上 下
167 / 228
三章 人間という生き物の本質

93 親が子の為にしてやれた事

しおりを挟む
「望んでくれないって……そんな事多分アリサは……」

 思わずそんな言葉が出て来た。
 一体今現在のアリサとその母親がどういう関係性なのかは分からない。
 だけどアリサがどういう人間性をしているかは大体分かっているつもりで。そして目の前のアリサの母親がちゃんとアリサの事を思って行動してくれている人だという事はよく分かっていて。
 そんな二人だから……きっと、望まない。望まれないなんて事は無いんじゃないかって。そう思った。

 だけど俺の考えなんてのは、あくまで第三者が勝手にした憶測にすぎなくて。
 実際辛そうな表情を浮かべたままのアリサの母親を見れば、俺の認識がどこか大きく間違っている事は察する事ができて。
 そしてアリサの母親は言う。

「……この子を助ける為に行動するに、この子に何をする必要があったと思う?」

「何って……」

「何なんすか……アリサちゃんの為にしてあげた事……っすよね?」

 俺とリーナはその意図を読めずにそう言う。
 何をする必要があったのか。
 助ける為にアリサにする必要があった事。
 してあげられた事。
 そんな前向きな事をどれだけ考えても、アリサに望まれなくなるような終着点に繋がる事は見えてこない。
 だけど俺達には分からなくても。グレンはこういう大事な時の察しの良さに長けていて。
 何かを察した様に言う。

「……駄目だ。クルージ、それにリーナも。踏み込むな」

 俺達に対してそんな言葉を。

「……この人の前で、これ以上踏み込んじゃ駄目だ」

 一体どんな答えに辿り付いたのだろうか。
 グレンの言葉は酷く重くて、その答えを聞きだそうとする事を強く躊躇わせてきて。

「……気を使ってくれるのね。良かった。アリサの周りにいる人達が優しい人ばかりで」

 そうどこか安心するように言った後、少し名残惜しそうにアリサの方を見てから……アリサの母親はその場から走り去った。

「あ、ちょ……ッ!」

「いい、クルージ。行かせてやってくれ……寧ろ駄目だ、あの人を此処に留まらせたら」

 そう言ってグレンはアリサの方に視線を向ける。

「二人共に、碌な事にならねえ」

「……話してほしいっす」

 一人だけ答えに到達しているグレンに対し、アリサは言う。

「今私達を止めたのは、アリサちゃんのお母さんに気を使って……っすよね? アリサちゃんみたいに凄い動きっすよ。もう見えないっす……だったら、話してくれてもいいんじゃないっすか?」

「……分かってる。別にお前らに隠す様な話じゃねえ。隠しちゃいけない話だ」

 そう言ってグレンは言葉を纏めるように一拍空けてから言う。

「アリサの母親がアリサに何をしたか……なぁ、リーナ。お前はさっき、何をしてあげたかって言ったよな?」

「……言ったっすけど、なんかおかしい事言ったっすか?」

「そんな優しい事じゃねえんだよ。これは間違いなく、してあげたなんて言葉を使っちゃいけない事だ」

「どういう事だよグレン」

 俺が問いかけると、グレンはアリサの方を見て言う。

「二人とも、アリサのスキルがどういう物なのかは分かってるな」

「ああ、アリサにとって不運だと思う事が起きるスキルだ」

「……アリサちゃんは間違いなく、人の幸せを祈れる様な優しい子っすから。それで先輩の幸運スキルも打ち消されてる訳で……それで、それがどうしたんすか」

「もしも……もしもだ。アリサがさ、自分の母親の事を好きでいたら。幸せを願えるような相手なら。幸福であって欲しいと願えるなら……アリサを助けようと必死になるような、娘の幸せを願う母親はどうなると思う?」

 そしてグレンは、とても言いにくそうに。それでも重い声音で言った。

「あの人にとって娘に愛されるって事は……娘を救う事を絶望的にされるようなものだったんだよ」

「……まさかッ」

 察しが、付いた。
 付いたけど、想像すると頭が痛くなりそうで。碌な光景が浮かんでこなくて。
 そんな答えをグレンは言う。

「あの人はきっと、アリサに恨まれるような事をしたんだよ。し続けたんだよ。それこそあの人にとって幸運な事が起きる事を、アリサが不運だと感じるようになるまで」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

妹の事が好きだと冗談を言った王太子殿下。妹は王太子殿下が欲しいと言っていたし、本当に冗談なの?

田太 優
恋愛
婚約者である王太子殿下から妹のことが好きだったと言われ、婚約破棄を告げられた。 受け入れた私に焦ったのか、王太子殿下は冗談だと言った。 妹は昔から王太子殿下の婚約者になりたいと望んでいた。 今でもまだその気持ちがあるようだし、王太子殿下の言葉を信じていいのだろうか。 …そもそも冗談でも言って良いことと悪いことがある。 だから私は婚約破棄を受け入れた。 それなのに必死になる王太子殿下。

処理中です...