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第一章
結婚していたようです①
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その日、私は急ピッチでクライアントに提出する絵コンテの修正を行うと、さっそく三条さんにコンタクトを取りB会議室へと向かった。
「どういうことですか?」
扉を開け、そこにいた三条さんに資料を差し出しながら問う。三条さんは扉のすぐ近くの椅子に腰掛け、何かの資料に目を通していた。
私の後ろでガチャリと扉が閉まった音がしてから、三条さんはこちらを向いて私から資料を受け取る。
その顔はムスッとしていたが、いつも通りと言えばそれまでだった。
「早苗、これを」
三条さんは私から受け取った資料の代わりとばかりに、私に手元にあった資料を差し出す。
「先ほど、コンビニで手に入れてきた。間違いなく、役所が発行したものだ」
私はそれを見て、目をひん剥いた。
右上には【全部事項証明】、そしてその下に【三条悠互】と彼の名前がある。つまり、これは彼の戸籍謄本だ。
そこまではいいが、その下。【婚姻】の欄には、間違いなく私の名前――生年月日、父母の名前まであった。もちろん、【配偶者区分】は【妻】だ。
「早苗はちゃんと、俺と入籍していた」
「嘘でしょ……」
彼から戸籍謄本を受け取る。目を何度かしばたたかせたが、それでも並んだ字面は変わらない。
驚き固まっていると、三条さんは私の渡した資料に目を通しながら言った。
「昨夜、メディア局の飲み会があったのは覚えているか?」
「はい」
三条さんは資料から顔を上げずに話し出す。
「その後、富永さんと俺とバーに向かったの、覚えてるか?」
「えっと……」
私は必死に昨夜の記憶を呼び起こした。
メディア局の飲み会。私は珍しく、ものすごくテンションが上がっていた。私が影響を受けたコマーシャルの話をしていたのだ。
私はそのCMがあったから、この会社に入社した。そして、そのCMの総括担当がまだ若手だった富永局長だったことを昨夜知り、いかにあのCMに感銘を受けたかを私は当人である富永局長に力説していた――ような気がする。
「曖昧ながら、思い出しました。私、自分の好きなCMについて力説してましたよね。お恥ずかしい」
言いながら、今朝、都路くんに言われたことを思い出し、それとも合致すると気づいた。
どうやら昨夜の私は、相当富永局長と三条さんに絡んでいたらしい。
「でも、バーに行ったかどうかは――」
覚えていません。そう言おうとして、三条さんが顔を上げた。
「行ったんだ。そこで、早苗が持っていた婚姻届に記入して、そのまま夜間窓口に提出しに行ったと、富永さんが言っていた」
いつも通りの口調にため息交じりで告げられ、思わず大声が出そうになる。
ここが会社の会議室であることを寸前で思い出し、飲み込んだら思いっきり噎せてしまった。
「おい、大丈夫か?」
「はい、すみません、なんだか、驚きすぎてしまいまして」
「だよな。俺も今朝、急に富永さんに祝福されて、驚いた。バーのマスターと、富永さんが証人になってくれたらしい」
彼からはそういう素振りは全く見えていなかったが、どうやら驚いたのは彼も同じだったらしい。態度に出さないところが、三条さんらしい。
「それで、先ほど慌ててコンビニに行って戸籍謄本を印刷した。そしたら、まあ、こうなっていた、ということだ」
彼はそう言うと、私の手元から自分の戸籍謄本を抜き取った。
なるほど、彼は私よりも先に事態を飲み込んでいて、だから落ち着いているらしい。私は思わぬ事実に、落ち着くどころか頭がパニックでついていかないけれど。
「それで、だ」
三条さんはそう言うと、戸籍謄本をさっとファイルに挟んで隠した。
「ここからは、相談なんだが」
「な、なんでしょう」
きりっとした瞳で見上げられ、その鋭さに思わず息を呑む。すると三条さんは、ゆっくりと話し出した。
「職場にも大々的に宣言されてしまった以上、婚姻関係を続けるのが吉だと思うのだが、どうだろうか」
「どう、と言われましても」
三条さんと結婚しただなんて実感がわかないし、なぜこんなことになっているのかもまだよく呑み込めていない。
だけど、目の前にある『私と三条さんが婚姻関係を結んでいる』ということは紛れもなく事実だ。三条さんが、ましてや富永局長が、職場で嘘をつくとは思えない。
どうしていいか分からずに黙っていると、三条さんはそのきりっとした眉を幾分下げた。
「困るのは分かる。俺も、良く分からずに困っている。だが、こういう事実があるのだから仕方ないだろう。もちろん、婚姻関係を続けるといっても、ほとぼりが冷めた頃に離婚するのは問題ない」
きっと、彼が出した一番の良い答えがそれなのだろう。
まさか『どっきりでした!』とも今更ならないだろうし、事実がそうなら三条さんの言う通りにするのが一番いいと思う。
「はい、分かりました」
少々考え、そうするしかないと思って頭を縦に振る。三条さんはいつもの表情に戻って、それから先ほど私が手渡した絵コンテを私に差し出した。
「これからのことは、また改めて話そう。それから、これは問題ない。クライアントに早急に送って欲しい」
彼はそう言うと、席を立つ。私は受け取った絵コンテを手に、しばらく会議室に立ち尽くしていた。
――本当に、三条さんと結婚してしまったなんて!
改めて思い出すと脳が混乱する。だけど、仕事は仕事だ。
しばらく深呼吸を繰り返し、いつも通りと自分に言い聞かせてから会議室を後にした。
クライアントに、これを送らなくては。
「どういうことですか?」
扉を開け、そこにいた三条さんに資料を差し出しながら問う。三条さんは扉のすぐ近くの椅子に腰掛け、何かの資料に目を通していた。
私の後ろでガチャリと扉が閉まった音がしてから、三条さんはこちらを向いて私から資料を受け取る。
その顔はムスッとしていたが、いつも通りと言えばそれまでだった。
「早苗、これを」
三条さんは私から受け取った資料の代わりとばかりに、私に手元にあった資料を差し出す。
「先ほど、コンビニで手に入れてきた。間違いなく、役所が発行したものだ」
私はそれを見て、目をひん剥いた。
右上には【全部事項証明】、そしてその下に【三条悠互】と彼の名前がある。つまり、これは彼の戸籍謄本だ。
そこまではいいが、その下。【婚姻】の欄には、間違いなく私の名前――生年月日、父母の名前まであった。もちろん、【配偶者区分】は【妻】だ。
「早苗はちゃんと、俺と入籍していた」
「嘘でしょ……」
彼から戸籍謄本を受け取る。目を何度かしばたたかせたが、それでも並んだ字面は変わらない。
驚き固まっていると、三条さんは私の渡した資料に目を通しながら言った。
「昨夜、メディア局の飲み会があったのは覚えているか?」
「はい」
三条さんは資料から顔を上げずに話し出す。
「その後、富永さんと俺とバーに向かったの、覚えてるか?」
「えっと……」
私は必死に昨夜の記憶を呼び起こした。
メディア局の飲み会。私は珍しく、ものすごくテンションが上がっていた。私が影響を受けたコマーシャルの話をしていたのだ。
私はそのCMがあったから、この会社に入社した。そして、そのCMの総括担当がまだ若手だった富永局長だったことを昨夜知り、いかにあのCMに感銘を受けたかを私は当人である富永局長に力説していた――ような気がする。
「曖昧ながら、思い出しました。私、自分の好きなCMについて力説してましたよね。お恥ずかしい」
言いながら、今朝、都路くんに言われたことを思い出し、それとも合致すると気づいた。
どうやら昨夜の私は、相当富永局長と三条さんに絡んでいたらしい。
「でも、バーに行ったかどうかは――」
覚えていません。そう言おうとして、三条さんが顔を上げた。
「行ったんだ。そこで、早苗が持っていた婚姻届に記入して、そのまま夜間窓口に提出しに行ったと、富永さんが言っていた」
いつも通りの口調にため息交じりで告げられ、思わず大声が出そうになる。
ここが会社の会議室であることを寸前で思い出し、飲み込んだら思いっきり噎せてしまった。
「おい、大丈夫か?」
「はい、すみません、なんだか、驚きすぎてしまいまして」
「だよな。俺も今朝、急に富永さんに祝福されて、驚いた。バーのマスターと、富永さんが証人になってくれたらしい」
彼からはそういう素振りは全く見えていなかったが、どうやら驚いたのは彼も同じだったらしい。態度に出さないところが、三条さんらしい。
「それで、先ほど慌ててコンビニに行って戸籍謄本を印刷した。そしたら、まあ、こうなっていた、ということだ」
彼はそう言うと、私の手元から自分の戸籍謄本を抜き取った。
なるほど、彼は私よりも先に事態を飲み込んでいて、だから落ち着いているらしい。私は思わぬ事実に、落ち着くどころか頭がパニックでついていかないけれど。
「それで、だ」
三条さんはそう言うと、戸籍謄本をさっとファイルに挟んで隠した。
「ここからは、相談なんだが」
「な、なんでしょう」
きりっとした瞳で見上げられ、その鋭さに思わず息を呑む。すると三条さんは、ゆっくりと話し出した。
「職場にも大々的に宣言されてしまった以上、婚姻関係を続けるのが吉だと思うのだが、どうだろうか」
「どう、と言われましても」
三条さんと結婚しただなんて実感がわかないし、なぜこんなことになっているのかもまだよく呑み込めていない。
だけど、目の前にある『私と三条さんが婚姻関係を結んでいる』ということは紛れもなく事実だ。三条さんが、ましてや富永局長が、職場で嘘をつくとは思えない。
どうしていいか分からずに黙っていると、三条さんはそのきりっとした眉を幾分下げた。
「困るのは分かる。俺も、良く分からずに困っている。だが、こういう事実があるのだから仕方ないだろう。もちろん、婚姻関係を続けるといっても、ほとぼりが冷めた頃に離婚するのは問題ない」
きっと、彼が出した一番の良い答えがそれなのだろう。
まさか『どっきりでした!』とも今更ならないだろうし、事実がそうなら三条さんの言う通りにするのが一番いいと思う。
「はい、分かりました」
少々考え、そうするしかないと思って頭を縦に振る。三条さんはいつもの表情に戻って、それから先ほど私が手渡した絵コンテを私に差し出した。
「これからのことは、また改めて話そう。それから、これは問題ない。クライアントに早急に送って欲しい」
彼はそう言うと、席を立つ。私は受け取った絵コンテを手に、しばらく会議室に立ち尽くしていた。
――本当に、三条さんと結婚してしまったなんて!
改めて思い出すと脳が混乱する。だけど、仕事は仕事だ。
しばらく深呼吸を繰り返し、いつも通りと自分に言い聞かせてから会議室を後にした。
クライアントに、これを送らなくては。
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