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二章 聖女さん、新しい日常を謳歌します。

ex 黒装束の男、後日談 上

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 地下での戦いを終えた翌日。

(……此処か)

 ルカ・スパーノは警戒心をやや強めながら、とあるケーキ屋へとやってきていた。
 この店は昨日アンナに教えて貰った店である。
 だがそれは警戒する理由にはならない。
 なる要素が全くない。
 ……客として訪れる分には。

(……できれば穏便にケーキを買って帰りたい所だな)

 本日、この場所へとやってきた理由はケーキを買いに来たという訳ではない。
 近々来店しようとは思っていたが、それを今日にするかは決めていなかった。
 では何故足を運んだのか。
 ここで人と会う約束をしているからである。

「いらっしゃ……あ、ルカさん」

「どうも、シエルさん」

 店内に足を踏み入れると、店員として働いていたシエルと鉢合わせる。
 昨日アンナからこの店を紹介して貰った時は知らなかったが、この店はシエルの両親が経営している店らしい。

 ……その事を知ったのは昨日の夜の話だ。

「ごめんね、昨日の今日で呼び出しちゃって」

 昨日の夜、宿泊先の部屋にシエルからの連絡が入った。
 内容は当初の予定通り、マフィアの連中に話をしてくれた事。
 その結果、具体的な案は決まってはいないものの、協力はしてくれそうという事。
 そして表向きにはという前置き付きで、自分達とは入れ違いであの場に残ったマフィアの連中からの報告。

 そして……今日、自分に会いたい者がいるという話。

「いや、気にしなくていい。それにシエルさんは仲介役になっただけだろう?」

「まあそうだけど。まあとにかく奥のテーブルに。もう既に待ってるから」

「ありがとう」

「じゃあウチは仕事中だから殆ど同席できないけど……ルカさん」

「なんだ?」

「気持ちは分かるけど、別に警戒はしなくて大丈夫だと思うよ」

「……そういう訳にもいかんさ。味方とはいえ一応な」

「ま、肩の力抜いて行こうよ」

 そう言ってバックヤードに消えていくシエルを見送り、ルカは自分を呼び出した者の所へ向かう。
 店内のイートインスペースの端のテーブル。
 そこでやや柄の悪い男がショートケーキを前にコーヒーを啜っていた。

「どうも、昨日は世話になった」

「これからもだろ。全く厄介な事ばかり回って来やがる」

 席に座っているのは、マフィアの幹部の一人であるマルコである。

「とにかく座れ。座って何か頼め。場所借りてんだから売上に貢献しやがれ」

(まるでスタッフみたいな発言だな……)

 まさかこの店はマフィアのフロント企業の一つとかだったりするのだろうか?

 と、そんな事を考えていた所で、シエルがテーブルまでやってくる。

「おすすめです。お代は気にせず好きに食べちゃってください」

 そういってコーヒーとチョコレートケーキが提供される。

「いや、お代は気にせずってそんな悪い……」

「良いって良いって、今回は特別。マコっちゃんに感謝して」

「おい、なんで俺が奢る流れになってるんだ」

「マコっちゃんが呼び出したんだから、その位しようよ。そんな訳でごゆっくりーー」

「あ、おい!」

 マルコの静止を聞かずに、遠ざかっていくシエル。

「くっそあの馬鹿……」

「……普通に自分の分は自分で払うぞ」

「いい。勝手に言われたのが腹立っただけで、最初からそのつもりだ。あの嬢ちゃんへの土産も持ってけ……いや、あの嬢ちゃんなんて軽々しく言うべきじゃねえか」

「……その辺の事情も聞いているんだな」

「ああ、あそこの馬鹿から聞いた。随分まあ大変な事になっているみてえだな」

 ただ、とマルコは言う。

「もし下手な真似をしたら容赦はしねえぞ」

 ややドスの効いた声で。

「……どこまで知ってる」

「お前やあのお姫様が例の黒装束って所まで。まあおおよそあの聖女連中やシエルが知っている範囲って所だ。ああ、勘違いするな。この情報を誰かが俺に漏らしたんじゃねえ。ただ俺が勘付いただけだ。まあ感づいた上である程度の詳細は問い詰めたが……俺以外に変なヘイトを向けんじゃねえぞ」

「……ああ」

 腑に落ちながら頷いたルカは、マルコに問いかける。

「それでどうする。もう俺達は下手な事をしてしまっている訳だが」

「今はまだ何もしねえよ」

 マルコは一拍空けてから言う。

「何をやろうとしていたのかは知らねえが、目的そのものはそう変な事でもねえだろ。そしてその過程が碌でもなかったとしても、現時点で実害は出ちゃいねえ。だとすればその間は俺達は何もしねえよ。俺達だって目的を遂行する為の過程で、人様に言えねえ事位いくらでもやってる。だからここまではお互い様って奴だ」

 ただ、とマルコは言う。

「何か実害が出るようなら、話は変わってくる。あくまで俺達はお前らを泳がせてるだけだって事は忘れるな……もしやるならうまくやれ」

「……肝に銘じておく。態々忠告ありがとう」

 まあ忠告されようとされまいと、向こうに手の内がバレている以上下手に動けない訳だが。
 そう考えながらルカはマルコに問いかける。

「……俺を呼び出したのは、そういう忠告をする為か?」

「それもある。ただそれだけじゃねえ……寧ろ此処からが本題だ」

 そう言ってマルコはルカに問う。

「シエルから聞いただろ? お前らに伝えた報告は表向きの物だ」

「ああ、ご丁寧に表向きにはと言われたな……態々俺だけを呼び出してその話を出すという事は、ベルナール達にはそんな前置きはしていないんだろう?」

「その筈だ。だから俺達からの報告が半分本当で半分嘘な事が正しく伝わっているのは連絡を頼んだシエル意外だとお前だけになる」

「どうしてそんな事を……なんて言わないさ」

 大体理由は察している。

「得た情報は、言えるような手段で手に入れたものでは無い」

「そういう事だ」

「俺にはいいのか?」

「……お前は必要なら俺達と同じような行動が取れる奴だろ」

「……まあな」

 アンナ達は相手がだれであれ戦っても殺し合いにはならないし、おそらく殺し合いにできない。
 だけど……目の前の男達はそうではない。
 そして自分も違うと判断されたのだろう。

「分かってると思うが、此処からの話は他言無用だ。あの嬢ちゃんにも言うなよ」

「そういう話なら寧ろ言えんさ」

「ならいい……なあ、その前に音消したりできるか? 大体察しているとは思うが、アイツにも聞かれたくねえ」

「ああ」

 ルカは言われながら防音の結界を張る。
 そしてそれを確認したマルコはルカに言う。

「あの時俺達の前に現れた影を操る男を覚えてるか?」

「ああ。あの頭の悪そうな喋り方をする奴だろう?」

「そいつだ……あの後俺達はアイツから話を引き出そうとしたんだ」

 ……この時点で事前に聞いた報告とは違う。
 報告ではあの影の男は逃げた事になっていた。
 だが、現実はそうならなかった。

「俺達はあらゆる手段で奴から話を聞き出そうとしたが……まあ何も吐かなかった。というより吐けなかったみたいだった」

「吐けなかった?」

「本人はもうゲロっちまいたいって様子だったが、何かに干渉されてそれが出来ないでいた感じだな。最終的に分かった事だが、アイツの脳に魔術によるプロテクトが施されていた」

「プロテクト……」

「挙句の果てにその解除を試みている間に、肉体が不自然に自壊しやがった……元々辛うじて生きているような状態だったが、あの時、アイツは確かに俺達以外の第三者にトドメを刺されたんだ」

「……それで結局何が分かったんだ?」

「現時点では何もだ」

「……これからか」

 おそらくマルコ達はあの男を拷問にかけた。それでも必要な情報を得られず男は死んだ。
 それだけの報告なら、態々自分に報告を入れなくても良かった筈だ。それこそアンナ達に逃げられたと説明したのであれば、自分にもそれで良かった。
 だけど良くない理由があるのだろう。
 現時点ではという事は、まだ終わっていないのだから。

「あの男の脳を自壊する術式から無理矢理切り離して保管してある」

「……えげつない事をするな」

 想像して一気に気分が悪くなった。

(なるほどこれは言えない)

 あの場で起きた事の詳細は、アンナ達には聞かせられないだろう。
 それだけ倫理的に推奨されないような事までマルコ達はやっている。

「まあそういう訳だ。此処から情報をうまく引きだせりゃ、うまく過程をでっちあげて報告できる……だが俺達でそれができるかどうかはわからねえ」

「それを俺ならできるかもしれないと」

「ああ。お前が相当な実力者な事はある程度分かってる。だからもしかしたらなと思ってな」

「……分かった。一度見てみる」

 そう答えながら考える。

(ベルナールが居ればよりプロテクトを突破できる可能性も高まるだろうが……流石にこれは駄目だな)

 自分が招かれている場所に、安易に招き入れる訳にはいかない。

 そしてマルコが言う。

「ならいつでもいい。また俺達のアジトに足を運べ。うまくやれれば事は一気に進む」

「ああ」

「大なり小なりお互いに喧嘩売られてる訳だ。これ以上何かやられる前に連中を潰すぞ」

 そう言ってマルコは掌に拳を叩きつけた。
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