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遠征編

150 遠征編15 急転

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『敵ニアヒュームの掃討完了』

 帝国主力艦隊から掃討完了の通信が入った。

『ご苦労。ニアヒューム迎撃戦終了。
皇帝陛下、指揮権をお返しします』

 僕はその言葉とともに戦術兵器統合制御システムを解除した。
この時、もし僕が戦術兵器統合制御システムを解除しなかったら、いや主力艦隊に情報を与えるだけではなく素性を調べていたら歴史は変わっていたのだろうか?
後悔してもしきれない事件はこの後起こった。

 戦艦が1艦、すーっと皇帝の座乗する総旗艦に接近して来た。
その豪華な意匠は貴族の座乗する専用艦だろう。
総旗艦を護衛する近衛艦隊も見知った艦であったのかスルーしてしまう。

『オースティン伯爵、何用か?』

 近衛艦隊司令が詰問する。
しかしオースティン伯爵の戦艦は応答することなく近付いて行く。

『伯爵! いかに貴族でもそれ以上の接近は武力で排除せざるを得ませんぞ!』

 すると戦艦が急に速度を上げ総旗艦に突っ込んで来た。

『な、何をする!』

 近衛艦隊が一斉射撃に入る。だがその時には既に遅かった。
戦艦は熱核反応炉を暴走させ総旗艦を巻き込んで爆発した。
所謂いわゆる自爆テロだ。

『皇帝陛下!!』

 総旗艦の中央、CICのある付近までがごっそり抉られていた。
何が起きたのか理解できずに呆然とする近衛艦隊の兵達。
さらに各所で起きる自爆テロの数々。
自爆していくのは皇帝の率いる主力艦隊の艦だ。

『アキラだ。皇帝陛下の安否確認を急げ!
航宙士パイロット転送回収システムが生きてるなら航宙士パイロット転送回収艦の護衛を固めろ!』

 僕は勝手ながら指示を出す。
なぜ主力艦隊がテロを起こす? 貴族の反乱か?
僕は戦術兵器統合制御システムを起動し主力艦隊を再支配しようとした。
しかし、その中で支配に応じない艦が存在していた。
その艦が自爆していく。
再度支配をかける。
電脳の先に何か得体のしれない物の感覚があり支配を拒絶する。
人ではない何かの感覚だ。

「これはそういうことだよね?」

 ニアヒュームだ。なら躊躇う必要はない。

『敵と思われる艦を把握した。見た目だけで味方だと思うな。撃て』

 僕は主力艦隊全艦に敵と思われる艦をマーキングして仮想スクリーンにAR表示させる。
さらに次元格納庫から新鋭護衛艦を出して護衛にあたらせる。
護衛対象は転送回収艦と僕だ。
その新鋭護衛艦の1艦が対艦刀を展開し接近中の敵と思われる艦のエネルギー電装系を刺し貫く。
エネルギーが電脳に伝わらず機能停止する不審艦。
僕は工作艦を出してその艦を解剖する。
装甲板を剥がした中身は……。

『なんてことだ。
主力艦隊の一部が敵ニアヒュームに汚染されている!』

 僕はその解剖映像を主力艦隊全艦に送った。
その映像は艦の電脳に寄生するニアヒュームのコアと、そこに繋がれた帝国兵の成れの果ての醜い映像だった。
なんらかのタイミングで寄生され乗っ取られたのだろう。

『マーキングした艦は全て汚染されているはずだ!
誰の座乗艦であろうが構わず撃て! 貴族であってもだ!』

 だが主力艦隊の兵には躊躇いがあった。
自分の同僚が、主君が、敵だと言われているのだ。
はいそうですかと撃てるわけがない。

『撃てない者は下がれ。
敵と思われる艦を艦隊から分離するだけでいい。
敵対行動を取られたり無人艦なら撃てるだろ』

 主力艦隊が各支隊に分かれて再編されていく。
僕は次元跳躍門ゲート前に陣取ると戦術兵器統合制御システムで個々の艦をチェックし、汚染されていない艦を次元跳躍門ゲートで避難させる。
しれっと混ざって来る敵にはGバレットを撃ち込み破壊する。
自爆されると面倒な大型艦は侵食弾で拘束していく。

『近衛艦隊は総旗艦を曳航、転送回収艦とともに次元跳躍門ゲートで王都に撤退せよ』

 皇帝は回収艦に収容されたようだが、安否は不明だ。

『カイルは無事?』

『無事だ』

 本来なら、皇帝が指揮をとれなくなった場合は序列的にカイル第1皇子が指揮をとるべきだ。
僕がしゃしゃり出たのは帝国法的に拙かったかもしれない。
しかし、カイル第1皇子は、僕の越権行為を黙って見ていてくれた。
ここは、謝罪しておくべきだな。

『無事で良かった。
差し出がましいことをしてしまってすまない』

『いや、かまわないよ。
的確な指示だったし、皇帝陛下が指揮権を受け取ったと宣言する前だった。
指揮権はまだアキラにある』

 そうか、あの時点でまだ指揮権の移譲が成立していなかったか。
いや、カイル第1皇子が気を使って問題にならないようにしてくれたんだろう。

『ありがとう。悪いけど僕と残って残敵掃討を頼むよ』

『わかった。まさか主力艦隊が汚染されているなんてな……』

 ニアヒュームの寄生具合を見るに、昨日今日寄生したのではないようだ。
汚染が他にも拡大していなければいいのだが……。
なんとしてでも拡大を阻止しなければ人類が滅亡する。

『寄生されている艦隊に偏りはある?』

『ニアヒュームと戦闘経験の少ない地方領主の領軍に偏っているみたいだ。
コアを破壊しなかったか、あるいはコアを戦利品にしてしまったのかな』

 先の討伐戦でニアヒュームの残骸を戦利品として格納してしまったということだろうか。
ニアヒュームの恐ろしさを経験していない地方領主の領軍の一兵卒なら有り得ることだ。

『そんなところだろうね』

 僕達は敵に汚染された艦を次々に敵認定して葬って行った。

『こちら第4皇子ルーカスだ。
僕のところの家臣が見苦しい事をしでかしてしまった。
僕も残敵掃討に参加するよ』

『ルーカス、そういえば、2番目に自爆したカストロ伯爵は君の所の家臣だったな。
皇帝陛下の正規軍を害する事になったからには責任問題になるぞ』

 カイル第1皇子が厳しく指摘する。
地方領主の無知が招いたことかと思っていたらルーカス第4皇子の家臣だとは。
帝国正規軍で巻き込まれた艦もあるし、確かにそれは拙いわ。

『例え優秀な配下だろうが、例え母上だろうが、この不始末の原因を作った者は僕自身が処分するよ』

 ルーカス第4皇子は並々ならぬ決意で挑むつもりのようだ。
さすがにわざと皇帝や正規軍を害したとは思えない……いや、地球人誘拐の件を思い出すとあるかも?

『いや、ルーカス。君は当事者になる。
疑いが晴れるまでは謹慎していてもらうぞ』

 カイル第1皇子が厳しい沙汰を出す。
まあ家臣が自爆して帝国の兵を害したとなると仕方ないだろう。
重要な証人をどさくさに紛れて始末されるかもしれないし。

『ルーカス、気持ちはありがたいけど、今はカイルの言うとおりにするしかないよ』

『そうだな。ニアヒュームに寄生されていたとはいえ、親父の軍が俺の家臣に襲われたんだからな……』

 こうして僕とカイル第1皇子は味方を逃がしつつ敵に汚染された艦を処分していった。
既に何艦かの戦艦が自らの次元跳躍ワープ機関で逃げに入っていた。
検閲を受けていない状態での勝手な行動はのちに問題となりそうだ。
ニアヒュームは増殖するらしいから、何処で汚染が広がるか厄介だ。

ヘンリー第2皇子イーサン第3皇子は、どっちだと思う?』

 カイル第1皇子が嫌な事を言い出した。
勝手に逃げた中に彼らがいたのは間違いないからだ。
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