魔剣拾った。同居した。

山外大河

文字の大きさ
上 下
9 / 115
1-2 彼女が世界に馴染めるように

2 世界の平和を守る人達

しおりを挟む
(……考えられる限り最悪な状況だな)

 思わず一歩後ずさりながら心中でそう呟く。
 気が付いたら何も分からない内に王手をかけられたような、そんな気分だ。

 だけど誤魔化そうだとか欺こうだとか、そんな事をするつもりは無かった。

 おそらくそんな事をしても無駄なのは分かっているから。

 昨日の夜に実は誰かに目撃されていたという可能性も完全には否定できないが、やはりそれでは彼らが来るのが遅すぎる。
 そんな中、ウィザードがこの部屋に辿り着いた。
 つまりその時点で彼らなりのやり方でユイの存在を感知し、此処に辿り着いた可能性が高い訳だ。

(……いつでも動ける準備を)

 だから此処から先取るべき行動は、向こうが異世界から転移してきた剣がこの部屋にあると知っている事を前提として動かなければならない。
 だから動く為の心構えだけはしておいた。

 ……すぐに動く事はしない。

「なんの用ですか?」

 まずは会話を試みる。
 彼らがユイの存在を把握している事は大前提だが、必ずしもこちら側にとって最悪な結果を齎すとは限らない。
 それだけ今大人しく甘いコーヒーを飲んでいるユイは、素人目で見てもイレギュラーなのだ。

 だからやれるだけの交渉はする。
 ……下手に抵抗して取り返しが付かなくなるといった事は避けたい。

 そして篠原と名乗った三十代前半程のウィザードの男は鉄平の問いに答える前に静かに呟く。

「……汚染濃度は弱か。なるほど」

「……汚染濃度?」

「いえ、気にしないでください。さて、何の用かでしたね」

 不穏な言葉を呟きこそしたが、強硬手段に出る事は無く篠原は答え始める。

「単刀直入に言わせて貰えれば、私達は昨夜ダンジョン外に出現した異世界から転移してきた物品……通称アンノウンと称される代物を探してこの部屋に辿り着きました」

「……でしょうね」

「……あっさり認めるんですね、杉浦さん」

「俺は目上の人を欺けるような話術ができる訳じゃありませんし、あなた達も十代の若者に出し抜かれるような人達じゃないでしょ……だから認めますよ、この部屋にあなた達が探している物はあります。その辺は誤魔化しません。ただ……」

「ただ?」

「この先に居る奴はあなた方が出張って来なければならない程危険な奴じゃないんで、お引き取り願えませんか?」

「静かだが熱の籠った言葉だ……真っすぐでとても良いと思います」

 鉄平の言葉に篠原は静かに答える。

「その汚染度です。キミの精神は乗っ取られてはいない。だからキミはその目で見て感じた事を私達にぶつけている訳でしょう。キミはこの先に居る何かと出会い、通報しないという判断を下した。そしておそらくそういう何かを悪用しようとしている様子も無い。キミはきっと善意で動いている。善意で匿おうとしている……だから強い警戒を私達に示している。そういう事になるのでしょう」

(……あれ? なんか行けそうじゃねえかこれ)

 正直まともな会話をできる自信も無かった訳だが、しっかりと会話が成立している上にこちらに理解を示してくれている。
 このまま、穏便に事が済むのではないかと、そう思えた。
 ……此処までは。

「だがその善意は本当にキミの中から湧いて出た物ですか?」

 雲行きの怪しい言葉が諭すように飛び出してきた。

「……どういう意味ですか」

「私達が追っていてキミが匿っている何かはどうやら人間に寄生する類のアンノウンのようだ。ですが今現在その汚染度は軽度に収まっています。つまり意のままに操られているなんて事は無いでしょう……だが、行動に影響を与える程度の影響が起きていてもおかしくはない」

 そして改めて問いかけてくる。

「キミは本当に本心で、社会的責任を放棄してまで後ろに居る何かを守ろうとしていますか?」

「……それ証明しようがないじゃ無いですか」

 自分は自分の意思で此処で立ち塞がる選択をしている。
 ユイもきっと、そういった事はしない。
 だが、それを証明する手立てなどありはしないのだ。
 そして篠原はばつの悪そうな表情を浮かべて言う。

「そうですね……少々配慮に欠けた。申し訳ない。確かにあなたに証明する手段は無かった。分かりようがない」

 そう謝罪した篠原は、それでもその視線に鋭い意思を残したまま言葉を続ける。

「だが一つ分かる事があります」

「……なんですか?」

「あなたが匿っている物は……私達ウィザードの。否、地球人類の敵なんです」

 そんな決めつけるような言葉を。
 自分のような一般人の素人よりも、遥かに真剣にこういう案件と命懸けで向き合い続けてきた立場から。

 ……今に至るまでずっと、実力行使に出ず諭すような口調を崩さぬまま。

「アイツと会っても無いのにそんな決めつけるような事──」

「杉浦さん」

 こちらを諭して最終的にどういう判断をして欲しいのかは察しながらも、受け入れられる訳が無くて返した言葉は篠原に遮られる。

「そもそも転移してくる生物や物品が、何を目的としてこの世界にやって来るのか分かりますか? まあ機密事項ですので知っていては困るのですが」

「ケースバイケースでしょそんなの……」

「いえ、最低限の意思疎通が取れた者に限りますが、答えは皆同じです」

 言いにくそうに一拍空けてから、それでも篠原は静かに言う。

「この世界の征服。侵略の為ですよ」

「……」

「私達の世界は現状、あらゆる世界から様々な生物や物品……否、兵器を送りつけられる形で侵攻を受けています。まるでどこの世界が最初にこの世界を落とすかを競っているようにね」

「ちょ、篠原さんそこまで言わなくても」

 篠原の言葉を制止しようと、後ろに控えていた長身のウィザードの男性がそう言うが、

「いや最低限この位の事は伝えないと。でないとあまりにフェアじゃない……失礼しました」

 それを片手で制した後に、仕切り直すように軽く咳払いをしてから彼は言う。

「つまりあなたの後ろに居る何かは危険かもしれないのではなく、明確に危険なんです。あなたに敵意を植え付けさせない言動をしていたのかもしれませんが……その内側で世界征服を企んでいる。信じられないかもしれませんがね」

「……」

(いや、信じないも何も……まさにその通りすぎて反論できねぇ……)

 世界征服を企んでいる、なんてことは決して内側で留まってはいない。
 本人の口から、実際にそう聞いた。
 そして本人のそうした言動があったからこそ……篠原の語っている事への信憑性が増してくる。

 だから全ての存在がそうだというのは乱暴だと一瞬浮かんだ言葉は……きっと、この人達の中ではとっくの昔に通り過ぎた言葉なんだと感じた。
 決め付けるのではなく、完成した答えが彼らの中には存在する。

 ……それでも。

「その辺の話はもう聞いてる。アイツ自身が話してくれました」

 抵抗は止めない。
 まだ全てを出し切っていない。

「……それを聞いているのにまだ此処を通す気にはなりませんか?」

「確かにアイツはそういう意思を持ってこの世界に来た。だけど来た時点で持っていただけなんです」

「今は違うと?」

「ええ。アイツには記憶が無い。だから自分がどういう経緯でそう考えるようになったのかも分からなければ、そうした意思事態に首を傾げているような状態なんです。アイツはあなた達が危惧しているような事をしなければならない意味が分からないって状態なんです」

「……」

「背景に何が有ったかはこの際別にいい。だけど……今この瞬間に俺の後ろにいる奴はマジで素直な普通の奴なんです」

「……そうですか」

 静かに、小さく息を吐いて篠原は言う

「……この際、無くなった記憶が戻った場合のリスクなんて重箱の隅を突く様な事はしない。それはしませんよ、意地悪だし。何よりもっと真正面から言うべき事がありますからね」

「……?」

 首を傾げそうになる鉄平に篠原は言う。

「10年前の事件前に2件。ウィザードやアンノウンの存在が公になったこの十年で5件。計7件。さて、一体何が起きたと思いますか?」

「……なんですか?」

「こういう状況から頃合いを見て豹変して匿った民間人やウィザードが大火傷を負った事件の件数です……そしてこのまま私達が下がれば今日が8件目になります」

「……ッ」

 こういう状況。
 友好的な姿を見せられ、掌を返されることなど無いと。
 そう確信した状況。

(……あ、これ駄目な奴だ)

 自分には本当に……本当に、全てが初めての事だ。
 だけど……きっと自分が思っている以上にこの世界は大変な事になっていて。
 その分だけ目の前の篠原のようなウィザードが死に物狂いで頑張っていて。

 彼らにとってこの状況は、珍しくはあっても……既に何度も通ってきた道なのだ。

 ユイの姿を見せずに切れるカードが全て無くなったような、そんな気がした。
 そしてユイの姿を見せた所で、事態が好転するとはどうしても思えなくて。

 この状況は既に詰んでいるのではないかと思ってしまう。
 そして篠原は言う。

「杉浦さん。此処を通してくれませんか」

「……」

「現状あなたはアンノウンの被害者だ。強硬手段に出ていない時点で察しているとは思いますが、そんなあなたに危害は極力加えたくない」

「そんな事言われても……」

「10秒待ちます。あなたの意思で此処をどいてください」

 それは10秒を超えれば無理矢理にでも通るという宣言だった。

(ど、どうする。マジでどうすりゃ……)

 思考をフル回転させるが全く答えが浮かんでこない。
 焦りで震えそうになる、そんな時だった。

「おい鉄平。いつまで話しておるのじゃ。新聞の勧誘とやらはそんなに厄介なのかの。どれ、ワシが追っ払ってやろうか」

 渦中の少女の声が、背後から近付いてきたのは。
 ……近付いて来てしまったのは。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

望んでいないのに転生してしまいました。

ナギサ コウガ
ファンタジー
長年病院に入院していた僕が気づいたら転生していました。 折角寝たきりから健康な体を貰ったんだから新しい人生を楽しみたい。 ・・と、思っていたんだけど。 そう上手くはいかないもんだね。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。 ※第二章は全体的に説明回が多いです。 <<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>

黄金蒐覇のグリード 〜力と財貨を欲しても、理性と対価は忘れずに〜

黒城白爵
ファンタジー
 とある異世界を救い、元の世界へと帰還した玄鐘理音は、その後の人生を平凡に送った末に病でこの世を去った。  死後、不可思議な空間にいた謎の神性存在から、異世界を救った報酬として全盛期の肉体と変質したかつての力である〈強欲〉を受け取り、以前とは別の異世界にて第二の人生をはじめる。  自由気儘に人を救い、スキルやアイテムを集め、敵を滅する日々は、リオンの空虚だった心を満たしていく。  黄金と力を蒐集し目指すは世界最高ランクの冒険者。  使命も宿命も無き救世の勇者は、今日も欲望と理性を秤にかけて我が道を往く。 ※ 更新予定日は【月曜日】と【金曜日】です。 ※第301話から更新時間を朝5時からに変更します。

「残念でした~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~ん笑」と女神に言われ異世界転生させられましたが、転移先がレベルアップの実の宝庫でした

御浦祥太
ファンタジー
どこにでもいる高校生、朝比奈結人《あさひなゆいと》は修学旅行で京都を訪れた際に、突然清水寺から落下してしまう。不思議な空間にワープした結人は女神を名乗る女性に会い、自分がこれから異世界転生することを告げられる。 異世界と聞いて結人は、何かチートのような特別なスキルがもらえるのか女神に尋ねるが、返ってきたのは「残念でした~~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~~ん(笑)」という強烈な言葉だった。 女神の言葉に落胆しつつも異世界に転生させられる結人。 ――しかし、彼は知らなかった。 転移先がまさかの禁断のレベルアップの実の群生地であり、その実を食べることで自身のレベルが世界最高となることを――

異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節
ファンタジー
〔小説家になろうローファンタジーランキング日間ベストテン入り作品〕 タイトルを変更しました。旧タイトル【異世界から帰ったらなぜか魔法学院に入学。この際遠慮なく能力を発揮したろ】 3年間の異世界生活を経て日本に戻ってきた楢崎聡史と桜の兄妹。二人は生活の一部分に組み込まれてしまった冒険が忘れられなくてここ数年日本にも発生したダンジョンアタックを目論むが、年齢制限に壁に撥ね返されて入場を断られてしまう。ガックリと項垂れる二人に救いの手を差し伸べたのは魔法学院の学院長と名乗る人物。喜び勇んで入学したはいいものの、この学院長はとにかく無茶振りが過ぎる。異世界でも経験したことがないとんでもないミッションに次々と駆り出される兄妹。さらに二人を取り巻く周囲にも奇妙な縁で繋がった生徒がどんどん現れては学院での日常と冒険という非日常が繰り返されていく。大勢の学院生との交流の中ではぐくまれていく人間模様とバトルアクションをどうぞお楽しみください!

処理中です...