上 下
76 / 204
南部辺境遠征編

076 サキ、無双する

しおりを挟む
 カナタは、ニク、サキ、ルルの3人を伴って、ウルティア国遠征の旅に出た。
まず、南門を出た先の人目に付かない草原まで移動した。
今回はオレンジタウン近くに進出した時の赤い起点は使わない。
その時に【魔力探知】で調べた半径300mの円の外周、その中でも安全と思われる場所に向けてカナタは【転移】を使った。
自分が魔法的に目にした先には転移できる、その決まり事を利用して転移したのだ。

 カナタの【転移】は、目の前に出現した扉を開くと、その先に転移先の風景が見えるという、どこでもド……違った……転移門的な魔法だった。
これにより、再度転移先の安全を確保してから転移するようにカナタはしていた。
この安全には、目撃者がいないということも含まれている。
カナタは扉を開けると転移先の周囲を見廻す。

「よし、大丈夫みたいだ。3人とも行くよ」

 カナタ含めて4人が扉を潜ったところで扉は姿を消した。
ちなみに、ニクは必ず2番目に潜るように命じてある。
理由は、ニクだけ物扱いになってしまうので、カナタ含めて3人目が転移すると扉が消えてしまうからだ。
【転移】は魔法を行使した本人に加えてレベルの数値人数分だけ同行者を連れていける。
今【転移】はレベル2のため、同行者は2人ということになる。
ニクは同行者ではなく、3人の荷物という扱いになるのだ。
つまり、ニクが扉を潜るためには最後の人より前に潜る必要がある。
荷物を最後にしてしまうと、その前に扉は消えて転移元に置いて行ってしまうことになるのだ。

「ここから南南西の方向にオレンジタウンがあるはず。
そうだな。歩いて3時間ぐらいだろうか?
ああ、獣車が欲しいな」

 今後は獣車を買って足にしたいとカナタは思っていた。
グラスヒルで買おうとしたのだが、あそこは物流の拠点にもなっているので在庫がなく、予約待ちで手に入らなかったのだ。
では一般の人はどうするのかというと、駅馬車があるので、旅にはそれを利用しているらしい。
だが、駅馬車を使ったら旅は4か月コースになる。
それを打開するために【転移】を使っているのに、それでは本末転倒となってしまうのだ。

「オレンジ領の隣のカンザス領では牧畜が盛んらしく、馬や騎獣が手に入りやすいそうだ。
そこでなら獣車を購入できると思う」

 カナタの狙いはオレンジ領の隣のカンザス領だった。
そこから出荷された馬や騎獣がグラスヒルに運ばれて売られているのだから、そこまで行けば買えるということだ。
とにかく、この世界は移動にコストや時間がかかる。
それは物を運ぶべき馬車や獣車にもいえるのだった。

「ご主人さま、そんなことより、早くオレンジタウンに行きましょう!」

 サキの目的はわかっている。
どうせ早く街に着いてスイーツが食べたいだけだろう。


 カナタたちは1時間ほど歩いて、漸く主街道に出ることができた。
ここを南に辿っていけばオレンジ領の領都であるオレンジタウンに到着するはずだ。
カナタ一行は暫く街道を進む。

「マスター……」

「わかってる」

 ニクが伝えようとしたが、カナタの【魔力探知】にも反応が出ていた。
わざわざ街道の左右に分かれて隠れる必要のある連中には、思い当たるふしが在り過ぎる。

「サキ、たぶん盗賊だ。ルルを守って……」

 カナタが言う前にサキが走っていた。
サキは剣鬼のJOBに【剣術免許皆伝】のスキルを持っている。
以前見せられていたステータスは偽装であり、こっちが本当のステータスだった。
気付かれたと理解した盗賊が藪の中から飛び出してサキの前に立ちふさがる。

「嬢ちゃん1人でどうするつもりだ?」

「俺たちが良いことをしてやんよ。げひゃひゃひゃ」

「おい坊主、女と金を置いていきな」

「命だけは助けてやんよ」

「そう言っといて、奴隷商に売り払うくせして。げひゃげひゃ」

 盗賊たちはカナタが主人だと見抜き、カナタに要求を突き付けた。
総勢16人の盗賊に街道の前後を塞がれていてカナタたちは身動きがとれなかった。

「マスター、盗賊と確認。殲滅しますか?」

「いや、制圧はサキに任せて、ニクは援護だ。
サキが危なくなったら助けてやってくれ」

 カナタはニクの過剰戦闘を止め、手加減の出来るサキに任せることにした。
いくら盗賊でもポンポン殺してしまうのは気が引けたのだ。

「ルルは僕の側を離れないでね」

 戦闘力のないルルはカナタが守る。

 盗賊たちに囲まれたサキは刀のような片刃の剣を使っていた。
その剣が腰の鞘から抜かれると盗賊たちの首が飛んだ。

「え?」

 カナタは目を疑った。
たしか、サキは手加減が出来るからとの売り込みでこの旅に参加したはずだ。
それなのに、サキはニクよりも手加減が出来ていない。
一振一殺。
サキが剣を一振りすると盗賊が一人死んでいった。

「ちょっとサキ、手加減、手加減!」

 カナタの声にハッとした表情をするサキだったが、正面側の盗賊は全員もう死んだ後だった。
その姿を目撃した後ろを塞いでいた盗賊は一目散に逃げ出した。

「はぁ。ニク、武器使用制限解除。敵を無力化。手加減だぞ? 手加減!」

「了解しました。マスター」

 ニクの右腕が光ると2秒後に光の束が空中を舞った。

「敵勢力の無力化を確認。戦闘を終了します」

 ニクの荷電粒子砲は、盗賊たちの片足を綺麗に吹き飛ばしていた。
たしかにこれで戦うことも逃げることも出来なくなった。

「どうしよう。ここから全員街まで連れて行くなんて無理だぞ」

 片足が無かったら歩かせて連れて行くことが出来ないとカナタは頭を抱えた。
しかし、ニクが足を狙わなければ、片腕を飛ばしても逃げられていただろう。

「すみません。ご主人さま……」

 前面の盗賊を殲滅したサキが戻って来た。
自分で手加減が出来ると言っていたのに、一切の手加減をしなかったことを反省しているようだ。

「サキ、どうして、手加減を忘れたの?」

 カナタは叱るつもりではなく、理由が知りたいと思って訊ねた。

「だって、ここで長く足止めされたら、スイーツ店が閉まってしまいます!」

 サキはスイーツに目が無かった。
この旅に同行したかったのも、オレンジタウンがスイーツの街で有名だったからだ。
それにスイーツ店はまだ閉まるような時間ではない。
いったい何軒梯子するつもりだったのだろうか。
スイーツのせいで死んだ盗賊は運が悪かったと諦めてもらうしかない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】悪役令嬢と言われている私が殿下に婚約解消をお願いした結果、幸せになりました。

月空ゆうい
ファンタジー
「婚約を解消してほしいです」  公爵令嬢のガーベラは、虚偽の噂が広まってしまい「悪役令嬢」と言われている。こんな私と婚約しては殿下は幸せになれないと思った彼女は、婚約者であるルーカス殿下に婚約解消をお願いした。そこから始まる、ざまぁありのハッピーエンド。 一応、R15にしました。本編は全5話です。 番外編を不定期更新する予定です!

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

処理中です...