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二章 聖女さん、新しい日常を謳歌します。

ex とある研究者、覚悟を決める

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「……参ったな」

 大急ぎで撤退作業を始めながら今回の一件、及び各地で起きた聖女絡みの一件の首謀者である研究者、ユアン・ベルナールはそう呟いた。

 脅威となる相手を誰か一人でも潰しておく算段だった。
 それが無理でもこの撤退作業が終わるまでの間の時間稼ぎ位は成功させたかった。

 だがまだ僅かに完了していない作業がある中で、自身が操作していたハロルドの意識は奪われてしまった。
 失敗した原因を明確にするのは難しいが、やはりアンナの意識を奪えなかった事が大きかったのかもしれない。
 あの五体一の中で相手にアンナが混ざっているというだけで、随分と戦いにくくなる。
 ……まあそれも要因の一つというだけで、今の自分の限界値がその程度だというだけなのかもしれないが。

(……まあ、そういう事だろうな)

 いくら魔術を究め、さらにこちらに圧倒的に有利な場を設けても、どこにでもいるような子供以下の魔力しか持ち合わせていない自分ではこの程度が限界。

 だからこそ、非道徳的な行いを何度も何度も重ねていく必要があるのだ。

「……さて、どうしたもんか」

 儀式を取り行う為の術式を別の場所に移動させる為の作業の大半は終わり、後はフルオートで行われる。
 逆に言えばこれ以上自分の手を介入させて作業時間を短くする事は出来ない。
 そしてその作業が完了するよりも早く、アンナと四人の聖女はこの場に到達してしまうだろう。

 だから誰かが足止めをしなければならない。

 だが現状使える駒はもう無い。
 簡単に思いつく策があるとすれば捕えている子供達をこの部屋の外へと移動させ、やって来たアンナ達には子供を保護してもらい帰ってもらうという物がある。

 だけどそもそも此処で何かが行われているのは明白な訳で、子供を保護した上で結局此処へはやってくるだろう。
 更にそこに居る子供で全員かどうかすらもアンナ達には分からない上に、そもそも移動させるという行動をしている間に彼女達は此処へ到達する。

 考えれば考える程厄介な状況だ。

「胃が痛いよ、全く」

 自分一人が逃げるだけなら簡単だ。
 だけど此処にあるのは世界の命運を左右する程の大切な代物。
 絶対に失う訳には行かない。

 ……となれば。

「やるしかないか」

 駒が無いなら自分自身が駒になればいい。
 柄では無いが拳を握るしか無いだろう。

 とはいえ自身がユアン・ベルナールだと露呈する訳にはいかない。
 自分が非難の目に晒されるのは構わないが、それが娘の人生に大きな悪影響を及ぼす事は良く分かるし、そうする訳にはいかないから。
 これから娘たちが戦うのは、知らない誰かで無ければならない。

 その為にも一つの魔術を発動させる。
 認識阻害。
 その魔術を身に纏い、対峙した相手に正しく認識されないようにする。

 相手が優秀なアンナなら何かの拍子で破られるかもしれないと思ったのも先の戦いで自分が出ていかなかった理由の一つでもあるが、この場に掛けられた魔術を殆ど解析できていなかったのを見る限り、倒されさえしなければ正体がバレる事は無いだろう。

 倒されさえしなければ。
 ……先のハロルドと同じような事になれば、あらゆる意味で最悪な状況に陥る事となる。

「結構ギリギリな戦いになりそうだ」

 倒される訳にはいかないし、倒す訳にもいかない。
 ついでに……今更な事だが、もしかするとアンナとあの四人の聖女はそれなりに友好関係を築いているのかもしれない。
 友達か何かなのかもしれない。

 だとすれば……あの四人も生存させなければならない事になる。

 考えれば考える程、こちらの勝利条件が過酷な物へと変わっていく。

「嫌だなぁ、僕今日誕生日なんだけどな。よりにもよってそんな日に娘とその友人にサンドバックにされるのか。ハハハ、自業自得とはいえ最悪な一日だ」

 とはいえ、と呟きながらユアンは動き出す。

「あの子の誕生日に起きるイベントじゃなかっただけまだマシか」

 殆ど碌に祝ってあげられた事は無いけれど、娘の誕生日がこんな碌でも無い一件に巻き込まれた日であってたまるかとは思うから。

「……ああそうだ、これでいい」 

 覚悟を決めて、ユアン・ベルナールは久々に愛娘と顔を合わせる事にしたのだった。
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