魔剣拾った。同居した。

山外大河

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1-1 魔剣少女との出会いについて

1 魔剣拾った

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 4月上旬。某地方都市のとある人気の無い路地にて。

「うわぁ、これ絶対ヤバイ奴じゃん……」

 薄暗い街灯だけが辺りを照らす深夜二時のその場所で、アルバイト帰りの青年、杉浦鉄平はアスファルトに突き刺さるデカい剣の前に立ち尽くしていた。

(通報……した方が良いよな? 異界管理局の番号って何番だっけ?)

 今の時代、ある程度まともな教育を受けていれば目の前の剣が一体何なのかも、それを目にした者が何をすべきかも、殆どの人間が理解できる。
 目の前の剣はこの世界の物では無い。

 異世界からこの世界に流れて来た漂流物だ。

(第一発見者は多分俺だ。はやいとこ通報しねえと10年前の事件みたいになりかねねえ)

 10年前、アメリカ合衆国に異世界から来た化物が出現し、ところかまわず大暴れする事件が発生した。
 結果、同じく突如現れたウィザードと呼ばれる魔術を扱う人間が大きな被害を出しながらもなんとか化物を倒して事件は解決。
 しかしその映画のような戦いが、現代社会の常識を大いに変えるに至った。

 一つはこの世界にアニメや漫画に出てくるような魔術という技能が存在する事。
 二つ目はこの世界が異世界と繋がっていて、生き物無機物問わず様々な経緯で流れ込んできているという事。
 そして三つ目。それを操るウィザード達が、アメリカで暴れた化物や表に出れば致命的な事件が起きかねない道具などの出現先を無理矢理ダンジョンと呼ばれる空間に誘導して押し込め、表に出るのを抑えているという事。

 つまりウィザードが異世界から来る何かを管理する事で、この世界の秩序は守られている訳だ。
 だが、当然ウィザード達も人間だ。どうしたってミスは起こる。

 その結果が、目の前の剣だ。
 現代日本ではありえないこの光景は、ウィザードが誘導に失敗したが故の結果だ。
 だから早く通報して、この剣が何らかの被害を出す前に回収して貰わなければならない。

 そう考えて、脳裏に浮かんできた日本のウィザード達が所属する組織である異界管理局の電話番号をスマホに打ち込もうとしたその時だった。

(……?)

 自分でもどういう訳か分からないが、その番号を入力する手が止まり……剣に向かって一歩前へと踏み出していた。

(…………!?)

 何故だか分からないが、この剣を抜かなければならないと思てしまったのだ。
 まるで強迫観念に駆られるように。
 そして気が付けば、剣のグリップを握っていた。

(あ、これまずい……ッ!?)

 そう思うが、動き出した体は止められない。
 グリップを握った両手に半ば無意識に力を込め、思いっきり引き抜いた。
 引き抜いてしまった。
 次の瞬間だった。

『っしゃああああああああッ! これでワシの勝ちじゃああああああああッ!』

 剣から。否、脳内に女……というより女の子の声が響き渡る。

「うわ、ちょ、うるせえ!」

『ふはは! 泣いて喚いてももう遅いぞ! お主の体はワシが頂くからのう!』

「ほらやっぱそうだ! やっぱやべえ奴じゃねえか!」

『ふははははははははは……はは……は?』

 段々とトーンダウンする女の子の声。
 そしてかなり弱弱しくて困惑した声音が脳内に響く。

『あれ? えーっと……な、なんで乗っ取れんのじゃ? え、なんで! なんで!?』

「……」

『何故じゃ!? 何故体を乗っ取れんのじゃ!? えええええええええッ!?』

「いや、知らねえけど……あの、なんかごめん」

『なんかごめんじゃないのじゃ! なあお主! お主何かやったのか!? こんなのおかしいじゃろ!? 説明せい!』

「いや説明して欲しいの俺の方なんだけど。何お前どうなってんの?」

『それこっちのセリフじゃ!』

「いやどう考えても俺のセリフだろ!」

 良く分からないが、互いが良く分かっていない事だけは分かった。
 と、互いの理解が追い付く前に状況だけが進展していく。

『あ!? ちょ、マズイ! 力が維持できん! 段々弱く! な、なんで!? こ、このままでは……っ!』

「え、何? 良く分からんけど大丈夫?」

『大丈夫な訳があるか! え、やだやだやだ! ひゃあああああああッ!』

 焦りまくりで妙な声が脳内に響いた次の瞬間だった。

「えぇ……マジかぁ……」

 掴んでいたグリップが人の手の感触に変わり……聞こえてきていた声相応のビジュアルが視界に映っていた。

「ああぁ……ワシのえれがんとなフォームがこんな貧相な体にぃ……」

 白いドレスを着た中学生……いや、小学生程の白髪ショートの女の子の姿が視界に映っていた。
 座り込む姿は物凄く貧弱そうで……危険性の欠片も感じられない、そんな姿。

「どうしてくれるんじゃこれぇッ!」

「いや知らんけど……」

 勢いよく立ち上がって涙目で訴えてくる剣の女の子(仮称)に対してそんな事しか言えない。
 そもそも気を使って何か言ってやるべきかも分からない。

(訳分かんねえけど……多分この見た目と言動に騙されちゃいけねえんだよな)

 本人が初手から自白していた事を鵜呑みにするなら、目の前の女の子はこちらの体を乗っ取ろうとしていた。
 つまり触れてきた相手の自我を奪う寄生虫のようなタイプの化物、及び道具という事になる。

 この手の状況を自らで解決しようとせず、ウィザードを呼ぶことが義務付けられている理由がこれだ。
 そして現状どういう訳か乗っ取りは失敗しているようだが、実行しようとしたという事実の有無がきっと大切だ。

(とにかくさっさと異界管理局に連絡を……)

 そう考え再び通報を試みようとしていた時だった。

「本当に参ったぞこれ、完全に詰んでる気がするのじゃ……が?」

 握っていた手が強く引っ張られた。
 正確に言えば全身の力が抜けたようにふら付き出した彼女が、その場で崩れ落ちるように体制を崩したのだ。

「……あ……これ駄目な奴じゃ」

「ど、どうかしたのか?」

 思わずそう問い掛けながら、一旦その場に寝かせた所で彼女は言う。

「本来はお主の生体エネルギーを糧にできる筈だったのじゃが……カスみたいな力しか流れ込んでこんのじゃ……これでは今の形態でも持たないのう…………やだなぁ……」

「……」

 そうなる理屈はイマイチ理解できないが、何やらウィザードを呼ぶ前から既に虫の息のようだ。
 つまりこのまま放置しようがウィザードを呼ぼうが、きっと自分にも周囲にも大きな影響が出る事は無い。
 余程のイレギュラーが無ければ、これで終わりだ。
 ……イレギュラーが無ければ。

(……駄目だ。これは流石に駄目だ)

 軽く深呼吸して、それから彼女を抱きかかえて走り出した。

「……何をしておる人間」

「良いから喋るな余計な体力持ってかれるぞ」

「……自分がやっておる事がどういう事か、分かっておるのか?」

「何度も言わせんなマジで黙ってろ!」

 結論だけを言えば、彼女の存在そのものがイレギュラーだった。
 どこからどう見ても人間の容姿で、しかも子供だ。

 イレギュラーな要素はただそれだけ。

 19年間積み重ねてきた倫理観が、何もせずに衰弱させる事も、呼ぶべき人達を呼んで処理をする事も拒んだのだ。
 社会的な責任を果たす事を拒ませたのだ。

 だから抱えて走り出した。
 他の誰かに通報されるリスクを極力抑える為に。

(病院……いや、駄目だ。人じゃねえもん見せてまともな答えが帰って来るかよ。って事はとにかく家か。一旦それだ)

 繋いで良いのかも分からない命を繋ぐために。
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