僕らの掌に詰まっているのは銅貨

みみみ

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8、届かぬいのり

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ロゥとミーシャは、一度、集会所のホール内に戻ることにした。
長老にお礼も言いたいし、できればフェイに名前に当てた字を訂正していただきたい。

ホールの中へ入ると、中はがらんとしていた。
本当にみんなはヴォルフのところへ行ってしまったらしい。

フェイも見当たらない。
くそう。名前について大抗議してやるつもりだったのに。

「長老」と声をかけると、眉をひょい、とあげて老人は応える。
長老は依然として卓の横にある椅子に腰掛けていた。
もちろん、傍に控えるメリッサも。

「おお、調子はどうじゃ、ロゥ」

うわぁ、やっぱり名前知ってよね、と思いながらも「平気」と頷いて見せる。

「いろいろお世話になったから、ヴォルフんとこに行く前にお礼言おうと思って」

短く、だが敬意と感謝をめいいっぱい込めてロゥは頭を下げた「ありがとう、長老」

「あ、ありがとうございます」

ミーシャがロゥに倣って頭をたどたどしく下げる。

「…礼などいらん。当然のことをしたまでじゃよ」

長老はその眼を僅かに細めた。
まるで、どこか後ろめたいことがあるかのように。

なぜだ?
僕の見間違いだろうか?

長老は哀しそうな、憐れんでいるような眼差しをロゥとミーシャに向けている。

いや、長老の顔は大半が白髪の眉と髭に覆われていて、表情など見えやしないのだが。
なぜかそう感じたのだ。
勘としか言いようのない、何かが僕にそう伝えている。…と思う。多分…。

けれど、長老が緩慢な動作で卓に置いた品を見ると、そんな疑問はどこかに吹き飛んでしまった。

「なに、これ?」

見ると、豆粒くらいの大きさの硬貨らしかった。
楕円形で、狼の顔が彫られている。

長老は、ロゥとミーシャの目の前にそれを一つずつ置いた。

「ヴォルフに渡せば事情を察してくれるはずじゃ、わしからの紹介だとな。これを見せればたいていのヴォルフはすぐに手解きしてくれる。持って行くがよい」

メリッサが硬貨を手渡してくれた。
僕は受け取り、無くさないようズボンのポケットに丁寧に押し込んだ。

「それじゃ、僕たち、行きます」

「うむ。ヴォルフのいる場所は自ずとその硬貨が示してくれるじゃろうて。お主らに合ったクラスへとな。…お主らに幸多からんことを、祈っておるよ」

長老は額に手を当て、祈りを捧げるような仕草をする。
メリッサも長老の後に倣う。

本当に世話焼きなおじいちゃんだ。

「本当にありがとう」

僕とミーシャは踵を返して「じゃ、また」とホールを後にした。







***







ロゥとミーシャと名付けられた神の寵児ユッタの後ろ姿を見送りながら、メリッサは己のうちに渦巻く感情を静かに感じ取っていた。
長老のお側にいるときは、私情に囚われてはならない。
そう頭では理解しているのに、メリッサはこの濁流のようにうねる想いを御することが出来ずにいた。

そんなメリッサの心境をしってか知らずか、長老は小さくうなだれるように肩を上下させた。

「…神の寵児ユッタとは、ほんに哀れだのう」

長い吐息と共に吐き出されたそれは、メリッサにも、ましてやロゥやミーシャにも向けられた言葉ではなかった。

ぽつり、と雨粒が落ちたように思わず長老の口から漏れ出た言葉。

メリッサは一瞬の逡巡のあと、それを聞かなかったことにした。

でないと、自らのうちに逆巻くこの感情を押しとどめることが出来なくなりそうだったから。







雑念を振り払うように眼をやると、ロゥとミーシャは互いに肩を並べて青空から注ぐ光に眼を細めていた。
その姿は、若く、晴れやかで、これから先困難にぶつかろうとも負けない強靭さをメリッサに感じさせた。






___どうか、彼らの路に光が差し込みますよう。






メリッサは、ロゥとミーシャの光の中に溶け込むその姿を眼に焼き付け、ゆっくりと瞼を閉じた。





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