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一章 人尊霊卑の異世界
3 人尊霊卑の異世界
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家を出て目に入った光景は、予想通り池袋のそれではなかった。
例えるならばRPGなどで良く見かける中世ヨーロッパ風の街とでも言うべきだろうか。
池袋と無理矢理にでも共通点を見つけるとすれば、多分此処はそれなりに都会なのだろうと思える街並みをしているという事か。
「どうしました? 別に珍しい風景でもないでしょう?」
「そ、そうですね」
池袋住まいの俺には十二分に珍しい光景なのだけれど……だけどそういう驚きなんてのは簡単に霞む。霞んでしまう。
霞む様な光景を、気配を感じ取った。
「……ッ」
エルドさんの家を出てすぐに、大人に連れられた一人の女の子とすれ違った。
当然知り合いでは無い。そして思わず注視してしまう程、好みの女の子だった訳でもない。
ただそれでも一瞬見た表情が、纏っていた雰囲気が、脳裏に焼き付いて離れない。
俺は思わず振り返る。
もうその表情を見る事はできない。その雰囲気を感じ取ることができない。
だけどきっとそこにあるのは変わらない。
僅かながらだけど、あの森で出会った女の子と同じ様な神秘的な雰囲気を漂わせた……恐ろしく無表情で濁った眼をした。文字通り人形の様な女の子がそこに居るだけだ。
「どうされました?」
思わず立ち止まってしまっていた俺に、エルドさんが声を掛ける。
……聞かずにはいられなかった。だけどそんな声も無理やり押し込まれる。
視界の先に何人かいる、同じ様な状態の少女達を見て、思わず絶句してしまった。
「……大丈夫ですか?」
エルドさんはそう聞いてくるが、大丈夫では無い。
あんな状態の女の子を見せられて平常心で居られる訳が無いし……そして俺以上にあの子たちが大丈夫じゃない。
「すみません、エルドさん……」
「なんですか?」
こんな異様な場に立っていながら、そこにあるのは当たり前の光景とばかりにそんな言葉を返すエルドさんに対し、俺はそのまま思っている事を口にした。
「あの濁った眼をした女の子は……」
「濁った眼……女の子……もしかすると精霊の事を言いたいんですかね?」
精霊。それは先程の精霊術という単語で頭の隅に残っている単語で……そしてあの子達や森で出会ったあの子が纏う雰囲気ととてもマッチする様なそんな単語。
「随分と珍しい表現をされるから、一瞬なんの事か分かりませんでしたよ」
珍しい表現……ちょっと待て。
もうこの際精霊という存在が居るという事は別にいい。呑みこもう。十分に呑みこめる程、俺の常識は麻痺している。
だけどそれでも、この違和感は拭えない。
例えあの子が精霊と呼ばれる存在だったとしても、それでも濁った眼をした女の子である事には間違いない筈だ。別に珍しくもなんともない、ごくごく当たり前の言葉だった筈だ。
だけど当たり前が当たり前として伝わらなかった。
そうしてその意味は、言葉となって耳に届く。
「女性の姿を模っているだけの資源を、まるで人間の様に女の子呼ばわりする人なんてのは初めて見ました。普通は単純に精霊と呼ぶか、もしくは資源だとかそう呼ぶでしょうに」
「……ッ」
何を言っているのか、理解できなかった。
多分それはあの大通りの一件から経験した、数々の訳の分からない超常現象よりも、そして俺が今まで経験してきた全ての事よりも……理解できない。
「えーっと、僕、何か変な事を言いましたかね? それよりあの精霊がどうかしましたか?」
どうかしているだろう。エルドさんは明らかにどうかしている。
いや、エルドさんだけがおかしいんじゃない。
街を歩く人が、だれもあんな酷い状態の女の子に気にも留めない。あの光景をさも当たり前の様子として処理している。誰もこのおかしい状況をおかしいと認識していない。
「……っていや待てよ。エイジ君はそもそも精霊術を覚えていなかったから……もしかする精霊の事まで忘れてしまっているのかもしれない。人と精霊の区別の仕方も忘れてしまっているのだとすれば……さっきのは、そもそもどうして人間があんな人形の様な状態になっているか、という事を言いたかったんですか?」
俺は頷く。もう普通の相手と思えなったエルドさんの言葉に、それでも堪えながら頷く。
「だとすれば、今すぐにでも説明した方が良いですね。精霊術はともかく、精霊そのものの事自体は、小さな子供でも完璧に理解している事ですから。人と精霊の区別が付かないどころか、そもそも精霊が何か分からないなんて状態の人を放ってはおけません」
そうしてエルドさんは精霊の事を……子供でも当たり前に分かっている事を、何も知らない俺に説明してくれて、それを簡潔にまとめればこういう事になる。
精霊とは、人間の女性の姿を模った資源である。
神秘的な雰囲気を持つ彼女達は不思議な力を持っていて……精霊と契約を結んだ人間はその力……精霊術を手に入る。
話の途中。そこまでを聞いて入れば、資源という一点を除けば、漫画などで良くありそうな関係性だと思えなくもなかった。
だけど、まともなのはそこまでだ。
「…契約ってのはどんな風に行うんですか?」
まともな答えが返ってくるとは思えなかった。
彼女達……精霊の事を資源と呼ぶ。そんな常識を持っている相手から、まともな答えが返って来る訳が無い。それで返ってくるのなら、多分精霊達はあんな酷い事になっていない。
そして予想通りまともでは無い答えを、まともな事の様にエルドさんは口にする。
「そうですね。まず精霊を完膚無きまでに叩き潰します。これが一番大変な工程ですね」
「……ッ」
本当になんて事ない事を言うように、そんな軽い感じでエルドさんはそう言って続ける。
「そして抵抗できない様に特殊な錠を手足に付けて拘束する。もうこの時点で抵抗はされないのですが……まあ契約に応じてくれないんですよ。だから聞いてもらう様にします」
「ど、どうやって……」
「ドール化するんです」
「ドール化?」
その言葉を聞いて嫌なイメージと、そしてすれ違った女の子の表情が脳裏を過った。
ドール。即ち人形。
「ええ。工場に輸送して、文字通り感情の無い人形に加工する。そうなればもう自我が完全に消滅した操り人形ですから、契約は容易に行える状態になります。あとは消費者の元に届けられて、人は手の甲の刻印と共に力と、力尽きるまで動く手駒を手に入れる。まあこんな所です。これがキミの忘れている、精霊の知識です」
ふと、森で出会った精霊の女の子の言葉を思い出した。
『あんな事をしていて、それで私達がどう思うかも分からないあなたの様なクズを、どうやって信用しろって言うんですか!』
あんな事。それは無理矢理叩き潰されて自由を奪われ、挙句の果てに操り人形にされて、したくもない契約の判を押さされる。どうしようもないほどの理不尽。
……こんなもん恨まれたって当然だ。怯えられたって当然だ。
俺が口にした言葉が逆鱗に触れるなんてのは……当然の事だったんだ。
そしてあの子の事を思い出せば、この事を聞かざるを得なくなる。
「説明ありがとうございます。精霊の事はある程度呑みこめました。それで、一つ聞きたいんですけど……」
「はい、何でしょう?」
「エルドさんは俺が倒れていたあの場所に、一体何をしに行っていたんですか?」
「そうですね……まあ視察ですよ」
「視察?」
そしてエルドさんは、隠す必要性すら感じないという風に答えた。
「恐らくはあの時キミを襲ったのだろう、あの森に隠れている精霊を捕まえる為のね。丁度その視察の帰りにキミを見つけて、助けだした。それがあの場での僕の行動です」
「あの森の精霊……っていうと、あの青髪の……」
「ああ、精霊の知識は抜け落ちていても、どういう風貌の者にやられたかは覚えているんですね。そうです。あなたが考えているであろう精霊。それが今回のターゲット。中々グレードの高い精霊の様なので、良い値で売れると思いますよ」
売れる……本当に物みたいな言い方だ。
そして多分、それがこの世界の常識なのだろう。
清々しいまでの人尊霊卑。精霊は文字通り資源として利用され、同じ知的生命体として認知されない。同じ姿をしているのに、纏う雰囲気や宿した力が違うだけで、こうまでも立ち位置が変わってしまう……歪んだ世界。
この世界がそういう世界だというのは、ここから見渡せる光景だけで容易に理解できてしまって……ただただ視界に移る光景が醜く見えて、拒絶したくなってくる。
そしてふとエルドさんは、良い事を思いついたという風に俺に問いかける。
「そうだ。あの精霊をドールにしたら……エイジくん。あなたが買いませんか?」
「……え?」
「あの場で会ったのも何かの縁ですから。格安で譲りますよ。手に契約の刻印が刻まれていないのを見る限り、現在契約している精霊は居ない様ですし。お金が無いのであれば、無利子無担保のローン払いで構いません。どうですか?」
多分エルドさんは本当に善意でそう申し出て、俺が喜んでくれるとでも思ったのだろう。
そういう善意の塊の様なエルドさんですら、こういう人身売買めいた事を平気で当たり前の様に口にする。
本当に……何なんだ、この世界は。
そして俺の表情が浮かなかった事が気になったのだろう。エルドさんが申し訳なさそうに謝罪してくる。
「ああ……すみません。良く考えれば、自分を半殺しにした相手を買いたいとは思いませんよね。そんな印象が悪い精霊の購入を勧められれば、気分が悪くなっても仕方が無い」
俺の真意にまるで気付いていないエルドさんは、本当に的外れな事を言ってくる。
印象が悪い……それは多分間違いない。
恨まれて当然。怯えられて当然。そういう状況下だったといえ、俺は文字通り半殺しにされているんだ。これで可哀想な境遇だったから別にいいだなんて聖人染みた事を言える程、俺は大人じゃない。
だからこの気分の悪さは、純粋に精霊を物として扱っている事に対して抱いた物だ。
「いや良いんです。気にしてませんし。でもまあ……その件に関しては丁重にお断りします」
俺はそう言ってエルドさんの善意を突っぱねる。
「そうですか……仕方が無いですね。別に私も押し売りをする気にはなりませんから」
そう言った後、エルドさんは気を取り直すといった風に続ける。
「まあとりあえず行きましょうか。あまり立ち話もなんですから」
「そう、ですね」
はっきり言ってもう飯を食っている場合では無かったけれど、俺はそれでもその誘いに乗る事にした。
俺が思う正しい事を。目を背けられない、誰かがやらないと行けない事をやるために。
やろうと思ってしまった事をやるために。
その為にも俺はエルドさんと共に食事へと向かった。
例えるならばRPGなどで良く見かける中世ヨーロッパ風の街とでも言うべきだろうか。
池袋と無理矢理にでも共通点を見つけるとすれば、多分此処はそれなりに都会なのだろうと思える街並みをしているという事か。
「どうしました? 別に珍しい風景でもないでしょう?」
「そ、そうですね」
池袋住まいの俺には十二分に珍しい光景なのだけれど……だけどそういう驚きなんてのは簡単に霞む。霞んでしまう。
霞む様な光景を、気配を感じ取った。
「……ッ」
エルドさんの家を出てすぐに、大人に連れられた一人の女の子とすれ違った。
当然知り合いでは無い。そして思わず注視してしまう程、好みの女の子だった訳でもない。
ただそれでも一瞬見た表情が、纏っていた雰囲気が、脳裏に焼き付いて離れない。
俺は思わず振り返る。
もうその表情を見る事はできない。その雰囲気を感じ取ることができない。
だけどきっとそこにあるのは変わらない。
僅かながらだけど、あの森で出会った女の子と同じ様な神秘的な雰囲気を漂わせた……恐ろしく無表情で濁った眼をした。文字通り人形の様な女の子がそこに居るだけだ。
「どうされました?」
思わず立ち止まってしまっていた俺に、エルドさんが声を掛ける。
……聞かずにはいられなかった。だけどそんな声も無理やり押し込まれる。
視界の先に何人かいる、同じ様な状態の少女達を見て、思わず絶句してしまった。
「……大丈夫ですか?」
エルドさんはそう聞いてくるが、大丈夫では無い。
あんな状態の女の子を見せられて平常心で居られる訳が無いし……そして俺以上にあの子たちが大丈夫じゃない。
「すみません、エルドさん……」
「なんですか?」
こんな異様な場に立っていながら、そこにあるのは当たり前の光景とばかりにそんな言葉を返すエルドさんに対し、俺はそのまま思っている事を口にした。
「あの濁った眼をした女の子は……」
「濁った眼……女の子……もしかすると精霊の事を言いたいんですかね?」
精霊。それは先程の精霊術という単語で頭の隅に残っている単語で……そしてあの子達や森で出会ったあの子が纏う雰囲気ととてもマッチする様なそんな単語。
「随分と珍しい表現をされるから、一瞬なんの事か分かりませんでしたよ」
珍しい表現……ちょっと待て。
もうこの際精霊という存在が居るという事は別にいい。呑みこもう。十分に呑みこめる程、俺の常識は麻痺している。
だけどそれでも、この違和感は拭えない。
例えあの子が精霊と呼ばれる存在だったとしても、それでも濁った眼をした女の子である事には間違いない筈だ。別に珍しくもなんともない、ごくごく当たり前の言葉だった筈だ。
だけど当たり前が当たり前として伝わらなかった。
そうしてその意味は、言葉となって耳に届く。
「女性の姿を模っているだけの資源を、まるで人間の様に女の子呼ばわりする人なんてのは初めて見ました。普通は単純に精霊と呼ぶか、もしくは資源だとかそう呼ぶでしょうに」
「……ッ」
何を言っているのか、理解できなかった。
多分それはあの大通りの一件から経験した、数々の訳の分からない超常現象よりも、そして俺が今まで経験してきた全ての事よりも……理解できない。
「えーっと、僕、何か変な事を言いましたかね? それよりあの精霊がどうかしましたか?」
どうかしているだろう。エルドさんは明らかにどうかしている。
いや、エルドさんだけがおかしいんじゃない。
街を歩く人が、だれもあんな酷い状態の女の子に気にも留めない。あの光景をさも当たり前の様子として処理している。誰もこのおかしい状況をおかしいと認識していない。
「……っていや待てよ。エイジ君はそもそも精霊術を覚えていなかったから……もしかする精霊の事まで忘れてしまっているのかもしれない。人と精霊の区別の仕方も忘れてしまっているのだとすれば……さっきのは、そもそもどうして人間があんな人形の様な状態になっているか、という事を言いたかったんですか?」
俺は頷く。もう普通の相手と思えなったエルドさんの言葉に、それでも堪えながら頷く。
「だとすれば、今すぐにでも説明した方が良いですね。精霊術はともかく、精霊そのものの事自体は、小さな子供でも完璧に理解している事ですから。人と精霊の区別が付かないどころか、そもそも精霊が何か分からないなんて状態の人を放ってはおけません」
そうしてエルドさんは精霊の事を……子供でも当たり前に分かっている事を、何も知らない俺に説明してくれて、それを簡潔にまとめればこういう事になる。
精霊とは、人間の女性の姿を模った資源である。
神秘的な雰囲気を持つ彼女達は不思議な力を持っていて……精霊と契約を結んだ人間はその力……精霊術を手に入る。
話の途中。そこまでを聞いて入れば、資源という一点を除けば、漫画などで良くありそうな関係性だと思えなくもなかった。
だけど、まともなのはそこまでだ。
「…契約ってのはどんな風に行うんですか?」
まともな答えが返ってくるとは思えなかった。
彼女達……精霊の事を資源と呼ぶ。そんな常識を持っている相手から、まともな答えが返って来る訳が無い。それで返ってくるのなら、多分精霊達はあんな酷い事になっていない。
そして予想通りまともでは無い答えを、まともな事の様にエルドさんは口にする。
「そうですね。まず精霊を完膚無きまでに叩き潰します。これが一番大変な工程ですね」
「……ッ」
本当になんて事ない事を言うように、そんな軽い感じでエルドさんはそう言って続ける。
「そして抵抗できない様に特殊な錠を手足に付けて拘束する。もうこの時点で抵抗はされないのですが……まあ契約に応じてくれないんですよ。だから聞いてもらう様にします」
「ど、どうやって……」
「ドール化するんです」
「ドール化?」
その言葉を聞いて嫌なイメージと、そしてすれ違った女の子の表情が脳裏を過った。
ドール。即ち人形。
「ええ。工場に輸送して、文字通り感情の無い人形に加工する。そうなればもう自我が完全に消滅した操り人形ですから、契約は容易に行える状態になります。あとは消費者の元に届けられて、人は手の甲の刻印と共に力と、力尽きるまで動く手駒を手に入れる。まあこんな所です。これがキミの忘れている、精霊の知識です」
ふと、森で出会った精霊の女の子の言葉を思い出した。
『あんな事をしていて、それで私達がどう思うかも分からないあなたの様なクズを、どうやって信用しろって言うんですか!』
あんな事。それは無理矢理叩き潰されて自由を奪われ、挙句の果てに操り人形にされて、したくもない契約の判を押さされる。どうしようもないほどの理不尽。
……こんなもん恨まれたって当然だ。怯えられたって当然だ。
俺が口にした言葉が逆鱗に触れるなんてのは……当然の事だったんだ。
そしてあの子の事を思い出せば、この事を聞かざるを得なくなる。
「説明ありがとうございます。精霊の事はある程度呑みこめました。それで、一つ聞きたいんですけど……」
「はい、何でしょう?」
「エルドさんは俺が倒れていたあの場所に、一体何をしに行っていたんですか?」
「そうですね……まあ視察ですよ」
「視察?」
そしてエルドさんは、隠す必要性すら感じないという風に答えた。
「恐らくはあの時キミを襲ったのだろう、あの森に隠れている精霊を捕まえる為のね。丁度その視察の帰りにキミを見つけて、助けだした。それがあの場での僕の行動です」
「あの森の精霊……っていうと、あの青髪の……」
「ああ、精霊の知識は抜け落ちていても、どういう風貌の者にやられたかは覚えているんですね。そうです。あなたが考えているであろう精霊。それが今回のターゲット。中々グレードの高い精霊の様なので、良い値で売れると思いますよ」
売れる……本当に物みたいな言い方だ。
そして多分、それがこの世界の常識なのだろう。
清々しいまでの人尊霊卑。精霊は文字通り資源として利用され、同じ知的生命体として認知されない。同じ姿をしているのに、纏う雰囲気や宿した力が違うだけで、こうまでも立ち位置が変わってしまう……歪んだ世界。
この世界がそういう世界だというのは、ここから見渡せる光景だけで容易に理解できてしまって……ただただ視界に移る光景が醜く見えて、拒絶したくなってくる。
そしてふとエルドさんは、良い事を思いついたという風に俺に問いかける。
「そうだ。あの精霊をドールにしたら……エイジくん。あなたが買いませんか?」
「……え?」
「あの場で会ったのも何かの縁ですから。格安で譲りますよ。手に契約の刻印が刻まれていないのを見る限り、現在契約している精霊は居ない様ですし。お金が無いのであれば、無利子無担保のローン払いで構いません。どうですか?」
多分エルドさんは本当に善意でそう申し出て、俺が喜んでくれるとでも思ったのだろう。
そういう善意の塊の様なエルドさんですら、こういう人身売買めいた事を平気で当たり前の様に口にする。
本当に……何なんだ、この世界は。
そして俺の表情が浮かなかった事が気になったのだろう。エルドさんが申し訳なさそうに謝罪してくる。
「ああ……すみません。良く考えれば、自分を半殺しにした相手を買いたいとは思いませんよね。そんな印象が悪い精霊の購入を勧められれば、気分が悪くなっても仕方が無い」
俺の真意にまるで気付いていないエルドさんは、本当に的外れな事を言ってくる。
印象が悪い……それは多分間違いない。
恨まれて当然。怯えられて当然。そういう状況下だったといえ、俺は文字通り半殺しにされているんだ。これで可哀想な境遇だったから別にいいだなんて聖人染みた事を言える程、俺は大人じゃない。
だからこの気分の悪さは、純粋に精霊を物として扱っている事に対して抱いた物だ。
「いや良いんです。気にしてませんし。でもまあ……その件に関しては丁重にお断りします」
俺はそう言ってエルドさんの善意を突っぱねる。
「そうですか……仕方が無いですね。別に私も押し売りをする気にはなりませんから」
そう言った後、エルドさんは気を取り直すといった風に続ける。
「まあとりあえず行きましょうか。あまり立ち話もなんですから」
「そう、ですね」
はっきり言ってもう飯を食っている場合では無かったけれど、俺はそれでもその誘いに乗る事にした。
俺が思う正しい事を。目を背けられない、誰かがやらないと行けない事をやるために。
やろうと思ってしまった事をやるために。
その為にも俺はエルドさんと共に食事へと向かった。
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