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② 鏡の向こうと、七不思議の記憶

思い出の旧校舎

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「あなたの言い分は間違っていません。今日になって急にたくさん人をさらい始めたのも、祠が壊されて精気を手に入れるのが難しくなったから、ですよね」

 少女は何も言わず、狐耳を揺らせながら首を縦に振る。

「……ですが、あの祠を修復するのはすぐできることではありません。かといって、このままにしておくわけにもいかない」

 そのうち、本当に怪我人が出かねない。
 今だって、先生たちが無事である保証はどこにもないのだ。


 
「だから……わたしに、封印されませんか?」


 ――ようやく、その言葉を絞り出した。

 花子さんと同様に、封印しておけばよほどの事が無い限り現実に被害を出すことはない。

 その上で、祠をしっかり作り直して、ちゃんとした場所に祀る。
 そうすれば精気を求めて定期的に人間をどうにかする、なんてことは無くなるはずだ。

 
「封印……」

 その言葉が彼女から漏れ聞こえる。
 

 ……ぞわっと、身の毛がよだつ。

 そして、少しの沈黙。



「……信じられない」

 次の瞬間、魔力の壁が飛んできた。


「月菜!」

 札でなんとか直撃を避けるのが精一杯。
 わたしの身体は折れ曲がり、地面に尻餅をつく。

「ちょっと、何をやって……」
「明日香! 前」
 明日香がこちらを振り向いた瞬間に、次の一撃が明日香めがけて飛んできた。


「……ぐっ……」
 衝撃で明日香の身体が数歩後ずさりする。
 それでもわたしのように倒れることはせず、少し離れた狐耳の怪異をにらみ返す。

「人間はいつも本当のことを言わない! そう言ってまたわたしをどうにかする気だろう!」
 彼女は声を張り上げながら、また魔力の波状攻撃を仕掛ける。


 ……もう札を半分以上使った。
 わたしがポケットから次の札を取り出そう、としたとき。


「月菜! 一回逃げよう!」
 
 そう言って明日香は、右手一本でわたしの身体を引っ張り上げた。

 わたしが反応する暇もなく、明日香はわたしの背中を両手で支えて抱え、すごいスピードで駆け出す。

 
 ……ってこれは、いわゆるお姫様抱っこってやつでは……?
 そうわたしが認識するより早く、明日香は数十メートルの距離を一瞬で駆け抜け、旧校舎の入り口に飛び込んだ。



「大丈夫!?」

「え、ええ……」
 わたしだってそんなに体重が軽いわけではない。
 そのわたしを抱えたまま、明日香は話しかける。

「……だから、一回下ろして」
「あ、うん」


 下ろされたわたしは旧校舎の床に座り込む。

 今の旧校舎みたいにボロボロではないが、以前忍び込んだときの光景や、沢守家の資料にあった写真と、内部の様子はそっくりだ。

「月菜、やばくない? 結構息が上がってるし、髪も……」
「そう、かしら……」

 ちょうど目の前の窓ガラスに、わたしの姿が反射している。

 怪異の攻撃を防ぐために、ずっと魔力を使いっぱなしのわたし。
 顔からは汗が吹き出ており、髪はイルミネーションのように蒼く光っている。


 ……正直、ずっとこのペースが続くようだと危ないかもしれない。

「まずいんなら、月菜はここで休んでてよ。あたしがあいつを動けなくするから、それからゆっくり話をすればいい」
「……駄目、それじゃあちゃんと話はできない」

 冗談じゃなく、今にも飛び出していきそうな明日香を声で制する。

 
 ……確かに、どっちにしろ封印する際にはある程度力や、攻撃の意思を無くさせる必要はある。けど、そのつもりが無い怪異を強引に封印しようとしても、上手く行かないだろう。

「でもどうするの? あれじゃあ、月菜が何言ってもきっと信用しないよ」
「うん。だから、ちゃんと説明をする。そのためには……」

 わたしは立ち上がる。
「あの怪異の子のこと、もっと知る必要がある」



 ***



「きれい……」

 わたしと明日香は、旧校舎の中を歩く。
 
 木造の旧校舎。
 わたしたちが最初に入った、あの今の姿からは想像できないほどに整っている。

「この建物も、新築の頃があったってことね」
 真新しい木の匂い。
 時間が経って黒くなった色ではなく、白や茶色の、木目がはっきり見える床板。

 階段の手すりの先には、何やら飾り付けがされている。
「なにそれ?」
「多分、稲だと思う。このあたりは米作りで栄えたって、小学校の時習わなかった?」

 そう言いながら、わたしは以前見た資料の記憶をたどる。

 ……うん、この飾りつけも、昔の旧校舎の写真で見た。


「でも、どうして旧校舎がここに……?」
「きっとここは、あの怪異の子が作っている、自分の空間だと思う」

 母さんによると、『こことは違う世界』というのは、ごく当たり前に存在するという。
 特にある程度の力がある怪異は、その力を使って自分の領域を作り、そこを住み家とするのだそうだ。
 
「自分の空間……」
「そう。多分だけど、この旧校舎は彼女にとっての思い出の何かなのかも」

 旧校舎以外にも、この場所は高い建物が全然無かったり、遠くに田畑が広がっていたりする。
 もしかしたらここは、旧校舎ができた頃の学校のあった場所そのものなのかもしれない。


「で、この場所から外を繋いでいたのが、あの祠。彼女が元々この場所で生まれたのか、最初はわたしたち人間のいる世界にいたのかは、定かじゃないけど……」

 わたしが封印と口に出した瞬間、彼女の態度が変わった。
 それは、封印に関して何か知っているからだろう。

 可能なら、一度この場所を抜け出し、沢守家の過去の資料を再確認したい。
 もしかしたら、まだわたしが見てないものに、彼女に関するものが残ってるかもしれない。
 あるいは封印についても何か。

 ただ、そんな余裕はない。
 今ここには、すでに何人もの人間が囚われているのだ。
 時間が経つほど、危険は高まる。


 ――とすると、やはり彼女と直接対話するしかない。
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