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二章 誇れる自分である為に

ex 滅びへのトリガーについて

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「……まだ特に変化は無し、か」
 夜。
 魔術を張り巡らせ完璧な防音環境を実現した部屋の中で、ブルーノ・アルバーニは通信機での通話を終えた後、ため息交じりでそう呟いた。

 何か特別な事が起きた訳ではないので当然かもしれないが、報告によると未来は変わっていない。
 所属組織に抱える未来予知のスキル持ちが導き出した、そう遠くない未来に訪れる滅びの予言。
 本日も弾き出された答えは変わらない。

 滅びの未来も。
 その中心に居る人間も。
 何も変わっていない。

 だけど全く進展が無かった訳ではない。
 監視対象、ユーリ・レイザークは自身が魔術師として評価されないという大きなコンプレックスを抱えている。
 その事実を知る事ができた。

 そうしたコンプレックスは、落ちぶれた魔術師が抱える典事の多い典型的な問題だ。

 ましてやユーリの場合その出自はレイザーク家という魔術の名家。
 親兄弟は皆優秀で、ただでさえ出涸らしのような才覚しかない所に相対的な評価で自他共に追い打ちを掛けてしまうような環境。
 魔術師とは関係ない基礎的な人格が大きく歪んだりせず、寧ろ真っ当に此処までこれたのはある種の奇跡と言って良いのかもしれない。

 だけどそういうまともな奴程、真面目な奴程、メンタル絡みの問題を内側に抱え込みやすい傾向にあるとブルーノは思う。
 そしてそれがケアされず何かの拍子で……なんてのはよくある話。

 そしてそうなった時、碌でもない事を起こせるかもしれない力がその手にあって、その力はこれからも発展していくであろう可能性が高い。

 本来であればあまりに飛躍し過ぎた考えなのは百も承知だが、滅びの未来の中心に居る事が分かっていればどうしてもそう考えざるをえなくなる。

 今回の一件のトリガーになるに至るまでの可能性の一つとして、考えざるをえなくなる。

 今朝の段階でアイリスの術式を振るえるという事以外、全く感じられなかった世界の滅びへ繋がる導線が見えてしまった。分かりやすい可能性が提示されてしまった。

「……さあ、果たしてこれで良かったのか」

 少し悩む。
 もしも彼がトリガーとなるのだとすれば。
 もしここから先に進む事で、何処かでトリガーになるのだとすれば。

 恐らく彼に魔術師という狭い定義を超えた強さを付けさせるであろう、魔戦競技祭への出場を進める事は、後手に回った場合に事態を終息させる事を難しくさせてしまう。
 そもそもこういった場合、監視対象となっている人間を全員消してしまうのが最もセオリーとされる中で、それはかなりの悪手に思える……だけど。

(勝ち進んでいく過程で、どこかで自分の事を肯定できる物が見つかればきっと……)

 そうなればきっと彼がトリガーとなる事は無くなるだろう。
 ……無くなる筈だ。……無くなってくれる筈だ。

(……本当にそうか?)

 その理想論に確信が持てない。
 そもそも人を導く事に向いていない。

 今回、動ける人間の中で唯一教員免許を持っていたという理由だけで自分がこの役回りに選ばれた。
 穏便に事を進める為に自分が選ばれた。

 だけどそもそも、教員の素質があるならずっとそれを続けてきた訳で。
 その素質が無いから、今の仕事をやっている。

 教員という立場で自分が取る選択が、生徒にいい影響を齎すという核心が無い。

 自分は本当に正しいことをやっているのか。
 その答えは出てこない。
 だけどそれでも。

 初めから最後まで自分が正しいと思う行動を取っていくしかなくて。
 明日からも、自分を偽りながら暗闇の中を歩いて行くしかない。
 それが大勢の人を救う為の仕事についている、自分の役目だ。
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