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② 鏡の向こうと、七不思議の記憶
再突入
しおりを挟むわたしと明日香は体育館の中に入り、開いた扉越しに鏡の前の水飲み場を見張る。
……入れ替わり立ち代わり、やってくる生徒。
周りをキョロキョロしながら、ちらっと水飲み場の方が気になって、視線を送る人ばかり。
「今日、これまでいなくなってるのって用務員さんと、後はみんな先生だよね? どういう人を狙ってるんだろ?」
「わからない。けど、金曜日は生徒を連れ込んだし、また生徒が襲われる可能性だって普通にある」
わたしたちがそう言ってると、二年生の男子二人が、意気揚々とやってきた。
「これが先輩の言ってた鏡だよな?」
「ああ。でもここ、いつも部活で使ってるんだけど、別に普通なんだけどな……」
喋りながら、片方の男子が鏡を覗き込む。
「でも相変わらず汚えよな、これ。掃除してねえんじゃねえの」
「だけどこれ掃除するのきついだろうなあ。触りたくもねえもん」
「わかる。……あ、もしかして触ったらなんか起きるんじゃねえ? 俺ら触ったこと無いだろ?」
もう片方の男子が、鏡に右手を伸ばす。
……が、触れた瞬間にびくっとなって指を引っ込めてしまった。
「おい、どうした?」
「……お前、今何か言ったか?」
「え?……なんだよ、変なこと言うなよ」
「ええ、気のせいか……? お前も触ってみろ」
空いた左手で、もう一人の右腕を握って鏡に触らせる。
……その次の瞬間。
――二人が、文字通り消えた。
「え!?」
思わず明日香から声が漏れ出る。
まるでSF映画の瞬間移動。
動いて隠れたのではない。まさに消えた、としか言いようがなかった。
「……あの、今ここに男子が二人いました……よね?」
ちょうど反対側を向いていた女の先生が、びっくりして周りの生徒に確認する。
その生徒たちも、目の前で起きたことに混乱している様子で、『え……』『いた気が……』としか言えていない。
しかし、わたしは確かに見た。
あの男子生徒二人が、鏡を触った。それが引き金となって、二人は消失した。
「月菜、これ……」
「見ちゃったわけだし、もう間違いないわね」
「どうするの?」
「もう、すぐにでも向こうに乗り込むしか……ない」
明らかに、解決策はあの狐耳の少女をどうにかすること。
そのためには、金曜日に行った、あの鏡の中の世界へ、もう一度……行かないといけない。
――わたしと明日香は、また水飲み場の前に戻る。
できるだけ周りの人の視線がわたしたちを向いてないタイミングで。
わたしは右手に札を持ち、左手で明日香の右手を握りしめる。
「でも、どうやって行くの?」
「とりあえず、この前と同じようにやれば……」
軽く握った札に、魔力を流す。
……感じる。金曜日と同じ。魔力のムラ。
でも、今度は一瞬だった。
「お前……何をしている!」
脳内に直接響く、あの低い声。
それとともに、鏡から飛び出した白い光で、目の前が覆い尽くされて……
***
……強風が、わたしの顔に向かって吹き付ける。
下を向くと、砂地。
上を向くと、どんより曇り空。
着ているのは、制服のシャツ。
右手に札を握りしめている。
……ここは……?
「月菜!」
その声とともに左手を強く握られ、もやもやとした思考が一気に晴れた。
さっきまでわたしが握っていた明日香の手。
今度は、明日香がわたしの手を握っている。
「大丈夫? 一瞬ぼーっとしてたよ!」
「……ああ、ありがとう明日香。おかげで、目が覚めた……」
――そうだ。
わたしは、怪異に立ち向かうために、もう一度ここにやってきたのだ。
今度は、明日香と一緒に。
「……ふう……」
深呼吸してあたりを見回す。
どうやら前に来たときと同じ場所のようだ。
奥には田畑が見える。
ただ、生えている稲が横になり、砂が巻き上げられるほどの強風。
歩いてるような人は見当たらない。
後ろを振り向くと、木造二階建ての建物。
……間違いない、旧校舎だ。
「あっ、本当に旧校舎だ、でも本物? 綺麗すぎない?」
「何だ……お前ら……」
明日香の言葉を遮って、低い声がする。
気づくと、そこにはお面で顔を半分隠して着物に身を包み、狐耳を生やした美しい黒髪の少女が、また立っていた。
移動するというよりは、まるで出現するかのように。
「……改めまして、こんにちは。わたしは、沢守 月菜、といいます」
そしてわたしたちが彼女を認識した瞬間に襲いかかる、強烈なプレッシャー。
魔力の波が壁状に迫ってくる。
無意識のうちに、声が震える。
身体が震える。
それでも、両足に力を込めて、耐えて、言葉を出していく。
どうして丁寧語になっているのかは、もう意識していない。
「……わたしは、先祖代々の、仕事を引き継いで、この地の怪異を管理し、必要なら封印を行わないと、いけません……」
息が詰まりそうになる。
声が小さくなりそうだ。
「沢守……ああ、わたしの頃もいたぞ。そうか、お前もこちら側の存在なんだな」
彼女がそう答えると、一段と魔力の勢いが強くなった。
わたしは札を強く握りしめ、耐える。
同時に、明日香の腕をつかんでこちらに引っ張り込み、わたしの防御の有効範囲内に入れる。
「……あたしなら大丈夫だよ?」
……えっ。
でも言われてみれば確かに、明日香はいつも通りだ。
身体が震えている様子も、何か耐えてる様子もない。
給食をもらう列に並んでるかのような自然さで、わたしの隣に立って、あの怪異の少女を眺めている。
明日香だって魔力の影響を受けてるはずなのに。
ある程度魔力の制御ができる人じゃないと、この中で立っていることすら難しいはずだ。
――いや。
「……さすがね、明日香……」
明日香は、人じゃない。
『元人間の怪異もいますが、基本的に言葉が通じたとしても、怪異には人間の常識は通じません』……母さんもそう言ってたじゃないか。
吸血鬼に、人間と同じことが当てはまるわけ無いのだ。
そしてそれは、人間でないものを相手にするには、ものすごく心強い。
「月菜、もしやばくなったら、あたしの後ろに隠れてもいい。立っていられなかったら、あたしが背負ってあげる」
……全く、格好良い。
その明日香を見てると、こっちまで元気が出てきた。
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