ここ掘れわんわんから始まる異世界生活―陸上戦艦なにそれ?―

北京犬(英)

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第三章 北の帝国戦役編

124 ボルダル要塞戦

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 ガイアベザル主力艦隊がズイオウ領に攻撃をしかけようとしていた時、手薄になったボルダル要塞を攻略すべく、調査兵団団長のイオリは合計8艦からなる艦隊を大峡谷に侵入させていた。
自らの艦隊の生き残り5艦と、本国より回航された援軍3艦の混成艦隊だった。

「敵艦は4艦に減っているのだな?」

「はい、間違いありません」

 4艦のうち2艦には魔導砲が搭載されている可能性が高かった。
その2艦は先の戦闘で敵に鹵獲され運用されているパンテルとオライオンだった。
ガイアベザル帝国の陸上戦艦は、ほとんどの艦の魔導砲が故障していて帝国はそれを修理する手段を持っていなかった。
だが、敵は大破した僚艦を短期間で修理し運用しており、魔導砲まで修理出来ることが確認されていた。

「あの国旗、どこの国かわからんが、その所属艦のみが魔導砲を持っているようだ」

 イオリはある重大なことに気付いた。
艦の舷側にリーンワース王国の国旗の描かれた艦は弱いということだった。
先の戦闘で、不明国とリーンワース王国の艦では、明らかに動きが違っていた。
リーンワース王国の艦が足を引っ張っているような印象さえあった。

「もし、リーンワース王国が不明国から陸上戦艦の修理を受けて艦を運用しているのだとしたら、俺なら魔導砲は渡さんな」

 リーンワース王国も貴族が大手を振って偉そうにするという悪しき伝統を踏襲していた。
そんなどうしようもない貴族連中に魔導砲などという強力な力を与えたならば、それをどこに向けるかわかったものではなかった。
最悪、技術供与した不明国にまで牙をむく可能性がある。
そう思えば、不明国も魔導砲を渡さないという決断をするだろうと、イオリにも容易に想像ができた。
希望的観測だったが、イオリには確信めいたものがあった。

「まずリーンワース王国の艦を挑発して各個撃破する。
不明国の艦が出てきたら魔導砲を発射し撤退だ」

 イオリの艦隊は防御魔法を艦首に展開しつつボルダル要塞に接近していった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◆


「敵艦隊、峡谷に侵入!」

 北の要塞に見張り員の叫びが響く。
そこはボルダル要塞都市の城郭の一角に設置された司令部にある、大きく開けた見晴らしの良いバルコニーだった。
この時、司令部には、不幸なことにリーンワース王国の者しかいなかった。
クランド率いるキルト=ルナトーク=ザールの艦隊はズイオウ領に撤退しており、ここには留守番としてパンテルとオライオンが残されているだけだった。
この2艦は連絡要員として残されているようなもので、北の要塞で何か事があれば、魔導通信でクランドと連絡をとり援軍を要請することになっていた。

「よし、我らの威を示す絶好の機会だ。
リグルドとジーベルドを出撃させるのだ!」

 この戦争が始まって以来、何度も占領の憂き目にあったボルダル要塞の司令ガルパゴは、ここが手柄を得る最大の機会だと判断、独断専行を実施した。
彼は勘違いしていた。自分達の国の艦にも魔導砲が搭載されていると。
だが、リグルドとジーベルドに搭載されている主砲は重力加速砲だった。
ただし、クランドが開発し第13ドックが再設計量産化した自動給弾機付きの新型だ。
ある意味、魔導砲より使い勝手が良かったのだが、この時はクランドも重力加速砲の性能を低く見積もっていたため供与されたものだった。
しかし、魔導砲だと誤解しているガルパゴにとっては、それは期待通りの高性能となるのだった。

 リーンワース王国の用兵は、未だ全時代的なものだった。
ボルダル要塞の上空に陸上戦艦を横にして並べ、舷側砲を敵艦隊に向けて迎撃するという、ある意味ルドヴェガース要塞での戦いの模倣だった。
だが、既にこの戦争は魔導砲の撃ち合いの方にシフトしており、長距離戦闘が当然のもとなっていた。
リーンワース王国の用兵はその時代の流れに全く乗れていなかった。
これもクランドが残した2艦をないがしろにし、独断専行した結果だった。

 大峡谷を進んで来る敵艦隊は、そのそそり立つ壁のせいで単縦陣を強いられており、舷側砲が使えない。
それは事実であり、間違った戦法とは思えなかった。

「敵先頭艦、射手距離に入りました」

「よし。撃て」

 ガルパゴの命令が通信員により伝えられると、リーンワース王国の陸上戦艦、リグルドとジーベルドは舷側の蒸気砲から爆裂弾を雨霰のように撃ち出した。
その砲弾が敵先頭艦に振り注ぐも、防御魔法の魔法陣が展開し直撃を避けてしまった。

「なんだあれは? 聞いてないぞ!」

 ガルパゴは、陸上戦艦のなんたるかを全く把握していなかった。
陸上戦艦には、自らを破壊するような攻撃には対抗手段として防御魔法が展開される。
既に蒸気砲は脅威とみなされ、帝国技術院の仕事により防御魔法が展開出来るようになっていた。
これもシステムに強引に割り込んでの操作だったので、後でどのような不具合が出るかわかったものではなかったのだが……。

「何をやっているんですか!」

 オライオン艦長の騎士シルヴィスがボルダルの司令部にやって来たのはその時だった。
激しい砲撃音にこの事態を把握し、わざわざ司令部までやって来たのだ。

「何って、敵艦隊の迎撃だが?」

 ガルパゴは悪びれることもなくシルヴィスに答えた。
その態度はシルヴィスを見下したものだった。
シルヴィスは元ルナトーク王国の騎士であり、その戦いで右腕と右脚を欠損して奴隷として売られていた身だった。
それを知っているガルパゴは、クランドの代理人であるにも関わらず、シルヴィスのことを軽く見ていた。
自分は歴戦の要塞司令官、片や敗戦の騎士、こうして同じ司令部に居ること自体ですらガルパゴには我慢がならなかった。
その思いが独断専行となったと言っても良かった。

「それは、我が国と合同であたる予定では?」

「そうだったかな?
まあ、そなたたちの手を借りずとも、我らでどうにか出来る。
ここは高みの見物でも決めていてくれ。
おい! お帰りだ」

 ガルパゴはそう言うとシルヴィスを司令部から追い出した。

「蒸気砲、なんら被害を与えられません!」

 リグルドとジーベルドが蒸気砲を撃つも、敵艦には何ら被害を与えられなかった。
そうこうしているうちに事態が動いた。

「敵艦、後方より浮上!
艦首に魔法陣、魔導砲です!」

 イオリの旗艦エギビゴルが後方で高度を上げると、魔導砲を発射した。
その光条が向かう先はリグルド。

「直撃します!」

スガン!

 舷側に大穴を開けられたリグルドが重力制御装置を失って降下しだす。
哀れリグルドは敵艦に撃墜されてしまった。

「バカめ。さっさと重力加速砲を撃てば良かったものを」

 シルヴィスはその様子を目撃し悔しさで涙を流した。

「せっかく主君が修理した艦を、また落とすとは……」

 たしかにリグルドは前回も命令無視のすえ撃墜された前科があった。
今回は勝手な行動をとらないだろう良い所の貴族子弟を乗組員にしていたが、良い所の貴族子弟であったがために、上官であるガルパゴの命令に忠実だった。
まさか、そんなところに傲慢貴族が残っていたとは、クランドも知る由がなかった。
この事態にシルヴィスは情報端末からオライオンの電脳に指令を送った。

「オライオン、現時刻をもってジーベルドならびに要塞の重力加速砲を管理下におけ。
こちらで制御する」

『かしこまりました。
ジーベルド、システムジャック成功。
要塞の重力加速砲、制御を奪いました』

 シルヴィスの命令をオライオンの電脳が即時実行した。
もう勝手なことは許さない。
このボルダル要塞の戦力は既にシルヴィスの管理下にあった。

「ジーベルドに緊急回避を命令、要塞の重力加速砲は敵先頭艦を撃墜せよ」

 シルヴィスの命令に、ジーベルドは浮上するとボルダル要塞を飛び越え、こちら側に緊急回避を行った。
そしてオープンになった要塞前面の接近する敵先頭艦に対し、4門の重力加速砲が連続射撃を浴びせた。

ブーーーーーーン

 その蜂の羽音のような音は速射で連射された重力加速砲の発射音だった。
火薬砲や蒸気砲とは違い、重力加速砲は切れ目なく弾を発射出来るのだ。
その音が響くと、敵先頭艦は防御魔法を展開する暇もなく撃墜されてしまった。

 慌てて撤退を開始する敵艦隊だったが、単縦陣で後ろの詰まった敵艦隊は簡単に撤退することが出来なかった。
イオリも旗艦エギビゴルの魔導砲で応戦しつつ撤退を開始するも、撤退を完了するまでにあと3艦、合計4艦の陸上戦艦を失っていた。

「攻撃中止!」

 シルヴィスは逃げ帰るガイアベザル艦隊をこれ以上深追いすることをやめた。
こちらもリグルド撃墜、重力加速砲2門大破の被害を受けていた。
もし次に攻撃を受けても、次はパンテルとオライオンとジーベルドの3艦と2門の重力加速砲で迎撃するつもりだった。
どうやらズイオウ領にも敵艦隊が現れたようで、これ以上こちら側も戦力を減らすわけにはいかなかったのだ。

 なお、陽動作戦に従事していた陸上戦艦ダーボンは味方の撤退を知らぬまま航行し続け、後にクランドの艦隊に囲まれて拿捕されることとなった。

 ここに延べ20艦(加えて中破3)の陸上戦艦を失ったガイアベザル帝国は、リーンワース王国侵攻を一時断念することとなった。
彼らにとって陸上戦艦は遺跡の発掘品であり補充の効かない貴重品だったからだ。
皇帝ロウガ二世は、その大敗北の報告を受け、陸上戦艦の被害の多さに手に持っていた王錫を落としたという。
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