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② 鏡の向こうと、七不思議の記憶
人間の都合
しおりを挟む話し始めた声には、今までのような嫌な感じはなかった。
「木の校舎ができた頃は、まだこの村にも何人か狐がいての。人間の中に溶け込んで、それなりに上手くやっていたのだ」
「狐?」
「化け狐、ってことよ」
わたしが補足すると、明日香は驚いた声を上げる。
「え! そういうのって、本当にいるんだ! どうなってるの!」
人間じゃないあなたが言う言葉ではないでしょ……。
吸血鬼も花子さんもいるんだ、化け狐だって化け狸だっている。
普通の人が想像するより、この世の中は怪異であふれているのだ。
「お望みとあらば、元の姿に戻ってやろうか」
そう言うと狐の彼女は、指を軽く鳴らす。
……手品のように突然、目の前に狐が現れた。
動物園か、あるいはパソコンやスマホの画面越しでしか見られないような、わたしたちの想像する狐という動物がそこにいた。
「可愛い……」
明日香の声が漏れる。
確かに、わたしたちが少し見下ろすような格好になり、こちらに向けて若干の上目遣いをする狐の彼女は、SNSに写真を上げればたくさん反応がもらえそうな、愛くるしい表情をしている。
……でも。
そこから放出される、魔力を含んだ気は、彼女がただの狐じゃないという何よりの証拠だ。
「なんでわざわざ人間に化けるの?」
教室で友達と話すかのように喋りかける明日香は、そんなことなど気にしてないのだろうか。
これも明日香のコミュ力がなせる技か。
「それはもちろん、その方が楽しいし便利だからな。食べ物も美味い、ともに花札やすごろくをやるのも面白い。勉強の時間に潜り込むのも好きだったな。先生がよく褒めてくれるんじゃ」
「えー、先生に褒められるのいいな……」
「明日香、授業で褒められたことなんてないものね」
わたしが言うと、明日香が口をとがらせる。
もう、わたしの家で話してるときと変わらない。
「で、他には……?」
「……」
わたしが聞くと一瞬の沈黙。
でも、彼女はわりと素直に、わたしが予想した通りのことを話してくれた。
「後は時々、人を化かすこともあったぞ。まごついた顔を見るのが面白くての……」
「やっぱり……」
「待て。そんなにひどいことはしていないぞ。友人に化けてささいな冗談を言ってみたりとかじゃ。警官に化けて泥棒を追い払ったりもしたぞ」
彼女はそう言っているが、やっぱり油断ならない。ささいな、っていうけれど一体どれほどのものなのか。
「それなのに……人間は、一方的な都合でわたしらを追いやった……」
彼女のテンションが落ち、また母さんが言ってたことを思い出す。
『昔は、怪異と人間との距離は今よりもずっと近かった。江戸時代なんか、当たり前のように人と怪異がともに生活していた記録も残っている』
でも、明治時代以降、人間が急速に技術を進歩させていく過程で、不可思議な存在である怪異は徐々にのけものにされるようになっていった。
様々な場所で怪異の強引な排除が進み、逆に怪異の攻撃を受けて死んでしまう人も少なくなかったという。
この街でもかつて、そのようなことが起きていたのだ。
「ある時、ここの校庭に立て板があった。『狐、狸、その他自らは人間でない存在であると自覚する者は、今日の夜ここに集まるべし。過激な思想を持つ人間との付き合い方を教える』……」
「過激な思想?」
「怪異なんて存在自体が悪だ、いなくなってしまえ……って人が、昔は結構たくさんいたのよ」
明日香に説明しながら、別に現在だってそういう人が多数だろうな、と思ってしまう。
多分それは、わけのわからないことへの恐怖からくるものだろう。
当時の沢守家も、そういう人の依頼を受けてたくさんの怪異を倒していたという。
「それで、わたしら狐は集まった。だがそこには、あらかじめ魔法の陣で仕掛けがしてあってな……沢守の名も、いたぞ」
そう言われて、わたしはいたたまれなくなる。
この街の人々は、沢守家の力も使い、怪異を騙しうちにしたのだ。
「完全に、不意を突かれてな……それに、あやつらはわたしらに力を出させないように、子どもたちが描いた絵を持ってきてたのじゃ」
「絵?」
「それが学校で、わたしらと皆がともに描いたものであることを知っててな。『攻撃したらこれらが破けるぞ、見られなくなっても良いのか』と……」
……つまり、思い出の品を使って脅しをかけたのだ。
「なにそれ最低じゃん」
明日香がやるせない顔になる。
しかし、それが無かったら人間たちは返り討ちになっていただろう。
それほどまでに、怪異の魔力は恐怖の対象だったのだ。
「結局、わたしらはほとんど一方的にやられて、村にいられなくなった。皆こちらに閉じこもったが、傷は深く、一人一人力を保てなくなっていき……今はわたしだけだ」
「あの祠は?」
「あれは、白い校舎がある場所に元々あったものでな……わたしらがこちらに逃げてきた後、いつのまにか場所が変わっていた」
白い、すなわち今の校舎が建っている土地にあったもの。
とすると、どこかのタイミングで誰かが今の場所、旧校舎の壁伝いに移したということになる。
「今の校舎を建てるから?」
「でも場所が変わったのは、今の校舎の工事が始まるよりもずっと前のはずよ」
もしかしたら、狐たちの事情を知ってる誰かがやってくれたのかもしれない、とわたしは思った。
祠を人通りのあった校舎の裏手に移して、そこから人間の精気を取り込めるように。
……うん。家に帰ったらやっぱりもっと詳しく資料をチェックしよう。
そのあたりをちゃんと調べてから行けば、今回ももっとスムーズに解決できたかもしれない。
***
「……そこから先は、少し前にお前が話したとおりだ。白い校舎になって、人から精気を取れなくなった。だから、定期的に人間をこちらに連れてくるしかなかった」
……なんだか、この子を見る目が変わった。
そんなことをされては、人間に不信感を示すのも当たり前である。
「……ごめんなさい。改めて、わたしの御先祖が無礼を働いたこと、お詫びします」
わたしは、自然に頭を深々と下げていた。
この狐の子がこのようになってしまった原因は、かつての人間たちだ。
今までされなかったであろう謝罪。それを、わたしが代表してやらないと。
「お前は……昔の子ども、みたいだな」
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