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Ⅳ
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正義が谷脇調査事務所のアルバイトとして働き始めてから数日――
初めはクールで取っ付き難い印象の総次ではあったが、この事務所には二人の所長以外は社員の総次しかおらず、必然的に事務所内業務を正義に教える役割を担うのは総次しかいなかった。そうは言っても正義が総次から教えられるのは郵便物の回収やお茶の入れ方など、その殆どが雑用が主だった。
従業員が少ない割に単価が高いのか、時給換算をすると以前までの飲食店でのアルバイトの数倍だった。
正義がこの事務所に来る切っ掛けになったあの仔猫は、透により「わんこ」という名を付けられ、毎日餌を与える総次になついているようだった。進は動物が苦手なのか、わんこを構っている姿を正義は見た事が無い。
「正義、そろそろ総次と一緒に調査に出てみようか?」
「まじっすか!」
正義が事務所業務を行っている最中も、総次は度々調査で外出する事が多かった。その事務所外での調査も今後は少しずつ正義に任せて行こうと、まずは危険度の少ない浮気調査の依頼を総次のサポートの元、正義に任せる事にした。
「ああこの案件ね。メールの履歴からほぼクロで、今日相手と外で会うみたいだからホテルから出るところでも抑えれば完璧かな」
透から渡された書類を確認した総次も危険度の少ない仕事であると認識し、目立たない格好に変装しようと正義を誘ってロッカールームに向かおうとした。
「総次、お前は女装な」
「え、何で」
「ホテル街だからな。男女と思われた方が怪しまれないだろう」
「俺一七〇センチあるけど身長」
「大丈夫、似合う」
「……正義ー」
「っわ、え、はいっ!」
「着替えのこっち、教えるから来て」
進のゴリ押しに困惑しつつも諦めたのか、面倒臭そうに息を吐くと総次は着替えをする為にロッカールームへと向かった。
総次に案内をされたロッカールームは小さいながらも揃えられている衣装の数は多く、その全てが男性用のサイズだ。正義も男性としてはそれ程身長が低い訳でも無く、尚且つ極端な体型でも無いので、恐らく殆どの衣装は着ることが出来るだろう。
総次が正義にと提示したのは当たり障りの無いスーツ一式だった。スーツなど着るのは新卒で入社した会社くらいで、久々のスーツに正義は息苦しさを覚えた。
躊躇っている内にも総次は着々と準備を進めており、どうやら女装予定の総次も着るものはスーツのようだった。
「ホテル街だからね、変にチンピラみたいな姿よりは目立たないと思うよ」
「総次、さん。いつもこうやって女装してるんですか?」
「女装が俺の趣味みたいに言わないでくれる?」
「すいません……」
「……正義?」
「え? あ、はい」
「いや、何でも無い……」
正義の様子を不思議に思い声を掛ける総次であったが、直ぐに思い直し「何でも無い」と視線を反らす。その時の総次には既に肩程度まで髪が伸びていて、身長こそどうにもならないが、細身で長身な女性に見間違えるほどだった。
「……総次さん、綺麗です」
「喧しいわ」
思わず口から出た言葉も総次は意にも介さず受け流す。少し寂しさを覚える正義だったが、この後の調査をこの姿の総次と共に出来るという事に期待が高まっていった。
元から肌が綺麗な事もあるが、特に基礎化粧品などの手順も踏まずピンクベージュのリップをひいた程度で総次の準備は終わった。一方の正義はというと、久々のスーツに手惑い、元から苦手なネクタイの結びに苦戦していた。
「何してんの正義、置いてくよ?」
「ちょっと待って下さいもう少し……」
「もうっ……」
元から体毛が薄いのか、それとも魔法で何とかなるものなのか、ストッキングを穿いた総次の足は滑らかで、男のそれにはとても見えない。正義を待つ間丁寧にブラッシングされた髪はハーフアップで纏められ、鼈甲のバレッタで留めた総次は支度にもたつく正義に痺れを切らし、中途半端に結んだネクタイを掴むと強く自分の方へと引き寄せた。
「正義さ、今何歳だよ。ネクタイくらい自分で結べないと恥ずかしいでしょ」
「すいません……」
「はい、出来たっ」
手早く正義のネクタイを締めると着衣の乱れを簡単に整え、腕を掴んでロッカールームを出る。
「あっ、ありがとうございます! あのっ、えっと、あ……いいお嫁さんになれそうですね!」
何度注意しようと思っていても口から出てしまう言葉。素直ではあるのだが、その率直な意見に、音一つ無かった事務所は透の大きな笑い声に包まれた。
「こいつ本当にもう……鳥葬にしたい……」
「まあそう言わないで、ちゃんと仕事教えてあげてよ総ちゃん?」
ニヤニヤと厭らしい笑みを爽やかに浮かべながら、透はストッキング越しの総次の内腿に手を這わす。
「生足も良いけどストッキングも中々だね。返ってきたら素股しない?」
「しません。行くよ正義」
「は、はいっ」
透からのセクハラに対しては心から不愉快な表情を浮かべ、総次は正義の腕を抱いて調査に向かおうと入り口に向かう。残念な事に胸は無かった。
「正義目覚めちゃったりしないかなあ……」
初めはクールで取っ付き難い印象の総次ではあったが、この事務所には二人の所長以外は社員の総次しかおらず、必然的に事務所内業務を正義に教える役割を担うのは総次しかいなかった。そうは言っても正義が総次から教えられるのは郵便物の回収やお茶の入れ方など、その殆どが雑用が主だった。
従業員が少ない割に単価が高いのか、時給換算をすると以前までの飲食店でのアルバイトの数倍だった。
正義がこの事務所に来る切っ掛けになったあの仔猫は、透により「わんこ」という名を付けられ、毎日餌を与える総次になついているようだった。進は動物が苦手なのか、わんこを構っている姿を正義は見た事が無い。
「正義、そろそろ総次と一緒に調査に出てみようか?」
「まじっすか!」
正義が事務所業務を行っている最中も、総次は度々調査で外出する事が多かった。その事務所外での調査も今後は少しずつ正義に任せて行こうと、まずは危険度の少ない浮気調査の依頼を総次のサポートの元、正義に任せる事にした。
「ああこの案件ね。メールの履歴からほぼクロで、今日相手と外で会うみたいだからホテルから出るところでも抑えれば完璧かな」
透から渡された書類を確認した総次も危険度の少ない仕事であると認識し、目立たない格好に変装しようと正義を誘ってロッカールームに向かおうとした。
「総次、お前は女装な」
「え、何で」
「ホテル街だからな。男女と思われた方が怪しまれないだろう」
「俺一七〇センチあるけど身長」
「大丈夫、似合う」
「……正義ー」
「っわ、え、はいっ!」
「着替えのこっち、教えるから来て」
進のゴリ押しに困惑しつつも諦めたのか、面倒臭そうに息を吐くと総次は着替えをする為にロッカールームへと向かった。
総次に案内をされたロッカールームは小さいながらも揃えられている衣装の数は多く、その全てが男性用のサイズだ。正義も男性としてはそれ程身長が低い訳でも無く、尚且つ極端な体型でも無いので、恐らく殆どの衣装は着ることが出来るだろう。
総次が正義にと提示したのは当たり障りの無いスーツ一式だった。スーツなど着るのは新卒で入社した会社くらいで、久々のスーツに正義は息苦しさを覚えた。
躊躇っている内にも総次は着々と準備を進めており、どうやら女装予定の総次も着るものはスーツのようだった。
「ホテル街だからね、変にチンピラみたいな姿よりは目立たないと思うよ」
「総次、さん。いつもこうやって女装してるんですか?」
「女装が俺の趣味みたいに言わないでくれる?」
「すいません……」
「……正義?」
「え? あ、はい」
「いや、何でも無い……」
正義の様子を不思議に思い声を掛ける総次であったが、直ぐに思い直し「何でも無い」と視線を反らす。その時の総次には既に肩程度まで髪が伸びていて、身長こそどうにもならないが、細身で長身な女性に見間違えるほどだった。
「……総次さん、綺麗です」
「喧しいわ」
思わず口から出た言葉も総次は意にも介さず受け流す。少し寂しさを覚える正義だったが、この後の調査をこの姿の総次と共に出来るという事に期待が高まっていった。
元から肌が綺麗な事もあるが、特に基礎化粧品などの手順も踏まずピンクベージュのリップをひいた程度で総次の準備は終わった。一方の正義はというと、久々のスーツに手惑い、元から苦手なネクタイの結びに苦戦していた。
「何してんの正義、置いてくよ?」
「ちょっと待って下さいもう少し……」
「もうっ……」
元から体毛が薄いのか、それとも魔法で何とかなるものなのか、ストッキングを穿いた総次の足は滑らかで、男のそれにはとても見えない。正義を待つ間丁寧にブラッシングされた髪はハーフアップで纏められ、鼈甲のバレッタで留めた総次は支度にもたつく正義に痺れを切らし、中途半端に結んだネクタイを掴むと強く自分の方へと引き寄せた。
「正義さ、今何歳だよ。ネクタイくらい自分で結べないと恥ずかしいでしょ」
「すいません……」
「はい、出来たっ」
手早く正義のネクタイを締めると着衣の乱れを簡単に整え、腕を掴んでロッカールームを出る。
「あっ、ありがとうございます! あのっ、えっと、あ……いいお嫁さんになれそうですね!」
何度注意しようと思っていても口から出てしまう言葉。素直ではあるのだが、その率直な意見に、音一つ無かった事務所は透の大きな笑い声に包まれた。
「こいつ本当にもう……鳥葬にしたい……」
「まあそう言わないで、ちゃんと仕事教えてあげてよ総ちゃん?」
ニヤニヤと厭らしい笑みを爽やかに浮かべながら、透はストッキング越しの総次の内腿に手を這わす。
「生足も良いけどストッキングも中々だね。返ってきたら素股しない?」
「しません。行くよ正義」
「は、はいっ」
透からのセクハラに対しては心から不愉快な表情を浮かべ、総次は正義の腕を抱いて調査に向かおうと入り口に向かう。残念な事に胸は無かった。
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