ここ掘れわんわんから始まる異世界生活―陸上戦艦なにそれ？―

第一章 異世界スローライフ？

００２ ここ掘れわんわん

「ああ……。俺の希望通りじゃないか……orz」

「あの時、インベントリなんてチート能力を貰えて浮かれていたのが間違いだった。
俺のバカ。もっと考えて要求をしておくべきだった」

　俺は自分の迂闊うかつさを呪った。
農業を始めるにしても収穫を得るまでには日数がかかる。
当然その間は他所から食料を得るしかない。
今日食うための食料が必要だし、それを買うお金が必要だ。
作物を作るための種や苗を買うにもお金はいる。
農具も最初は買わないとならないだろう。
だが、そのお金があったとしても、ここみたいに人里離れ過ぎていたら買いに行くのにも日数がかかる。
そもそも街まで旅をする日数は何を食べてどう生きていくのか。
そうなると採取生活をせざるを得ないのだが、そのためには魔物の居る森に入らなければならない。
すると魔物に対抗するために戦わなければならない。
なのに、その魔物と戦うスキルも武器も俺は持っていない。
おそらくこの森には危険な魔物がわんさかいる。
採取も命がけになるだろう。それなのに戦う術を俺は持っていないのだ。
もちろん戦う装備を買うお金もない。

「詰んだんな……」

　俺はあまりの状況に絶望しかけた。
だが、その窮状を救ったのは愛犬プチだった。

「ご主人、ご主人。ここ掘れわんわん」

 突然のプチの声に俺は驚きを隠せなかった。
なぜなら愛犬プチの言っていることが俺には理解出来たのだ。
そうだった。愛犬と会話が出来るようにと神様に頼んでいたんだった。
異種言語Ｌｖ．１、このスキルで愛犬プチと会話ができるようになったのだ。

　他人が今の会話を耳にしたら、俺とプチがわんわん言ってるだけのように聞こえるだろう。
しかし、俺はプチの言っていることが普通に理解できるし、プチに犬語で話しかけられるのだ。
プチは３歳ぐらいの会話能力でお話ししてくれている。プチの声、滅茶苦茶カワイイな。
しかも内容が、まさかの花咲爺？　大判小判がざっくざく？
俺はプチを信じて、近くにあった木の棒を拾うと必死に地面を掘りはじめた。



　しばらく掘ったところ何やら固い床面のようなものに当たった。
地面に対して結構な角度で傾斜している。
表面が滑らかで明らかに人工物のような雰囲気だ。
どうやら木の棒ではこれ以上は掘れそうにもない。
俺は思案すると生活魔法の土魔法を使ってみることにした。
うん、掘るのにも最初から生活魔法を使えばよかったよorz

「【農地開墾】！」

　これは農業に特化した生活魔法だ。農地の岩などを砕いてくれる作用がある。
初めて使ったが、何かをしたいと望むとそれに必要な魔法が頭に浮かんでくる仕様のようだ。
生活魔法の呪文は神様から取得した時に、勝手に頭に記憶されていたようで使うことが出来たのだ。
ダメ元だがこれを使ってみることにした。

「つ……！」

「ご主人、危ない！」

　始めて使った土魔法は思った以上に広範囲に作用し、足元の床面が崩れ大穴が空いた。
心配したプチが俺の胸に飛び込んできたため、俺はプチを抱えてそのまま落下してしまった。
幸い傾斜のある穴だったため滑り台のように滑って落下した。
最初は直滑降だったが、しばらくすると曲がりくねった斜路になり、かなりの距離を滑り降りたところで漸ようやく終点の広場に出て落下が止まった。

「斜路が曲がりくねっていて助かった」

　おかげで勢いが殺されてダメージがなくて済んだのだ。
あのまま直滑降していたら、その速度で壁に激突し死んでいたかもしれない。

「【ライト】！」

　その場が真っ暗だったので俺は生活魔法の【ライト】を唱えた。
【ライト】に照らされたこの場所は広間だった。
その広間の様子に俺は息を呑んだ。
眩く輝く黄金の光、煌めく宝石。大判小判がざっくざくどころか、金銀財宝がざっくざくだった。
見たこともない意匠の金貨や銀貨、宝石や宝飾品、財宝で飾られた剣や防具など、絵に描いたような『ザ・お宝』といった感じだ。
ここはどうやら何らかの施設の宝物庫のようだった。
そこへと続く穴へと俺たちは落下してしまったのだろう。
空調の管なのだろうか？
だが、そうなるとここは何らかの施設ということになる。

「これ、貰っていいのかな？　まあ、長い事持ち主が来ていないみたいだし、トレジャーハントということで良いか……」

　宝物庫の中を見まわし、俺はある記憶に辿り着いた。
そうゲームの世界で見知ったあれだ。

「まるでダンジョンの最終ボス部屋にある討伐ご褒美みたいだな」

　そう思いながら全てのお宝をインベントリに収納する。
自動拾得スキルのおかげであっという間に収納出来た。
Ｌｖ．１のインベントリだが、かなりの収納容量があって助かった。
重量軽減ではなく重量ゼロとは高性能だ。

「神様、騙されたなんて言ってすみません」

　俺は神様に感謝した。悪いのはきちんと要求しなかった俺なんだ。
重いお宝を抱えて地上まで歩くことを思えば、インベントリをくれた神様にどれだけ感謝してもし切れなかった。

「さて、出口は？」

　滑り落ちて来た傾斜は、ロープでもあれば別だがそのまま登るのは無理なようだ。
俺にはボルダリングの経験もスキルもないし、そもそも出来るだけの筋力がない。
それに斜路には掴んだり足場にするとっかかりすらない。初めから登るのは無理だった。

　周囲を観察すると、最初はお宝に隠れて気付かなかったが、お宝を退どかした先に扉があるのがわかった。
俺は扉に近づくと少し開けて外の様子を覗いてみる。
だが、俺はその扉の向こう側を見て扉をそっ閉じすることになった。

　なぜならそこにはダンジョンボスモンスターの背中が見えていたからだ。
どうやら俺はダンジョンボス部屋の宝物庫に落下してしまったようだ。
しかし、宝物庫からの出口はそこにしかない。
ボスモンスターを倒す戦闘力もない。
どうしよう俺。既にお宝はパクっちゃったし。

　他に出口は無いかと周囲を伺うと床に魔法陣を見つけた。
床の宝物を回収すると見えるようになっている、おそらくこれが帰還用の転移の魔法陣だ。
ダンジョンボスを討伐クリアすると入り口まで戻れるというあれだろう。
だが、俺はボスを倒していないのでクリア条件が成立していない。
当然その魔法陣は作動せず、使用できるわけがなかった。

「ご主人、ご主人。ここ掘れわんわん」

　愛犬プチの示す場所を調べると床の石板が外れるようだ。
その石板を剥がすと、俺はみつけてしまったのだ。
大事な大事な丸い宝玉のようなものを。

「これってダンジョンコアだよな？」

　ここで俺の頭に、ある仮説が浮かんだ。
これを壊したらダンジョンクリアとなり、転移魔法陣が使えるのでは？
俺はインベントリに手を突っ込んで宝物庫からパクった剣を取り出すと宝玉に打ち下ろした。
真っ二つに簡単に割れる宝玉。
そしてシステム音声と共に目の前のＡＲ画面を高速で流れる各種ログ。

『ダンジョンコアの破壊を確認。
おめでとうございます。あなたはダンジョンをクリアしました。
ダンジョンクリアとともに、あなたはダンジョンの魔物を全て倒したことになりました。
レベルが上がりました。レベルが上がりました。レベルが上がりました。
スキル〇〇を獲得。スキルが統合されます…………』

　俺は未発見のダンジョンを魔物に一切手を出さずにクリアしてしまった。
その有り得ない状況が一種のバグを生じさせたのだろう。
ダンジョン内の全ての魔物が一瞬で死んだのだ。
その経験値が大元のダンジョンコアを破壊した俺に入って来た。
さらに自動拾得のスキルが魔物の所持品やドロップ品、はたまた素材となるその遺体を収拾してくる。
レベルが上がることで各種スキルレベルも上がり、インベントリも容量が拡張する。
自動拾得スキルもレベルが上がり、魔物の素材が解体までされて収拾される。
俺の各スキルもレベルアップし続ける。
スキルがカンストすると上位スキルに変化し、さらにカンストを迎えてその上のスキルへと成長する。
スキルの成長によりスキルが上位スキルに統合され、ＪＯＢの取得条件が開放される。
新たに取得したＪＯＢにより、さらなるスキルが派生し、そのスキルがカンストして上位スキルへ……。更に統合され……。
未発見ダンジョンの全魔物の経験値、それを一身に受け取り、それによるレベルアップが終了する前に俺は気絶していた。


　目が覚めた俺が目にしたのは俺に寄り添うプチと、機能を失った魔法陣だった。
ダンジョンのシステムが死んだのだ。
それに伴いダンジョンの崩落が無かったのは救いだった。
プチもどうやら俺と一緒に気を失っていたようだ。
俺がモフっていると、やっとプチも目を覚ました。

　魔法陣が使えないのはそれを運営していたダンジョンのシステムが完全に死んだからだろう。
魔法陣が使えているうちに脱出するべきだったのだろうが、気絶した俺はその機会を逸してしまったようだ。

「このまま歩いて地上に出るしかないのかな？」

　恐る恐る扉を開くとダンジョンボスの姿は消えていた。
何らかのスキルによってログが検索されてボス討伐のログが視界の片隅にＡＲ表示されている……。
ダンジョンコアを壊したことで、最下層のダンジョンボスを討伐したことになるのか。
さて、俺はレベルアップでどうなってしまったのか？

「【ステータス】」

　俺は【ステータス】を表示した。


名前　佐々木　蔵人（ササキ　クランド）
種族　ハイヒューマン
性別　男
年齢　１５
職業　生産神　大賢者　聖獣使い
基本レベル　９９９９９
ＨＰ　９９９９９９９９　
ＭＰ　９９９９９９９９
ＳＴＲ　　９９９９９９
ＤＥＦ　　９９９９９９
ＤＥＸ　　９９９９９９
ＶＩＴ　　９９９９９９
ＡＧＩ　　９９９９９９
ＩＮＴ　　９９９９９９
ＬＵＫ　　９９９９９９

スキル　生産の極　収納の極　言語の極
魔法　魔導の極
所持金　別途表示→
所持品　別途表示→
契約獣　プチ（聖獣）


「……これあかんやつだ……」

　おそらくレベルと能力値は何度か限界突破した上でカンスト。
スキルと魔法やＪＯＢも統合されて、漠然とし過ぎて逆に何が出来るのかわからないわ。
極って言うから全部極めたんだろうけど……。
むしろ、ここまでカンストして魔法以外の戦闘系のスキルやＪＯＢを一切取得していないというのが凄いわ。
だがこれで魔物がうろつくこの森でも普通に生きていけそうだ。
この能力値なら身一つで魔物に勝てそうだからね。

「さて、最初の問題はここからどうやって出るかだが……」

「ご主人、ご主人。乗って乗って」

「うわ！　魔物！」

　そこには体長３ｍの狼系の獣がいた。フェンリルってやつだろうか？

「ボクだよ。ボク」

「プチか！」

　そういや、ステータス表示に『プチ（聖獣）』って書いてあったな……。

「プチ（フランス語のＰｅｔｉｔ　小さいの意味）なのに巨大化したのか……」

「乗って、乗って。上に行くよ」

　俺は巨大化したプチの背中に乗り、首の毛にしがみつく。
プチはロングコートチワワなので元々毛が長い方だが、聖獣化してフェンリルとなり、さらに毛が長くなっていた。
俺がしっかり捕まったことを確認すると、プチは風のように軽快に走り出し、俺達が落ちて来た傾斜路を物凄い勢いで駆け上がった。
そして、俺たちが転移して来た地上へと楽々とたどり着いた。

「魔物いる、魔物」

　穴から出ると草原の周囲を１体の魔物がうろついていた。
人間のように二本足で立ち、人のような体格だが顔が猪の魔物。
この魔物こそがファンタジーでいうオークだろう。
どうやら、俺たちの匂いを嗅ぎつけて森の奥からやって来たようだ。
これはもう戦闘は避けられないだろう。
まさか異世界初の直接戦闘がオーク相手になるのか。
ゴブリンとかもっと弱い魔物からにして欲しかったところだ。
そのオークにプチが前足を振るう。

スパン！

　軽い音がしたと思ったらオークの首が飛んでいた。
風魔法のウインドカッターだろうか？
プチの前足から斬撃が飛んで行ってオークの首を飛ばしたようだ。
聖獣プチ、滅茶苦茶強いわ。

「ご主人、ご主人。ごはん捕まえた」

　倒されたオークは自動拾得のスキルで解体され、お肉になって収納された。

「プチは良い子だなぁ」

　俺はプチ（フェンリルバージョン）の背中から降りるとプチの顎下をモフモフしてあげる。
プチはこうやって褒められるのが大好きなのだ。
モフモフ……。モフモフ。モフモフモフモフ。
ボシュンと音がして、プチが元の小型犬に戻った。
しかしモフるのをやめない。モフモフモフモフ。

「はっ！　つい現実逃避してしまった！」

　現実離れしすぎたことの連続で俺は思考を麻痺させていた。
だが、現実を見据えると、俺はレベルカンストによって、おそらく魔物相手でも無双出来る力を得た。
それも素手で魔物を倒せるだろうステータスなのだ。
何の魔法が使えるかわからないが、魔法を使えばもっと楽が出来そうだ。
プチも強い。オークなんて一撃で倒せる。
この地に降り立った当初は、ハードモードで死がそこまで迫っていたが、今はこの地でも生活が出来そうに思えてくるから不思議だ。
ハードモードかと思っていた俺のスローライフは、愛犬の【ここ掘れわんわん】のおかげでなんとか生き残ることが出来そうだ。