魔剣拾った。同居した。

山外大河

文字の大きさ
上 下
88 / 115
2-1 招かれざる客

ex 負の側面

しおりを挟む
無我夢中で走って、走って、走って、私は漸く、目的地に着いた。


誰も連れてきていない。
一人きりだ。

黒宮君が今頃助けを呼んでくれているはず。
私は、一刻も早く龍牙に会いたい。


「……はっ、はぁっ、はッ…」


廃工場の入口はいくつかある。いつしか来た記憶を辿って、私は適当な扉から中に入った。

ここに龍牙がいるかは分からない。西柳の方だとはいっても、全然違う方にいるかもしれない。でも、とにかく探さないと。



焦りに駆られながら廊下を走ると、おかしな光景が見えた。

「ぇ、えっ、え? だっ、大丈夫ですか…?」

廊下のあちこちに、不良さんが倒れている。不良のたまり場というのは黒宮君が教えてくれた。でも、どうして皆倒れているんだ。倒れている一部の人は血を流していたり、まだ苦しそうに呻いていたりと、惨憺たる様子だった。

これは、何かある。

倒れている人が心配だったけれど、今は龍牙を探すことを優先しよう。




廊下を走っていくと、何やら話し声が聞こえてきた。どうやら扉の向こうで話をしているらしい。扉に近づくと、その会話が聞こえてきた。


「やーーめーーろ!!! なんでっ、なんでこんなっ…」
「うるせぇな。おい、誰か押さえとけ」
「やめろっ!! なっ、……あ? ボコるんじゃねぇのかよっ……離せっ!」


龍牙の、声。

判断した時には扉を開けてしまっていた。
もう少し様子を窺えば良かったのだろうが、やはり冷静になれなかった。


「誰だっ……あ?」
「……アイツ…」
「おー、誰誰?」

扉を開けた先は、少し狭い部屋だった。体育館の倉庫かなってくらいの広さで、そこには十人くらいの不良さんが立っていた。

そして、部屋の中心で、誰かが誰かを押し倒していた。その誰かが振り向き、息を切らす私を見てにやっと笑った。

「……はっ、は……ぁ…」
「ああ、チビ……コイツのダチか」
「…はっ……離して、龍牙を………」
「どうやってここまで来たかは知らんが…そこで黙って見てろ」

渡来、賢吾。
渡来は誰かを押し倒している。
床には絹糸のように美しい金色が散らばっている。もう、誰のものかなんて、分かりきっていた。

「すっ、鈴?鈴なのか?何で、何でこんなとこ…」

渡来の下から困惑しているあの子の声が聞こえ、私は泣きそうになった。すぐに、今すぐに、連れて帰りたい。

渡来に向かって手を伸ばしたけれど、その手は誰かに掴まれてしまった。

「だっ、誰、離して」
「………………」
「ちょっと、離してって…」

私の腕を掴んだのは、フードを深めに被ったパーカーの男だ。その人は無言で、私の腕を離してくれない。痛くはないけれど、動かせない。

「鈴っ、ちょ、なあっ、鈴に何もすんなよ!?」

違う、何かされそうなのは、龍牙の方だ。

「……心配すんなって。俺が興味あんのは、お前だけだ」
「さっきからそう言ってるけど、マジで何す、ぅ、わっ」

カチャカチャと音が聞こえ、何か細長い物が放られる。ベルトだ。龍牙のベルトが、引き抜かれた。

「へっ?何で、ベルト…??えっ、や、止めっ、ろ、待って、何…、え…?」
「お前みたいに生意気な奴はな、泣き顔がエロいんだよ」
「………………あ……」

困惑したような、声。
一拍置いて、悲鳴じみた叫び声が聞こえた。

「やっ、やだっ!!! やめっ、止めろ、ひっ、ぃ、いやだっ…、おれはっ、おんなじゃっ……」
「はははっ!!」
「すっげ、半泣きじゃん」
「あれは処女だわ。ケンちゃん羨まし~♡」


とうとう、龍牙が理解してしまった。

だめだ、このままだと、龍牙が。


「止めろ!!!!」
「うっせーなァ…誰かそいつ押さえとけ」
「…………」

パーカーの男が私に片腕を伸ばしてくる。私はその腕を振り払った。
まさか抵抗されるとは思っていなかったらしく、男が怯む。

何かしないと。
殴られたり蹴られたりして押さえつけられないのは、私がそれだけ弱いと信じているからだ。確かに私は弱い。



でも、誰かを助けることくらい出来る。


「やだ、やだ、ぁ、やめろっ、やめ、て……っ…」
「…………あの、渡来……さん」
「あ?」


ああ、ピンがあればもっと可愛く出来たかな。


どうでもいいことが、ふと、頭をよぎった。


前髪を退かして、にっこり渡来に笑いかける。


笑顔は慣れている。
いつだって私は嘘の笑顔が出来る。

辛い時だって、悲しい時だって、苦しい時だって、

…………怒っている時だって、

いつだって、笑顔を浮かべられる。


優しい目元、ゆったりと上げる口角、ほんの少しだけ下げる眉、綺麗な笑顔は何度もしてきた。


「ねぇ…………賢吾さん…」


色を含んだ声で、こてんと首を傾げる。




渡来が固まり、私を止めようとしていたフードの男も固まった。
いつの間にかガヤも静まっていた。

私だけが動いて話している。
……ああ、私だけじゃないや。

渡来が振り向いて固まったからか、渡来の体の下から龍牙の姿が見えた。足も腕も縛られて、とても抵抗出来るような姿には見えない。



「……鈴…………?」

「ねえ、賢吾さん。私の方が、ずぅ…っと可愛いでしょう?」

「すず、まって、何、言って…」

「そこの金髪の子より、私とシません?」

龍牙、そんな顔しないで。


だって私、慣れてるから。大丈夫。ずっとそういう目で見られてきたのは、分かってるから。何かされたことはまだ無いけれど、視線には慣れている。


「……かっ、可愛、いい…」
「なっ、何あの美人…」
「激シコじゃん」
「エロ」
「は?は?しっ、死ぬほど可愛いっ」

周りがざわめきたち、渡来だけが数秒遅れて反応を返す。

渡来はにんまり笑い、立ち上がった。
良かった、引っかかってくれた。

「はは……こんな奴がいたとはな。確かにコイツよりずっと可愛い」
「でしょう?」

「まって、やめっ、やめて、やだ、すず、鈴、にげて」

引きつった悲鳴が聞こえる。
鼻をすすりながら、ぐすぐす泣きながら、私に呼びかけている、龍牙の声。

ごめんね、今だけは、無視させて。

「テメェ…相当男食い慣れてんな」
「やだなあ、処女ですよ」
「……マジで言ってんのか?」

「鈴、すず、やめて、お願い」

渡来が歪な笑みを浮かべて私に近寄ってくる。笑みを絶やさず、私は話を続けた。なるべく煽れるように、龍牙に絶対目がいかないように。

そして、ダメ押しに、渡来の色々なことを、なるべく刺激することにした。

「ええ。紅陵さん・・・・や氷川さん、色んな人に守ってもらってましたから」
「おっ、おいおい待て待て、お前紅陵の男か!あのムカつくクソハーフの男を寝取れるわけだ。しかも、あのヤリチンの男のくせしてまだ処女か。相当大事にしてるってことだな?…ほぉ~ん」

「やだ、ぉ、おいっ、鈴、いい加減に、しろっ…」

ぐいっと顎を乱暴に掴まれ、無理な姿勢に首が悲鳴を上げる。体が訴える痛みも、龍牙の悲鳴も怒りも無視して、私はひたすら笑顔を貼り付けた。

「気に入った。おいお前ら、金髪退かせ。もうソイツはいい」
「…あの子には絶対手を出さないでください」
「分かった分かった。紅陵の男なら訳が違うしな。約束も守ってやる。その代わり言うこときっちり聞けよ」
「勿論です」

「…やっ、…おいっ、渡来!! 俺の事狙ってたんじゃねぇのかよっ!! そっ、そんな良い子そうな奴じゃなくて、なっ、生意気な俺を…」

龍牙は訴えの方向を変えたが、もうそれは遅かった。
縛られて動けない龍牙が、マットの上から退かされる。私は渡来に肩を抱かれ、そこへ座らされた。


「おいお前ら、紅陵にコイツの処女卒業ビデオ送りつけるぞ」
「ふぁ~~ケンちゃん最ッ高♡」
「二番目俺!」
「え~俺撮影係やだ~俺もこの子とヤりたい~」
「僕も!」
「じゃあジャンケンだ、それなら平等だろ」
「おっけおっけ」
「ズルすんなよ~!」

周りが色めき立ち、思い思いのことを口にする。渡来はその様子を聞きながら、じっくりと私の体を見ていた。

「いやあ……どうすっかなァ、ほんっと美人だな」
「……よく言われます」

前髪はずっと手で押さえている。顔はずっと見えていた方が良いだろう。

「…………いや、マジで悩むな」
「ケンちゃんドーテイかよ~!」
「服脱がす時点で悩んでるのかよ、はははっ」
「こんな美人滅多にお目にかかれねぇしなぁ」
「半分脱がすって死ぬほどエロいよね。あーでも全裸も惜しいなぁ~!」

周りがげらげらと笑ったが、かき消されそうな龍牙の声がかすかに聞こえた。

「はっ、は、ぁ……やだ、やだ、すずっ、すず…、やだ、やだ、やっ…、やだ、ぁ……、おっ、おれ、に、しろっ、おれにしろよ…、おれに、して、くれ………たのむ…」

ちらりとそちらを見れば、龍牙が大粒の涙を零してぼろぼろと泣いていた。自分のせいで…とか考えてそうだ。後で慰めてあげないと。

あんなに怯えていたのに、自分にしろと言っている。それだけ今の私を心配しているのだろう。

大丈夫、慣れてるから。
龍牙はこんな状況初めてだから怖いだろうけど、私は、初めてじゃない。

「あっ、ハサミで服切るとかどうです?」
「あーそれいい。乳首のとこだけ切ろうぜ」
「それ採用」
「流石にかわいそうじゃね?」
「紅陵の男なんだからそれもありっしょ」
「確かに」

「だれかっ……、やめろよ、やめろ、……すずっ…、だれか、たすけて……」

また、不良たちが笑う。大丈夫、大丈夫。だって龍牙を守れるから。

自分のこの容姿が役に立って、良かった。
龍牙に何度も守られたから、今度は私が龍牙を守る番。


「ハサミって誰か持ってたっけ?」





「アマノ、お前持ってたよな」





「……えっ?」


突如聞こえた名字。私は耳を疑った。いや、アマノ、天野、……天野君、天野優人じゃ、ない、だろう。
だって、そうだとしたら、この不良と天野君が揃って、私や龍牙を……


「……ああ、持ってるよ」
「てかお前このフードなんだし。脱げ」
「そーそー、いつもはパーカーなんか着ねぇくせに」
「顔隠したい感じ~?」
「ちょっ、止めてくださいよ…」

フードを脱がされた、男。
私の腕を掴んで押さえつけようとした、男。

その男は、よく目立つ、青い髪をしていた。

それは、ついさっき、教室で見た……


「……あまの、くん…?」


私が呆然として呟くと、パーカーの男は顔を上げた。

眉を下げ、泣きそうな顔でこちらを見ている。



「…………ごめん」



零された声は、酷くか細かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節
ファンタジー
〔小説家になろうローファンタジーランキング日間ベストテン入り作品〕 タイトルを変更しました。旧タイトル【異世界から帰ったらなぜか魔法学院に入学。この際遠慮なく能力を発揮したろ】 3年間の異世界生活を経て日本に戻ってきた楢崎聡史と桜の兄妹。二人は生活の一部分に組み込まれてしまった冒険が忘れられなくてここ数年日本にも発生したダンジョンアタックを目論むが、年齢制限に壁に撥ね返されて入場を断られてしまう。ガックリと項垂れる二人に救いの手を差し伸べたのは魔法学院の学院長と名乗る人物。喜び勇んで入学したはいいものの、この学院長はとにかく無茶振りが過ぎる。異世界でも経験したことがないとんでもないミッションに次々と駆り出される兄妹。さらに二人を取り巻く周囲にも奇妙な縁で繋がった生徒がどんどん現れては学院での日常と冒険という非日常が繰り返されていく。大勢の学院生との交流の中ではぐくまれていく人間模様とバトルアクションをどうぞお楽しみください!

「残念でした~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~ん笑」と女神に言われ異世界転生させられましたが、転移先がレベルアップの実の宝庫でした

御浦祥太
ファンタジー
どこにでもいる高校生、朝比奈結人《あさひなゆいと》は修学旅行で京都を訪れた際に、突然清水寺から落下してしまう。不思議な空間にワープした結人は女神を名乗る女性に会い、自分がこれから異世界転生することを告げられる。 異世界と聞いて結人は、何かチートのような特別なスキルがもらえるのか女神に尋ねるが、返ってきたのは「残念でした~~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~~ん(笑)」という強烈な言葉だった。 女神の言葉に落胆しつつも異世界に転生させられる結人。 ――しかし、彼は知らなかった。 転移先がまさかの禁断のレベルアップの実の群生地であり、その実を食べることで自身のレベルが世界最高となることを――

無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです

竹桜
ファンタジー
 無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。  だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。  その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。

はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。 ※第二章は全体的に説明回が多いです。 <<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>

削除予定です

伊藤ほほほ
ファンタジー
削除します

処理中です...