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第三章 北の帝国戦役編

090 家畜事情

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 俺がのキルトタルの屋敷にある執務室で仕事をしているとナランが神妙な面持ちでやって来た。

「ご主人様、キルト族にマチュラをお与えください」

 マチュラが何か解らないが、どうやらキルト族の意見を陳情しに来たようだ。
キルト族が牧畜民族であるため、彼らに羊を与えて牧羊と羊毛による服飾産業を担ってもらい自立を促していたのだが、そこで何かトラブルがあったらしい。
ナランにはキルトタルの上にある牧場を管理してもらっているが、この牧場は俺の家族のためという感じになっている。
キルトの民にはナランが俺と繋がる牧畜関係の窓口と思われているらしく、牧畜に関するちょっとした苦情や陳情は全てナランに来ていたらしい。
ナランの話によると、どうやら俺が召喚した羊の評判があまりよろしくないらしい。

「この羊は高品質の羊毛が手に入りますが、羊毛を採集できる頻度が我らが飼っていた羊に比べて少ないのです」

 ナランによると俺が召還した地球産の羊は毛の伸びる速度が遅く年に1回しか羊毛が採れないのだそうだ。
キルト族では羊毛を得るための品種はマチュラという羊を飼うのが一般的で、これは年に4回羊毛が採れるのだそうだ。
それを基準に服飾産業を行おうとしていたため、原材料の羊毛が足りないということらしい。

「確かに。動物は魔法で成長促進をかけたら早死にするだけだからなぁ」

 俺が召喚した羊による牧羊はこの世界には合わないのかもしれない。
となると牛乳を得るために飼っているジャージー牛も、この世界には適さないのだろうか?
やっと妊娠する牛が出て数か月後には牛乳が得られるところなんだけど。

「わかった。マチュラをどうにか手に入れよう。
それと、もしかして牛乳を得るのにも適した種がいるのか?」

「はい。ホルホル牛という牛は妊娠しなくても年中牛乳が採れます」

 ナランの言葉に俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
適した種類の家畜を与えていれば、羊毛も牛乳ももっと早く楽に手に入ったはずだったのだ。

「なんかごめん。知識不足だった」

 どうやら俺には、この世界の知識が不足しすぎているらしい。
もしかすると鶏もか?

「卵ももっと効率よく手に入るのかな?」

 それを聞いたナランは首を振る。

「いいえ、あれほど沢山卵を産む鳥は見たことありません」

 ああ、地球の鶏は毎日卵を生むように品種改良されてたんだったわ。

「卵の味が良いという鳥と、大きな卵を産む鳥はいますが、どれも魔物ですね」

 うん。それは飼うのは無理だな。

「それは肉ダンジョンにいるかもしれないから探してもらおう」

 さて。この世界の家畜を手に入れるにはどうすればいいだろうか?
俺は思い付きでマチュラを召喚してみた。

「マチュラ【召喚】!」

 何も起きなかった。
ああ、実物を知らないから召喚は無理なのか。
大賢者なのに知識が不足しているというのも問題だな。
知識の極スキル(あるのか?)を持っていないのが痛いな。
スコップとか俺の知ってる地球のものは召喚出来るというのにな。

「なあ、ナラン。マチュラとホルホル牛はどこで手に入るんだ?」

 俺は召喚を諦めて購入という手を使うことにした。
それにはまた金が大量にいるんだけどな。

「キルトの国には野生種がいました。ですが今は……」

 ああ、帝国の占領下なんだよな……。
ナランが悲しそうな顔をしている。
俺が領土を回復出来ればいいんだけど、今はまだまだその時じゃない。

「ワイバーンで飛んで行って捕まえて来るか。
転移ポイントを作っておけば、持ち帰りも楽だし後々良いかもな」

 【転移】が使えるのは俺だけだから、俺が行くしかないな。


◇  ◇  ◇  ◇  ◆


 俺は冒険者装備に身を包み、ワイバーン厩舎まで向かおうとしていた。
するとサラーナに呼び止められてしまった。

「いけません! 主様あるじさまそんな危険なところ帝国占領地には行かせられません」

 転移ポイント設置に俺が長旅に出ようとしたことにサラーナが気付き縋り付いて来たのだ。
サラーナ、何だその話し方は。まるで王女様じゃないか。

「(いやサラーナは本物の王女だった)」

 亡命政権樹立から、なんだか変わった気がする。
どうやら、アイリーンやクラリスの王女二人に感化されて王女らしく振舞おうとしているようだ

「それに、新たにやって来た国民達の犯罪歴の選別はどうされるのだ!
わらわはやりたくないからね」

 ご尤もです。
その仕事は俺にしかできない仕事でした。
でも、サラーナさん、地が出て来てます。

「家畜なら主様あるじさまが【召喚】すればいいじゃない!」

 既に地が丸出しです。もう耐えきれなくなったか……。
まあサラーナの淑女化計画は置いとくとして。

「俺が実物を見たことのない家畜は召喚出来ないらしいんだ」

「なら実物を手に入れて、それを元に召喚すればいいじゃない」

 俺はサラーナのその一言に衝撃を受けた。
実物を手に入れられるのは、何も現地だけではないのだ。

「サラーナ。おまえ天才か!」

 俺はさっそくダンキンを呼んだ。


「ダンキン、マチュラとホルホル牛を雄雌ペアで手に入れたい」

「私共は家畜を扱っておりませんので、リーンワース王国の商人に手配いたしましょう。
ちなみに何頭ご入用でしょうか?」

 ダンキンはおそらく大量注文を想定したのだろう。

「雌雄ペアで合計4頭でいい」

「わかりました」

 ダンキンの目が光った。
この意味をダンキンなら理解しただろう。


◇  ◇  ◇  ◆  ◇


 リーンワース王国にある某商人組合、そこでは緊急の会議が開かれていた。
どうやら儲け話が転がり込んで来たということらしい。

 ダンキンはクランドからの家畜入手依頼を、知り合いの商人に伝え手配してもらっていたいた。
その商人が飲み屋の席で同業の商人に話をうっかり溢してしまったことから、この組合幹部の集まりが召集されていた。
ダンキンの伝手で受注した商人から又聞きした者たちが、これは儲け話になると考え密かに集まっていたのだ。

「例の亡命政権から家畜の注文が入ったらしい。
マチュラとホルホル牛の雄雌ペアを早急に手配して欲しいとのことだ」

「彼の地の家畜は生産性が良くないとの情報が入っている」

「おそらく彼の地のキルト族が改めて大規模牧畜業をするための下準備だろうな」

「彼の地のキルト族は既に万の単位を越えている」

「これは金の匂いがするな」

 皆がニヤリとする。

「マチュラとホルホル牛か。輸入するしかないな」

「皆の者、ここは共同で買い占めるとしようぞ」

 彼らはマチュラとホルホル牛を買い占め、値を吊り上げて儲けようと企んでいた。
資金を集中し大規模な攻勢をかけるつもりだった。


◇  ◇  ◇  ◆  ◆


 数日後、ズイオウ領にマチュラとホルホル牛が陸上輸送艦により運び込まれていた。
俺はキルトタルの上の牧場でその家畜たちと初遭遇していた。

「これがマチュラとホルホル牛です」

 ダンキンが手配したリーンワース王国の商人が、注文した家畜を手に入れズイオウ領に持って来ていた。
マチュラはモコモコの羊でホルホル牛は白と茶の斑模様の牛だった。

「大きさや姿形は普通なんだな」

「はい?」

 商人が首を傾げている。
俺が地球の羊や牛と比べているのだから、その意味を理解出来なくて当然か。

「追加注文にも対応できますので、どうぞご贔屓に」

 商人のその言葉に俺はバツの悪い思いをして目を逸らしてしまった。
ダンキンには追加は無いぞと暗に伝えたはずなのに……。

                 ・
                 ・
                 ・

 商人が帰った後、俺はマチュラとホルホル牛の召喚を試してみた。

「マチュラ雌【召喚】、ホルホル牛雌【召喚】」

 目の前にはマチュラ雌とホルホル牛雌が召喚されて来た。
元にした個体とは明らかに違う個体だった。
なぜならホルホル牛は模様が完全に違っているのだ。
クローンいや魔法によりコピーされて召喚されるのならば、全く同じ模様のホルホル牛が召喚されていたことだろう。
しかし、結果は模様どころか顔つきまで違う別の個体が召喚されていた。
この召喚はどのような仕組みなのだろうか?

「成功だ! ナラン、雌雄の内訳はどうする?」

「マチュラもホルホル牛も雌10雄1でお願いします!」

 ナランも簡単に家畜が増えることに興奮している。

「わかった。いっぱい【召喚】!」

 俺は牧場の柵の中に次々とマチュラとホルホル牛を雑に召喚していくのだった。
これらをキルト族に分配すればこの仕事も終わりだ。


◇  ◇  ◆  ◇  ◇


 更に数日後、リーンワース王国にある某商人組合の会合にて、商人たちが大慌てしていた。

「おかしい。追加注文が全く入らないぞ」

「生き物は餌や世話人の人件費で維持費もかかる」

「このままでは待ってるだけで大赤字だぞ!」

「損切りだ! 赤字が膨らむ前に売るしかない!」

 某商人組合は大パニックになっていた。
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