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第三章
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「榊は、此処に移る前の部署で酷いパワハラと恫喝で倒れた事があるんスよ」
斎から事務業務の引き継ぎを受けながら告げられた言葉に綜真は耳を疑った。斎自身もその時の詩緒の姿を思い返しては端正な顔を辛そうに歪めた。
「榊、あんな性格じゃないすか。頑固だし自分の意見曲げないし」
「ああ、まあそれは昔から……」
従兄の四條から本社で庶務をやれと強引に勧誘され、蓋を開ければ過去に遺恨を残す相手との再会。つくづく自分は運が悪いと綜真は自らに辟易しつつ缶コーヒーを啜った。
「相性悪い上司に当たっちゃって、……何回か、今日みたいに過呼吸で倒れた事あるんで」
「……悪かったよ」
綜真が斎から教示されていたのは分室の主要メンバーである詩緒と真香の取り扱い方だった。翻車魚と称されるだけあって二人は非常に扱いが難しい。二人を上手く扱えるのは今まで斎と四條だけだったが、最近はそれに那由多も加わった。
「榊が御嵩さんとの仕事を拒否したらお役御免って事も大いにありそうですよ」
「そうなったらなったで神戸戻るだけだろ」
「御嵩さんは……榊の元彼、ですか?」
「…………見りゃあ分かんだろ」
綜真が体重を掛けるとぎしりとデスクチェアが音を鳴らす。詩緒の性格からして綜真のような粗暴な男と付き合っていた事が全く想像出来ない斎は興味半分疑い半分で煙草に火を付ける。
「学生時代ですか?」
「大学ン時」
肺を循環させた紫煙を吐き出す綜真の脳裏に浮かんだのは六年前の二人の出会い。この数年間思い出す事は少なくなってきていた。思い出そうとしても濃い霧が掛かったように詩緒の顔だけが上手く思い出せない。
「可愛かった?」
「今と変わんねぇんじゃねーか? 憎たらしかったし」
「あはっ、なら昔から変わってないんですねえー……でも、可愛いじゃないですか」
斎からの先制。煙草を持った手で頬杖を付きながら綜真に視線を送る。綜真が知っている詩緒はあくまでその時点のもの。時は流れる、いつまでも人は同じでは居られない。感情も。
「海老原……お前、詩緒と寝てるだろ」
斎からの挑発を取り零さず受け取った綜真は空になった缶コーヒーの中に吸いかけの煙草を押し込む。案外鈍感では無さそうだと感じた斎はそれが吉と出るか凶と出るかは分からぬまま再び煙草を口に咥えた。
「榊、断らないじゃないですか。絶対に」
「は……?」
綜真は耳を疑った。当時の詩緒の顔すら思い出せない綜真ではあったが、泣きながら拒絶された事だけは今も鮮明に覚えていた。そんな綜真の戸惑いの表情に気付いたのか、斎は今の詩緒が綜真と元鞘に戻る可能性は限りなく低いと判断した上で更に追い打ちを掛ける事にした。
「俺だけじゃないですよ。真香も榊の事抱きますし、榊が抱く事だってあります」
「冗談だろ」
「疑うなら、今度覗いてみますか?」
「……やめとく」
「はい」
もしかしたら詩緒が綜真を拒絶する前に、綜真から音を上げて神戸に戻る事もあるかもしれない、斎はそう感じた。仮にそうなったとしても斎には支障が無かった。斎はこれまで詩緒と真香の二人を誰よりも大切に想ってきた。三人だけで上手くやってきていたのだ。今更詩緒の元彼を名乗る存在が現れた事はこれまでの三人の関係性に水を差すようなもので、詩緒の心を乱す存在など必要が無い。
真香はともかく、詩緒は不器用なのでそういった感情を隠す事が出来ない。その不器用さがまた斎にとっては可愛らしくもあった。
月日の経過というのは残酷なもので、自分の知っている詩緒はもう存在していないのだという現実を綜真は突き付けられた。
斎から事務業務の引き継ぎを受けながら告げられた言葉に綜真は耳を疑った。斎自身もその時の詩緒の姿を思い返しては端正な顔を辛そうに歪めた。
「榊、あんな性格じゃないすか。頑固だし自分の意見曲げないし」
「ああ、まあそれは昔から……」
従兄の四條から本社で庶務をやれと強引に勧誘され、蓋を開ければ過去に遺恨を残す相手との再会。つくづく自分は運が悪いと綜真は自らに辟易しつつ缶コーヒーを啜った。
「相性悪い上司に当たっちゃって、……何回か、今日みたいに過呼吸で倒れた事あるんで」
「……悪かったよ」
綜真が斎から教示されていたのは分室の主要メンバーである詩緒と真香の取り扱い方だった。翻車魚と称されるだけあって二人は非常に扱いが難しい。二人を上手く扱えるのは今まで斎と四條だけだったが、最近はそれに那由多も加わった。
「榊が御嵩さんとの仕事を拒否したらお役御免って事も大いにありそうですよ」
「そうなったらなったで神戸戻るだけだろ」
「御嵩さんは……榊の元彼、ですか?」
「…………見りゃあ分かんだろ」
綜真が体重を掛けるとぎしりとデスクチェアが音を鳴らす。詩緒の性格からして綜真のような粗暴な男と付き合っていた事が全く想像出来ない斎は興味半分疑い半分で煙草に火を付ける。
「学生時代ですか?」
「大学ン時」
肺を循環させた紫煙を吐き出す綜真の脳裏に浮かんだのは六年前の二人の出会い。この数年間思い出す事は少なくなってきていた。思い出そうとしても濃い霧が掛かったように詩緒の顔だけが上手く思い出せない。
「可愛かった?」
「今と変わんねぇんじゃねーか? 憎たらしかったし」
「あはっ、なら昔から変わってないんですねえー……でも、可愛いじゃないですか」
斎からの先制。煙草を持った手で頬杖を付きながら綜真に視線を送る。綜真が知っている詩緒はあくまでその時点のもの。時は流れる、いつまでも人は同じでは居られない。感情も。
「海老原……お前、詩緒と寝てるだろ」
斎からの挑発を取り零さず受け取った綜真は空になった缶コーヒーの中に吸いかけの煙草を押し込む。案外鈍感では無さそうだと感じた斎はそれが吉と出るか凶と出るかは分からぬまま再び煙草を口に咥えた。
「榊、断らないじゃないですか。絶対に」
「は……?」
綜真は耳を疑った。当時の詩緒の顔すら思い出せない綜真ではあったが、泣きながら拒絶された事だけは今も鮮明に覚えていた。そんな綜真の戸惑いの表情に気付いたのか、斎は今の詩緒が綜真と元鞘に戻る可能性は限りなく低いと判断した上で更に追い打ちを掛ける事にした。
「俺だけじゃないですよ。真香も榊の事抱きますし、榊が抱く事だってあります」
「冗談だろ」
「疑うなら、今度覗いてみますか?」
「……やめとく」
「はい」
もしかしたら詩緒が綜真を拒絶する前に、綜真から音を上げて神戸に戻る事もあるかもしれない、斎はそう感じた。仮にそうなったとしても斎には支障が無かった。斎はこれまで詩緒と真香の二人を誰よりも大切に想ってきた。三人だけで上手くやってきていたのだ。今更詩緒の元彼を名乗る存在が現れた事はこれまでの三人の関係性に水を差すようなもので、詩緒の心を乱す存在など必要が無い。
真香はともかく、詩緒は不器用なのでそういった感情を隠す事が出来ない。その不器用さがまた斎にとっては可愛らしくもあった。
月日の経過というのは残酷なもので、自分の知っている詩緒はもう存在していないのだという現実を綜真は突き付けられた。
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