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第一章 異世界スローライフ?

040 風雲急

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話は少し遡り、ミンストル城塞都市でのこと。

 領主の館ではミンストル城塞都市の領主であるミンストル子爵が頭を抱えていた。
西隣の都市レーナクから緊急警告を携えたワイバーン便が到着し、北の帝国の陸上戦艦の接近を伝えて来たのだ。
先の王国からの便りでも、北の帝国の陸上戦艦が越境してリーンワース王国内に侵入して来ているという情報が齎されていた。
だが、それがよりにもよって自分の領地に向かって来ているとは思いもよっていなかった。

「レーナクの街では、陸上戦艦は何もしなかったのだな?」

「はい。それ以前の街道の街も同様です」

「となると、目的はここではないのかもしれないな」

 ミンストル子爵は情報を集めることで楽観論に落ち着き、その後の対処を怠ってしまった。
ミンストルは難攻不落の城塞都市であり、防御は万全であるという驕りもあった。



「なんだあれは!」

 衛兵が西の街道に浮かぶ巨大な船を見て叫んだ。

「まさか、あれが北の帝国の陸上戦艦というやつなのか?」

 衛兵が警鐘を鳴らそうと槌を手にしたとき、巨大な船が急に右ターンをし左舷側を見せた。
そしてその横腹が複数の光を発した。
と同時に城壁が吹き飛ぶ轟音が響く。
何が何だかわからないうちに大爆発によって城壁が崩れる。
巨大な船はゆっくりと左旋回すると船首を城塞の破孔に向ける。
そのまま直進すると城壁に開いた隙間から街の中に侵入して来た。
巨大な船は街の家々の上に浮かび、領主の館を目指していた。
領兵たちはそれを見上げることしかで出来なかった。

 巨大な船はしばらくそのまま進み、領主の館の前で右ターンして停止した。
示威行動なのだろうか、舷側にある砲列を領主の館に向けていた。
そして船から魔法で増幅したのだろう声が聞こえて来た。

『我は神聖なる古代ガイア帝国の正当な末裔、ガイアベザル帝国第五皇子アギトである。
この街に黒髪黒目の男がいるだろう? 速やかに引き渡せ』

 一方的な通告だった。
しかし、領主のミンストル子爵はその不当な行為に抗議の声を上げることも出来なかった。
この巨大な空飛ぶ船に対抗する手段を何も持ち合わせていなかったからだ。
巨大な船はこれ見よがしに砲列を領主の館に向けていた。
ミンストル子爵に為す術は何も残されていなかった。

『私は領主のミンストル子爵だ。こちらはその男の情報を持ち合わせていない。
調べるので、しばらく猶予をいただきたい』

 ミンストル子爵は拡声の魔導具でアギトに答えた。

『よかろう。2時間与えよう』

 ミンストル子爵はアギトに従い、黒髪黒目の男の情報を集めるように部下に指示を出すしかなかった。
方々に散った領兵が情報を集めて来る。

 酒場での情報。

「男は奴隷の美女を何人も侍らせている」

 裏組織からの情報。

「男は狂犬チワワと恐れられる召喚獣を連れている」

 住人からの情報。

「男は西からワイバーンに乗って街に来ている」

 冒険者からの情報。

「男は冒険者登録をしていてクランドという名前である」

 商会からの情報。

「男は美女奴隷をオークションで買った」

「男はグリーンドラゴンの頭部をオークションに出した」

 古物商からの情報。

「男は信じられないぐらい純度の高い金塊を売り払った」

 衛兵からの情報。

「男は最初、西の街道をたった一人徒歩で街へとやって来た」

 これらの情報は速やかにミンストル子爵よりガイアベザル帝国の艦ニムルドまでもたらされた。

「ふん。少しは役立つ奴のようだな。
おい、西側の平原を重点的に調べさせろ!」

 この艦のあるじである第五皇子アギトはその情報にほくそ笑み、ミンストル城塞都市の西側の平原を重点的に調べるよう命令した。

「戦車の軌道跡らしき溝を発見! 複数あります」

 双眼鏡で西の平原を観測していた艦の見張り員が叫ぶ。

「でかした。西の平原に艦を向けろ!」

 第五皇子アギトは艦首を巡らせ、その痕跡を上空から追跡させる。

「全てが北にある魔の森に向かっています」

「決まりだな。奴は魔の森にいる。それもドラゴンを倒せる実力だ。
純度が異常に高い金塊を持っていたとなるとガイア帝国の末裔に違いない。
おそらく魔の森にはガイア帝国の遺産が眠っている。
そいつは俺の物にする。奴は保護するが、遺産は根こそぎ奪うぞ!」

 第五皇子アギトは狡猾な笑みを顔に浮かべると命令を発した。

「進路反転。魔の森に向かうぞ!」

バシッ!

 魔の森に向かった艦が目に見えない結界に阻まれる。

「結界魔法に隠蔽魔法がかかっているだと? 潰せ!」

 第五皇子アギトの命令により、艦橋の操縦装置に無理やり繋がる箱に魔力が流される。
すると艦首に魔法陣が現れ、結界を砕いた。
そこには魔の森の中心へと向かう道が伸びていた。

「決まりだな!」


◇  ◇  ◇  ◇  ◆


 同じ時、小さなピンクのワイバーンがミンストル城塞都市を訪れていた。
ニルは城壁の崩れた街の惨状を見て戸惑っていた。

「主人ならどうする?」

 ニルは自問した。
そして決断する。

「主人ならこの危機に必ず動くはず」

 ニルは情報を収集するため、唯一の知り合いといえるダンキンの奴隷商館を目指した。



 ダンキンの奴隷商館ではダンキンが商館の前で待ち構えていた。
ダンキンは領兵がクランドの事を探っていると知り、どうにかクランドに知らせることは出来ないかと準備していたのだ。
しかし、ダンキンはクランドの住む場所を知らなかった。
クランドの方から接触して来るのを待つ以外なかった。

「やはり来ましたな」

 番頭がダンキンに囁く。

「うむ。やはり彼のお方は救世主なのやもしれぬ」

 ダンキンの目の前に降り立つピンクのワイバーン。
そこに騎乗しているのは、勝手知ったる彼のお方の奴隷。

「何があったの?」

「ニルか。これをクランド様に! 大至急だ!」

 ダンキンはニルにメモを渡すと大至急クランドに伝えるようにと急かした。

「わかった」

 急上昇し、北へと飛んでいくピンクのワイバーン。

 あとは祈るしかなかった。
これを切っ掛けにリーンワース王国とガイアベザル帝国は戦争に突入することになるだろう。
既に攻撃を受けているのだから、リーンワース王国がこのままにするはずがない。
だが、敵の圧倒的な力を前にダンキンは恐怖するしかなかった。
奴隷たちを見る。彼らはガイアベザル帝国により侵略された国の民だった。
戦争の結果如何では明日は我が身かもしれなかった。
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