空っぽの外側

すごろく

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空っぽの外側

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 暗い部屋だった。今は昼間のはずなのだけれど、遮光性のカーテンを閉め切っているため、日光は差し込まず、電灯は点いていなかった。その代わり、暗い部屋の中を幽かに照らすように、一台の古く薄汚れたテレビの電源が点いていた。
 そのテレビの前に、一人の男がいた。シミだらけのグレーのジャージを着、髪は寝ぐせとフケでぐちゃぐちゃ、顎には無精ひげを蓄え、本人は気づいていなかったが、他人からすれば鼻が曲がりそうなほどの悪臭を身にまとっていた。
 その男は、ただ真顔でテレビ画面を見つめていた。テレビの画面の中には、身体は妙に写実的に描かれ、顔は全体的に丸くデフォルメされた、見慣れたアニメキャラの少女たちが笑い合っている。明るいBGMが不釣り合いに部屋の中に充満していた。
 男はその風景を、もう何度も――その少女たちの挙動や言動が細部までわかるほど観ていた。何の新鮮味もない。面白味も六時間は噛んだガムのようなもので、何も感じない。それでも男は観ていた。その風景を観ているとき、男は余計な負の何かですぐにいっぱいになる頭を空っぽにして、その代わり空っぽの心に見せかけの明るい感情を詰め込むことができたから。でも一たびその少女たちの笑顔から目を離せば、頭の中には得体の知れない絶望感やら不安やら言葉にすると陳腐にしかならない嫌な感情が充満して、心には寒々とした冷気だけを残して空洞になった。その空洞を埋めるように、男はさらにその画面の向こうの少女たちの笑顔を貪った。けれども食らえば食らうほど、空洞は大きくなるばかりだった。
 男は知っていた。その風景が真っ赤に塗り潰された嘘であることを。その嘘をいくら飲み干しても、自分はただぶくぶくと太るばかりであることを。それでも良かった。それで良かった。とうに男は離れる時期を逸してしまった。中毒者だった。男はひたすら自棄酒を呷るように、その空っぽの嘘を、抽象画のような風景を、花のように胡散臭い少女たちの日常を、際限なく、飲み、食らった。それはもう醜悪な化け物のようだったけれども、それを指摘する人間は、その暗いばかりの部屋にはいるはずもないのだった。
 その男は死に至るその日まで、この部屋でテレビの前に座っていることだろう。もうテレビが壊れて何も映さなくなっても、男はその真っ黒のキャンバスに、笑い合う虚像の少女たちの残像を思い描く。自分の目が潰れても、とうとう手足が腐り落ちても。
 暗い部屋の外には、もう現実はない。けれども男には関係ない。男には現実がない。現実の切れ端が残していった虚像だけが、永遠にその男を形作るのだから。
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