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第一章 異世界スローライフ?

005 これってファストライフじゃね?

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 プチと一緒に階段を上がると地上に設置した建物が根元から消えていた。
穴の中からそっと伺うと、雨はやんでいて、夜が明けていっているのか徐々にうっすらと明るくなっていく。
魔物を警戒しつつ周囲を見廻すと、出入口の建物が少し離れた場所にひしゃげて落ちていた。
おそらく魔物に体当たりでも受けて吹っ飛んだのだろう。
魔物はそのまま森に消えたようで、魔物が通った痕跡として木がなぎ倒されて道になっていた。
今後のために畑予定地を覆う形で魔物除けの塀を作る必要がありそうだ。
森の木々より頑丈な塀って……。思わず現実逃避したくなってくる

「お家こわした。狩ってくる!」

 プチが森へすっ飛んでいく。

「待……つんだプチ」

 俺がそう止めるより速くプチは走って行ってしまった。
速すぎてもう見えなくなっていた。これじゃ俺の制止も聞こえてないな。
『待て』の出来るプチが俺を指示を無視するわけがないからね。
チワワの小さい体のまま行ったので俺はプチが心配で心配で追いかけようとした。
すると、魔物の断末魔の咆哮が聞こえて来て直ぐに静かになった。

「やっつけた」

 プチがそのまま飛んで帰って来た。
小さな体で巨大な魔物の尻尾を咥えてズリズリと引きずって来たらしい。
魔物は鼻の角が二股に分かれた体長5mほどの二本角のサイだった。

「これをプチが倒したのか。しかもチワワの小さな体のままで……」

 倒せたから良かったが、もしものことがあったらと思うと俺は胸が張り裂けそうだった。
ここはご主人としてプチを叱らないとならない。

「プチ、魔物は危険だからひとりで倒しに行っちゃだめだ。
俺は心配でしょうがなかったぞ。今後は必ず俺と一緒に行動するんだ。
戦うか逃げるかは俺の指示に従うこと。
そうすれば狩った獲物もインベントリで楽に運べるぞ。
今度からはこの言いつけを守るんだぞ」

「わかった。ごめんなさい」

 俺はプチの目を見つめながら懇々と訴えた。
プチは目をウルウルさせながら、俺の目を真剣に見つめながら納得してくれたようだ。

「うん。えらいぞ」

 ガシ。モフモフモフモフ。

 俺は良い子にしているプチを抱きしめると思う存分モフモフした。
この叱責がプチに命令として深く刻み込まれているとは、この時俺は思っていなかった。


 サイの魔物は【自動拾得】でインベントリに収納し解体した。
皮が防具の素材になり、肉も食えないことはないようだ。

 それにしても、このサイ並みの大きさの魔物が突進してくるのなら、塀には要塞都市並みの強度が必要だろうか。
いや空堀と併用すれば勢いが削げるから、そんなに大掛かりでなくても良いか……。
今日の俺の仕事は畑を囲う空堀と塀造りだな。


◇  ◇  ◇  ◇  ◆


 森の木を切り倒し、深さ3m幅2mほどの空堀を土魔法で掘り、その土で3mの塀を盛り上げ強化魔法で固める。
この工程を草原――体育館ほどの広さだ――の周りを囲うように続けたところ昼前には全てが終わってしまった。
出入口は北と南の二か所。丁度サイの魔物が森の木をなぎ倒して道のようになった場所に作った。
一応道と呼べるものがそこにしかなかったからね。
出入口には俗にいう跳ね橋を設置し、通常は空堀から上げて通れなくしておく。

 ついでにねぐらの地上部分を再建した。
今度は体当たりで飛ばされないように、緩やかな丘の中腹に扉をつけた。
直進して来た魔物はその丘の斜面に誘導されて扉には至らない……はずだ。
机上の空論の役立たずな方策かもしれないが、それでも気休めにはなるだろう。
これで安心して雨風をしのぐことが出来る。


 午後の作業は畑の開墾。
スローライフの第一歩、食料確保に必須だからね。
これも生活魔法の【農地開墾】で一発作業だ。
【農地開墾】が使えるのも魔道の極のおかげだ。
俺がこう出来ないかとイメージすると、使える魔法が頭に浮かんでくる。
ただし、イメージ出来なければ魔法は頭に浮かんで来ないので、これは俺のイメージ力に依存してしまうようだ。

 【農地開墾】は範囲を指定して魔法を唱えるだけの簡単な作業だった。
MPもそんなに使っていない。
そもそも作業中にMPが結構な速度で回復している。
魔法を使う→ステータスを見る→MPがもうほとんど回復しているという状態なのだ。
うん。生産チートと言っても過言じゃないな。
これも生産の極のおかげか。

 ただし問題は、畑に植える種や苗が無いということ。
どうしたものかと考える。街に仕入れに行く……却下、街の存在もわかっていないし、売っているかもわからない。
この世界の経済や農業の仕組みもわかってないからね。
日本でも昔は農家さんが大事に管理している種が連綿と引き継がれて野菜が栽培されていた。
今は種会社さんよ農協さんによって販売されているものを買うのだが……。
そこで俺はふと、その種が手に入らないかと強くイメージした。
すると頭に【召喚】魔法でいけるという解決策が浮かんで来た。
またまた魔導の極が仕事をしたのだ。
その使い方もなんとなくわかって来た。イメージだな。イメージ。

「【召喚】! 種イモ!」

 俺は試しにジャガイモの種イモをイメージして【召喚】魔法を使ってみた。
すると目の前に大量の種イモが出現した。
これを一つ一つ植えていく。スローライフっぽい。

「早く育てよ」

 何気ない俺の一言が魔導の極を刺激した。
俺の頭に水魔法と時間魔法による【促成栽培】魔法のイメージが浮かんで来た。
水魔法が養分を含む水を生成し、時間魔法が成長速度を促進する。

「【促成栽培】!」

 あれよあれよという間にジャガイモが芽を出し葉を広げ、明日には収穫かという状態になってしまった。
これで明日には炭水化物が食卓に上るだろう。
他にもトマト、ニンジン、キャベツ、大根などの野菜の種を召喚して蒔き、【促成栽培】をかける。
トマトなんかの果実はもう収穫できるほどに育っている。
トウモロコシやサトウキビ、豆類、果物なんかも種を蒔く。
米や小麦も栽培してみる。米は水田でなく陸でもそこそこ育つのだ。
収穫した物はインベントリに収納すれば時間停止でいつまでも新鮮に保存できる。

 こんなのでいいのだろうか?
スローライフ? いや、これってファストライフじゃね?
何かやらかした感が酷い。

 とにかくしょくじゅうはなんとかなった。
次はか。ここは糸を吐く生物の糸か綿花を探すのが定番だよね。
そういや綿花の種は召喚できるんだ。
でも綿花は水を大量に使うから他の植物を駆逐しかねないんだよな。
栽培より採取を目指そう。それか食料とは別枠の畑を作ろう。

「羊の毛でもいいけど、羊って手に入るのか? 羊【召喚】ってか?」

 冗談半分で【召喚】してみたら、目の前に羊が現れた。

「あ、召喚できたよ……」

 召喚してみてなんだが、羊を育てるのでいっぱいいっぱいだな。
素材から糸を紡ぎ、その糸で布を織る、そしてその布で服を縫う。
無理だな。これはやっぱり町を探すべきか。
ガイア金貨は使えないが、宝石や魔物の素材を売れば現金は入手できるはずだ。

 何か忘れている気がするけど、それは後でいいや。
(作者注:服を召喚しようという考えに蔵人は至っていません。
スローライフをしようという意識が何でも自分でやろうという思い込みになり、現物を召喚するという考えが丸っと抜けているのです)

 あ、調味料を忘れていた。塩も探さないと。海か岩塩を探そう。
(作者注:これも召喚で……)

システム音声『魔導機関の調整をお願いします。魔導機関の~』

 このシステム音声を無視したことが、クランド最大の危機に繋がろうとは本人も思っていなかった。
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