
 本当の事を言っても面倒な事になるだけだと思うから。
 だけど本当の事を言おうが言わまいが、結果的に面倒事はやってくる。

「……まあとにかくだ。そんな物を連れて一人で歩いてたら、積み荷を積んだ馬車よりも危険だ。何時狙われたっておかしく……と、言ったそばから来やがった」

 おっさんがそう言った直後、俺も肉眼でその存在を確認する。
 まだ盗賊かどうかは分からないいが、馬に乗った五組の人間と精霊のペアが、まっすぐ此方に向かって馬を走らせてくる。
 そして次の瞬間、彼らがそういう存在だという事を決定付けさせられる。

「矢?」

 中心の男がエルドさんの光の矢を彷彿させる何かを空中に向けて放つ。
 向きは此方ではあるが、真っすぐに飛んでいく軌道からして此方に落ちてくる様子は無い。
 だけど精霊術において、そんな物理法則はあってない様な物だ。
 突然カクリとその角度が変わった。
 そして空中で分離。そのまま俺達の前方へと雨の様に降り注ぐ。

「く……ッ」

 馬車は止められる。今の攻撃は足止め。積み荷を狙うのだから直撃は無いのではないかと思ったけどその通りだった。
 そして止められた馬車はあっという間に囲まれる。馬から降りてきた男達と、連れている精霊は見るからに奪える者は全部奪うという様な雰囲気を漂わせていた。

「参ったな、クソ」

 おっさんはそう言って馬から降り、精霊術を発動させる。
 させながら自分の連れていた精霊に言う。

「命令だ。積み荷を守れ」

 すると精霊も馬車から降り、臨戦態勢を取る。
 同時に俺達も荷台から降りた。おっさんと精霊。その二人だけで計十人を倒すのはいくらなんでも無茶な話で……そして多分直前までは積み荷しか見えていなかったであろう盗賊達は、明らかにエルに視線を向けてしまっている。

「面白いもん積んでんじゃねえかよ、おっさん」

 寧ろ積み荷よりもエルへと標的が移り変わってしまっている。例え俺が自分達の事しか考えない様な奴だったとしても、もう戦わざるを得なくなる状況だ。
 俺はエルとアイコンタクトを取って、手を握る。

「全部貰ってやるから、さっさと明け渡――」

「渡さねえよ」

 俺は一瞬で男の前へと躍り出て、大剣を振り抜いた。
 直撃。今の一撃で昏倒したかどうかは分からないが、それでもぶっ飛ばした。
 そしてそのまま次の奴に矛先を向ける。
 先手必勝。
 明らかに優位である状況で、新しい獲物を見つけた事による集中力の欠落。
 そして想像だにしない手段、速度による話の腰を折る不意打ち。
 それで一人やられた事による眼に見えた動揺。
 これは好機だ。今、一気に倒せるだけ倒す。

「チ……ッ」

 俺が飛びかかると同時に、そんな声と共に目の前に結界が展開される。
 それに向かって大剣を振り下ろすと、窓ガラスでも割ったかのように簡単に砕け散り、勢いを殆ど殺されなかった大剣をそのまま男に叩きこむ。
 脆く。そして防御一辺倒。
 今の一瞬だけで、俺が数時間前まで対峙していた恩人との格の違いが目に見えて分かる。
 男に大剣を振り下ろした次の瞬間、左方から攻撃が飛んでくる。
 炎の球体。多分勢いよく放たれているであろうその攻撃を、俺は最小限の動きで躱す。
 動体視力の向上で、その位ならば優に視認できる。そして勢いよくといっても、それはあくまで他に言葉が見つからないだけだ。
 エルドさん達の攻撃の方が早かった。
 俺は身を捻った体勢のまま、大剣の先端を地面に擦らせながら振り抜く。
 その刀身が誰かに直撃する事は無い。
 だけど擦り付けた地面から竜巻が生まれる。
 文字通り勢いよく放たれたその竜巻は、今し方攻撃してきた男ともう一人の男。
 そして三人の精霊を巻き込み、空に打ち上げる。
 今ので倒せたとすれば残りは三人。
 人間一人と精霊二人。そして此方は、実質人と精霊が二人ずつ。
 もうこの時点で数の優位性も消滅していた。
 目の前に居る一人の精霊は表情を変えないものの、もう一人の男の表情はビビりまくって居る。
 ではもう一人はどこかといえば……後ろだ。
 風が位置を教えてくれる背後と、そして正面の精霊が同時に攻撃を仕掛けてきた。
 剣を振りきった直後であることに加え、回避しながらの攻撃でやや崩れた体勢では対処し辛いが……それでも策はある。

「エル!」

『はい!』

 そして右手から剣の感覚が消える。
 俺は出力が落ちた精霊術の力を余すことなく使い、バランスの崩れた右足の足元に風の塊を出現させて踏み抜く。
 そして精霊が攻撃を放つ前に拳を……打ち抜く!
 そして俺の思い描いた通りに、拳は精霊の鳩尾へと叩き込まれる。
 拳に伝わる確かな感触。はっきり言って嫌な感触だ。
 だってそれは、状態と状況がどうであれ女の子を殴っている事を生々しく伝えてくる物だからだ。
 エルドさん達と戦っていた時も感じたが、精霊と戦うのには非常に抵抗がある。
 だけどやる。
 それが今俺が取るべき正しい行動だから。
 殴り飛ばした精霊は地面に転がり、俺は土の上に滑る様にして体勢を整える。
 チラリと後ろを見たが、そこに立っているのは予想通りエルだ。多分あの不意打ちは初見で中々どうにかできる様な物ではない。
 そしてこれで九人倒した。

「さあ、後はてめえだけだ」

 俺は残りの一人の盗賊を睨みつけながら臨戦態勢に入る。
 だけどまあその必要は無かった。
 よく考えればこれは四対十の対決である。
 つまりだ。

「オラッ!」

 突如現れた盗賊との戦いは、おっさんが何処かから取り出したハンマーを振り下ろした事により幕を閉じたのだった。
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