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第一話
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海鳴りが、静かに音を響かせている。
冷え切った空気の中その音は良く響き、水面を反射させるオレンジ色の光に目を細めた。
屈んだ手元にある小石をただ海へと投げ続けるこの幼なじみを虐めから守るためだけに一年と少し続けてきた高校生活。それに終止符を打つことを伝えるべきか、小さな背中を見つめながら先程からずっと悩んでいる。
関は昔から何かと人に絡まれるタイプの人間だ。自分も幼なじみでなければきっと虐める側にまわっていたことだろう。裏で嫌な当番を押し付けられるくらいならば「自分で何とかしろ」と思っていただろう。ただ金を巻き上げられたり、汚水や汚物を投げつけられるのを見てしまってからは、そういう奴らから関を守るためにこちらもそれなりに喧嘩の腕を上げていかなければならなかった。
そうしている内に腕を買われ、高校に入る前から加入した暴走族で喧嘩に明け暮れる日々の代わりに手にしたのは、幾度にも重なる停学処分だけだった。
「聞いたよ。また停学なったんだって?」
元々頭が良かったはずの関は中学での度重なる虐めの影響から、進学出来たのは俺でも余裕で入れる程度の底辺高校。先輩らとつるむ毎日と相反して関との時間は減っていき、また虐めを受けているらしいと他のクラスの仲間から聞いた。
――俺はお前を置いていく。
そんな事を当の本人に向かって言えるはずもなく、波音だけに耳を傾け背中を見つめ続けていると、二人だけしかいないはずの冬の浜辺にもう一人――砂を踏む音が聞こえたので音のした背後を何気なく振り返った。
そして全てを奪われた――
俺らと同世代くらいだろうかその人物は。下半身辺りに余計な肉が付いていない事から男である事が分かる。オレンジ色の光を浴びたその姿は自ら光りを放っているかのように輝いており、そして何より――羽根が見えた。
それはほんの一瞬。焦点を合わせ直すと立っていたのはやはり細身の男一人だったが、最初の一瞬は確かにその背中に羽根が見えたような気がしたのだ。
少しだけ強い風が吹き砂が舞い上がる。乱雑に揺れる絹のような少し長く細い髪を抑え、風がおさまってからこちらに視線が向けられる。?
目も肌も唇も、そのどれ一つをとっても男のそれに変わりは無かったが、目を奪われた。恐らく瞬きもせずその男を見ていたのだと思う。そしてその男の唇が薄く開かれた時、届いた声に耳すら奪われた。
「――関」
そうその男はあろう事かこの幼なじみの名前を呼んだのだった。呼ばれた名前に関は振り返ると途端に表情が明るくなった。昔、泣き止まない関へ姉貴の人形を渡した時の笑顔にそれは似ていた。
スウェットの尻に僅かについた砂を手で払いながら立ち上がる関は、背後にいるであろう相手から俺へと順に視線を向けた。
「亮ちゃんさ、もし俺のせいで学校辞めんの悩んでんだったら、そんな心配しなくていいんだぜ?」
言いながら関は俺の隣を通り背後の男へと向かう。つられて俺の視線も関の動きを追っていた。
関の手が彼の頬に触れる。指先で撫でるようなその手つきに彼は柔らかく表情を綻ばせた。
直感で分かった。この二人はそういう関係なのだと。自分の知らないうちに関にそんな相手が出来ていたとは思いもよらなかった。
「――誰?」
それでも奪われた感覚は彼の情報を得ようとしていた。許されるのならその肌に触れたいとも思った。
それが恋なのだと気づくのに時間は要らなかった。
「何言ってんの亮ちゃん。蜜じゃん」
「ミツ?」
少し間を空けて関が言った。まるで俺が知っていて当たり前とでも言いたいような口振りだったが、残念ながら『蜜』と言われた彼のことは知らない。
俺の言葉が意外だったのか、二人は揃って俺の顔を見る。どちらかといえば蜜が少し困ったように笑っていたくらいだろう。
その笑顔に胸を締め付けられ、思わず口にしそうになった言葉を慌てて飲み込んだ。
冷え切った空気の中その音は良く響き、水面を反射させるオレンジ色の光に目を細めた。
屈んだ手元にある小石をただ海へと投げ続けるこの幼なじみを虐めから守るためだけに一年と少し続けてきた高校生活。それに終止符を打つことを伝えるべきか、小さな背中を見つめながら先程からずっと悩んでいる。
関は昔から何かと人に絡まれるタイプの人間だ。自分も幼なじみでなければきっと虐める側にまわっていたことだろう。裏で嫌な当番を押し付けられるくらいならば「自分で何とかしろ」と思っていただろう。ただ金を巻き上げられたり、汚水や汚物を投げつけられるのを見てしまってからは、そういう奴らから関を守るためにこちらもそれなりに喧嘩の腕を上げていかなければならなかった。
そうしている内に腕を買われ、高校に入る前から加入した暴走族で喧嘩に明け暮れる日々の代わりに手にしたのは、幾度にも重なる停学処分だけだった。
「聞いたよ。また停学なったんだって?」
元々頭が良かったはずの関は中学での度重なる虐めの影響から、進学出来たのは俺でも余裕で入れる程度の底辺高校。先輩らとつるむ毎日と相反して関との時間は減っていき、また虐めを受けているらしいと他のクラスの仲間から聞いた。
――俺はお前を置いていく。
そんな事を当の本人に向かって言えるはずもなく、波音だけに耳を傾け背中を見つめ続けていると、二人だけしかいないはずの冬の浜辺にもう一人――砂を踏む音が聞こえたので音のした背後を何気なく振り返った。
そして全てを奪われた――
俺らと同世代くらいだろうかその人物は。下半身辺りに余計な肉が付いていない事から男である事が分かる。オレンジ色の光を浴びたその姿は自ら光りを放っているかのように輝いており、そして何より――羽根が見えた。
それはほんの一瞬。焦点を合わせ直すと立っていたのはやはり細身の男一人だったが、最初の一瞬は確かにその背中に羽根が見えたような気がしたのだ。
少しだけ強い風が吹き砂が舞い上がる。乱雑に揺れる絹のような少し長く細い髪を抑え、風がおさまってからこちらに視線が向けられる。?
目も肌も唇も、そのどれ一つをとっても男のそれに変わりは無かったが、目を奪われた。恐らく瞬きもせずその男を見ていたのだと思う。そしてその男の唇が薄く開かれた時、届いた声に耳すら奪われた。
「――関」
そうその男はあろう事かこの幼なじみの名前を呼んだのだった。呼ばれた名前に関は振り返ると途端に表情が明るくなった。昔、泣き止まない関へ姉貴の人形を渡した時の笑顔にそれは似ていた。
スウェットの尻に僅かについた砂を手で払いながら立ち上がる関は、背後にいるであろう相手から俺へと順に視線を向けた。
「亮ちゃんさ、もし俺のせいで学校辞めんの悩んでんだったら、そんな心配しなくていいんだぜ?」
言いながら関は俺の隣を通り背後の男へと向かう。つられて俺の視線も関の動きを追っていた。
関の手が彼の頬に触れる。指先で撫でるようなその手つきに彼は柔らかく表情を綻ばせた。
直感で分かった。この二人はそういう関係なのだと。自分の知らないうちに関にそんな相手が出来ていたとは思いもよらなかった。
「――誰?」
それでも奪われた感覚は彼の情報を得ようとしていた。許されるのならその肌に触れたいとも思った。
それが恋なのだと気づくのに時間は要らなかった。
「何言ってんの亮ちゃん。蜜じゃん」
「ミツ?」
少し間を空けて関が言った。まるで俺が知っていて当たり前とでも言いたいような口振りだったが、残念ながら『蜜』と言われた彼のことは知らない。
俺の言葉が意外だったのか、二人は揃って俺の顔を見る。どちらかといえば蜜が少し困ったように笑っていたくらいだろう。
その笑顔に胸を締め付けられ、思わず口にしそうになった言葉を慌てて飲み込んだ。
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