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アイドル編

023 プロローグ

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SIDE:神澤 地球

「悪いね。神澤ちゃん。ブラッシュリップスの出演、流れちゃったよ」

 番組プロデューサーである金指かねざしPの発言は、最近神澤が何度も味わった屈辱の言葉だった。
神澤は芸能事務所の社長を務める30代の男だ。
SFOのプロゲーマーとして活動し一攫千金の手に入れ、その資金によって芸能事務所神澤プロモーションを立ち上げた。
神澤は所謂SFO成功者だった。
初めて手掛けた5人組女性アイドルグループ『ブラッシュリップス』は、そのルックスと歌唱力でアイドルヲタク達に受け入れられ、CD売り上げのチャートでも一桁台に入るほどの好評を得ていた。
しかし、今日も歌番組の収録に向かったテレビ局で、なぜか出演が急遽キャンセルされたのだ。
その番組は所謂ランキング歌謡番組なので、CD売り上げが上位ならば、ほぼ自動的に出演できるはずだった。
実際に出演オファーを受け、テレビ局に向かったところ、収録直前に番組プロデューサーからこの言葉を受けたのだ。

「仕方ないなぁ。次こそは頼みますよ。金指かねざしP」

 神澤は内心でははらわたが煮えくり返っていたが、営業スマイルを浮かべてそう答えた。
原因はスポンサーの意向なのか、大手事務所が共演NGをかけたのかは不明だが、最近不自然な形でテレビ出演がキャンセルされていく。
わざわざ出向いてからの収録直前でのキャンセルということは、その場でキャンセルが決まったということだろう。
事実、テレビ局の入り口で止められることはなく、楽屋にはブラッシュリップスの名前が張られていて、今その紙がADによって剥がされているところだ。

『おそらく、あれが……』

「社長。もう耐えられません」
「私達、もう辞めたいです」

 神澤が思案を巡らそうとしたとき、メンバーの莉緒と早紀が泣きながら訴えてきた。
莉緒と早紀はネットで根も葉もない中傷を受けていた。
警察に名誉棄損で訴えても、なかなか捜査は進まなかった。
その噂話のせいなのか、楽屋へ向かうロビーや廊下でも陰口だろうかヒソヒソ話が聞こえてきた。

『殺人予告でもされればねぇ。中傷程度じゃ……。警察も暇じゃないんだよね』

 対応に出た警官の言葉が思い起こされる。
このネットの中傷が原因で出演がキャンセルされている可能性があった。
目的はブラッシュリップスの芸能活動に対する妨害なのか?
出る杭は打たれるというが、単に弱小事務所ゆえの力不足なのだろうか。
神澤は2人を宥めつつ忸怩たる思いを胸に、ブラッシュリップスのメンバーと共に事務所へと戻るしかなかった。


◇◇◇◇◆


 莉緒と早紀がネットの中傷によるストレスでグループから脱退した。
と同時に中傷がピタリと止んだ。
これでブラッシュリップスは無期限活動休止状態になってしまった。
誰かの都合の良いように事が運び、目的を達したから終わりということなのだろうか?

 ネットニュースでは中傷の心労によりアイドルが脱退したと報じられた。
中傷はデマだったという論調なのが唯一の救いだろうか。
だが神澤プロモーションは資金繰りが悪化し倒産かとの噂まで出始めた。
そこで神澤は起死回生の一手を打った。
それがSFO初のアイドル参戦表明だった。
幸いメンバーのうち3人がSFCのプレイ経験があり、SFO参戦も可能な腕前だった。
それが丁度残った3人だったのが皮肉なことだ。
新メンバーとしてプロゲーマーアイドルとなる2人の募集が大々的に発表された。
神澤はSFOプロゲーマーに復帰を表明。これにより資金繰り悪化の噂は吹っ飛んだ。
SFO成功者がどれだけ稼げるのかという証左だろう。
ブラッシュリップスの存続。そのために神澤はSFOを利用することにしたのだった。
一度は逃げたことをすっかり忘れて。


◇◇◇◆◇


 神澤がSFOのプロゲーマーになった時、3年契約により地球に帰れないという縛りを最初は気にもしなかった。
だが、3年契約が明けたプロゲーマー達が地球に帰ったという話は聞こえてこなかった。
ほとんど自ら志願して他星系に行ってしまうという。
有能な上位ランクのプロゲーマーほどその傾向が強かった。
帰還したとされるのは、プロゲーマーに向いていなかったであろう者たちばかりだった。

 そこに疑いが発生した。
もしかするとアブダクションされた成功者は二度と地球には帰れないのではないかと。
神澤がプロゲーマーになったのは、自らの夢である芸能事務所を立ち上げる資金を得るためだった。
稼いだ金を持って地球に帰る。それが出来ないのであればSFOに参加する意味はなかった。
神澤は唯一地球に帰還出来るとされている契約拒否のタイミング、つまり地球からアブダクションされた新人がやってくる日を入念に調べた。
どうやらそれは地球時間で1ヶ月の間隔であることが判明する。
そのタイミングで初心者講習が行われているのだ。
後から判明したことだが、地球との次元跳躍門ゲートが開くのは偶然によるもので、SFO運営が制御出来るものではないということだ。
それが地球(日本)で言う満月のタイミング。
地球と月と次元跳躍門ゲートが一直線に並ぶ僅かなタイミングだった。
そのタイミングでのみ次元跳躍門ゲートが開き人と物を送ることが出来る。
ただし武器や兵器に類するものは送れない。そういったプロテクトがかかっていた。
それが人や動物のアブダクションは別にして地球が侵略されない理由だった。
ただ次元跳躍門ゲートを介した次元通信は繋がっており、ゲーマー達の活躍や映像は常に送信されていた。
それが地球でSFOがeスポーツなのだという認識をもたらすことになっていたのだった。

 神澤はあまり活躍しないようにセーブしながら帰還のタイミングを計った。
上位ランカーになったら帰れないのではないかと危惧したからだ。
そこそこの順位でそこそこに儲け、次元跳躍門ゲートが開くというタイミングで大儲けの機会を得た。
神澤はRPリアルプレイで敵艦を2艦拿捕することに成功する。
その売却益で違約金を払うと、かなりの残金を持って地球へと帰還することが出来た。
他のプレイヤーの前で帰還を宣言することでSFO運営は表向きは祝福しながら(内心では忸怩たる思いで)帰還に同意したのだった。
だが恐ろしいことに、地球に帰った神澤は重要なことをすっかり忘れていることに気付かなかった。
SFOから帰還するのは容易ではない。その不信感を記憶から抜かれて神澤は地球に帰還したのだ。
神澤は宇宙人にアブダクションされたという記憶も、帰れないかもしれないという記憶も抜けたままSFO成功者として宣伝に利用されたのだった。
だからこそ、安易にプロゲーマーアイドルなどという企画を立ち上げ、逃げ帰ったSFOに自ら戻るどころか、所属アイドル達を宇宙人による誘拐アブダクションに巻き込むことになってしまったのだった。


◇◇◇◆◆


SIDE:アキラ 惑星ビギニ軌道上ステーション内行政塔

「ちょっと、売却金額少なすぎじゃない?」

 僕が拿捕した敵艦は対艦刀で半分切れ込みが入っていたとはいえ、装甲の素材や生きている基幹部品を売れば相当な金額になるはずだった。
借金生活中は回収した敵艦や素材はSFO運営の物となり、売却益から借金が減っていくはずだった。
それなのに借金がほとんど減っていなかった。

「よく考えてください。住宅ローンでも最初に返済に充てられるのは利子分ですよ?」

 SFO運営の事務官がそうのたまう。
絶対騙されてる。

「いやいや、利子は元の1億に含まれているはずだったよ?
だいたい借金の半分ぐらいの返済があれば、それは繰り上げ返済となるわけでしょ?
敵艦1艦分ならどうみても億近い額の返済が出来たはずだよ」

 僕はゴネた。このままじゃいくら頑張っても借金が減らない。

「売却額は借金返済時の明確な基準に法り査定してますから。まさか地球の法律がここで通用すると思ってませんよね?」

「ぐぬぬ」

 騙された。まさか査定額を減らして儲ける手口があるなんて……。
プリンスのやつ、甘い顔してとんだペテン師だな!
対艦刀が折れて使えなくなったのに、それを買い直すお金も残らないなんて……。

「どうしてこうなった!」

 このままじゃ借金が減らずにずっと地球に帰れないぞ。
SFO運営に取られないで済む収入といえば……。
そうかVPヴァーチャルプレイの賞金ならSFO運営も手を出せないはずだ。
となると艦隊を組む必要があるな。
さてと、どこか良い艦隊に加入できないものかな。
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