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二章 聖女さん、新しい日常を謳歌します。

48 聖女さん、安心する

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 意識を奪ったという事は、これでこの男との戦いは終わりだと思う。
 今までみたいに操られていたパターンならこれで術式は解ける筈だし、そうじゃなかったらシンプルに倒さなきゃいけない奴を倒した事になる。
 ……どちらにしても、ひとまずこの場は。
 一時は本気で殺されるかと思った相手を、どうにか退ける事ができた。

 勝利という最高の形で。

「はは……」

 倒れて動かない男の姿を見て、思わず力が抜けてその場にへたり込んだ。
 それだけ張り詰めていたんだ……緊張が。
 それが解けたんだから、まあこうなるのも無理無いんじゃないかな……知らないけど。

「大丈夫かアンナ」

「ああ、うん。ちょっと気が抜けただけだし」

「まあ無理もねえよな。ほら、立てるか?」

 そう言って差し出された手を取って立ち上がる。
 ヤバイ奴を倒す事が出来たとはいえ、今は悠長に座っている場合じゃない。

「ありがと」

「おう」

 手を貸してくれたステラとそんなやり取りを交わしていると、シルヴィとシズクも駆け寄ってくる。

「とりあえずなんとかなりましたね!」

「あ、皆さん怪我とか無いっすか! あ、そうだそもそもアンナさん利き腕怪我してたっすね!」

「大丈夫、軽傷」

 いや全然軽傷じゃないんだけど。
 拳は痛いし、手首は完全にイカれてるし。そもそも腕上がらないし。
 というかアレだ。
 さっきまでアドレナリンがじゃぶじゃぶ出てたんじゃないかな?
 なんか時間が経つにつれ、右手の痛みがえぐい事になってるんだけど!

「嘘っすね。泣きそうっすよ」

「……ああ、うん、ごめん。めっちゃ痛い」

 これは誤魔化しきれないや。
 ……ただまあ、そうやって泣き事を言っている場合では無いから。

「まあ腕の方は後で治療するって事で……そんな事より、急いでやらないといけない事が色々あるよ」

 右手の痛みに耐えながら皆に言う。

「とりあえずコイツ拘束しないと」

 この男がただ操られているだけの人だったら別に良いけど……もしこの男が影の魔術を使う男本人で、目を覚ませば先程までと同じような力を振るえるかもしれないってなったらこのままにはしておけない。

 だけどその言葉にミカが言う。

「それはしなくても大丈夫だと思います」

「ん? なんで?」

「さっきルカ君から軽く事情を聞きましたが……どうやらこの人も別の誰かに操られている人みたいです。あんまり時間が無かったんで詳しい話までは聞けてないんですけど、ルカ君はこの人を通して操っている誰かと話をしたみたいで」

「なるほど、言質取ったって訳だ」

 ……でも。

「ごめんシルヴィ。この男を拘束してくれる?」

「え、この流れでやるんですか?」

 少々驚いたように言うシルヴィに私は言う。

「うん。念には念を入れてね……ルカの事は信頼してるけど、ルカに話をした誰かの事は信頼してないから。だからもし本当にただの一般人だったら、その時は謝ろうよ」

「……分かりました。じゃあその時は一緒に謝ってくださいよ」

「寧ろ私だけ謝るって。私が頼んでるんだし」

「いや、そんな訳には行かないですよ」

「じゃあ皆で謝るってのはどうだ? そもそも不可抗力とはいえ全員でボコボコにしてる訳だしさ」

「そうっすね。それで行くっすよ」

「あ、その時は私も一緒に」

「ありがと、皆」

 そんな風に後でこの人に謝る算段を付けた所で、シルヴィが男の体に手をかざす。
 そして次の瞬間手元が激しく発光。
 すると男の体が激しく痙攣し始める。

「すっごい、なんかこう……新手の拷問でも見てるみたいだよ」

「人聞きが悪いですよアンナさん……で、心配しなくても今の所あなたにもう一度これを打つ予定は無いんで、顔青ざめさせるの止めてくれませんか?」

「は、はい……」

 シルヴィの視界の先に居るミカの表情は酷く青ざめている。
 そうだ……この子これ喰らったんだ。
 そりゃトラウマにもなるよ。
 その時は敵だったとはいえちょっと同情する。
 絶対にこんなの喰らいたくないよ!

「そ、それにしても」

 なんとも言えない感じになった空気を改善する為にか、ステラが苦笑いを浮かべながら言う。

「ルカの事を信頼してるって言ってたけど……えーっと、ついこの前戦った相手だよな。シズクとシエルがミカと一緒に居たのも謎だし……俺の知らない所で一体何が起きてんだ?」

「あ、確かに気になりますね。ほら、私とステラさんは殆ど場の流れでミカさんと行動してますけど、お二組はなんかそんなのとは違う感じみたいなんですよね」

 ……あーそりゃ気になるか。
 逆の立場だったら私も滅茶苦茶気になるし。
 ……シズクとしーちゃんがミカと行動していた理由も気になるけど、それはまあしーちゃんが関わってるならなんでもありかって納得できる。
 納得できるのが怖い。

 ……で、気になるのは分かるんだけど。

「その話は後にしようよ。話せば若干長くなりそうだし……皆此処に来てるって事は大体目的同じでしょ」

「そうっすよ。ボク達の事も後で説明……でき……ると思うっすから」

 なにその歯切れの悪い感じ。
 いや、でもしーちゃん居るから、なんか説明しにくい何かがあったんだろうなーうん。

「と、とにかく」

 シズクが言う。

「ボク達が此処に来たのはアンナさんとルカさんがヤバイって事に気付いたから救援にきたって感じなんすけど、此処で何が起きてるかは分かってるんで。確かにゆっくり話してる場合じゃないっよね」

「っと、そうだ。俺達その辺何も知らねえんだけど、此処で何が起きてるんだ?」

「なんか思った以上に大事になってるってっ事位しか分かってないんですよね私達」

「店のお客さんの子供が誘拐されたっぽいから此処に来たって感じで、シルヴィも偶々居たから付き添いでって感じだし」

 ……なるほど、私達は途中でニット帽のマフィアから話聞けたけど、ステラ達はそういう誰かと会ってないんだ。
 まあそりゃ会う方が珍しい気がするしね。
 とはいえ流石に長々説明している時間はなさそうだから、一言で完結に説明する。

「なんか子供使ってヤバい魔術使おうとしてるっぽい」

「大体そんな感じっす」

 シズクの持っている情報も同じ。
 出所は分からないけど、ますます信憑性が増しちゃったな。

 ……だったら尚更、こんな所で立ち止まっていられない。

「とりあえず大雑把だが把握した」

「急がないとって奴ですね」

「そんな感じ……このまま勢いで碌でも無い計画潰しちゃおう」

 正直あれだけ劣勢な戦いをしていた時点で、私とルカだけじゃ解決できる問題じゃ無かった訳だけど……今は皆が居るから。
 この先に進んでもなんとかなるでしょ。
 私達四人なら。

 ……後は。

「一応確認しておくけど、あなたはどうする? いや、どう……します?」

 なんか色々事情を知っちゃってるから、思わず敬語になる。
 一時敵対していたとはいえ、ルカの仲間で一国のお姫様な訳で。
 あの馬鹿王とは絶対同じような接し方は出来ない人でしょ。

 そしてミカは……いや、ミカさん? ……ミカ様は言う。

「多分ルカ君から色々と聞いているんだと思いますけど、そんなかしこまらなくても大丈夫ですよ。今の私の立場なんて有って無いような物だし、そもそもアンナさん達お三方には本当に色々ご迷惑を掛けていたので」

「あ、そ、そう? じゃ、じゃあ呼び方もミカさんとかで……」

「ミカで良いですよ」

「あ、じゃあミカで……」

 良いのかなぁ?
 いや、本人が良いって言ってるから良いんだろうけど。

 そしてミカは言う。

「それで質問の答えなんですけど……当然私も行きます。この人を操っている人が居るパターンだった場合、今とやる事は変わらないですよね」

「うん……助かる」

 助かるけど絶対怪我とかさせられない。
 この子に怪我負わせたらマジでルカに合わせる顔が無くなる。

「あの、一応なんすけど、ボクもこれまで通り接しても大丈夫な感じ……っすかね?」

 そういえば私が戦いに参加する直前にミカの立場を明かしちゃってたシズクが、恐る恐るミカに尋ねる。

「いや、寧ろこれまで通り接してよ。嫌だよ急に態度変えられたら」

「そうっすか。それ聞けて安心っす」

 シズクとミカは互いに安堵したような表情を浮かべた。
 ……なるほど、この二人友達的な感じだ。多分。

「……なーんか若干私達置いてけぼりな感じがしますね」

「ほんと聞きてえ事が山のようにあるな。何も分かんねえ」

 だけど、とステラは言う。

「そういうのをゆっくり聞く為にも、さっさと終わらせちまおう」

「そうだね」

 ステラの言葉を聞いて改めて、気持ちを入れなおす。
 そして一歩前へと踏み出した。

「じゃあラストスパート。気合入れてこう!」

 私の言葉に各々声を挙げて、そして全員で走り出した。

 ……さあ、あとちょっとだ。
 攫われた子供を助けて計画を潰してそれから。

 この件の首謀者をシバき倒す。
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