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第二章 逃亡生活

072 リーンクロス公爵

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 リーンワース王国第三軍臨時司令部幕舎に交渉に赴いた騎士が戻って来た。

「交渉決裂! 召喚命令を断られました」

 白旗を掲げて交渉に赴いた騎士が報告する。

「であろうな。奴も我らが敵か味方かも判らぬのに、のこのことやって来る間抜けではないであろう」

 司令部の幕舎で声を発したのは、その第三軍の最高権力者である将軍ではなかった。
それは顔に深い皺を刻んだ老人、外交特使のリーンクロス公爵だった。
公爵という地位、リーンの名を継いでいることからもわかるように、先々代の王の孫つまり現王の従弟であり王家の血筋を引いた者だった。
その権限は、この場に於いて王の名代としてあらゆる決済を認められるという強いものだった。

「ご老公、どうなさるのです?」

 将軍が老人に尋ねる。

「儂が乗り込むとしようかのう」

「しかし。ご老公の身に何かあっては……」

 老人はギロリと将軍を睨み、話を遮る。

「ふん。向こうもそう思ったから断って来たのよ。
ならば、この身を捧げてでも交渉しに行くしかあるまい。
勘違いするなよ? 我らの敵は北の帝国ぞ。
努々ゆめゆめ忘れること無きようにな」

 沈黙し判断を躊躇う将軍に老人が続ける。

「あの城壁に並ぶ武器、あれだけでも供給してもらえれば、我らは北の帝国に対抗できるぞ」

 将軍が老人の示した武器を通眼鏡で見る。
そこには見たことの無い大砲が設置されており、遺跡で稀にみつかる貴重なゴーレムが警備をしていた。
その様子に将軍は老人との一蓮托生を決意する。

「わかりました。私も腹をくくりましょう」


◇  ◇  ◇  ◇  ◆


 しばらく経って、白旗を掲げた騎士がまた農園に近づいて来た。
農園の前に止まると騎士は声を上げた。

「これより交渉役が訪問する。決して戦うためではない。
繰り返す。決して戦うためではない」

 そう騎士が怒鳴るのと同時に、上空にワイバーンが飛来してきた。
全部で五頭。交渉役にしては数が多い。

「待て。それ以上近づけば撃つ!」

 俺は危機感を覚え、警告を発した。
だが、ワイバーンはそのまま突っ込んで来ようとする。

「ゴーレム、威嚇射撃!」

 700番代ゴーレムの一機が撃ったレーザーが先頭のワイバーンの鼻先を掠める。
慌てて踵を返すワイバーン編隊。
どうやら「撃つ」の真意が理解出来なかったようだ。
こちらは弓矢を構えてもいないし、蒸気砲も向けていない。
空の安全は確保されていると思っていたのだろう。

「勝手に領空に侵入するな! 次は撃ち落とす。
交渉役は一人。それ以外は受け付けない!」

 白旗を掲げた騎士が慌てて対応する。

「わかった。交渉役は一人だな?」

 騎士がワイバーンに合図を送る。
どうやら手旗信号のようなハンドサインがあるらしい。
その合図でワイバーンの一頭が近づいて来た。
乗っているのは二人、どうやらその後ろの老人が交渉役らしい。

「後ろの者が交渉役だ。前はワイバーンを操るだけでそちらには降りない」

 後ろの老人がワイバーンを操れないなら仕方ない。
あくまでもワイバーンの操者ならば受け入れざるを得ない。

「了解した。交渉役一人を受け入れる」



 俺達は見張りのミーナとティア、700番代ゴーレムを城壁に残し、屋敷前広場に向かった。
ターニャとリーゼは騎士鎧を装備し、俺の横に護衛として警戒のために立つ。
こちらの受け入れ準備が出来たと理解したのか、ワイバーンの操者はゆっくりと悪意がないことを示しながら広場に降下して来た。
ターニャとリーゼがワイバーンが襲ってきても対処できるようにと剣を抜く。
その警戒も必要なかったかのようにワイバーンは老人を一人降ろすと再び空に舞い上がった。

「主君、武器は持っていないようです。ですが、攻撃魔法を使うかもしれません。
いつでも守りに入れるように待機します」

 リーゼが俺の耳元で囁く。
ターニャとリーゼは剣を収め、俺の横で定位置についた。

「王国よりの使者としてあなたを正式に受け入れます。
我々に軍が危害を加えない限りは命の保証はいたします」

「厳しいな。儂はリーンワース王国外交特使リーンクロス公爵じゃ。
まさか我が国の救世主になるやもしれん御仁に戦をしかけるつもりはないよ」

 どこまで本気がわからないが、一筋縄ではいかない人物のようだ。
だが、一人で死地に乗り込む胆力、侮るべきではない。

「俺はクランドだ。この農園の主になる」

 こうして俺はリーンワース王国との関りを持つこととなった。
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