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第二章 逃亡生活

074 調査団

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 ガイアベザル帝国とリーンワース王国の外交使節団が、両国の国境沿いにあるリーンワース王国の街ボルダルで会談を行っていた。

「するとニムルドが国境を越えたという事実は無いと仰るのですね?」

 ガイアベザル帝国の外務担当騎士が語気を強めて問う。

「こちらにはニムルドなるが、国境を越える手続きをしたとも、親善訪問の通達があったとも記録されておりません。
このような大事な訪問に記録がないなど有り得ないでしょう。
この国境の街ボルダルで、そのような船が通過したのかどうか、市民に聞き込みをしてもらっても構いませんよ」

 リーンワース王国外務官僚が皮肉を込めて答える。
ガイアベザル帝国外務担当騎士は苦虫を噛み潰した顔で黙るしかなかった。
帝国の第五皇子アギトがリーンワース王国に戦闘艦で密入国するなど有ってはならないことだからだ。
そのことについて謝罪出来るような帝国なら、事は簡単に次のステップに進めたのだろうが、帝国のプライドがそれを許さなかった。

ガイアベザル帝国こちらとしては、リーンワース王国そちらが事実を隠蔽していると思わざるを得ないのだが?」

 ガイアベザル帝国外務担当騎士は言いがかりレベルの強硬な態度を取る。
本国からはリーンワース王国が情報を開示しないなら開戦も辞さずという通達が来ているのだ。
嘘でも言いがかりでも非はリーンワース王国にあるという言質を取らなければならなかった。

「その根拠はなんなのですか?」

「こちらの情報ではミンストル城塞都市で陸上戦艦が目撃されていると掴んでいるのですよ?」

 ガイアベザル帝国外務担当騎士はカードを一枚切る。
ニムルドがリーンワース王国に存在したという証拠である。

「おや、船ではなく陸上戦艦の目撃情報ですか?
ガイアベザル帝国は相互不可侵条約を破って戦闘艦を、しかもその情報を得るために{工作員《スパイ》を我が国に侵入させていたのですね?」

 リーンワース王国外務官僚が嫌味を返す。
事実条約を破っていたのだから質が悪い。
だがここで外務担当騎士も言い負けるわけにはいかない。

「我々には同胞を全世界から救出しなければならないという崇高なる義務があるのだ。
人探しは条約違反ではないはずだ」

 詭弁であった。人探しなら堂々と要請して入国すればいいだけだ。
それをしていないということが非合法活動の人員であるという証拠だろう。

「先ほど、ミンストル城塞都市と仰いましたかな?
ミンストルでは何者かに城壁を破壊される事件が起きております。
犯人を捜しておりましたが、ニムルドがミンストルで目撃されていると仰るのなら、まさかニムルドが事件にかかわっているということでしょうか?
なるほど、あれだけの破壊は陸上戦艦だからこそ齎されたのですね」

 切り札はエースではなくブタだった。完全に墓穴を掘る展開であった。
二の句が継げなくなるガイアベザル帝国外務担当騎士。
そこにリーンワース王国外務官僚が畳み掛ける。

「不法越境、領土侵犯、条約違反のうえ街の城壁の破壊となると国際法に於いても即攻撃が許される事案ですな。
まあ我が国はニムルドなる船を確認しておりませんがね」

 完敗であった。事実であるからこそ、ぐうの音も出なかった。
ガイアベザル帝国外務担当騎士は、バカ皇子の行動を呪うしかなかった。
そして、いよいよ最後のカード「宣戦布告」を切る時が来たと判断した。

「しかし、そちらも仕事として事実を確認しなければならないのでしょう。
お気持ちはお察しいたします。
どうでしょう。ミンストル城塞都市にて共同調査ということにしては?
そこにニムルドの痕跡が有るのか無いのか。
ニムルドが来ていたとしたなら何があったのか調べたらどうでしょう。
もし破壊がニムルドのせいならばこちらも賠償を要求したいですからな。
ただし、ニムルドがミンストルに来ていたのが事実なら、ニムルドの無通告越境の謝罪はいただきますよ?」

 外交的にはガイアベザル帝国の完敗だった。
それが外務担当騎士のプライドを傷つける。
第一宰相が開戦に消極的でなければ、皇帝陛下が事実確認をお望みでなければ、外務担当騎士はさっさと宣戦布告をして席を立つところだった。
外務担当騎士は自分が勇者の血筋であることに選民意識を持っていた。
血の穢れた二等市民に言い負かされるなど腹が立って仕方がなかった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◆


 ガイアベザル帝国ならびにリーンワース王国のニムルド調査団がミンストル城塞都市での調査を開始した。
ミンストル城塞都市の城壁には巨大な穴が開いており、何者かに攻撃されたという事実がまず確認された。

「酷いものですなぁ、いったい何があったのでしょうな」

 リーンワース王国の担当者が惚けた口調で言葉を漏らす。
ガイアベザル帝国の担当者はニムルドの砲撃であると即座に理解したが、それを以ってニムルドが来た証拠だとは言えなかった。
あのバカ皇子がやらかした事の尻ぬぐいを率先してやろうとは思えなかったのだ。
そこで客観的な証拠となる切り札を切ることにした。
ガイアベザル帝国から遥々馬車で運ばれて来た荷台の装置が引き出される。

「魔導反応が出ておりますな。これはニムルドの魔導機関がもたらすものです」

 嘘だった。そんな装置が馬車に乗せられるほど小さく出来るわけがなかった。
しかし、魔道具に関しては、その仕組みもそれが真実かどうかなどもリーンワース王国の技術レベルではわかりはしない。

「つまりニムルドは国境を越え王国の領土を侵犯し遥々ここまで来ていると?」

「親善訪問のつもりが情報伝達に不備があったのでしょう。
そのことはしっかり謝罪するように本国から言いつかっております」

 言いつかっているという事実を示しただけで一切謝罪はしていなかった。
エリート意識が頭を下げるという行為を拒否したのだ。

「次は領兵や市民に目撃情報の聞き込みをしたいのですが、よろしいですな?」

「どうぞ、ご自由に」

 ミンストル城塞都市では、既にかん口令が敷かれており、誰もニムルドに関しての情報を話そうとはしなかった。
大人も子供の大きな空を飛ぶ船ニムルドのことを知らないと答えた。
焦るガイアベザル帝国担当者。
そしてついにスラム地区で知っているという男と遭遇した。

「空飛ぶ船? ああ、知ってるよ」

 ガイアベザル帝国担当者が勝ち誇る。
かん口令も万全じゃなかったなと口元に笑みを浮かべる。
だが、男はそれ以上口を開かなかった。
男の手がガイアベザル帝国担当者にサインを送っている。
金を寄越せというハンドサインだ。
渋々銀貨を渡すガイアベザル帝国担当者。
男はニタリと笑い、話しはじめた。

「空飛ぶ船だろ? 見たよ見た。大きな帆に風を受けて空を飛んでいたよ」

 金目当てのガセネタだった。ニムルドには帆など無いのだ。
男のイメージする船は大河を運航している帆掛け船しか無いため、船なら帆という感覚で適当に話しているだけだった。
だが、その適当が偶然にも次の展開に繋がった。

「その船がスーっと魔の森の方に飛んで行ったのを確かに見たよ」

「「!」」 

 男が偶然にもニムルドが飛んだコースを言い当ててしまったのだ。

「間違いないのだな?」

「ああ、間違いない」

 ガセネタだと知りつつも、ガイアベザル帝国担当者はスパイから送られて来た情報通りに話が魔の森に繋がったことを感謝した。

「魔の森ですぞ! 次は魔の森を調査するべきです」

 ガイアベザル帝国担当者は意気揚々と次の調査地に向かう。
せっかくのかん口令が偶然のせいで台無しになるとは思っていなかったリーンワース王国の担当者は、苦虫を噛み潰した表情でスラムの男を睨むしかなかった。


◇  ◇  ◇  ◆  ◇


 魔の森は魔物が巣くう危険地帯だ。それ相応の戦力が無ければ踏破は不可能だった。
それを理由に調査を渋るリーンワース王国側に対し、ガイアベザル帝国担当者はワイバーンによる強行偵察を主張した。
上空から見ればニムルドの残骸くらいは見つかるだろうという腹積もりだった。

 その主張にリーンワース王国側も折れ、ワイバーンによる強行偵察が行われた。
ミンストルから北西に向かうこと一時間、魔の森が見えて来た。
魔の森に侵入すること30分、魔の森の中心に城壁を持つ廃墟があることがわかった。
その廃墟を見て興奮した声を上げるガイアベザル帝国担当者。

「遺跡ですな。しかも交戦の痕跡がある。ニムルドがここに来ていたことは間違いないですな」

 勝ち誇るガイアベザル帝国担当者。
だがリーンワース王国側の反応は険しいものとなった。

「我が国の遺跡を勝手に調査し、あまつさえ破壊するとは……。
この結果に対する責任はニムルドにあるということで宜しいのですね?」

 決定的な敵対行為の証拠をガイアベザル帝国担当者が認めた瞬間だった。
だが、ガイアベザル帝国担当者は臆することも無く答える。

「ニムルドがここで破壊されたのなら、第五皇子アギト殿下が亡くなったということ。
その責任は貴国に取ってもらうしかありませんな」

 ガイアベザル帝国担当者は、ニムルドを破壊出来るほどの遺跡を手に入れられる事に目が眩んでいた。
本国でもその決断を後押ししてくれると確信していたからでもあるが、一担当者としては過ぎたる言葉を発してしまう。

「つまりそれは、ガイアベザル帝国からの宣戦布告ととらえて宜しいのですね?」

 こうしてリーンワース王国とガイアベザル帝国は戦争に突入した。
この調査が無駄だったわけではないことをリーンワース王国担当者の名誉のために記しておこう。
彼らの任務は時間稼ぎ。その間にリーンワース王国はクランドの協力を得てガイアベザル帝国に対抗する戦力を着々と揃えていたのだ。
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