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二章 聖女さん、新しい日常を謳歌します。

ex 受付聖女VS影の男II

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(来る……ッ!)

 男が一歩前へと踏み込んできた。
 有言実行と言わんばかりに。
 それに対して咄嗟に構えを取る。

 おそらく端から見れば、なんの理にもかなっていない素人感に溢れた構え。
 それでも構え、そして影による攻撃へも意識を向けながら、覚悟を決める。

 近接で殴り会うしかない。

 一瞬、近距離で遠距離用の魔術を放つ事も考えたがそれは却下だ。
 大きな隙も、至近距離で放つ事による自分への被害も、最悪歯を食いしばれば済む話だ。
 だけどおそらくそれを放てば結界を破壊する。
 結界を破壊すれば、今必死に対処している陰による攻撃が周囲の人間へと及ぶ事になるだろう。
 それどころか結界を貫いた自分の攻撃が外の人間に直撃すれば、自分の手で関係の無い人間を殺める事となる。
 何せ暗闇で外の様子など見えないのだ。
 どの軌道で何を打てば周囲に被害が及ばないのかがまるで分からない。

 それはできない。
 できないから。

 思い切り、拳を振るってみるしかない。
 
(……本当に、それでいいんすか?)

 拳を構えた瞬間、脳裏を過る。
 意識から外していたつもりは無かった。
 それでもどこかで、この位の攻撃ならば影響は無いだろうと、反撃を行う為に。拳を握る為に咄嗟に無意識に取り払っていた懸念。
 まず目先の一番の問題。

 向こうが抱えている人質について。

 例えば。
 例えばの話だ。

 こちらが与えた攻撃のダメージが、人質の子供に伝わる可能性は?

 世の中には数えきれない程多くの魔術が存在する。
 中には酷く醜悪で碌でもないような魔術や、国際法で使用が禁じられているような魔術もある。
 もし目の前で展開されている魔術がそういう類いの代物だったとすれば。
 平気でそういう事は起こりうる。

 だから止まった。

(……ッ!)

 本能を理性が止めた。
 もしかしたら今から自分は子供を殴るのかもしれないと。
 そんな考えが思考一杯に広がって、完全に手が止まった。

 つまり男の動きは止まらない。

(あ、殴られる)

 そう脳裏に浮かんだ瞬間だった。

「危ない!」

 突如、まともに動けなかった筈のミカの鋭い蹴りが男に対して炸裂した。

「うお……ッ!?」

 男は蹴り飛ばされて地面を転がるが、大したダメージは入っていないのだろう。
 すぐに体勢を立て直す。

「おいおい、なんだか知らねえが動けねえんじゃなかったのか?」

 男の言う通りだ。
 ミカはシルヴィの魔術で動きが制限されている筈だった。
 なのに一連の動きは素人目で見てもキレしか無かった。
 そしてもう一つ違和感。

(あれ? ……遅くないっすか?)

 ミカの動きにキレはあったが、速度も威力も足りていない。
 少なくともシルヴィやステラとまともに戦えるだけの出力は無いように思えた。

(あ……そういう事っすか)

 だけど答えを出す為の材料は揃っていて、すぐに答えが浮かび上がってくる。

(今……ボクの強化魔術だけで戦ってるんだ)

 ミカがまともに動けなくなった原因が魔術の使用にあるのだとすれば、そもそも魔術を使わなければまともに動けるという事になる。
 だからミカが張った結界のコントロールを手放し自立型へと変えれば、強化魔術を解除すれば自由の身。
 そして考えてみればその速度は、人に掛ける類いの強化魔術で可能とする出力そのもの。
 今の動きにも納得がいく。

「なるほどごめんね、多分凄い無理させようとしてた」

 そうしてこちらの戦闘スタイルをある程度察してくれたのかそう言ってくれたミカは、すぐさま構えを取る。

「バックアップお願い!」

「あ、はい!」

 言いながらミカの後に隠れる。
 バックアップ。
 状況に応じた強化魔術の性質変化と結界によるサポート。
 魔術による遠距離攻撃以外は、これまでの経験と同じ戦術。

(……ボクの考えすぎっすかね)

 もしも向うが子供を人質に取っている魔術が、そういう碌でもない類いの魔術だったとすれば、こちらへの抑止力として使って来ても良い筈だ。
 というか使わない方がおかしい。
 使わないのなら、そういう類いの術である意味がない。

 つまり普通に攻撃を喰らい、普通に立ち上がり、普通に構えを取る。
 その時点で、自分の考えは杞憂だったと考えて良いのだろうか。

 と、思った矢先だった。

「しっかし良い蹴りだ。俺も痛ぇけど今のでガキの腕イカれたなぁ」

「……ッ!?」

 ミカが声にならない声を上げる。

「は、え、な、何言って……」

「……ッ」

 恐らくミカはそこまで想定が及んでいなかった。
 そしてシズクが想定していた最悪なケースを口にする。

「まあ察してると思うが俺の影の中にはガキを閉じ込めてある。そっちにはまあ、俺へのダメージの何割かが行くんだよな。突然腕圧し折れたもんだからマジ泣きしてんぞうるせえなあ。でも絶妙に良い声だぁ」

 当然、その発言がブラフである可能性もある。

「……ッ!?」

 事実、本当に子供の腕を折ったのかもしれないという風に、ミカが声にならない声を上げ、肩を震わせている。
 ブラフとして使う言葉として、十分すぎる効力を発揮している。

 そして。

(クソ……どうする……マジでどうすりゃいいんすかこれ……ッ!?)

 ブラフである可能性を頭に入れているシズクも、事の真偽を調べられる訳ではない。
 視覚情報は0で、子供の声も聞こえたのは最初の一回だけ。
 多分偶然の産物だった。

 故にただの虚言の可能性もあれば、まさしく本当の可能性もあり、こうして明言されてしまった以上、より一層手が出しにくくなる。
 事実シズクには出せない。
 そしておそらく。

「え、うそ……え……」

 ミカにも出せない。

「お、良い顔すんじゃん。良いよな、こう……すっげえ心が満たされるわ。女子供の歪んだ表情は良い精神安定剤だよ全く。ハハハ……最ッ高!」

 そう言って男は高笑いをする。
 隙だらけ。
 隙だらけ。
 今ならいくらでも攻撃を決められる。

 だけどできない。
 放てない。

 まず第一に、影の中の子供を救出しない限りは。

 そしてそれはシズクには出来ない。
 シズクの切れるカードをどう組み合わせても、それを成し遂げる事は出来ない。

 だけどこの場に居るのは自分一人ではない。
 ミカも居る。
 だから叫んだ。

「み、ミカさん! なんでもいいっす! どうにか子供助ける手段無いっすか!?」

 自分に無くても他の誰かにはあるかもしれない。
 他力本願。
 だけど。

「それやれるならいくらでも協力するっす!」

 それに必要な事があるなら、全力でそれを全うする。
 その覚悟はもうできている。

「助ける手段って……コイツの気を失わせる以外に……」

 そして構えを取ったまま混乱したようにそう言うミカだが……それでも、何かに辿り着いたように小さな声を出して、そして呟く。

「……腹くくるしかないか」

「お、何かいいアイデアでも思いついたかぁ?」

 煽るようにそう言う男を無視して、ミカはシズクに言う。

「コイツの動きを無傷で止めれる!? 必要な時間があれば私が稼ぐ!」

 当然のように事の詳細は言わない。
 だけどそれでも、この状況を打開する為の策がミカにはある。

 ……ならば。

「やってみるっす!」

 自分もやれるだけの事を全力でやらなければならない。
 だからやってみる。

 そんな事はやった事が無いけれど……それでもできるかもしれない手段を取ってみる。

 そして、水属性の魔術を構築し始める。
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