孤独な強面天才外科医は不自由な彼女を溺愛したい

朝永ゆうり

文字の大きさ
6 / 30

『離別』のエチュード ②

しおりを挟む
「あの! 玄関はどちらでしょうか?」

 杏依は慌てて口を開いた。特殊な形状である上に豪邸過ぎて、出口がどこなのか見当もつかない。

「とりあえず、朝飯食うぞ」

 無視された杏依は、睨みつけるように白哉の入っていった部屋に目を向けた。

 部屋の壁に沿うようにL字に置かれたガスコンロやシンク、そしてその中央にある大理石のテーブル。おそらく、ダイニングキッチンだ。

「テキトーに作るから。ピアノでも弾いて待ってろ」

 冷蔵庫をあけながら、白哉はこちらを一ミリも振り返らずに言った。

「ピアノはもう弾きません」

 杏依は卵を割り始めた白哉に背を向けた。ピアノの元へ向かい、キーカバーを広げ片付けてゆく。

「勝手に触ってすみませんでした」

「弾かないのか?」

 ピアノの蓋を閉めようとしたところでかけられた声に、杏依は一瞬動きを止めた。けれど、すぐに蓋を閉め切った。

「弾きません」

 言い切って振り向くと、彼はなぜかこちらを向いていた。

 ぎょっとした。その顔が、苦しげに歪んでいたのだ。
 杏依は急いでピアノに向き直り、深く息を吸った。

 なんであなたがそんな顔をするの? 弾けないようにしたのは、あなたでしょ。

 杏依は込み上げた何かを飲み込むように、奥歯を噛み締め左拳を握った。
 もし一パーセントでも腕が戻る可能性があるなら、やっぱり腕は切らなければ良かった。何度、そう思ったことか。

 コトン、という軽快な音に、はっとした。白哉が、キッチンカウンターにお皿を置いたのだ。

 黒大理石でできたカウンターに置かれた朝食は、二食分。白哉の顔は、もう元の無愛想なものに戻っていた。

「ほら、お前も」

 白哉がカウンター椅子の右側に腰掛ける。

「いえ、帰りますから」

「二人分作っちまったから」

 促され、けれど玄関の場所がわからない状態ではどうすることもできない。杏依は仕方なく、白哉の隣に腰を下ろした。

 湯気の立つ和食の朝ごはん。昨夜から何も食べていないからか、匂いだけで杏依の口内は唾液が溢れた。

 右向きに置かれたお箸を、左手で取る。三年もこの暮らしをしていれば左手での箸の扱いは慣れたものだが、食器を持ち上げることはできない。

 普段は犬のようにお皿に口元を近づけて食べるが、外で、しかもこの人の目の前でそれをするのも憚られる。
 杏依はこぼさないよう細心の注意を払いながら、少しずつご飯を口に運んだ。

「あー、悪い。考えなしだったわ」

「お気遣いなく。むしろありがとうございます」

 見られていたことが気に食わない。白哉の声に素っ気無く返したけれど、彼の作ってくれた朝ごはんはとても美味しかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜

yuzu
恋愛
 人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて…… 「オレを好きになるまで離してやんない。」

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

いい加減こっち見ろよ!〜見た目だけだとフラれ続ける私は、どうやら幼馴染の執着愛に気づいていなかったようです。〜

こころ ゆい
恋愛
保育士の八重と外科医の一生は、小学生の頃からの幼馴染。 傍から見れば、儚く清楚に見えるらしい八重は、実は外見にそぐわぬ性格をしていた。 そのせいで、見た目につられて告白してくる男性たちは、ことごとく彼女の中身を知って離れていく。 フラれる度に、やけ食いややけ酒に付き合ってもらっている一生は優しいが、懲りずに同じような恋愛を繰り返す八重に呆れている....と思っていたら? 「....八重の可愛さは、そんなもんじゃないんです。....誰も気付かなくていい。俺だけが知ってればいい」 ーーどうやら、かなり愛されていたようです? ※じれじれ・執着・溺愛 ラブストーリー。🌱 ※この物語は、全て作者の想像で描かれたフィクションです。実際の場所・建物・人物とは関係ありません。🌱 ※HOTランキング入りしました。(最高47位でした)全ては、読者の皆様のおかげです。心より感謝申し上げます。今後も精進して参ります。🌱

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

強引な初彼と10年ぶりの再会

矢簑芽衣
恋愛
葛城ほのかは、高校生の時に初めて付き合った彼氏・高坂玲からキスをされて逃げ出した過去がある。高坂とはそれっきりになってしまい、以来誰とも付き合うことなくほのかは26歳になっていた。そんなある日、ほのかの職場に高坂がやって来る。10年ぶりに再会する2人。高坂はほのかを翻弄していく……。

氷の上司に、好きがバレたら終わりや

naomikoryo
恋愛
──地方から本社に異動してきた29歳独身OL・舞子。 お調子者で明るく、ちょっとおせっかいな彼女の前に現れたのは、 “氷のように冷たい”と社内で噂される40歳のイケメン上司・本庄誠。 最初は「怖い」としか思えなかったはずのその人が、 実は誰よりもまっすぐで、優しくて、不器用な人だと知ったとき―― 舞子の中で、恋が芽生えはじめる。 でも、彼には誰も知らない過去があった。 そして舞子は、自分の恋心を隠しながら、ゆっくりとその心の氷を溶かしていく。 ◆恋って、“バレたら終わり”なんやろか? ◆それとも、“言わな、始まらへん”んやろか? そんな揺れる想いを抱えながら、仕事も恋も全力投球。 笑って、泣いて、つまずいて――それでも、前を向く彼女の姿に、きっとあなたも自分を重ねたくなる。 関西出身のヒロイン×無口な年上上司の、20話で完結するライト文芸ラブストーリー。 仕事に恋に揺れるすべてのOLさんたちへ。 「この恋、うちのことかも」と思わず呟きたくなる、等身大の恋を、ぜひ読んでみてください。

数合わせから始まる俺様の独占欲

日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。 見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。 そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。 正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。 しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。 彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。 仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。

処理中です...