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三章 人間という生き物の本質
ex 傷と傷
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「……ッ」
仮面の男は距離を取りながら無事な左手で腰に挿していたナイフを取り出して、高速でナイフを投擲する。
だがアリサは自分に迫るナイフの持ち手を掴んで迫りくるナイフを止めた。
そのまま投げ返しても良かったが、それならそもそもこういう戦い方はしていない。
ナイフの投擲という抵抗を恐らく本人の斜め上の手段で止められたであろう仮面の男に対して距離を詰め脇腹に向けて小太刀を振るった。
寸前勢いを殺す様に横に跳ばれるが、それでも仮面の男の脇腹に小太刀が直撃。体がくの字に折れ曲がり、男の横っ飛びの跳躍力も相まって弾き飛ばす。
(……よし)
有効打。小太刀を打ち込んだ感覚からそう感じ取る事が出来る。
だけど多分それだけで倒せた訳ではなくて、そして仮面の男を弾き飛ばした方角は自分が向かうべき方角で。
故にそこからの動きも迅速だった。
小太刀を構えて仮面の男を弾き飛ばした方角に一気に突き進む。
そして結論を言えば予想通り倒せていた訳では無い。
重いダメージは与えられただろう。だけどそれでもまだ仮面の男の機動力はあまり落ちていなくて、弾き飛ばされたままおそらく態勢を立て直しアリサから距離を取ったであろう男の前に再び躍り出たのは、先程までクルージ達といた開けた空間だった。
(……分かってたけど……ッ)
分かってはいたがそこにはもう三人は居ない。
自分達が縛り上げた仮面の連中もいなくて、残っているのは先程振った魔術の雨によってそこら中が陥没した地面のみ。
だからこそより一歩強く踏み出す。
(……次で決める!)
一秒でも早く目の前の敵を沈める為に。
そうして一歩踏み出した瞬間だった。
視界の端に向けて高速で走ってくる胸に青いトカゲを刻んだ新手が一人見えたのは。
「……ッ」
その新手を視界に入れて、思わず動きが鈍くなった。
その停滞により追撃を仕掛ける筈だった仮面の男はアリサから大きく距離を取ってしまう。後もう少しで意識を沈める事ができて、新手が来たとしても一対一に持ち込める筈だった事を考えると大きな失態だ。
だけどそれでも、止まらざるを得ない。
見覚えがあったから。
新手の仮面の長い金髪の髪と右腕に見えた傷跡に強い既視感があったから。
その既視感が脳を刺激するように動きを止めた。
止めて手足を震えさせた。
一方で止まったのはアリサだけでは無く、向こうも同じだった。
恐らくは先程まで戦っていた仮面の男の援軍として現れたのだろう。
にも関わらずまるでこちらの姿を視認して動揺でもしたように、アリサが視認した瞬間には動きが緩やかになり、やがて立ち止った。
そんな行為がアリサの震えの大半を取り除いた。
(……大丈夫だ。あの人とは違う)
畏怖する相手がいた。
今までの人生の中でまともに関わって来た人間はそれ程多くないけれど。クルージと関わりを持つまでは本当に数える程しかいなかったけれど。そうして関わった相手に向けてきた感情は決して悪い物ではなかった筈だ。
ただ一人を除いては。
背丈は多分今でも目の前の仮面の人間と同じ位で、その相手は腕に傷跡がある。
たった一人の苦手な相手。
たった一人の嫌悪する相手。
たった一人の畏怖する相手。
そんな相手がアリサにはいて。
一瞬目の前の相手が実はその人物なんじゃないかと連想して、手足が震えて。
だけど相手が立ち止ったのなら人違いだ。
もしもその人物だったのなら、そこで立ち止らない。
もう思わず立ち止って隙しか無かった自分に対し攻撃を放ってきている筈だ。
そして人違いだと思えたからアリサは動けた。
先の男は距離を取っていてすぐには攻撃が届かない。
だとすれば今現在原因不明の隙を作っている新手に一撃を浴びせる。
早急に地に伏せさせて、もう一方もどうにかしてクルージ達の方へと向かう。
そう考えて、勢いよく踏み込んだ。
「おい馬鹿! 何突っ立ってんだ!」
その瞬間にアリサの移動位置に合わせるように、先の男がナイフを投擲する。
だけど問題ない。視界に入っている。対応できる。
躱してそのまま目の前の新手の仮面に小太刀叩き込める。
だけどそう考えた時、ようやく目の前の新手が動いた。
(……え?)
ナイフの射線上。そこに飛び込むように。
「……ッ」
腕にナイフが突き刺さった新手の仮面から苦悶の声が漏れ出す。
女性の声だ。
その声が脳を揺さぶる。
記憶の奥底の、否定した人物と声が被る。それが僅かに手元を震えさせる。
だけどそこまでだ。突然高速で動いてアリサと仮面の男の間に割って入った仮面の女に対し、アリサは瞬時に方向を転換して動き出す。
先程一度仮面の女が立ち止った時と同じだ。
そもそも敵である仮面の女がどうして自分を庇う様な真似をしたのかは分からないが、少なくとも自分の記憶の中にいる畏怖する相手は絶対にそんな事をしないから。
そして方向転換し、ナイフが刺さって動きが止まっている仮面の女に向かって攻撃を放つ。
一撃で沈める為に。小太刀を側頭部目掛けて振り払った。
「……ッ」
だけど対応される。辛うじてではあったが仮面の女は体を反らしてアリサの攻撃の直撃を防ぐ。
……直撃は。
小太刀の剣先が女の付ける仮面に掠った。
「……ぇ?」
掠って弾き飛び、そしてアリサの喉からそんな声が漏れ出した。
現れた二十代半ば程にも見えるの女の顔。頬には傷があった。自身の記憶に残るその人物と同じ所に傷があった。
腕と頬に同じ傷。顔も面影があるなんて大雑把な物ではなく、何年も顔を会わせていないその顔と殆ど変わっていない。
つまりは同一人物だ。
先程からの行動は全く理解が出来ないが、もう、そうとしか捉えられなくなっていた。
もう何年も顔を合わせていない。合わせたくない。
そんな自身の母親としか捉えられなくなっていた。
仮面の男は距離を取りながら無事な左手で腰に挿していたナイフを取り出して、高速でナイフを投擲する。
だがアリサは自分に迫るナイフの持ち手を掴んで迫りくるナイフを止めた。
そのまま投げ返しても良かったが、それならそもそもこういう戦い方はしていない。
ナイフの投擲という抵抗を恐らく本人の斜め上の手段で止められたであろう仮面の男に対して距離を詰め脇腹に向けて小太刀を振るった。
寸前勢いを殺す様に横に跳ばれるが、それでも仮面の男の脇腹に小太刀が直撃。体がくの字に折れ曲がり、男の横っ飛びの跳躍力も相まって弾き飛ばす。
(……よし)
有効打。小太刀を打ち込んだ感覚からそう感じ取る事が出来る。
だけど多分それだけで倒せた訳ではなくて、そして仮面の男を弾き飛ばした方角は自分が向かうべき方角で。
故にそこからの動きも迅速だった。
小太刀を構えて仮面の男を弾き飛ばした方角に一気に突き進む。
そして結論を言えば予想通り倒せていた訳では無い。
重いダメージは与えられただろう。だけどそれでもまだ仮面の男の機動力はあまり落ちていなくて、弾き飛ばされたままおそらく態勢を立て直しアリサから距離を取ったであろう男の前に再び躍り出たのは、先程までクルージ達といた開けた空間だった。
(……分かってたけど……ッ)
分かってはいたがそこにはもう三人は居ない。
自分達が縛り上げた仮面の連中もいなくて、残っているのは先程振った魔術の雨によってそこら中が陥没した地面のみ。
だからこそより一歩強く踏み出す。
(……次で決める!)
一秒でも早く目の前の敵を沈める為に。
そうして一歩踏み出した瞬間だった。
視界の端に向けて高速で走ってくる胸に青いトカゲを刻んだ新手が一人見えたのは。
「……ッ」
その新手を視界に入れて、思わず動きが鈍くなった。
その停滞により追撃を仕掛ける筈だった仮面の男はアリサから大きく距離を取ってしまう。後もう少しで意識を沈める事ができて、新手が来たとしても一対一に持ち込める筈だった事を考えると大きな失態だ。
だけどそれでも、止まらざるを得ない。
見覚えがあったから。
新手の仮面の長い金髪の髪と右腕に見えた傷跡に強い既視感があったから。
その既視感が脳を刺激するように動きを止めた。
止めて手足を震えさせた。
一方で止まったのはアリサだけでは無く、向こうも同じだった。
恐らくは先程まで戦っていた仮面の男の援軍として現れたのだろう。
にも関わらずまるでこちらの姿を視認して動揺でもしたように、アリサが視認した瞬間には動きが緩やかになり、やがて立ち止った。
そんな行為がアリサの震えの大半を取り除いた。
(……大丈夫だ。あの人とは違う)
畏怖する相手がいた。
今までの人生の中でまともに関わって来た人間はそれ程多くないけれど。クルージと関わりを持つまでは本当に数える程しかいなかったけれど。そうして関わった相手に向けてきた感情は決して悪い物ではなかった筈だ。
ただ一人を除いては。
背丈は多分今でも目の前の仮面の人間と同じ位で、その相手は腕に傷跡がある。
たった一人の苦手な相手。
たった一人の嫌悪する相手。
たった一人の畏怖する相手。
そんな相手がアリサにはいて。
一瞬目の前の相手が実はその人物なんじゃないかと連想して、手足が震えて。
だけど相手が立ち止ったのなら人違いだ。
もしもその人物だったのなら、そこで立ち止らない。
もう思わず立ち止って隙しか無かった自分に対し攻撃を放ってきている筈だ。
そして人違いだと思えたからアリサは動けた。
先の男は距離を取っていてすぐには攻撃が届かない。
だとすれば今現在原因不明の隙を作っている新手に一撃を浴びせる。
早急に地に伏せさせて、もう一方もどうにかしてクルージ達の方へと向かう。
そう考えて、勢いよく踏み込んだ。
「おい馬鹿! 何突っ立ってんだ!」
その瞬間にアリサの移動位置に合わせるように、先の男がナイフを投擲する。
だけど問題ない。視界に入っている。対応できる。
躱してそのまま目の前の新手の仮面に小太刀叩き込める。
だけどそう考えた時、ようやく目の前の新手が動いた。
(……え?)
ナイフの射線上。そこに飛び込むように。
「……ッ」
腕にナイフが突き刺さった新手の仮面から苦悶の声が漏れ出す。
女性の声だ。
その声が脳を揺さぶる。
記憶の奥底の、否定した人物と声が被る。それが僅かに手元を震えさせる。
だけどそこまでだ。突然高速で動いてアリサと仮面の男の間に割って入った仮面の女に対し、アリサは瞬時に方向を転換して動き出す。
先程一度仮面の女が立ち止った時と同じだ。
そもそも敵である仮面の女がどうして自分を庇う様な真似をしたのかは分からないが、少なくとも自分の記憶の中にいる畏怖する相手は絶対にそんな事をしないから。
そして方向転換し、ナイフが刺さって動きが止まっている仮面の女に向かって攻撃を放つ。
一撃で沈める為に。小太刀を側頭部目掛けて振り払った。
「……ッ」
だけど対応される。辛うじてではあったが仮面の女は体を反らしてアリサの攻撃の直撃を防ぐ。
……直撃は。
小太刀の剣先が女の付ける仮面に掠った。
「……ぇ?」
掠って弾き飛び、そしてアリサの喉からそんな声が漏れ出した。
現れた二十代半ば程にも見えるの女の顔。頬には傷があった。自身の記憶に残るその人物と同じ所に傷があった。
腕と頬に同じ傷。顔も面影があるなんて大雑把な物ではなく、何年も顔を会わせていないその顔と殆ど変わっていない。
つまりは同一人物だ。
先程からの行動は全く理解が出来ないが、もう、そうとしか捉えられなくなっていた。
もう何年も顔を合わせていない。合わせたくない。
そんな自身の母親としか捉えられなくなっていた。
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