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二章 誇れる自分である為に

13 戦いの才能

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「で、結局二人で出る事になったのか」

「負ける訳にはいかないんで」

「負かせる訳にはいかないんで」

 翌日、申請書にサインした俺達はそれをブルーノ先生に提出しに行った。
 この申請書を見る感じ、万が一死亡事故が発生した場合などの話も掛かれていて、この魔戦競技祭というのが本当に危険なんだという事は改めて理解できた。

 だからこそ負ける訳には行かない。
 アイリスには指一本触れさせない。
 可能な限り完勝を目指す。

「うんうん、二人共良い感じに好戦的でエネルギッシュな目をしてんな。そこら辺は合格だよ。何事もまずは気持ちからって言うからな」

 だが、とブルーノ先生は真剣な表情で言う。

「気持ちだけじゃ乗り越えられない。越えなきゃいけないハードルは中々高いからよ。やれるだけの準備はしといた方が良い」

「準備……ですか」

「そ、準備。魔戦競技祭に挑むに当たって、現状致命的に足りていない物があるからな。本番を見越して少しでも積み上げていかないと」

 その言葉にアイリスは少し難しい表情を浮かべて言う。

「確かに……現状ボクの魔術は山程改善点がありますし……もっと精度が高い物に……」

「違う違う。勿論よりよい形に術式を最適化できれば、それはそのまま大きな戦力となる。だが現状お出しされてるアレでまだ足りないなんて言う程、俺は物の価値が分からない馬鹿じゃねえよ」

 そう言ってブルーノ先生の視線は……俺に向けられる。

「ま、まあ俺は足りねえ事だらけですからね」

「いやまあそうだろうけど、別に今俺が言いたい事は、お前の考えてるような事とはちげえぞ。お前だけじゃない……お前を含めた一年生のほぼ全員に足りねえ事だ」

「ほぼ全員……?」

「なんだと思う?」

「そうですね……」

 俺だけじゃなく一年生のほぼ全員に足りていない事。逆に言えば二年生以上は足りているか、もしくは俺達よりも積み重ねている……となれば。

「経験……ですか?」

「80点。ほぼ正解って感じだな。そう、ユーリの言う通り、当然ながら一年は基本経験が足りない。そりゃそうだ、今から積み上げていく段階なんだから」

 中でも、とブルーノ先生はおそらく足りなかった20点の話を始める。

「戦闘経験が致命的に足りない。お前ら一年も追試内容がこの前のゴーレムぶっ壊す奴になってたみたいに、全く戦闘を経験しない訳じゃない。だけど一年のカリキュラムはそういう事も含めた基礎全般。全体の一部でしかねえ」

 ……確かに俺達が学んでいるのは魔術を使った戦い片だけではない。
 だからこそ、この先それ以外の試験も待っているであろう事は予測できて、俺は追い込まれている訳だ。

「だけど二年三年は違う。二年以降は選択科目でそういう授業に重きを置くことができるし、三年に至ってはインターンでそういう現場を体験している生徒もいる。だからお前ら一年とはあまりにも場数が違うんだ」

「なるほど……確かにそう聞くと全然足りてないですね」
 ……そもそも魔術の有無関係なく、力一杯人を殴った事とか無いもんな。
 これは確かに……思った以上に、経験に開きがある。

「でも準備って言ったって、そんな簡単にどうこうできる話じゃ……」

 期末テストも終わり、それに落ちた俺達の追試も終わり、まさしくもう夏休み前。
 魔戦競技祭の校内予選直前といっても過言じゃない時期なんだけど……。
 だけどブルーノ先生は笑みを浮かべる。

「普通はな。普通は今から何かやった所で付け焼き刃にしかならねえ」

 そう認めた上で、だが、と俺の目を見て言う。

「ユーリ。お前なら別にそれも無理な話じゃねえんだよ」

「……え? 俺ならって……それどういう事ですか?」

 寧ろ俺だからそれが難しいんじゃないかとすら思うんだけど……どういう事だ?
 そう考えていると、ブルーノ先生は聞いてくる。

「この前の追試の時、おそらくぶっつけ本番でアイリスの術式を使って戦ったんだろ?」

「まあ……そうなりますね」

「ボクの術式をコピー出来るのに気付いたの、ほんと直前でしたし」

 だからほんと、うまくいって良かったよなあの時。

 改めてあの時の事を思い出して安堵していた所で、ブルーノ先生は言う。

「だとすりゃ十分希望はあるぞ」

「……? えーっと……つまりどういう……」

 全く関連性が見えて来ねえんだけど。
 そして答えを出せない俺達にブルーノ先生は言う。

「お前には戦いの才能があるって事だよ」

「戦いの……才能?」

「ああ。それをお前はあの追試で証明した」

 分からない。
 ブルーノ先生の言いたいことが。

 あの戦いで何が見えた?
 俺がやったのは舐め腐ってイキり散らした、悪目立ちする戦い方だ。
 それ以上でもそれ以下でもない。
 評価されるような事を俺はしていない筈だ。

「……分かんねえか」

「……はい」

「なら説明してやるよ。だからまずアイリスのじゃなく自前の強化魔術を使ってみろ」

「あ、はい!」

 言われるがまま、術式を構築して魔術を発動させる。
 全身に力が宿る、使い慣れた普段通りの感覚。俺が積み上げてきた物の結晶。
 それでもアイリスの強化魔術を使った今では、微弱にも程があるちっぽけな力。

「……使いましたよ」

「その感覚を覚えとけ。それが今までお前が使ってきた力の感覚だ。じゃあ次、アイリスの強化魔術」

「わ、分かりました」

 俺の強化魔術を解除し、劣化コピーの固有魔術を発動させアイリスから劣化コピーした強化魔術の術式を展開する。

「……」

 自身の術式の直後だから格の違いを感じ取れるような。初めて使った時と同じように、生きている世界が変わったのではないかと錯覚するような強い力が湧き上がってくる。

「使いましたけど、これからどうすれば良いんですか?」

「ん? なんもしなくていいぞ」

「「……え?」」

 俺とアイリスが同時にそんな声を出す。
 えーっと……説明の為に何かをする必要があったから、これ使ってんじゃないのか?
 そしてまるで意味が分かっていない俺に、ブルーノ先生は言う。

「感覚、大分違うだろ? それこそ同じ体動かしてんのかって位」

「ええ、まあ……立ってるだけでも全然違いますけど」

「普通はそこまで感覚が違ってたら、まともに動けねえんだよ」

「……え?」

「偶に強化魔術と同じような効力のスキルを発現する奴がいるが、仕様や出力が従来の物と異なれば大体うまく使えない。例え強化魔術の効力で動体視力や反射神経を強化されていたとしてもだ。そしてそれは元の強化魔術と新しい強化魔術の違いが大きければ大きい程影響は顕著に出る。それこそ冗談抜きで、勢い余って壁にぶつかるとかな」

 だが、とブルーノ先生は言う。

「お前の動きは鋭かった。そこまで出力に差があってしかも初めての実践であの動きだ。中々できる事じゃない。普通はもっと不格好な戦いになる……つまりだ」

 そして一拍空けてからブルーノ先生は戦いの才能の正体を口にする。

「ユーリ。実はお前、超が付くほど運動神経が良いんだよ」

「う、運動神経……ですか」

 魔術で戦う力を競う大会の対策考えてるのに、全く魔術の技能が関係してない話が出てきて若干狼狽えるが、何もおかしい事は言っていないという風にブルーノ先生は続ける。

「近づいて殴るにしても、敵の攻撃回避するにしても、運動神経は大きく動きに反映される。それに……なにより新しい動きを覚える時も、運動神経は高ければ高い程習得スピードは早くなる。だから実践するにも習得するにも、魔術師にとって意外に重要になってくる才能だ。お前は中々とんでもねえ才能持ってたんだよ」

「そう……ですか……」

 自分が欲しかった物とは違うけど、そう言われて悪い気はしないな。

「純粋な魔術師としての評価には繋がりにくいけどな。だがお前が進みたいような進路じゃ重宝されるような大事な才能だぜソイツは……ちなみに自分が運動神経抜群っていう自覚はあったか?」

「え、いや……特別そんな風には思ってませんでしたけど。基本殆ど魔術とばっか向き合ってきたんで」

 言われて初めて自覚した。大体普通位だと思ってたから。俺って運動神経良かったんだ。

「勿体ねぇ、宝の持ち腐れじゃねえか。お前魔術に拘らずスポーツとかやってたらいい線行けた感じじゃねえの?」

「た、確かに……やってなくて良かったぁ……」

「え、それどういう意味?」

 まあそれは知らんけど……いや、でもスポーツか。

「ああ、でも此処来る前の友人と、マジでたまにやる趣味程度にバスケやってましたけど、あんまうまくなかったですよ俺」

 殆どの殆どじゃない部分。
 家に居ると頭がおかしくなりそうな時が頻繁に会って、そういう俺を支えてくれた俺の友人達。
 そいつらと偶に遊び程度でやってた程度だから、特別うまくは無かったよ。

「ほら、ダンクシュートってあるじゃないですか。あれボールをゴールの所に直接持ってくだけなのに偶にミスるんですよ」

「「えぇ……」」

 なんか二人して呆れるような声を向けられる。何故に?

「ユーリ君……キミ、意外と天然な所あるんだね」

「いや、どういう事?」

「お前、多分だけどそっちの道進んでたら普通にそれで飯食ってけたんじゃねえのか? 他のプレー見てねえから知らねえけど」

「えぇ……ま、マジ!?」

 流石に驚き過ぎて敬語完全に剥がれた。
 だってほら、アイツらなんも言わなかったじゃん!
 なんか当たり前にハイタッチしてきただけじゃん!
 まさか俺、知らない内に無茶苦茶レベル高い集団とバスケやってた!?

「まあ……別に俺そういう方向で飯食っていきてえって思った事は無いんで。どうであれ結局やる事は変わってないんだと思います」

「そうか。まあたらればの話はどうでも良いわな。今はお前が進んでいる道の話をしよう」

 そう言って一拍空けて話を仕切り直してからブルーノ先生は言う。

「で、大分話逸れちまったが、お前には高い運動神経がある。それも俺の想像以上だ。その才能を見込んで予選までに叩き込めるだけの戦闘技能を叩き込む。多分お前ならスポンジみたいに吸収してくれるって思ってるからよ」
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