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② 鏡の向こうと、七不思議の記憶

未知への怖さ

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「あっ、ここって……」

 階段を上がって廊下を右に曲がると、見覚えのある光景が広がっていた。

「ここ、こんなんだったんだ……」
「本当、壊しちゃったこと反省しなさいよ、明日香」
「ははは……」

 旧校舎北の端のトイレ。
 わたしたちが花子さんを封印した場所だ。

 そこも当然、わたしたちが忍び込んだ時のようにボロボロではない。
 窓ガラスはしっかりはまっているし、床板や壁板がめくれているところもない。


「……花子さんって、いつからいたの?」
「確か、旧校舎ができて少ししてからだったかな。まあ、ここはあくまであの怪異の子が再現した旧校舎だから、ここに花子さんはいないわよ」

 そう言いつつも、あのときの記憶が蘇る。

 花子さんの封印に一度失敗したこと。
 逆に反撃されたこと。
 明日香が助けてくれなかったら……


「あ、月菜。ここにも祠があるよ?」

 その、明日香の無邪気な声が、窓の方から飛ぶ。
 わたしが近寄ると、明日香は開いた窓から下を指さしている。


 ……本当だ。
 見下ろす地面には小さな祠。周りに置かれた丸い石。
 資料で見たのと同じ位置だ。

「あの祠も、昔からあったのかな?」
「どうかな……もしあれが、怪異の彼女を祀ったものなら、旧校舎ができた当時にあったかどうか……」

 そうでなくても、もしかしたら外の世界と繋ぐ玄関口として、この世界における重要なものなのかもしれない。

「せっかくだし、あれも確認したほうがいいわね」
「わかった」


 それだけ言うと明日香は、わたしの手をつかんで窓から飛び降りた。

 ……驚く暇も、重力を感じる暇もなく、明日香がわたしを抱きかかえて祠の前に着地する。

「どうしたの月菜? ぽかんとして」
「……あなた、人間が二階から音もなく無傷で飛び降りられると思ってるの? アニメじゃないんだから」

「月菜は運動神経いいし、頑張ればいけるんじゃない?」
 明日香は気軽に言うが、わたしはその方面で頑張ろうとは思わない。

「で、祠はどんな感じなの? あたしには特に変なものは見えないんだけど……」
「それよりもまずわたしを下ろしなさい」

「はいはい。月菜の身体ってちょうどいいサイズで、持つの好きなんだけどなあ」
 人の身体をなんだと思っているんだ。



 気を取り直して、わたしは祠の前に立つ。
 今朝も立った、同じ場所。

 今朝の崩れ去った祠からは全く感じなかった魔力を、ここからはわずかに感じる。

 札を取り出して、魔力を込めてみる。


「……何かわかった?」
「うん。きっとここは、外の世界と繋がっている場所」

 魔力の流れがある。
 この向こうは多分、あの体育館の前の鏡に繋がっているんだ。

「上手くいけば、ここからわたしたちの世界に戻れるかもしれない」
「じゃあ、みんなを助けて……」

 囚われている人達を助けて、ここから向こうに戻る。
 でもそれはきっと、あの怪異の子を強引に倒すなり封印するなりして、という流れだろう。

 そういう手段も可能ではあるけど……

「いざとなれば、ね。逆に明日香、この祠は壊しちゃ駄目よ」
「わかったわかった」

 この祠が壊れたら、本当にあの子に、言い逃れできない。



「……そこか」


 その時、あの子の声がした。

 ――体を震わせながら、わたしは振り向く。


「あまつさえ、こちらの祠までも……!」
 あ、これはやばい。

 あの子の気が立っているのが、手に取るようにわかる。

「待って。……話、しましょう?」
 わたしは声を絞り出した。
 このまま互いを知らずにいても、話は進まない。

 強硬手段しかない、というときもあるが、それを取らないで済ませたい。


「……信じられない」

 まただ。
 なぜ信じられないのだろう。

 その理由は、わたしたちは推測することすらできない。

 彼女から聞き出すしかない。

「約束します。騙しうちとかしない。わたしたちはあなたを攻撃しない。無理やり封印するとかもしない。……それに、あなたのことを知らないと、適切な対処ができない」


 ……わたしは、残っていた札を全部地面に置いた。

「ちょっと月菜!」
 明日香が叫んでわたしの肩をつかむが、すでに札を持つのをやめたわたしは再び立ち上がる。

「明日香も一回落ち着いて。こうしないと、先に進めない」
「……」

 明日香はわたしと、目の前の狐耳を見比べる。


「――今の月菜に、攻撃しないでね」

 明日香が力を抜いたのがわかった。 

「これで、わたしたちから攻撃することはないです。……大事な祠を壊してしまったことは謝ります。他にも何か迷惑をかけてることがあったら、それも謝ります。ですから……できれば、学校の生徒や先生を元の場所に戻してほしいです」

 わたしは、力を振り絞って、真っ直ぐ目の前の少女を見つめる。
 信じてもらいたくて。

 なんとか、言葉が通じて欲しくて。


「お前……わたしを恐れないのか?」


 ……お面の向こう、半分だけ見える表情が、わずかに変わった気がする。

「前は……もっと後ろ向きだったぞ?」
 
 前、というのは金曜日のことだろうか。


 ……後ろ向き、か。
 確かに、今ほどの覚悟は無かったな、と思う。
 準備をせずにこの空間に迷い込んでしまったから、というのもあるが。

 よくわからないこの場所。
 よくわからない相手の怪異。

 やっぱり、怖さがあった。


「でも……」

 だけど今は、そうでもない。
 相手のことも調べた。
 準備もした。


 ……それに何より、隣に明日香がいる。
 心強い。


「大丈夫。わたしは、あなたにちゃんと向き合います」

 彼女と、視線が合った。
 お面の向こうから覗く片目。

 ……よく見ると、その目は、わたしたちとそう大差ない。
 いや、考えてみたら、身長だってわたしと同じぐらい。
 多分、あのお面と狐耳が無ければ、普通の、中学生の女の子……なのかもしれない。

 そう考えると、体の震えが止まったような、気がした。


「だから……お願いします。教えてください。あなたがどういう怪異なのか……記録として残す必要もありますから」


 ……風が、止んだ。
 ……わたしたちを襲い続けていた、あの魔力の波も、無くなった。


 お面越しの片目から出る視線が、柔らかくなったような気がして。



 ***



「わたしは……狐だ」
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