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三章 人間という生き物の本質

ex 分が悪いだけの戦い

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「う……ッ」

 クルージを庇って短剣の一撃を受け止め弾き飛ばされたアリサは、滑るように着地して勢いを殺そうとするも殺しきれず、やがて樹木に衝突する事でその場に止まる。

「……ッ」

 全身に痛みが走る。
 背中を強く打ち付けて呼吸がままならない。
 ……だけど、それでも体勢を立て直して正面を見据える。
 見据えて小太刀を構える。

「……」

 痛い辛い、だけどこの程度だ。
 今まで自分が経験してきた事と比べれば遥かに軽症な部類で。
 そんな事で立ち止ってなんていられない。

 最初の一撃を防いだ時に、もしかしたら勝てないかもしれないと思った。
 そういう相手が追撃してくるかもしれない。
 そういう相手が他にもいるかもしれない。
 クルージ達の身に危機が迫っているかもしれない。

 そんな事を考えて。そしてそう考えた瞬間に、先程まで四人で居た場所に魔術のような何かが降り注いだのを見てしまったのなら、もう立ち止ってなんていられない。

(……なんとかしないと)

 そう思った所で正面から接近してくる正体不明の仮面の人間に向けて、重心を迎え打つように傾ける。

(……早くなんとかしないと!)

 そして踏み込み、勢いよく相手の脇腹目掛けて小太刀を振るう。
 だが刀身は相手の腹部にまで到達しない。

「……ッ」

 動きに対応してきた相手が短剣でアリサの小太刀を受け止めた。
 そして僅かに生まれたアリサの隙を突く様に、突っ込んできた勢いをそのまま乗せたような蹴りが放たれる。
 だが体を捻り辛うじて回避。そして回避の動きからそのまま次の攻撃に転じて再び小太刀を振るい、向こうも同じく瞬時に体勢を立て直して短剣を振るい、それぞれの刀身がぶつかり合う。

「グ……ッ」

 衝突音と共にアリサから苦悶の声が漏れ出した。
 小太刀を持つ手が衝撃で痺れる。一撃が重い。
 重いといってもおそらくグレン程の破壊力のある重みではないが、ただ少なくともアリサの一撃よりは重いのは間違いないだろう。
 だとすればまともに刀身を打ち付け合う様な戦いになれば分が悪いのは明白で。

 ……だけどその分の悪い戦いを乗り超えなければならない。

 こちらの切れる手札は決して多くはない。
 小太刀やナイフ、体術を使った近接戦闘。ナイフを投擲しての遠距離攻撃。
 そしてそれらに要所要所魔術により稲妻を付与。
 やれる事はそれだけ。

 そしてこうして小太刀を受け取った時点で。受け取るような人間だった時点で。対人戦ではその半数はまともに使えない。
 自分から迷うことなくそれを受け取ったのだから、多分自分にはそういう戦い方しかできない。この状況でそういう風に思考に至るのは一種の甘えなのかもしれないけれど、それでもそれは自分の意思では曲げられない。
 曲げられないから。

(……研ぎ澄ませ、全神経を集中させろ)

 これまでも最悪な戦いはいくつも経験してきて。
 冗談のように強大な敵との遭遇に加えて、SSランクの不運スキルがただでさえ最悪な状況をより酷く悲惨な物へと変貌させる。そんな戦いを何度も経験して来て。
 そんな分が悪いなんてものじゃない戦いを、これまで死に物狂いで切り抜けて来た。
 そう考えれば今この戦いは、ただ分が悪いだけの戦いだ。
 クルージのおかげで、それだけで済んでいる。
 だとすればこの程度だ。

「……」

 そしてアリサは再び流れるように放たれた相手の剣撃を小太刀で受け止めながら、衝撃を殺しつつ大きく後方へ跳び距離を取る。
 だけど向こうもそんな動きにはすぐに反応して、アリサを追撃するように地を蹴り距離を詰めに掛かる。
 だけどそのほんの僅かな時間で、より深く目の前の相手に対する集中力をより深い所へと持っていく事ができた。
 ……だとすれば。
 その状況で防御に徹すれば。

「……」

 こちらと同等の速度でこちらよりも重い剣撃をいなせる。
 小太刀の性能を最大限に活かし、アリサ自身も隙が無くより無駄なくインパクトを与えられる動きで。何度も、何度でも。
 そしてそれを何度も繰り返した所で、徐々に徐々に適応する。
 相手の動きの癖を少しづつ見切り、そして。
 自分と同等の速度とより強い力を持つ人間との戦い方を、自然と感覚で学習する。

(……今だッ!)

 そして剣撃を掻い潜り反撃に出る。
 最も隙が生まれるタイミンングで放った一撃。だけどそれでも向こうは向こうでアリサの動きに対応してくる。
 だけどその動きは想定済みだ。

 その動きを初動で読んで、相手が再び反応できないであろうギリギリのタイミングで体を捻り小太刀を振るう軌道を変える。

 狙うは右手首。短剣を持つその手。

「ぐあッ……!」

 手首に小太刀の一撃を受け短剣を弾かれた仮面から苦悶の声が上がる。
 男の声だ。
 そんな男に対し、アリサは短剣を弾いた動きから流れるように体を捻って跳びあがり、仮面の男の側頭部に回し蹴りを叩き込んだ。
 その一撃はさほど重くは無い。だがそれでもこの一撃で脳震盪でも起こしてくれれば。
 そんな期待が脳裏を過るが、地面を転がった男はそのまま態勢を立て直す様に無事な左手を地面に付いて跳びあがり、アリサから距離を取ろうとする。
 つまり意識はまだそこにあって。故に戦いは終わらない。
 だが相手の片手はもう暫くは使い物にならない筈で。
 一気にこっちに流れが来ているのは間違いない。
 だから。

(畳み掛ける!)

 追撃する為に一気に踏み込んだ。
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