上 下
25 / 27
② 鏡の向こうと、七不思議の記憶

人間の都合

しおりを挟む


 話し始めた声には、今までのような嫌な感じはなかった。

「木の校舎ができた頃は、まだこの村にも何人か狐がいての。人間の中に溶け込んで、それなりに上手くやっていたのだ」

「狐?」
「化け狐、ってことよ」

 わたしが補足すると、明日香は驚いた声を上げる。
「え! そういうのって、本当にいるんだ! どうなってるの!」
 人間じゃないあなたが言う言葉ではないでしょ……。

 吸血鬼も花子さんもいるんだ、化け狐だって化け狸だっている。
 普通の人が想像するより、この世の中は怪異であふれているのだ。

「お望みとあらば、元の姿に戻ってやろうか」
 そう言うと狐の彼女は、指を軽く鳴らす。

 
 ……手品のように突然、目の前に狐が現れた。
 動物園か、あるいはパソコンやスマホの画面越しでしか見られないような、わたしたちの想像する狐という動物がそこにいた。

「可愛い……」
 
 明日香の声が漏れる。
 確かに、わたしたちが少し見下ろすような格好になり、こちらに向けて若干の上目遣いをする狐の彼女は、SNSに写真を上げればたくさん反応がもらえそうな、愛くるしい表情をしている。


 ……でも。

 そこから放出される、魔力を含んだ気は、彼女がただの狐じゃないという何よりの証拠だ。


「なんでわざわざ人間に化けるの?」

 教室で友達と話すかのように喋りかける明日香は、そんなことなど気にしてないのだろうか。
 これも明日香のコミュ力がなせる技か。

「それはもちろん、その方が楽しいし便利だからな。食べ物も美味い、ともに花札やすごろくをやるのも面白い。勉強の時間に潜り込むのも好きだったな。先生がよく褒めてくれるんじゃ」

「えー、先生に褒められるのいいな……」
「明日香、授業で褒められたことなんてないものね」
 わたしが言うと、明日香が口をとがらせる。
 もう、わたしの家で話してるときと変わらない。

「で、他には……?」

「……」

 わたしが聞くと一瞬の沈黙。
 でも、彼女はわりと素直に、わたしが予想した通りのことを話してくれた。

「後は時々、人を化かすこともあったぞ。まごついた顔を見るのが面白くての……」
「やっぱり……」

「待て。そんなにひどいことはしていないぞ。友人に化けてささいな冗談を言ってみたりとかじゃ。警官に化けて泥棒を追い払ったりもしたぞ」

 彼女はそう言っているが、やっぱり油断ならない。ささいな、っていうけれど一体どれほどのものなのか。


「それなのに……人間は、一方的な都合でわたしらを追いやった……」

 彼女のテンションが落ち、また母さんが言ってたことを思い出す。
『昔は、怪異と人間との距離は今よりもずっと近かった。江戸時代なんか、当たり前のように人と怪異がともに生活していた記録も残っている』

 でも、明治時代以降、人間が急速に技術を進歩させていく過程で、不可思議な存在である怪異は徐々にのけものにされるようになっていった。
 様々な場所で怪異の強引な排除が進み、逆に怪異の攻撃を受けて死んでしまう人も少なくなかったという。

 この街でもかつて、そのようなことが起きていたのだ。


「ある時、ここの校庭に立て板があった。『狐、狸、その他自らは人間でない存在であると自覚する者は、今日の夜ここに集まるべし。過激な思想を持つ人間との付き合い方を教える』……」

「過激な思想?」
「怪異なんて存在自体が悪だ、いなくなってしまえ……って人が、昔は結構たくさんいたのよ」
 明日香に説明しながら、別に現在だってそういう人が多数だろうな、と思ってしまう。
 多分それは、わけのわからないことへの恐怖からくるものだろう。

 当時の沢守家も、そういう人の依頼を受けてたくさんの怪異を倒していたという。

「それで、わたしら狐は集まった。だがそこには、あらかじめ魔法の陣で仕掛けがしてあってな……沢守の名も、いたぞ」

 そう言われて、わたしはいたたまれなくなる。

 この街の人々は、沢守家の力も使い、怪異を騙しうちにしたのだ。

「完全に、不意を突かれてな……それに、あやつらはわたしらに力を出させないように、子どもたちが描いた絵を持ってきてたのじゃ」
 
「絵?」
「それが学校で、わたしらと皆がともに描いたものであることを知っててな。『攻撃したらこれらが破けるぞ、見られなくなっても良いのか』と……」

 ……つまり、思い出の品を使って脅しをかけたのだ。

「なにそれ最低じゃん」
 明日香がやるせない顔になる。

 しかし、それが無かったら人間たちは返り討ちになっていただろう。
 それほどまでに、怪異の魔力は恐怖の対象だったのだ。


「結局、わたしらはほとんど一方的にやられて、村にいられなくなった。皆こちらに閉じこもったが、傷は深く、一人一人力を保てなくなっていき……今はわたしだけだ」

「あの祠は?」
「あれは、白い校舎がある場所に元々あったものでな……わたしらがこちらに逃げてきた後、いつのまにか場所が変わっていた」

 白い、すなわち今の校舎が建っている土地にあったもの。
 とすると、どこかのタイミングで誰かが今の場所、旧校舎の壁伝いに移したということになる。

「今の校舎を建てるから?」
「でも場所が変わったのは、今の校舎の工事が始まるよりもずっと前のはずよ」
 
 もしかしたら、狐たちの事情を知ってる誰かがやってくれたのかもしれない、とわたしは思った。
 祠を人通りのあった校舎の裏手に移して、そこから人間の精気を取り込めるように。


 ……うん。家に帰ったらやっぱりもっと詳しく資料をチェックしよう。
 そのあたりをちゃんと調べてから行けば、今回ももっとスムーズに解決できたかもしれない。



 ***
 


「……そこから先は、少し前にお前が話したとおりだ。白い校舎になって、人から精気を取れなくなった。だから、定期的に人間をこちらに連れてくるしかなかった」


 ……なんだか、この子を見る目が変わった。

 そんなことをされては、人間に不信感を示すのも当たり前である。


「……ごめんなさい。改めて、わたしの御先祖が無礼を働いたこと、お詫びします」

 わたしは、自然に頭を深々と下げていた。
 この狐の子がこのようになってしまった原因は、かつての人間たちだ。

 今までされなかったであろう謝罪。それを、わたしが代表してやらないと。


「お前は……昔の子ども、みたいだな」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

深川あやかし綺譚 粋と人情とときどきコロッケ

高井うしお
キャラ文芸
妻に失踪された男、氷川 衛は一人娘の瑞葉とともに義母のミユキと東京の下町、深川で同居をはじめる。 ミユキの経営する総菜屋はまったく流行っていないが、実は人外のあやかしの問題解決をするよろず屋をして生計を立てていた。 衛は総菜屋をやりながら、よろず屋稼業の手伝いもさせられる羽目に。 衛と瑞葉から見た、下町深川の風景とおかしなお客の数々。そして妻穂乃香の行方は……。 ※一日三回更新します。 ※10万字前後で一旦完結

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

乙女フラッグ!

月芝
キャラ文芸
いにしえから妖らに伝わる調停の儀・旗合戦。 それがじつに三百年ぶりに開催されることになった。 ご先祖さまのやらかしのせいで、これに参加させられるハメになる女子高生のヒロイン。 拒否権はなく、わけがわからないうちに渦中へと放り込まれる。 しかしこの旗合戦の内容というのが、とにかく奇天烈で超過激だった! 日常が裏返り、常識は霧散し、わりと平穏だった高校生活が一変する。 凍りつく刻、消える生徒たち、襲い来る化生の者ども、立ちはだかるライバル、ナゾの青年の介入…… 敵味方が入り乱れては火花を散らし、水面下でも様々な思惑が交差する。 そのうちにヒロインの身にも変化が起こったりして、さぁ大変! 現代版・お伽活劇、ここに開幕です。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...