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また明日
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五月一日午前二時。若い男が二人。某所にある寂れたコンビニの前にて。
「おっ、ヤスじゃん、久しぶり」
コンビニから出てきた眼鏡をかけた男に、店先でぼんやり煙草を吸っていたジャージ姿の男が声をかける。
「え? カツにい? 本当に久しぶりじゃん。 帰ってきてたの?」
眼鏡の男は驚いた顔でジャージの男の方を向く。
「ゴールデンウィークなもんでちょっくら帰省。でもまあ早朝にまた戻る」
「何で? ゴールデンウィークまだあるよ?」
「十連休を堪能できるやつなんてのは、良いご身分だってことだよ」
煙草を踏み消すジャージの男。
「それよりもさ、お前今年で二十歳になったろ?」
「そうだけど?」
「酒でも奢ってやろうか?」
「・・・・・・いや、いらない」
「なんだよ、今の間は」
「酒も煙草もさ、あんまやんない方がいいかなって。ほら、色々と」
「・・・・・・そうだな、そうに違いねえ」
ジャージの男は拗ねたように、地面に散る煙草の灰を蹴飛ばすような仕草をする。
「・・・・・・大学の方は上手くやってんのか?」
「うーん、まあ、ぼちぼち」
「要領得ねえな」
「上手くはいってる・・・・・・と思うよ。少なくとも苦じゃない」
「そうか、なら良いよ、別に」
しばし、二人とも無言。ジャージの男、何か思い出したように再び口を開く。
「あ、そうだ、これ言うの忘れてたわ」
「なに?」
「あけましておめでとうございます」
「は?」
ジャージの男が急に深々と頭を下げたせいか、眼鏡の男は少々困惑した様子を見せる。
「元号だよ、元号」
ジャージの男はもたついた手つきでポケットからスマホを取り出し、眼鏡の男につきつける。スマホの液晶画面にはカレンダーが映っている。
「あー、令和。でも何であけまして?」
眼鏡の男は一瞬合点がいったような反応を示したが、すぐに訝しむような表情に戻る。
「だって元号が平成から令和に変わったんだぞ? 平成三十一年から令和元年になったわけだ。実質正月みたいなもんだろ」
ジャージの男はふざけたように笑う。
「確かにそんなもんかもね」
眼鏡の男は素直に納得したようだった。
「・・・・・・でもさ、令和になったからって、何もないよな」
「うん? 何が?」
「いやさ、お前が生まれた年って、ノストラダムスの大予言の年だろ?」
「え? あ、一九九九年? 誰も信じてなかったでしょ」
「そうだな、本気で信じてたやつはいなかったろうな。でも、期待してたやつは結構いたんじゃないかなって、俺は思うんだ」
「期待してたって、何を?」
「何かが変わること」
「何かが変わるって、何が?」
「それがわかったら苦労しねえよ。まったく、お前はなんでも理屈をつけたがるな」
ジャージの男はふっとため息をついてから、口元に微かに笑みを浮かべる。
「まあ、今年の元号が変わるってのは、俺にとってのノストラダムスの大予言みてえなもんだったんだろうな」
「カツにいの話の方がよっぽど要領得ないよ」
「うるせえ。まあ聞き流してくれよ。おっさんのただの独り言だ」
「三つしか歳が違わないでしょ」
「お前はほんといちいち細かいなあ。いいんだよ、何歳差にせよ、俺の方が先に老けるんだからさ」
ジャージの男はわざとらしく伸びをする。
「じゃ、俺そろそろ帰るわ。さっきも言ったけど、朝早いし」
「朝早いのにこんな時間にコンビニに来たの?」
「眠れなかったんだよ。本当は徹夜するつもりだったけど、お前と話してたらなんか眠くなってきたわ。帰ったらちょっとだけ仮眠を取るよ」
「そう。今度また帰ってきたら早く言ってよ。遊びに行くから」
「考えといてやるよ。そんじゃ、また明日――」
「ん? 待って? 何でまた明日? 早朝にはもう戻るって・・・・・・」
「また明日でいいんだよ、こういうときは」
「何で?」
「だって、ほんの数時間前の昨日まではまだ平成だったんだぜ?」
ジャージの男は妙にかっこつけたように言った。それに対して、眼鏡の男は人の顔を見つめる鳩のような、何も考えてないと言わんばかりのきょとんとした表情だった。
「やっぱカツにいの言うことは要領得ないね」
「だからな、お前は・・・・・・。いや、もういいや。俺がそう言いたい気分だからそう言っただけ。悪かったな。忘れてくれよ。じゃあな」
「あ、待って!」
歩き去っていこうとするジャージの男を、眼鏡の男はとっさに呼び止める。
「カツにい、また明日」
振り返ったジャージの男に対して、眼鏡の男はそう言って笑い、手を振った。
ジャージの男は季節外れのひまわりのような満面の笑みを浮かべて、手を振り返した。
「ああ、ヤス、また明日」
ジャージの男は今度こそ去っていった。ほどなくして、眼鏡の男も家路についた。
あとには煌々と光を漏らし続ける建物のみがあった。
風が吹き荒んでいた。誰かから見放されたビニール袋が一つ、夜の暗がりの中を舞った。
「おっ、ヤスじゃん、久しぶり」
コンビニから出てきた眼鏡をかけた男に、店先でぼんやり煙草を吸っていたジャージ姿の男が声をかける。
「え? カツにい? 本当に久しぶりじゃん。 帰ってきてたの?」
眼鏡の男は驚いた顔でジャージの男の方を向く。
「ゴールデンウィークなもんでちょっくら帰省。でもまあ早朝にまた戻る」
「何で? ゴールデンウィークまだあるよ?」
「十連休を堪能できるやつなんてのは、良いご身分だってことだよ」
煙草を踏み消すジャージの男。
「それよりもさ、お前今年で二十歳になったろ?」
「そうだけど?」
「酒でも奢ってやろうか?」
「・・・・・・いや、いらない」
「なんだよ、今の間は」
「酒も煙草もさ、あんまやんない方がいいかなって。ほら、色々と」
「・・・・・・そうだな、そうに違いねえ」
ジャージの男は拗ねたように、地面に散る煙草の灰を蹴飛ばすような仕草をする。
「・・・・・・大学の方は上手くやってんのか?」
「うーん、まあ、ぼちぼち」
「要領得ねえな」
「上手くはいってる・・・・・・と思うよ。少なくとも苦じゃない」
「そうか、なら良いよ、別に」
しばし、二人とも無言。ジャージの男、何か思い出したように再び口を開く。
「あ、そうだ、これ言うの忘れてたわ」
「なに?」
「あけましておめでとうございます」
「は?」
ジャージの男が急に深々と頭を下げたせいか、眼鏡の男は少々困惑した様子を見せる。
「元号だよ、元号」
ジャージの男はもたついた手つきでポケットからスマホを取り出し、眼鏡の男につきつける。スマホの液晶画面にはカレンダーが映っている。
「あー、令和。でも何であけまして?」
眼鏡の男は一瞬合点がいったような反応を示したが、すぐに訝しむような表情に戻る。
「だって元号が平成から令和に変わったんだぞ? 平成三十一年から令和元年になったわけだ。実質正月みたいなもんだろ」
ジャージの男はふざけたように笑う。
「確かにそんなもんかもね」
眼鏡の男は素直に納得したようだった。
「・・・・・・でもさ、令和になったからって、何もないよな」
「うん? 何が?」
「いやさ、お前が生まれた年って、ノストラダムスの大予言の年だろ?」
「え? あ、一九九九年? 誰も信じてなかったでしょ」
「そうだな、本気で信じてたやつはいなかったろうな。でも、期待してたやつは結構いたんじゃないかなって、俺は思うんだ」
「期待してたって、何を?」
「何かが変わること」
「何かが変わるって、何が?」
「それがわかったら苦労しねえよ。まったく、お前はなんでも理屈をつけたがるな」
ジャージの男はふっとため息をついてから、口元に微かに笑みを浮かべる。
「まあ、今年の元号が変わるってのは、俺にとってのノストラダムスの大予言みてえなもんだったんだろうな」
「カツにいの話の方がよっぽど要領得ないよ」
「うるせえ。まあ聞き流してくれよ。おっさんのただの独り言だ」
「三つしか歳が違わないでしょ」
「お前はほんといちいち細かいなあ。いいんだよ、何歳差にせよ、俺の方が先に老けるんだからさ」
ジャージの男はわざとらしく伸びをする。
「じゃ、俺そろそろ帰るわ。さっきも言ったけど、朝早いし」
「朝早いのにこんな時間にコンビニに来たの?」
「眠れなかったんだよ。本当は徹夜するつもりだったけど、お前と話してたらなんか眠くなってきたわ。帰ったらちょっとだけ仮眠を取るよ」
「そう。今度また帰ってきたら早く言ってよ。遊びに行くから」
「考えといてやるよ。そんじゃ、また明日――」
「ん? 待って? 何でまた明日? 早朝にはもう戻るって・・・・・・」
「また明日でいいんだよ、こういうときは」
「何で?」
「だって、ほんの数時間前の昨日まではまだ平成だったんだぜ?」
ジャージの男は妙にかっこつけたように言った。それに対して、眼鏡の男は人の顔を見つめる鳩のような、何も考えてないと言わんばかりのきょとんとした表情だった。
「やっぱカツにいの言うことは要領得ないね」
「だからな、お前は・・・・・・。いや、もういいや。俺がそう言いたい気分だからそう言っただけ。悪かったな。忘れてくれよ。じゃあな」
「あ、待って!」
歩き去っていこうとするジャージの男を、眼鏡の男はとっさに呼び止める。
「カツにい、また明日」
振り返ったジャージの男に対して、眼鏡の男はそう言って笑い、手を振った。
ジャージの男は季節外れのひまわりのような満面の笑みを浮かべて、手を振り返した。
「ああ、ヤス、また明日」
ジャージの男は今度こそ去っていった。ほどなくして、眼鏡の男も家路についた。
あとには煌々と光を漏らし続ける建物のみがあった。
風が吹き荒んでいた。誰かから見放されたビニール袋が一つ、夜の暗がりの中を舞った。
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