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1-EX 日常編(春)
8 お酒は二十歳になってから 下
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その後日中は家事を含めてダラダラと過ごした後に夕飯の買い物へ。
ユイに何を食べたいのかリクエストを募った結果揚げ物との事で、そこから更に何となく酒に合いそうフィルターを掛けてメニューを絞り出し、唐揚げに決定。
ユイの提案でケーキも購入したので、今夜は唐揚げで初アルコールを楽しみつつ、途中ケーキでインターバルを挟み、その後適当に買うツマミで第二陣。
(これだ……多分なんかそれっぽく良い感じだ)
そして帰宅、調理……決行!
「「いただきます!」」
ユイと食卓を囲みそう言ってから、缶ビールのプルタブをオープン。
そしてグイっと数口。
ここしばらく待ち望んでいた飲酒の、最初の一撃。
「で、どうじゃ?」
「……苦いな」
「つまりイマイチという事かの?」
「いや……苦みはあるけど悪くないっていうかさ、嫌いじゃねえわこれ」
苦みはあるが、コーヒーとはまた別ジャンルで悪くない苦みだ。
そのままもう数口。
「……なんか安心したわ」
「何にじゃ?」
「いや、もしこれだけ楽しみにしていて、いざ飲んでみたらマズくて飲めたもんじゃねえってなったらどうしようって不安もあったんだよな……うん、うめえわこれ」
言いながら唐揚げに箸を伸ばす。
「うん、我ながら悪くねえな……そして今確信したけどこれ絶対ビールに合うわ」
つまりあらゆる点で完璧だ。
「どうやら俺は今、最強のコンボを決めてるみたいだ」
「それは良かったのじゃが……どうじゃ。酔いとやらは回っているのか?」
「いやいや、500ミリのビール1缶の半分位で酔い回ったりしねえよ。実際変わってねえだろ俺の様子」
「今日一日ちょっとおかしかったぞ?」
「その地続きなら素面じゃね?」
とかなんだか言いながら食べて飲んでとしていると、割と早い段階で缶の中身が空になる。
「一本目終了」
「良く分からんがペース早くないかの?」
「いや、どうなんだろ。それこそ誰かと飲み会した事ねえしな……」
言いながら今更違和感に気付く。
「なんか少しふわふわする感じがする……これが酔いか? 悪くねぇ……なんか良い感じに気分良いなこれ」
「ど、どうする? 一回水でも飲んだらどうじゃ?」
「いや全然平気っぽいぞこれ。うん、全然酔ってないし。まだ水の出番じゃない」
「酔ってないって……流石に無知のワシでも分かるぞ。普通に酔ってるのじゃ鉄平」
「大丈夫大丈夫……さてと」
立ち上がってまだ別にフラついてはいない筈の足取りで冷蔵庫へ。
始める。二本目。
「よし次は違うの行くかぁ」
持ってきたのはストロングとか書かれてある缶酎ハイ(レモン)。
「俺は自分からかけようとは思わねえけど、唐揚げってレモン掛けたりするじゃん。って事はこれと会わない方が不思議なんだよなぁ」
言いながら開封。
そしてまず一口。
「すっげえこれほぼジュースじゃん。え、グイグイ行けそうなんだけど。これほんと酒か?」
「酒じゃよ? ていうか行けそうでもぐいぐい行ったらマズいと思うのじゃが……ああ、鉄平そんな勢いよく!」
「大丈夫だって、ユイは心配し過ぎ」
一気に半分ほど飲んでから鉄平は言う。
「そもそもほんとに危なかったら販売してねえんだよなぁ、毒みたいに。……ていうかこう、良い感じに頭ふわふわしてくる感じさ、これ毒じゃなくて薬だぜぇ~」
「いや今その単語出てくると意味違って聞こえるのじゃが!?」
「そんで揚げ物との相性ばっちり……キミもしかして水じゃないか?」
「なんか既に言動怪しい気がするんじゃが!? って、っちょ、一気飲み!?」
「さくっと入ってく。うめー」
「よ、よし鉄平、一旦水飲んでおくのじゃ。ここらで一旦な」
「いや……まあちょっと考えてみてくださいよユイさん」
「なぜ敬語じゃ!?」
「俺思うんだよ……こう良い感じに詰みあがった所に水なんか飲んだら、色々リセットされるんじゃねって。まさしくこれが水を差すって事だって頭の英会話辞典が言ってるんだわ」
「いやリセット狙っていく為の水じゃろうよ……ていうか今の言葉に英会話要素ないじゃろう」
「……リセット。あったぜ四文字」
「それを英会話で通そうとしている辺り、既にもう滅茶苦茶じゃよ鉄平」
「すわぁて、最悪ツマミ無しで行けるコイツは後回しだな。今はこう、ビール片付けちまうかぁ。そもそもこれ全部で6本で足りなくねえ?」
そう言って立ち上がる鉄平の足取りは既にどこか怪しい。
「……すまん神崎さん、これワシの手に負えないかもしれないのじゃ」
「そういやユイと神崎さん、俺が酒飲むって言ったら心配してたよなぁ」
そう言って鉄平は冷蔵庫から取り出したビール片手にちょっとドヤ顔を浮かべて言う。
「この通りなんの問題もないだろ」
「問題じゃない方を探す方が難しくないかの……」
「なんの問題もありませ-ん」
言いながらビールのプルタブを空け……宴は続く。
*****
「鉄平はケーキ食わんのか?」
「いやケーキ食うなら飲み物はコーヒーだろ。そして俺の手には酒がある訳だ」
「いや酒を置く発想をなんとか捻り出せんか……というか水じゃ。そろそろ水飲むのじゃ水」
「俺このまま走りきるよ。そもそもこれ実質水だからな。水で酔う奴いねえだろ」
「おーい、悪い事言わんからそろそろ止めた方が良いと思うぞ。一旦水飲んでケーキ食べて落ち着くのじゃ。もうさっきから不定期に支離滅裂な事言っとるぞ鉄平」
ビール二本。
酎ハイ三本目。
まだまだ大丈夫そうだ。
……大丈夫そうだからこそ、一つユイに言いたい事を言っておく。
「……とまあ此処までの冗談? はさておき……まあアレだな。俺が酔ってるって事にして、改めてユイに……言っておきたい事があるんだ」
「そういう事にしなくても酔ってるじゃろ」
「まあまあ……でだ」
鉄平は一拍空けてからユイに言う。
「俺お前にありがとうって言っておきたくてさ……」
「ん? どうしたのじゃ急に」
「そう、急……急なんだよなぁ。こんな話……いつしても、急な感じになるだろ。だからこういう場でも良いから、場を作らなくちゃな。なんかサラっと言えそうなさ」
そう言って鉄平は一拍空けてから、殆んど浮かんできた言葉を垂れ流すように言う。
「……最近大変だけど凄い充実してるんだ。それは全部お前が俺の前に現れてくれたからだし……今もこうして居てくれてるからなんだよな…………ありがとう。お前が居てくれて良かった」
「……何を言い出すかと思えば、そういう話しか。そういうのは素面の時に言ってほしいのじゃが」
ユイは少し呆れるようにそう呟くが、それでも笑みを浮かべて言ってくれる。
「どういたしましてじゃ」
それを聞いて、悪くない気分になった。
そこまではおぼろげだが覚えている。
……そこまでは。
*****
「……も、もう酒なんて二度と飲まねえ……あんなの毒だ……毒毒。頭痛ぇ……気持ち悪い……吐く物胃に残ってねえ筈なのにぃ……」
翌朝、ソファの上で目が覚めてからはずっと地獄だった。
この世の終わりのような、そんな頭痛と吐き気が永遠としている。
冗談抜きで、ウィザードとの戦いよりもジェノサイドボックスとの戦いよりもピンチに思えた。
「酒は薬みたいな事言ってたのは誰じゃったかの」
「誰だ……その頭わりい馬鹿は」
「鉄平じゃ鉄平」
目が覚めてから少し話は聞いたが昨日は色々と大変だったらしい。
なんというか、物凄い大変だったらしい。
「なんかほんと……ごめんなユイ」
「いや、いいのじゃ。唯一止められる立場じゃったワシが止めんかったのも悪い」
「いやお前止めてたじゃん……俺が止まんなかっただけで……う、気持ちわる……!」
「ほらレジ袋レジ袋」
「さ、さんきゅ……うぅ」
が、何も出てこない。
そしてそんなグロッキーな状態の鉄平にユイは言う。
「ちょっとずつで良いから水飲むのじゃ水」
「の、飲む……」
「あとワシちょっとそこのコンビニでポカリ買ってくるのじゃ。酒と一緒に飲むのは絶対良くないらしいが、二日酔いの時は結構良いらしいからの」
「た、助かる……ほんと助かる……」
そして死にそうな声音で鉄平は言う。
「……ありがとう……お前が居てくれて良かった……」
「確かに素面の時に言えとは言ったがのはワシじゃが、これ今じゃないのう絶対……」
ユイは溜め息を吐いてから言う。
「とりあえずポカリ飲んで、少し元気になったらワシがお粥でも作るのじゃ。何か栄養いれた方が良い筈じゃから」
「……お粥かぁ」
「なんじゃ。違うのが良いか?」
「いや、そうじゃなくて……逆になったなって」
「逆?」
「……お前助けた時も、こんな感じだったじゃん」
「いやこんな感じでは無いと思うのじゃが!?」
言いながらスマホを手にしてユイは言う。
「とにかくすぐ買ってくるのじゃ」
「ありがと~」
そしてパタパタと部屋を出ていくユイを見送った。
*****
「あ、ユイちゃん。おはよう」
「おはようじゃ柚子。どうして此処にいるのじゃ?」
「たまたま近くに用事があって。そのついで」
近くのコンビニに訪れたユイは、柚子と出くわした。
「ユイちゃん何買うの?」
「ポカリとあとは食べやすそうなゼリーじゃ。実は鉄平がとんでもない二日酔いになっておっての」
「あー杉浦さんそういえば昨日誕生日だっけ。なんというか……御愁傷様っす」
そう言いながらユイは近くを見渡して呟く。
「流石にコンビニに経口補水液は売ってないっすね。あれあると結構二日酔いに良いんすけど」
「なんか慣れとるの……柚子まさか未成年で……」
「いやいや飲んで無いっすよ。違う違う」
慌てて否定してから柚子は言う。
「ほらお姉ちゃんがね。もう二度とお酒なんて飲まないって事を不定期に言い続けているような人っすから。私はユイちゃんと同じ立場っすね」
「おお、仲間じゃ」
そして新たに知った杏の生態系が大体想像通りだ。
「しっかし馬鹿っすよねー。なんであんなになるまでお酒飲むのか。そして繰り返すのか」
「鉄平はもう飲まんって言っておったぞ」
「酒飲みのもう飲まない程信用できない言葉はないんすよ。だから大事なのはちゃんとした飲み方を覚える事っすね」
「凄い飲み慣れた人みたいな事を言うの」
「飲んでない飲んでない。少なくとも今は」
そう言ってから一拍空けて柚子は言う。
「でも将来的に二十歳になって飲むようになった時は、ちゃんと節度を持って飲むっすよ」
「……」
「え、何その信用無い目」
「いや、柚子は杏さんの話する時、大抵自分は普通みたいな雰囲気出すけど、結構似とるぞ柚子は杏さんに」
「……え?」
「憧れのお姉ちゃんにだいぶ近付いとるぞ?」
「……その方面は目指してないんすけど……えぇ……」
柚子は溜め息を吐いてから言う。
「しかし遠慮無くそういう事も言うようになったっすね……良い感じに馴染んだというか」
「ありがたい事にもう1ヶ月じゃからの……って立ち話してる場合じゃないのじゃ。早く帰らないと。それじゃあまた」
「うん、またね」
「すみませんレジお願いします……いや、袋大丈夫です。あ、支払い◯▲ペイで」
「馴染み方すっげえ……」
(馴染んだ……か)
柚子の声を背に聞きながら思う。
(この世界に来る前のワシが見たら、今のワシはどう見えるんじゃろうな)
この世界に来た時、自分の事は名前以外何も覚えていなかった。
だからそれ以前の自分が何を考えていたかなんて事は全く分からないが、この世界を征服しようと考えていたのは間違いなくて、だからきっと今の自分を見れば、困惑したりがっかりしたりするのではないだろうか。
……存分にすれば良いと思う。
鉄平の言葉を借りれば、今は凄く充実しているのだから。寧ろ見せ付けてやりたい。
そう、充実している。
何がとうまく言葉にはできなく抽象的だが、今の一応平和と呼べるような日々を送る自分は幸せだ。
願わくばその平和で幸せな日々が続きますように。
「さて、さっさと帰るのじゃ。鉄平が大変な事になる」
そう考えながら、必死になって自分をこの場所まで引っ張りあげてくれた。
今現在自業自得とはいえ平和とは程遠い地獄のような状態で苦しんでいる大切な人の助けに少しでもなれるように。
今日も彼女は平和な一日の一秒一秒を刻んでいく。
ユイに何を食べたいのかリクエストを募った結果揚げ物との事で、そこから更に何となく酒に合いそうフィルターを掛けてメニューを絞り出し、唐揚げに決定。
ユイの提案でケーキも購入したので、今夜は唐揚げで初アルコールを楽しみつつ、途中ケーキでインターバルを挟み、その後適当に買うツマミで第二陣。
(これだ……多分なんかそれっぽく良い感じだ)
そして帰宅、調理……決行!
「「いただきます!」」
ユイと食卓を囲みそう言ってから、缶ビールのプルタブをオープン。
そしてグイっと数口。
ここしばらく待ち望んでいた飲酒の、最初の一撃。
「で、どうじゃ?」
「……苦いな」
「つまりイマイチという事かの?」
「いや……苦みはあるけど悪くないっていうかさ、嫌いじゃねえわこれ」
苦みはあるが、コーヒーとはまた別ジャンルで悪くない苦みだ。
そのままもう数口。
「……なんか安心したわ」
「何にじゃ?」
「いや、もしこれだけ楽しみにしていて、いざ飲んでみたらマズくて飲めたもんじゃねえってなったらどうしようって不安もあったんだよな……うん、うめえわこれ」
言いながら唐揚げに箸を伸ばす。
「うん、我ながら悪くねえな……そして今確信したけどこれ絶対ビールに合うわ」
つまりあらゆる点で完璧だ。
「どうやら俺は今、最強のコンボを決めてるみたいだ」
「それは良かったのじゃが……どうじゃ。酔いとやらは回っているのか?」
「いやいや、500ミリのビール1缶の半分位で酔い回ったりしねえよ。実際変わってねえだろ俺の様子」
「今日一日ちょっとおかしかったぞ?」
「その地続きなら素面じゃね?」
とかなんだか言いながら食べて飲んでとしていると、割と早い段階で缶の中身が空になる。
「一本目終了」
「良く分からんがペース早くないかの?」
「いや、どうなんだろ。それこそ誰かと飲み会した事ねえしな……」
言いながら今更違和感に気付く。
「なんか少しふわふわする感じがする……これが酔いか? 悪くねぇ……なんか良い感じに気分良いなこれ」
「ど、どうする? 一回水でも飲んだらどうじゃ?」
「いや全然平気っぽいぞこれ。うん、全然酔ってないし。まだ水の出番じゃない」
「酔ってないって……流石に無知のワシでも分かるぞ。普通に酔ってるのじゃ鉄平」
「大丈夫大丈夫……さてと」
立ち上がってまだ別にフラついてはいない筈の足取りで冷蔵庫へ。
始める。二本目。
「よし次は違うの行くかぁ」
持ってきたのはストロングとか書かれてある缶酎ハイ(レモン)。
「俺は自分からかけようとは思わねえけど、唐揚げってレモン掛けたりするじゃん。って事はこれと会わない方が不思議なんだよなぁ」
言いながら開封。
そしてまず一口。
「すっげえこれほぼジュースじゃん。え、グイグイ行けそうなんだけど。これほんと酒か?」
「酒じゃよ? ていうか行けそうでもぐいぐい行ったらマズいと思うのじゃが……ああ、鉄平そんな勢いよく!」
「大丈夫だって、ユイは心配し過ぎ」
一気に半分ほど飲んでから鉄平は言う。
「そもそもほんとに危なかったら販売してねえんだよなぁ、毒みたいに。……ていうかこう、良い感じに頭ふわふわしてくる感じさ、これ毒じゃなくて薬だぜぇ~」
「いや今その単語出てくると意味違って聞こえるのじゃが!?」
「そんで揚げ物との相性ばっちり……キミもしかして水じゃないか?」
「なんか既に言動怪しい気がするんじゃが!? って、っちょ、一気飲み!?」
「さくっと入ってく。うめー」
「よ、よし鉄平、一旦水飲んでおくのじゃ。ここらで一旦な」
「いや……まあちょっと考えてみてくださいよユイさん」
「なぜ敬語じゃ!?」
「俺思うんだよ……こう良い感じに詰みあがった所に水なんか飲んだら、色々リセットされるんじゃねって。まさしくこれが水を差すって事だって頭の英会話辞典が言ってるんだわ」
「いやリセット狙っていく為の水じゃろうよ……ていうか今の言葉に英会話要素ないじゃろう」
「……リセット。あったぜ四文字」
「それを英会話で通そうとしている辺り、既にもう滅茶苦茶じゃよ鉄平」
「すわぁて、最悪ツマミ無しで行けるコイツは後回しだな。今はこう、ビール片付けちまうかぁ。そもそもこれ全部で6本で足りなくねえ?」
そう言って立ち上がる鉄平の足取りは既にどこか怪しい。
「……すまん神崎さん、これワシの手に負えないかもしれないのじゃ」
「そういやユイと神崎さん、俺が酒飲むって言ったら心配してたよなぁ」
そう言って鉄平は冷蔵庫から取り出したビール片手にちょっとドヤ顔を浮かべて言う。
「この通りなんの問題もないだろ」
「問題じゃない方を探す方が難しくないかの……」
「なんの問題もありませ-ん」
言いながらビールのプルタブを空け……宴は続く。
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「鉄平はケーキ食わんのか?」
「いやケーキ食うなら飲み物はコーヒーだろ。そして俺の手には酒がある訳だ」
「いや酒を置く発想をなんとか捻り出せんか……というか水じゃ。そろそろ水飲むのじゃ水」
「俺このまま走りきるよ。そもそもこれ実質水だからな。水で酔う奴いねえだろ」
「おーい、悪い事言わんからそろそろ止めた方が良いと思うぞ。一旦水飲んでケーキ食べて落ち着くのじゃ。もうさっきから不定期に支離滅裂な事言っとるぞ鉄平」
ビール二本。
酎ハイ三本目。
まだまだ大丈夫そうだ。
……大丈夫そうだからこそ、一つユイに言いたい事を言っておく。
「……とまあ此処までの冗談? はさておき……まあアレだな。俺が酔ってるって事にして、改めてユイに……言っておきたい事があるんだ」
「そういう事にしなくても酔ってるじゃろ」
「まあまあ……でだ」
鉄平は一拍空けてからユイに言う。
「俺お前にありがとうって言っておきたくてさ……」
「ん? どうしたのじゃ急に」
「そう、急……急なんだよなぁ。こんな話……いつしても、急な感じになるだろ。だからこういう場でも良いから、場を作らなくちゃな。なんかサラっと言えそうなさ」
そう言って鉄平は一拍空けてから、殆んど浮かんできた言葉を垂れ流すように言う。
「……最近大変だけど凄い充実してるんだ。それは全部お前が俺の前に現れてくれたからだし……今もこうして居てくれてるからなんだよな…………ありがとう。お前が居てくれて良かった」
「……何を言い出すかと思えば、そういう話しか。そういうのは素面の時に言ってほしいのじゃが」
ユイは少し呆れるようにそう呟くが、それでも笑みを浮かべて言ってくれる。
「どういたしましてじゃ」
それを聞いて、悪くない気分になった。
そこまではおぼろげだが覚えている。
……そこまでは。
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「……も、もう酒なんて二度と飲まねえ……あんなの毒だ……毒毒。頭痛ぇ……気持ち悪い……吐く物胃に残ってねえ筈なのにぃ……」
翌朝、ソファの上で目が覚めてからはずっと地獄だった。
この世の終わりのような、そんな頭痛と吐き気が永遠としている。
冗談抜きで、ウィザードとの戦いよりもジェノサイドボックスとの戦いよりもピンチに思えた。
「酒は薬みたいな事言ってたのは誰じゃったかの」
「誰だ……その頭わりい馬鹿は」
「鉄平じゃ鉄平」
目が覚めてから少し話は聞いたが昨日は色々と大変だったらしい。
なんというか、物凄い大変だったらしい。
「なんかほんと……ごめんなユイ」
「いや、いいのじゃ。唯一止められる立場じゃったワシが止めんかったのも悪い」
「いやお前止めてたじゃん……俺が止まんなかっただけで……う、気持ちわる……!」
「ほらレジ袋レジ袋」
「さ、さんきゅ……うぅ」
が、何も出てこない。
そしてそんなグロッキーな状態の鉄平にユイは言う。
「ちょっとずつで良いから水飲むのじゃ水」
「の、飲む……」
「あとワシちょっとそこのコンビニでポカリ買ってくるのじゃ。酒と一緒に飲むのは絶対良くないらしいが、二日酔いの時は結構良いらしいからの」
「た、助かる……ほんと助かる……」
そして死にそうな声音で鉄平は言う。
「……ありがとう……お前が居てくれて良かった……」
「確かに素面の時に言えとは言ったがのはワシじゃが、これ今じゃないのう絶対……」
ユイは溜め息を吐いてから言う。
「とりあえずポカリ飲んで、少し元気になったらワシがお粥でも作るのじゃ。何か栄養いれた方が良い筈じゃから」
「……お粥かぁ」
「なんじゃ。違うのが良いか?」
「いや、そうじゃなくて……逆になったなって」
「逆?」
「……お前助けた時も、こんな感じだったじゃん」
「いやこんな感じでは無いと思うのじゃが!?」
言いながらスマホを手にしてユイは言う。
「とにかくすぐ買ってくるのじゃ」
「ありがと~」
そしてパタパタと部屋を出ていくユイを見送った。
*****
「あ、ユイちゃん。おはよう」
「おはようじゃ柚子。どうして此処にいるのじゃ?」
「たまたま近くに用事があって。そのついで」
近くのコンビニに訪れたユイは、柚子と出くわした。
「ユイちゃん何買うの?」
「ポカリとあとは食べやすそうなゼリーじゃ。実は鉄平がとんでもない二日酔いになっておっての」
「あー杉浦さんそういえば昨日誕生日だっけ。なんというか……御愁傷様っす」
そう言いながらユイは近くを見渡して呟く。
「流石にコンビニに経口補水液は売ってないっすね。あれあると結構二日酔いに良いんすけど」
「なんか慣れとるの……柚子まさか未成年で……」
「いやいや飲んで無いっすよ。違う違う」
慌てて否定してから柚子は言う。
「ほらお姉ちゃんがね。もう二度とお酒なんて飲まないって事を不定期に言い続けているような人っすから。私はユイちゃんと同じ立場っすね」
「おお、仲間じゃ」
そして新たに知った杏の生態系が大体想像通りだ。
「しっかし馬鹿っすよねー。なんであんなになるまでお酒飲むのか。そして繰り返すのか」
「鉄平はもう飲まんって言っておったぞ」
「酒飲みのもう飲まない程信用できない言葉はないんすよ。だから大事なのはちゃんとした飲み方を覚える事っすね」
「凄い飲み慣れた人みたいな事を言うの」
「飲んでない飲んでない。少なくとも今は」
そう言ってから一拍空けて柚子は言う。
「でも将来的に二十歳になって飲むようになった時は、ちゃんと節度を持って飲むっすよ」
「……」
「え、何その信用無い目」
「いや、柚子は杏さんの話する時、大抵自分は普通みたいな雰囲気出すけど、結構似とるぞ柚子は杏さんに」
「……え?」
「憧れのお姉ちゃんにだいぶ近付いとるぞ?」
「……その方面は目指してないんすけど……えぇ……」
柚子は溜め息を吐いてから言う。
「しかし遠慮無くそういう事も言うようになったっすね……良い感じに馴染んだというか」
「ありがたい事にもう1ヶ月じゃからの……って立ち話してる場合じゃないのじゃ。早く帰らないと。それじゃあまた」
「うん、またね」
「すみませんレジお願いします……いや、袋大丈夫です。あ、支払い◯▲ペイで」
「馴染み方すっげえ……」
(馴染んだ……か)
柚子の声を背に聞きながら思う。
(この世界に来る前のワシが見たら、今のワシはどう見えるんじゃろうな)
この世界に来た時、自分の事は名前以外何も覚えていなかった。
だからそれ以前の自分が何を考えていたかなんて事は全く分からないが、この世界を征服しようと考えていたのは間違いなくて、だからきっと今の自分を見れば、困惑したりがっかりしたりするのではないだろうか。
……存分にすれば良いと思う。
鉄平の言葉を借りれば、今は凄く充実しているのだから。寧ろ見せ付けてやりたい。
そう、充実している。
何がとうまく言葉にはできなく抽象的だが、今の一応平和と呼べるような日々を送る自分は幸せだ。
願わくばその平和で幸せな日々が続きますように。
「さて、さっさと帰るのじゃ。鉄平が大変な事になる」
そう考えながら、必死になって自分をこの場所まで引っ張りあげてくれた。
今現在自業自得とはいえ平和とは程遠い地獄のような状態で苦しんでいる大切な人の助けに少しでもなれるように。
今日も彼女は平和な一日の一秒一秒を刻んでいく。
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女神の言葉に落胆しつつも異世界に転生させられる結人。
――しかし、彼は知らなかった。
転移先がまさかの禁断のレベルアップの実の群生地であり、その実を食べることで自身のレベルが世界最高となることを――
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無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです
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嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>
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