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コンノアヤミ
コンノアヤミ その5
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「じゃあな、また来週あたりに!」
開いた助手席の車窓からマツドが手を振って笑った。私も合わせた。
そうしてヤシロの車が深夜の街角に消えていくのを見送ったあと、私は自室のある安アパートの錆びた階段をぎしぎしと上がり始めた。脳裏では、あの少女の嬌声が延々とループしていたけれど、それを掻き消すように、私は力を込めて足音を強く立てた。
自室のドアの前に着いてポケットを探ったけれど、また鍵を忘れてしまっていたことに気づき、乱暴にだんだんとドアを叩いた。するとどたどたと室内を転がり回るような音がして、ドアが独りでに開き、その中から同居人兼恋人の女が顔を覗かせた。
「あ、アヤミさん、今日も、その、遅かったですね」
その女――ノドカはもじもじと身体をくねらせながら、遠慮がちに私に笑いかけてきた。ノドカの髪は数週間風呂に入っていないように乱れていて、その顔色は如何にも不健康そうな土色に近い。ただ顔色が悪いだけではなく、でこや鼻の頭には赤黒いぶつぶつとした出来物が浮き出ていて、頬のあたりや瞼の上あたりには大きな絆創膏が貼られている。そこからはみ出している紫色の痣が何とも痛々しかった。――まあ私のせいなのだけれど。
「今夜はサークルだったから」
私は短く言うと、無理やり捻じ込むようにドアを広げ、ノドカの脇をすり抜けて部屋の中へ入った。空ペットボトルの山が出迎えてくる我が部屋は相変わらず陰気の匂いがした。
「あ、あの、晩ご飯は――」
「いらない」
まだドアノブに手をかけたままのノドカにつっけんどんに返事し、玄関先に靴を脱ぎ捨ててペットボトルの山を跨いだ。適当に敷かれたぼろきれのような座布団の上に腰を下ろし、擦り切れだらけのガラス机の下に転がされた開封済みの菓子袋を手に取ると、その中にある小さな細長いチョコ菓子を引っ掴んで口に放り込んだ。いつ開封したか憶えていないが、酷く湿気っていた。気にせずに咀嚼して飲み込んだ。
ようやく玄関のドアノブから手を放したノドカは、そんな私を如何にも悲しげな目で見ていたが、私が目を合わせようとすると、とっさに目を逸らした。いつもならこの時点で蹴りの一つでもその腹にぶりかましてやるのだけれど、今日はそういう気分にならなかった。
「――えっと、何か困りごとでもあったんですか?」
ノドカはペットボトルの山の前に立ち尽くしたまま、遠慮がちにそう訊ねてきた。
「何で?」
「いえ、えっと――なんだか元気がないようなので――」
むしろ私に元気がある日などないのだけれど、ノドカが言いたいのはそういうことではないのだろうということくらいはわかった。
「別に。何もない。あんたが知ることじゃない」
私がそう答えると、ノドカはまだ納得していないような不満げな顔をしていたが、私の暴力を恐れてか、それ以上追及してこなかった。
「あと今晩はいいから。疲れたんでさっさと寝る」
「あ、お風呂は――」
「いらない」
私は菓子袋をまたガラス机の下に放り捨てると、そのまま風呂に入らないどころか歯も磨かず服も着替えず、寝床である押入れの中に潜り込んだ。正体不明のシミに浸食された襖の奥にはもう何年も干していない饐えた匂いの布団が敷かれていて、そこが私の唯一の安息の地だった。子どもの頃、何気なく見ていたアニメに押入れで眠るロボットがいたけれど、まさか自分がそうなるとは夢にも思っていなかった。もっとも、私にはあのロボットが持っていたような特別な道具もなければ、未来だって知らない。知りたくもない。
襖を閉じて、薄暗がりの中を寝転がる。冷たくて薄い布団の感触が背中にぺとっと貼りつく。薄っすらと見える見飽きた木目が私を見下ろしている。
襖の外ではノドカによるものらしき微かな物音が聞こえるが、よほど私が怒ることを恐れているのか、それは眠っている猫の前を通り過ぎようとしているネズミのように最小限のものだった。
私は目を閉じて、先程までのことを頭から追い出すために眠ろうとした。しかし、一向に睡魔は手を伸ばしてこず、瞼の裏の光の残像の中から、あの山の中での光景が、古い映写機で投影されるみたいに薄ぼんやりと浮かび上がってきた。
あの木に縛られていた少女は、ハマグチに胸を弄られ始めるとすぐに慌てふためいた。状況が掴めないとばかりに目を丸くし、自身の胸が見知らぬ女に触れられていることに驚愕しているようだった。ハマグチに何をしているのか問いかけ、ハマグチは少女の胸を揉む手を止めずに「愛撫だよ、愛撫」と当然のように言い放った。その後、少女は周りにいる他の連中の存在にも気づいたようで、助けを求める声を上げた。もちろん、誰もその声には答えなかった。全員にやついた顔で、ハマグチに弄り倒されながら身を捩らせる少女を眺めていた。唯一撮影している様子のカメラ男だけが、角度を変えるように動き回っていた。
そのうちハマグチは片手を胸に当てたまま、もう片方を少女の股間へと伸ばして、徐々にその指捌きを速くしていった。すると少女は頬を上気させて喘ぎ声を上げるようになり、ものの数分もしないうちに身体をびくっと跳ねさせた。絶頂して項垂れている様子の少女を前に、ハマグチは一仕事を終えたような如何にも満足げな表情で額の汗を拭った。
それからは代わる代わる他の面子が少女を犯した。マツドは遠慮する気配の欠片もなく猛烈に腰を振り、タニオカはハマグチと同じようにきゃっきゃっと笑いながら少女を愛撫し、イケハラは快感を噛み締めるようにねちねちと少女の陰唇に一物を抜き差しした。無論私にもお鉢が回ってきた。正直なところ、自分の番がやって来た頃には、私は他の連中と同じくすっかりその気になっていた。少女の目を見たときから高鳴っていた欲情が、いよいよ少女を前にしてみれば危篤時の心電図のように大きく波打った。他の連中に犯されて疲れ切った顔であることに余計にそそられるものを感じて、気づけば私も夢中で少女を犯していた。乳首や肉芽を強く引っ張ったり擦ったりして。少女はあっという間に絶頂した。自身の身体はちっとも弄っていないというのに、ねっとりとした快感が背筋を昇った。
行為後、ハマグチやタニオカに、「最初は乗り気じゃなさそうだったのに、始めてみたらノリノリじゃん」と茶化されたけれど、私はいつものように愛想笑いで誤魔化した。
全員で三回ほど少女を交代で犯したところで、撮影は終わった。帰り際、イチノセは私を含めた全員に、一枚のカードを手渡してきた。
いつでも撮影に参加できる会員カードだ、とイチノセは言った。ヤシロも自分のやつを見せて、本当に便利なんだぜ、と笑った。他の連中は喜んでいる中、私は無言でカードを見つめた。まだ少女を犯した余熱が残っていて、なんだかまだ背中の中心あたりがぞくぞくと震えていた。ふとなぜかイチノセが私のそばに近づいてきて、耳元で囁いた。
「またのお越しを、お待ちしています」
それだけ言うと、イチノセは戻っていった。私はカードを見つめたまま、ぽかんとしていた。その言葉は、まるで私だけに向けられているようだった。余熱も一気に冷めて、急に先ほどまでの行為に虚しさを感じ、またカードも酷く気味悪いものに感じた。しかし、その場に投げ捨てるというわけにもいかず、目を逸らすようにポケットの中に突っ込んだ。ちらりとイチノセの方を見遣ったけれど、何事もないようにヤシロと談笑しているだけだった。
そうしてまたヤシロの車に乗って帰ってきた。それだけだった。
眠れないまま暗がりに目が慣れた頃、私はポケットからそっとあのカードを取り出した。
薄暗がりの中に、素っ気ないそれはぼんやりと浮かんでいた。
――帰ったら捨てようと思っていた。少なくともヤシロの車に乗り込んだ時点では。それなのに、自宅に近づいてくるにつれて、得体の知れない気味の悪さはそのままなのに、カードに対しては捨てたくないという想いが大きくなっていった。こんなもの持っていったところで何の役にも立たない、むしろ自分が犯罪に加担した証拠なわけで、さっさと処分した方が気も楽だろうという声がある一方で、いや意外と何かの役に立つかもしれない、捨てる理由がないという声があり、その声はスピーカーから喋っているみたいに特大だった。しかし、その声も、また行こう、あの撮影にもう一度参加しよう、とは言わなかった。
私はカードをポケットに戻して、目を閉じた。襖の外にいるはずのノドカは、もう寝たのか、それとも部屋の隅でじっとしているのか、服擦れの音一つ立てなかった。
開いた助手席の車窓からマツドが手を振って笑った。私も合わせた。
そうしてヤシロの車が深夜の街角に消えていくのを見送ったあと、私は自室のある安アパートの錆びた階段をぎしぎしと上がり始めた。脳裏では、あの少女の嬌声が延々とループしていたけれど、それを掻き消すように、私は力を込めて足音を強く立てた。
自室のドアの前に着いてポケットを探ったけれど、また鍵を忘れてしまっていたことに気づき、乱暴にだんだんとドアを叩いた。するとどたどたと室内を転がり回るような音がして、ドアが独りでに開き、その中から同居人兼恋人の女が顔を覗かせた。
「あ、アヤミさん、今日も、その、遅かったですね」
その女――ノドカはもじもじと身体をくねらせながら、遠慮がちに私に笑いかけてきた。ノドカの髪は数週間風呂に入っていないように乱れていて、その顔色は如何にも不健康そうな土色に近い。ただ顔色が悪いだけではなく、でこや鼻の頭には赤黒いぶつぶつとした出来物が浮き出ていて、頬のあたりや瞼の上あたりには大きな絆創膏が貼られている。そこからはみ出している紫色の痣が何とも痛々しかった。――まあ私のせいなのだけれど。
「今夜はサークルだったから」
私は短く言うと、無理やり捻じ込むようにドアを広げ、ノドカの脇をすり抜けて部屋の中へ入った。空ペットボトルの山が出迎えてくる我が部屋は相変わらず陰気の匂いがした。
「あ、あの、晩ご飯は――」
「いらない」
まだドアノブに手をかけたままのノドカにつっけんどんに返事し、玄関先に靴を脱ぎ捨ててペットボトルの山を跨いだ。適当に敷かれたぼろきれのような座布団の上に腰を下ろし、擦り切れだらけのガラス机の下に転がされた開封済みの菓子袋を手に取ると、その中にある小さな細長いチョコ菓子を引っ掴んで口に放り込んだ。いつ開封したか憶えていないが、酷く湿気っていた。気にせずに咀嚼して飲み込んだ。
ようやく玄関のドアノブから手を放したノドカは、そんな私を如何にも悲しげな目で見ていたが、私が目を合わせようとすると、とっさに目を逸らした。いつもならこの時点で蹴りの一つでもその腹にぶりかましてやるのだけれど、今日はそういう気分にならなかった。
「――えっと、何か困りごとでもあったんですか?」
ノドカはペットボトルの山の前に立ち尽くしたまま、遠慮がちにそう訊ねてきた。
「何で?」
「いえ、えっと――なんだか元気がないようなので――」
むしろ私に元気がある日などないのだけれど、ノドカが言いたいのはそういうことではないのだろうということくらいはわかった。
「別に。何もない。あんたが知ることじゃない」
私がそう答えると、ノドカはまだ納得していないような不満げな顔をしていたが、私の暴力を恐れてか、それ以上追及してこなかった。
「あと今晩はいいから。疲れたんでさっさと寝る」
「あ、お風呂は――」
「いらない」
私は菓子袋をまたガラス机の下に放り捨てると、そのまま風呂に入らないどころか歯も磨かず服も着替えず、寝床である押入れの中に潜り込んだ。正体不明のシミに浸食された襖の奥にはもう何年も干していない饐えた匂いの布団が敷かれていて、そこが私の唯一の安息の地だった。子どもの頃、何気なく見ていたアニメに押入れで眠るロボットがいたけれど、まさか自分がそうなるとは夢にも思っていなかった。もっとも、私にはあのロボットが持っていたような特別な道具もなければ、未来だって知らない。知りたくもない。
襖を閉じて、薄暗がりの中を寝転がる。冷たくて薄い布団の感触が背中にぺとっと貼りつく。薄っすらと見える見飽きた木目が私を見下ろしている。
襖の外ではノドカによるものらしき微かな物音が聞こえるが、よほど私が怒ることを恐れているのか、それは眠っている猫の前を通り過ぎようとしているネズミのように最小限のものだった。
私は目を閉じて、先程までのことを頭から追い出すために眠ろうとした。しかし、一向に睡魔は手を伸ばしてこず、瞼の裏の光の残像の中から、あの山の中での光景が、古い映写機で投影されるみたいに薄ぼんやりと浮かび上がってきた。
あの木に縛られていた少女は、ハマグチに胸を弄られ始めるとすぐに慌てふためいた。状況が掴めないとばかりに目を丸くし、自身の胸が見知らぬ女に触れられていることに驚愕しているようだった。ハマグチに何をしているのか問いかけ、ハマグチは少女の胸を揉む手を止めずに「愛撫だよ、愛撫」と当然のように言い放った。その後、少女は周りにいる他の連中の存在にも気づいたようで、助けを求める声を上げた。もちろん、誰もその声には答えなかった。全員にやついた顔で、ハマグチに弄り倒されながら身を捩らせる少女を眺めていた。唯一撮影している様子のカメラ男だけが、角度を変えるように動き回っていた。
そのうちハマグチは片手を胸に当てたまま、もう片方を少女の股間へと伸ばして、徐々にその指捌きを速くしていった。すると少女は頬を上気させて喘ぎ声を上げるようになり、ものの数分もしないうちに身体をびくっと跳ねさせた。絶頂して項垂れている様子の少女を前に、ハマグチは一仕事を終えたような如何にも満足げな表情で額の汗を拭った。
それからは代わる代わる他の面子が少女を犯した。マツドは遠慮する気配の欠片もなく猛烈に腰を振り、タニオカはハマグチと同じようにきゃっきゃっと笑いながら少女を愛撫し、イケハラは快感を噛み締めるようにねちねちと少女の陰唇に一物を抜き差しした。無論私にもお鉢が回ってきた。正直なところ、自分の番がやって来た頃には、私は他の連中と同じくすっかりその気になっていた。少女の目を見たときから高鳴っていた欲情が、いよいよ少女を前にしてみれば危篤時の心電図のように大きく波打った。他の連中に犯されて疲れ切った顔であることに余計にそそられるものを感じて、気づけば私も夢中で少女を犯していた。乳首や肉芽を強く引っ張ったり擦ったりして。少女はあっという間に絶頂した。自身の身体はちっとも弄っていないというのに、ねっとりとした快感が背筋を昇った。
行為後、ハマグチやタニオカに、「最初は乗り気じゃなさそうだったのに、始めてみたらノリノリじゃん」と茶化されたけれど、私はいつものように愛想笑いで誤魔化した。
全員で三回ほど少女を交代で犯したところで、撮影は終わった。帰り際、イチノセは私を含めた全員に、一枚のカードを手渡してきた。
いつでも撮影に参加できる会員カードだ、とイチノセは言った。ヤシロも自分のやつを見せて、本当に便利なんだぜ、と笑った。他の連中は喜んでいる中、私は無言でカードを見つめた。まだ少女を犯した余熱が残っていて、なんだかまだ背中の中心あたりがぞくぞくと震えていた。ふとなぜかイチノセが私のそばに近づいてきて、耳元で囁いた。
「またのお越しを、お待ちしています」
それだけ言うと、イチノセは戻っていった。私はカードを見つめたまま、ぽかんとしていた。その言葉は、まるで私だけに向けられているようだった。余熱も一気に冷めて、急に先ほどまでの行為に虚しさを感じ、またカードも酷く気味悪いものに感じた。しかし、その場に投げ捨てるというわけにもいかず、目を逸らすようにポケットの中に突っ込んだ。ちらりとイチノセの方を見遣ったけれど、何事もないようにヤシロと談笑しているだけだった。
そうしてまたヤシロの車に乗って帰ってきた。それだけだった。
眠れないまま暗がりに目が慣れた頃、私はポケットからそっとあのカードを取り出した。
薄暗がりの中に、素っ気ないそれはぼんやりと浮かんでいた。
――帰ったら捨てようと思っていた。少なくともヤシロの車に乗り込んだ時点では。それなのに、自宅に近づいてくるにつれて、得体の知れない気味の悪さはそのままなのに、カードに対しては捨てたくないという想いが大きくなっていった。こんなもの持っていったところで何の役にも立たない、むしろ自分が犯罪に加担した証拠なわけで、さっさと処分した方が気も楽だろうという声がある一方で、いや意外と何かの役に立つかもしれない、捨てる理由がないという声があり、その声はスピーカーから喋っているみたいに特大だった。しかし、その声も、また行こう、あの撮影にもう一度参加しよう、とは言わなかった。
私はカードをポケットに戻して、目を閉じた。襖の外にいるはずのノドカは、もう寝たのか、それとも部屋の隅でじっとしているのか、服擦れの音一つ立てなかった。
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