デス13ゲーム ~死神に命を懸けた者たち~

鷹司

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第三部 自答

第52話  姿を見せた者

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 世間があの病院の惨劇を忘れかけた頃、その女性がスオウの前に姿を見せた。

 病室のドアが軽くノックされた。

「はーい、どうぞ」

 いつもの定期健診の看護士さんだと思って返事をした。

 無言のままドアが開いた。

 衿に特徴的なラインのデザインが施された制服に身を包んだ女性が、そこに泰然と立っていた。

 スオウとともに、デス13ゲームを無傷で生き残った参加者――四季葉イツカである。

「あんまり驚いてないみたいね。少しは驚いてくれると思っていたのに、ちょっと残念かな」

「もうそろそろ姿をあらわす頃だろうなと、そう思っていたからな」

 自分でも意外に思えるくらい、普通に言葉を返すことが出来た。

「わたしのことを覚えていてくれたみたいならばうれしいわ」

 一ヶ月前とは話し方が異なるイツカだった。あのときは歳相応の言葉遣いであったが、今は大人っぽい落ち着いた口調である。

「あのゲームのことを忘れることなんて出来るわけがないだろう。もっとも、君の正体を知った後は、全部忘れたかったけどな」

「別に隠していたわけじゃないのよ。ちゃんと自己紹介だってしたはずでしょ?」

「ああ、あの時、しっかりと聞いたよ。四季葉イツカ――季節の『四季』に葉っぱの『葉』って教えてくれたよな」

「そうよ。たしかあなたは風流な名前だって、褒めてくれたんじゃなかったかしら?」

「この一ヶ月の間、時間だけは山ほど持て余していたからな。冷静になって色々と考えることが出来たよ。それで気が付いた。シキハイツカの本当の意味は――死期しき何時いつか。これ以上ないくらい死神にぴったりの名前だよな。つまり最初からおれに正体を教えていたわけだ」

「大正解です」

 イツカが子供を褒める学校の教師のように言った。

「それで、その死神さんがわざわざ会いに来たということは、ちゃんとあのゲームの結果について説明してくれるってことなんだよな?」

「まあ、当たらずも遠からずってところかしらね」

 イツカはそこでいったん言葉を切ると、室内をぐるっと見回した。そこで壁際のイスに目をとめる。

「自由に使ってくれよ。そもそも、この個室の入院費だって、そっちが支払ってくれたんだろう? だったら、おれの方に断る権利はないからな」

「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうわ」

 イツカはスオウのベッドサイドまでイスを持ってきて、そこで腰を下ろした。ベッド上で上半身だけ起こしたスオウの視線の高さと、イツカの視線の高さがぴったりと合う。しかし残念ながら、ロマンティックな雰囲気とはならなかった。

「本来ならば、ゲームが終わった後の勝者への応対は紫人の仕事なのだけど――」

「なぜ君が? まさか、おれに会いたかったからなんて、そんな冗談は絶対に言うなよ」

「ふふ、ずいぶんと嫌われちゃったみたいね」

 病室に姿を見せてから初めてイツカの口元に笑みが浮いた。

「私はどうしてもあなたに話を聞きたくて、こうして今日ここに来たのよ」

「そいつはちょうど良かった。おれも君にどうしても聞きたいことがあったんでね」

「どちらから話す?」

「せっかくこうして会いに来てくれたんだから、君から話してくれよ。もしかしたら君の話の中に、おれが聞きたいことが入っているかもしれないからな」

「分かったわ。それじゃ、私から話すわね。――あなたに会いにきた理由は、聞きたいことがふたつあったからよ。出来ればあなたの口から直接聞きたいと思って来たの」

「それで聞きたいことと言うのは?」

「ゲームの最後、あなたは私の首を絞めようとした」

 イツカは少しだけ悲しげな表情を浮かべたが、すぐにもとのクールな顔に戻して、さらに話を続けた。

「あのとき、あなたは私の正体を悟ったから首を絞めたんでしょ? どうして私が死神だと分かったの?」

「そんなことか。簡単な理屈さ。――あのとき、死期を悟ったおれは思ったんだよ。こんなクソみたいなゲームを仕組んだ死神にひとこと言ってやりたいってな。紫人は最初のゲーム説明のときにこう言っただろう。死神は『特等席』でゲームを見物していると。おれはてっきり病院中に隠しカメラでも仕掛けられていて、死神はどこか別の場所でのんびりとくつろぎながら、カメラからの映像をテレビで見ていると思っていた。紫人がテレビの画面越しにゲームの説明をしたから、余計そう思ったのかも知れない。でも、それ以上にゲームを楽しめる『特等席』があることに、最後になって気が付いたんだよ」

 スオウはイツカの目をじっと見つめた。しかし、イツカは目をそらすことなく黙って見つめ返したきた。

「いいか、一番の『特等席』は、参加者としてゲームの中に入ることさ。すぐ間近で迫力ある命を懸けたゲームが見られるんだからな。あのゲームでは、最後におれと君の二人が生き残った。おれはおれ自身が死神ではないと分かっている。そうなると、おのずと残っているもうひとりが死神ということになる。――つまり君のことさ」

 あのとき、スオウの脳裏にゲーム中のいろいろな場面が走馬灯のごとく思い浮かんだ。そうしているうちに、いくつかの違和感が生まれた。その違和感の源は、すべてイツカの行動についてだった。

 改めて考えてみると、イツカの行動にはいくつもの不自然さが垣間見られたのだ。


 例えば――病院の前でイツカと初めて会ったとき、イツカは紫人からのメールについてやけに詳しく知っていた。

 例えば――紫人が最初にゲームルールの説明をしたとき、イツカは紫人と妙に慣れたような口ぶりで話していた。


 いずれも、イツカと紫人の親密さを感じさせるものだ。

 他にも不自然な点はあった。


 例えば――最初のデストラップが発動する前、まだ参加者がデストラップの前兆についてなにも考えが及ばなかったとき、イツカは床に落ちた額縁を見てデストラップの前兆だと訴えた。

 例えば――二番目のデストラップのときも、天気予報を聞いたイツカはすぐに円城に窓の確認を頼んだ。


 いずれのときも、まるで参加者にデストラップの前兆について、敢えて教えるために行動したようにも受け取れる。

 実際、その結果、参加者たちはデストラップの前兆がどんなものなのか知り、注意を払うようになり、ゲーム自体がスムーズに運ぶようになった。

 イツカの不自然な行動はまだある。


 例えば――地震の揺れが起きたあと、瓜生の元へと行くときに、イツカは二階にレストランがあることをすぐに教えてくれた。

 例えば――愛莉を運ぶために必要となった車イスを探すときも、イツカはすぐに四階にリハビリルームがあると教えてくれた。


 それはまるで、ゲームの流れを断ち切らないようにするための行動に見えなくもない。現に、スオウは即座に行動することが出来たのだ。

 そうした一連のイツカの不自然な行動と、『特等席』の件を合わせて考えたとき、導き出される解答はただひとつしかなかった。


 すなわち――死神の正体は『イツカ』である。


 イツカは参加者に紛れ込んで、ゲームが滞りなく進むように参加者にヒントを与えて、その都度ゲームが盛り上がるように進行具合を調整していたのに違いない。

 それがスオウが辿り着いた結論だった。

「――そういうわけだったの。最後の最後に頭がフル回転したみたいね。でも、なぜ私が死神だと分かったにも関わらず、あのとき私の首を最後まで絞め続けなかったの?」

「それが聞きたいことのふたつ目なのか?」

「そうよ」

「理由は簡単さ。あのときのおれにはもう体力がなかったんだよ。実際、あのあとすぐに意識を失ったからな」

「――本当にそれが理由なの?」

 今度はイツカがスオウの目をじっと見つめてきた。スオウの心の底まで見通すような強い瞳の色。まるでスオウの心の奥までのぞくような視線だった。

「――ああ、それが理由さ」

 スオウはイツカの視線から目をそらして、病室の白い壁を見ながら答えた。

「そう。なら、そういうことにしておくわ」

 イツカは別の答えを聞きたがっているみたいだったが、わざわざ言うことでもないとスオウは思った。なにせ相手は死神である。人間の心の機微が分かるとは思えない。

 いや、そうではない。イツカに裏切られたことを根に持っているだけなのかもしれなかった。だから、本音を言いたくなかったのかもしれない。

「おれがあのゲームに参加したのは妹を助ける為だ。誰かを殺すために参加したわけじゃない。もしもあのとき君を殺していたら、そしてもしも君が死神ではなかったとしたら、おれは勘違いで君を殺したことになる。もちろん、それでもゲームの勝ち負けには関係ないが、人を殺した人間が妹の命を救ったなんて、余りにも後味が悪すぎるだろう? それだけのことさ」

 仕方なく、表面的な回答を示した。もっとも、イツカはそんな回答を信じている様子は微塵もない。


 おれは君の正体が死神だと確信していたとしても、きっと最後まで首を絞めることは出来なかったよ――。


 心の中だけで言葉を続けた。


 いや、おれにそんな甘い考えはなかったはずだ。そう、なかったはずだ……。


 慌てて自分で自分の言葉を否定する。だが、なぜかどうしても、言い切ることが出来なかった。


 もしかしたら、おれはまだイツカに対して――。


 そんな思いが胸中に浮かぶが、すぐにその思いを振り払った。


 すべてはもう終わったことである。今さら蒸し返したところでどうなるものでもないのだから――。
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