交際マイナス一日婚⁉ 〜ほとぼりが冷めたら離婚するはずなのに、鬼上司な夫に無自覚で溺愛されていたようです〜

朝永ゆうり

文字の大きさ
34 / 48
第五章

自覚した想い(悠互SIDE)①

しおりを挟む
 ***

 悠互はその日、なかなか会社を出られないでいた。
 クライアントからの回答待ちだから仕方ない。向こう方も、夜遅くまで会議を重ねてくれているのだろう。

 回答を待つ間、月曜のコンペチームの会議にむけて、各々が共有してくれたファイルに目を通していた。
 しかし、メディア局からぽつり、ぽつりと人が消えていくのを見るたびに、ため息が零れそうになった。

 ――早く家に帰って、杷留と過ごしたい。同期と飲むと言っていたから、迎えに行きたい。

 杷留に家族のことを知られ、甘えてしまったあの日から、彼女の態度はそっけなくなった。
 きっと、知られてしまった頼りない自分の過去と、未だに家族との縁が切りきれていない事実に、呆れているのだろう。

 しかも、あの日は杷留の厚意に甘え、彼女に体を委ねてしまった。
 あの夜のセックスは、彼女の慈悲だ。ただの慰めだ。

 彼女に掻き抱かれながら、きっとパリで自分を受け入れてくれたのも、彼女の優しさだったのだと気づいた。

『なるべく早く、離婚しような』

 そう彼女に告げたのは、これ以上彼女を家のことに巻き込みたくない、彼女にこれ以上自分のことに身を砕いて欲しくないと思ったからだ。

 杷留は、優しすぎる。

 だけど、あの夜以降彼女がそっけない態度になっても、悠互には杷留と一緒にいる時間が大切だった。

 ご飯を食べるとき。買い物に行くとき。
 目が合うと顔を逸らされてしまうが、それでも彼女のことを見ていたかった。
 今までよりだいぶ会話は少なくなったが、それでも時折彼女が笑みを見せると、心が躍った。  

 パソコンを開いたまま、手が止まってしまっていた。
 無意識に、左薬指にはまった指輪を右手で触っていたのだ。

 離婚をするまで、どのくらいだろう。
 あと、どれくらい彼女と一緒にいられるのだろう。
〝ほとぼりが冷めたら離婚する〟という曖昧な条件で結婚生活を続けてしまったせいで、タイムリミットが分からない。

 思うに、もう〝ほとぼり〟は冷めた。
 お祝いを言ってくる同僚も上司もだいぶ減ったし、悠互たちの結婚の事実は、会社の中で〝当たり前〟の事実になっている。

 人の噂も七十五日。もっとかかると思っていたが、案外その通りだった。
 籍を入れてしまったあの日から、まもなくそれだけの日が経つ。

 だけど、富永さんに同じコンペチームに入れられてしまったから、コンペが終わるまでは離婚するべきでないとも思う。
 チームメンバーにまで、余計な気は遣わせたくない。

 そこまで考えて、悠互はふと気付いた。

 ――それは、俺が離婚したくないだけの言い訳じゃないか。

 それで、職場ではこぼすまいとしていたため息が、ついにこぼれてしまった。

「珍しいね。三条くんが、ため息なんて」

 その声に、顔を上げる。局長室にいるはずの富永が、そこに立っていた。

 気が付けば、オフィスには悠互と富永以外は誰もいない。
 それだけ、遅い時間になってしまったのだろう。時計を見る。もう間もなく、午後十時になる。

「悩み事があるなら、相談に乗るよ?」

 富永はそう言うと、悠互の隣の椅子を引き、そこに足を組んで座る。
 頬杖をつきながらこちらを見上る彼は、独特の色気を放っている。きっと富永は、女性経験もそれなりにあるのだろう。

 口を開きかけて、やめた。

 悠互は富永に、何度も救われている。
 あの家から自分を解放してくれた。この会社に入るきっかけを作ってくれた。
 そんな彼に、恋の相談なんてできるわけがない。

 彼は自分たちの結婚を喜び、婚姻届に証人の署名をしてくれた人物でもあるのだから、余計に。

「仕事のことではないので、結構です」

 悠互はそう言うと、姿勢を正してパソコンに向かい合う。
 すると、富永はくすりと笑った。

「仕事のことでは、悩んでいるんだ?」

 悠互はぴくりと体を揺らした。
 だがパソコンの画面から視線を逸らさず、冷静を装って答える。

「今は業務中ですから」

 そう言うと、富永は「やれやれ」と言うようにため息をこぼす。

「なら、業務外ならどう?」

 振り向くと、富永は笑顔を浮かべ、グラスを傾ける仕草をしていた。

「遠慮します。早く、帰りたいので」

 悠互はそう言うと、視線をパソコンに戻した。
 丁度、クライアントからメールが届いたところだ。

「三条くんは、愛妻家だねえ」

 富永はそう言って立ち上がり、悠互の開いたメールを確認する。

「オーケーだね、お疲れさま」

 冨永はそれだけ悠互に告げ、局長室へと戻って行った。

 悠互はメールの内容に返信し、関係各所に連絡を入れるとパソコンの電源を落とした。

 まさか、自分が愛妻家と言われる日が来るとは。
 しかも、もうすぐ離婚する相手との。

 悠互は複雑な気持ちになりながら、だけどもうすぐ杷留に会えるのだと笑みをこぼしながら、オフィスを後にした。


 エレベーターに乗り一階へ向かいながら、悠互はスマホを手に取った。

 杷留の飲み会は、もう終わっただろうか。
 まだお開きになっていなければ、迎えに行きたい。

 フランスでもお世話になった紛失防止タグのアプリを開くと、それは既に自宅を示していた。

 もしかしたら、彼女も自分と会いたいと思って、飲み会を早めに切り上げてきてくれたのかもしれない。

 自分に都合のいい考えが頭をよぎり、苦笑いがこぼれた。
 杷留は自分に呆れているのだ。そんなこと、ありえない。

 だけど、それほどまでに自分が杷留のことを好きなのだと思い知る。
 先ほど富永に言われた『愛妻家』も、あながち間違いじゃなかったらしい。

 悠互はそれほどまでに、杷留を愛してしまっている。
 たとえそっけないとしても、同じ空間に彼女がいると思うだけで幸せなのだ。

 自分たちは、いずれ離婚する。
 だけど、今だけは。
 家に帰れば彼女が待っているという事実に、もう少しだけ浮足立っていたい。

 悠互は冷たいビル風の吹く街を、足早に歩いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた

ピロ子
恋愛
飲み会に参加した後、酔い潰れていた私を押し倒していたのは社内の女子社員が憧れるエリート課長でした。 普段は冷静沈着な課長の脳内は、私には斜め上過ぎて理解不能です。 ※課長の脳内は変態です。 なとみさん主催、「#足フェチ祭り」参加作品です。完結しました。

普通のOLは猛獣使いにはなれない

ピロ子
恋愛
恋人と親友に裏切られ自棄酒中のOL有季子は、バーで偶然出会った猛獣(みたいな男)と意気投合して酔った勢いで彼と一夜を共にしてしまう。 あの日の事は“一夜の過ち”だと思えるようになった頃、自宅へ不法侵入してきた猛獣と再会し、過ちで終われない関係となっていく。 普通のOLとマフィアな男の、体から始まる関係。

堅物上司の不埒な激愛

結城由真《ガジュマル》
恋愛
望月かなめは、皆からオカンと呼ばれ慕われている人当たりが良い会社員。 恋愛は奥手で興味もなかったが、同じ部署の上司、鎌田課長のさり気ない優しさに一目ぼれ。 次第に鎌田課長に熱中するようになったかなめは、自分でも知らぬうちに小悪魔女子へと変貌していく。 しかし鎌田課長は堅物で、アプローチに全く動じなくて……

同期の姫は、あなどれない

青砥アヲ
恋愛
社会人4年目を迎えたゆきのは、忙しいながらも充実した日々を送っていたが、遠距離恋愛中の彼氏とはすれ違いが続いていた。 ある日、電話での大喧嘩を機に一方的に連絡を拒否され、音信不通となってしまう。 落ち込むゆきのにアプローチしてきたのは『同期の姫』だった。 「…姫って、付き合ったら意彼女に尽くすタイプ?」 「さぁ、、試してみる?」 クールで他人に興味がないと思っていた同期からの、思いがけないアプローチ。動揺を隠せないゆきのは、今まで知らなかった一面に翻弄されていくことにーーー 【登場人物】 早瀬ゆきの(はやせゆきの)・・・R&Sソリューションズ開発部第三課 所属 25歳 姫元樹(ひめもといつき)・・・R&Sソリューションズ開発部第一課 所属 25歳 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆他にエブリスタ様にも掲載してます。

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

俺を好きになるな、お前を愛していない、極道の目覚めた独占欲

ラヴ KAZU
恋愛
父親の会社が倒産の危機にさらされる一人娘の加子。 男を知らずに三十六年間生きてきた。 父親の会社の危機を救う代わりに結婚を強要してきた林田。 加子はひょうんなことから知り合った極道三国蓮也に一目惚れをする。 林田にはじめてを捧げたくない加子は、蓮也と一夜を共にする。 そして、蓮也への想いが諦められない加子は蓮也のマンションで暮らすことになった。 蓮也は極悪非道のヤクザの組長、危険な男の毒に侵される加子。 果たして加子は蓮也との未来を手にすることが出来るのか。 そして、蓮也は加子を愛せるのか。

いじわるドクター

羽村 美海
恋愛
♪゜・*:.。. .。.:*・♪ 元彼にフラれる時に言われた言葉がトラウマになってしまった芽依は、もう恋なんてしない、できないと思っていた。 ある朝、アパートのエレベーターで居合わせた超絶イケメンの彼。 その彼と再会させてくれたのは、突然現れて芽依にぶつかってきた可愛い真っ白な子猫だった。 動物には、優しくて、眩しいほど素敵な王子様の様な笑顔を向ける彼は、芽依には、素っ気なくて、とっても無愛想な獣医さんだった。 迷子だという可愛い真っ白な子猫の元へ通ううち、獣医である彼に少しずつ惹かれていく芽依。 そんな芽依に、思いもしなかった展開が待っているのだった。 例え、身体だけの関係だったとしても… あなたの傍に居たい……。 *スレ違いから始まってしまった恋* *焦れ焦れ大人の純愛story* 甘く切なくもどかしい不器用な恋を見守って頂けると幸いです♪ ※大人表現満載になっていますので、苦手な方はくれぐれもご注意下さい。 【無断転載禁止】 ♪゜・*:.。. .。.:*・♪ 社会人1年生の高岡芽依<タカオカ メイ> 20歳 ツンデレ?イケメン獣医師の五十嵐海翔<イガラシ カイト> 27歳 ♪゜・*:.。. .。.:*・♪ こちらは、数年前にエブリスタさんで連載していたものです。 ⚠「Reproduction is prohibited.(転載禁止)」 ※サイトで投稿をはじめた頃の作品です。読みにくいと思いますがご容赦いただけると幸いです🍀

処理中です...