上 下
270 / 274
四章《表》聖女さん、自分を追放した国に里帰りします

10 聖女さんと馬鹿、ビジネスライクな関係

しおりを挟む
 ここ最近を振り返ると戦闘で人をぶん殴ったりなんて記憶は沢山浮かんで来る訳だけど、別に私は暴力的な事が好きな訳じゃない。

 あくまで過程。
 手段だ。

 だから誰かをぶん殴りたいとかどうとか、それこそチンピラみたいな理由だけで拳を振るった事は無かったと思う。

 だから、そういう意味ではこれが初めてだったのかもしれない。

 別に必ずやらなくても良い。
 他の穏便な選択だってあった筈だ。

 そういうのを全部ぶん投げて、シンプルに溜まったヘイトをぶつける為だけに人に拳を振るったのは。

 そして次の瞬間、確かな衝撃が拳に走った。

 魔術無し。
 純粋な私の全力の拳が、馬鹿の顔面に叩き込まれる。
 そして。

「がはッ!?」

 馬鹿の体はそれなりの勢いで床を転がる。

 そして右拳に残る感覚を実感しながら、何とも言えない感覚が湧き上がってくる。

 いや、何とも言えないなんて事は無いか。
 徐々に徐々に理解が追い付く。

「……ふぅ」

 とにかく、スッキリした。
 ただそれだけの感覚だ。

「ちょ、ちょちょちょ、大丈夫ですかグラン様!?」

「お見事ですわアンナさん」

「お見事ですわではなく! ああ、鼻血出ちゃってますよ」

 ロイがそう言いながらグランに駆け寄ると同時に、シルヴィとシズクが私に声を掛けてくる。

「が、顔面行くんですね……」

「ふ、普通こういうのってボディーじゃないんすかボディー」

「え、そうかな? え、ミーシャどう思う?」

「別に顔面でも良いと思いますが……私がこの前手を上げた時はビンタでしたわね」

「なら……大差ないかな」

「いや大有りっすよ大有り」

 まあまず立場関係なく、殴って良いって言ってる相手殴るシチュエーションなんてそうそう無さそうだから、その辺の答えは分からないや。

「いや、良い……顔面グーパンでも別に良いけどよぉ……」

 馬鹿がゆっくりと体を起こして、顔を抑えながら言う。

「お前華奢な癖にそれなりに破壊力強いの何なんだよ……!」

「まあ色々有り過ぎて人殴り慣れてるから」

「カタギの発言じゃねえぞそれ……完全にチンピラじゃねえか」

「誰がチンピラだ。もう一発いっとく?」

「行く訳ねえだろ! 次もう一発殴ってみろ? 流石に憲兵呼んで半日位留置所にぶち込むぞ!」

 半日留置所に入るだけでコイツぶん殴れるんだ。
 ……まあもうやらないけど。

 割と普通にスッキリしたというか……うん、これはアレだ。

 シンプルにコイツの事は現在進行形で嫌いだけど、それでも溜まっていたヘイトなんてのはこの程度の事だったんだろうなって、解消した今なら言える。

 多分私が一番嫌いな相手には、こんな事をした程度じゃ全く足りないだろうから。

「と、とりあえずどうしますかね。一応これで手打ちって事なら、私達の方で治癒魔術掛けますか?」

「そうっすね」

「あ、すみませんがお願いできますか? 自分でやれと言ったとはいえグラン様はこれでも一国の王なんで、このままという訳には……」

「いや、良い。その気持ちだけ受け取っとくぜ、このチンピラよりよっぽ聖女っぽく見えるお二方」

 私よりって部分はともかく、地味に二人の素性を言い当ててる馬鹿は顔を抑えたまま言う。

「ロイが言う通り俺がやれって言ったんだ。その傷さっさと治すなんてダセエ真似はしねえよ……あ、でもわりい、ロイかミーシャ、どっちかティッシュ持ってねえ? ほら服に血ぃ付くと落ちにくいだろ 洗ってくれる奴に悪い」

「アンタそんな事気にするんだ」

「気にするだろ。今俺の周りに居る連中はお前と違って好きか普通かの二択なんだからよぉ。あ、ミーシャ、ティッシュサンキュー」

 そう言って血を拭い、鼻に詰め物をしながら馬鹿は言う。

「さて、改めてだけどお前の事はやっぱ嫌いだわ。前程じゃねえがシンプルに合わねえ。殴って良いとは言ったけど、人殴っといてそんなウキウキした表情浮かべるかよ普通」

「アンタ相手じゃなきゃ浮かべないよこんなの」

「だな。俺もお前じゃ無きゃこんな文句言わねえわ」

 だから、と馬鹿は少し真剣な表情を浮かべて言う。

「俺とお前はこれからも仲良くせずビジネスライクな関係で行こう」

「ビジネスライク? いや急にどうしたの」

 突然そんな事を言われて聞き返すと馬鹿は言う。

「お前がこの国に戻ってきた理由、まさか俺をぶん殴る為なんて事じゃあねえよな。一発殴ってウキウキしてるような奴にとっちゃ、こんな事は割とどうでも良い事だろ。つまりお前は……俺やこの国を利用しに来たんだ。違うか?」

「違わないけど」

「だろうな。そんな訳で此処からはビジネスな訳だ」

 そう言って馬鹿は笑う。

「お前の話が俺達にもメリットがあるなら、協力してやるよ。シンプルに嫌いなだけの奴相手なら、互いに利用し合う関係位築いたって良い」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!

ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。 貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。 実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。 嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。 そして告げられたのは。 「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」 理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。 …はずだったが。 「やった!自由だ!」 夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。 これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが… これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。 生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。 縁を切ったはずが… 「生活費を負担してちょうだい」 「可愛い妹の為でしょ?」 手のひらを返すのだった。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

【完結】聖女が性格良いと誰が決めたの?

仲村 嘉高
ファンタジー
子供の頃から、出来の良い姉と可愛い妹ばかりを優遇していた両親。 そしてそれを当たり前だと、主人公を蔑んでいた姉と妹。 「出来の悪い妹で恥ずかしい」 「姉だと知られたくないから、外では声を掛けないで」 そう言ってましたよね? ある日、聖王国に神のお告げがあった。 この世界のどこかに聖女が誕生していたと。 「うちの娘のどちらかに違いない」 喜ぶ両親と姉妹。 しかし教会へ行くと、両親や姉妹の予想と違い、聖女だと選ばれたのは「出来損ない」の次女で……。 因果応報なお話(笑) 今回は、一人称です。

聖女の姉が行方不明になりました

蓮沼ナノ
ファンタジー
8年前、姉が聖女の力に目覚め無理矢理王宮に連れて行かれた。取り残された家族は泣きながらも姉の幸せを願っていたが、8年後、王宮から姉が行方不明になったと聞かされる。妹のバリーは姉を探しに王都へと向かうが、王宮では元平民の姉は虐げられていたようで…聖女になった姉と田舎に残された家族の話し。

処理中です...