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第二部 死闘
第45話 反撃の手段
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――――――――――――――――
残り時間――3時間49分
残りデストラップ――4個
残り生存者――4名
死亡者――6名
重体によるゲーム参加不能者――3名
重体によるゲーム参加不能からの復活者――0名
――――――――――――――――
地震の衝撃か、あるいはガス爆発の衝撃か、廊下の真ん中に自動販売機が倒れていた。倒れた拍子に中の商品が飛び出したのか、缶ジュースやペットボトルがそこらじゅうに散乱している。
ちょうど喉が渇いていたので、瓜生は腰を曲げて缶ジュースを一本拾った。プルタブを引っ張ると、炭酸が噴き出してきた。自販機から転がり出たときに、中の炭酸がシェイクされたのだろう。
「うおっ! おいおい、これじゃ、スオウ君と同じだぜ」
スオウが缶ジュースの炭酸を浴びて、イツカがデストラップだとからかったのを思い出した。ずいぶんと前の話に思えたが、実際にはたかだが数時間前の出来事である。この数時間に余りにも多くの出来事が起きたので、時間の流れが遅く感じるのだ。
缶ジュースの中身を口に含んだ。喉を流れる炭酸の刺激が心地良い。
「よし、これで気持ちがリセット出来たぜ」
気持ちが落ち着いたためか、ドアから漏れてくるその小さな音に気が付いた。
シューシューとなにかが漏れる音。
ドアの案内プレートを見ると、そこには呼吸器科の文字。
缶ジュースを手にしたまま、そのドアの中に入る。床に転がる数本の酸素ボンベ。棚から落ちてきたみたいである。その内の何本かが、落下の衝撃でバルブのハンドルが緩んだのか、中の空気が漏れ出していた。その音が廊下に漏れてきていたのだ。
呼吸器不全の人が使う医療用酸素ボンベ。瓜生が過去にインタビューした人間の中にも、このようなボンベを使用していた人がいたのを思い出した。
そしてもうひとつ、思い出したことがある。都市伝説ライターとして、新聞やニュースの類は人一倍チェックしている。なにかネタになりそうな事件や事故を探すためである。たしか少し前に、医療用酸素ボンベが関わる事故のニュースを見た記憶があった。
瓜生の脳裏にひらめきが走り抜ける。手にした缶ジュースをじっと凝視する。ただの缶ジュースであるが、さっき中の炭酸が噴き出してきた。
ふん、なるほどね。そういうことか。
もしも瓜生の想像が正しければ、このボンベは立派な武器になりうる。これで瑛斗の銃に対しての勝機が見えてきた。
瓜生はすぐに使えそうなボンベを選び始めた。頭で思い描いたプランに従って、ボンベを廊下に並べていく。その数、合計三本。
次にバルブのハンドル部分を強打できるものを探す。そこで、わざわざ探さなくとも、ボンベ自身でハンドルを打ち付ければいいと気が付いた。
よし、これならいけるかもしれないぞ。
瓜生が着々とプランを進めていると、廊下を歩く足音が聞こえてきた。どうやら、いいタイミングで相手が現れてくれたみたいだ。
さあ、最後の大勝負の始まりだ。
瓜生は気を引き締めた。一歩間違えれば、待っているのは死である。頭の中でシミュレーションをしっかりする。シミュレーション通りにことが運べば、数分後、床に倒れているのは瑛斗のはずだ。
このとき、瓜生と瑛斗の戦いはもう始まっていたのである。
――――――――――――――――
瑛斗を足を止めた。廊下の先に人影が見えたのだ。
大きさからして男みたいだ。さっきの二人組みではないみたいだが、どのみち生き残りは全員殺すつもりだった。殺す順番が変わるだけだから、まずはこの男を殺すことにした。
男はなにかの作業をしているらしく、廊下に座り込んで、しきりに床の上で手を動かしている。何かを探しているのか、それとも良からぬことを考えているのか。
いずれにしろ、この銃に勝てるわけがない。
「床掃除ですかあ? 大変ですねえ」
相手が誰だか分らないが、おそらく自分が銃を持っていることはもう知っているはずだ。さっきのように相手をダマして隙を突く攻撃は出来ない。だから、あえてこちらから声を出した。
「あのー、ひょっとして誰かが銃で撃たれて、床が血で汚れたんですかあ?」
挑発している気はさらさらないのだが、相手の傷口をさらに引き裂く言動をつい口走ってしまう。それが瑛斗の心の闇を如実にあらわしていた。
瑛斗は手にした銃を一度確かめて小さくうなずくと、人影に向かってゆっくりと近付いて行った。
――――――――――――――――
床に並べられた大型の酸素ボンベが三本。手にはそれよりもふた回り小さいボンベを握り締めていた。このボンベの使い方が鍵になる。
スオウは足の痛みに耐えながら立ち上がった。しゃかんだままでは相手に警戒感を持たれると思ったのだ。ただでさえ怪我をしているというのに、今は重いボンベを持っているので体がふらつく。
男が横倒しになった自動販売機を越えて、瓜生まで三メートルの距離の所で止まった。
「なんだか、ふらふらしているじゃないですかあ。いいんですよ、そこに倒れていても」
男――瑛斗が銃口の先で床を指し示す。
「悪いが、お客様をおもてなししないといけないからな。こうして立って出迎えてやるよ」
瓜生は手にしたボンベのノズル部分を瑛斗に向けた。
「面白い形の銃ですねえ。でも、それってガスボンベじゃなくて、ただの酸素ボンベでしょ? そんなものでこの拳銃に勝てるんですか?」
瑛斗が銃口を瓜生の体に向けてきた。狙いは瓜生の胸の辺り。
心臓を打ち抜かれたら、それで瓜生は終わりだ。かりに心臓直撃を免れたとしても、胸に当たれば反撃することは無理だろう。なんとしても瑛斗が銃を撃つ前に決めないとならない。
「なんだ、バレちまってるのか。ガスボンベがあったら、お前もろとも吹き飛ぶ覚悟をしていたんだけどな。残念ながら、これはただの酸素ボンベだから、そうもいかねえ。でもな――」
瓜生は床に並べた酸素ボンベに目を向けた。
「こういう使い方も出来るんだぜっ! 覚えておきなっ!」
手にしたボンベの底で、床に並べたボンベのバルブのハンドル部分を思い切り強く叩いた。
ハンドルが簡単に砕け散った。途端にジューという太い音があがる。漏れ出る酸素の勢いで、ボンベがガタガタと動き出す。
そして――。
それだけだった。酸素がすべて抜け出て、ボンベの動きがぱたっと止まる。
「――いったいなにをしたかったんですか?」
瑛斗の言葉は、しかし瓜生の耳には入ってこなかった。予想外の事態でそれどころでなかったのだ。
本当ならば漏れ出た酸素の勢いでボンベが瑛斗目掛けて飛んでいく予定だったのである。
すぐさま、二本目の酸素ボンベに移る。手にしたボンベで、バルブのハンドル部分を強打した。しかし、いっかな壊れない。
まさか……俺の予想は、間違っていたのか……?
背筋を氷の手で撫でられた気がした。心が恐怖に少しずつ侵食される。
瓜生は缶ジュースから炭酸が噴き出したのが、酸素ボンベが飛んでいくデストラップの前兆だと予想したのだ。
しかし、それはまったくの思い違いであったらしい。
瓜生は瑛斗の顔を見つめた。勝ちを確信した瑛斗の顔。
これで万事休すか……。
奥の手が失敗に終わった今、瓜生に残された道は、死ぬ気で瑛斗に飛び掛ることだけである。だが、怪我をしている足でどこまで瑛斗に近づけるか。
銃口をぎっと睨みつける。
ニューナンブM60の装弾数は五発。最初の一発は警察官に。そのあとで、はたして何発使われたか? 愛莉に一発。ヒロユキに一発。スオウに一発。これで計四発。
昔から巷間に伝わる都市伝説として、警察官が持つ拳銃の初弾は空砲、というものがある。暴発の恐れを避ける為などそれらしい理由が囁かれているが、実際のところは一発目からしっかりと実弾は入っている。都市伝説ライターとして、それだけは断言できる。
もしも、瓜生の知らないところでヒロユキか瑛斗が一発撃っていたら、すでに目の前の拳銃の弾は切れているはずである。
しかし、それを確かめる術はひとつしかない。瑛斗に実際に引き金を引かせるしかないのだ。
確率はフィフティーフィフティー。伸るか反るかの勝負である。
「なにを考えているんですか? もう次の手はないんですか? それじゃ、こちらの番ですね」
瑛斗が引き金に掛けた指に力を込めていく。そして、迷うことなく拳銃の引き金を引いた。
一瞬後――銃声ではなく、甲高い破裂音が廊下に反響した。
残り時間――3時間49分
残りデストラップ――4個
残り生存者――4名
死亡者――6名
重体によるゲーム参加不能者――3名
重体によるゲーム参加不能からの復活者――0名
――――――――――――――――
地震の衝撃か、あるいはガス爆発の衝撃か、廊下の真ん中に自動販売機が倒れていた。倒れた拍子に中の商品が飛び出したのか、缶ジュースやペットボトルがそこらじゅうに散乱している。
ちょうど喉が渇いていたので、瓜生は腰を曲げて缶ジュースを一本拾った。プルタブを引っ張ると、炭酸が噴き出してきた。自販機から転がり出たときに、中の炭酸がシェイクされたのだろう。
「うおっ! おいおい、これじゃ、スオウ君と同じだぜ」
スオウが缶ジュースの炭酸を浴びて、イツカがデストラップだとからかったのを思い出した。ずいぶんと前の話に思えたが、実際にはたかだが数時間前の出来事である。この数時間に余りにも多くの出来事が起きたので、時間の流れが遅く感じるのだ。
缶ジュースの中身を口に含んだ。喉を流れる炭酸の刺激が心地良い。
「よし、これで気持ちがリセット出来たぜ」
気持ちが落ち着いたためか、ドアから漏れてくるその小さな音に気が付いた。
シューシューとなにかが漏れる音。
ドアの案内プレートを見ると、そこには呼吸器科の文字。
缶ジュースを手にしたまま、そのドアの中に入る。床に転がる数本の酸素ボンベ。棚から落ちてきたみたいである。その内の何本かが、落下の衝撃でバルブのハンドルが緩んだのか、中の空気が漏れ出していた。その音が廊下に漏れてきていたのだ。
呼吸器不全の人が使う医療用酸素ボンベ。瓜生が過去にインタビューした人間の中にも、このようなボンベを使用していた人がいたのを思い出した。
そしてもうひとつ、思い出したことがある。都市伝説ライターとして、新聞やニュースの類は人一倍チェックしている。なにかネタになりそうな事件や事故を探すためである。たしか少し前に、医療用酸素ボンベが関わる事故のニュースを見た記憶があった。
瓜生の脳裏にひらめきが走り抜ける。手にした缶ジュースをじっと凝視する。ただの缶ジュースであるが、さっき中の炭酸が噴き出してきた。
ふん、なるほどね。そういうことか。
もしも瓜生の想像が正しければ、このボンベは立派な武器になりうる。これで瑛斗の銃に対しての勝機が見えてきた。
瓜生はすぐに使えそうなボンベを選び始めた。頭で思い描いたプランに従って、ボンベを廊下に並べていく。その数、合計三本。
次にバルブのハンドル部分を強打できるものを探す。そこで、わざわざ探さなくとも、ボンベ自身でハンドルを打ち付ければいいと気が付いた。
よし、これならいけるかもしれないぞ。
瓜生が着々とプランを進めていると、廊下を歩く足音が聞こえてきた。どうやら、いいタイミングで相手が現れてくれたみたいだ。
さあ、最後の大勝負の始まりだ。
瓜生は気を引き締めた。一歩間違えれば、待っているのは死である。頭の中でシミュレーションをしっかりする。シミュレーション通りにことが運べば、数分後、床に倒れているのは瑛斗のはずだ。
このとき、瓜生と瑛斗の戦いはもう始まっていたのである。
――――――――――――――――
瑛斗を足を止めた。廊下の先に人影が見えたのだ。
大きさからして男みたいだ。さっきの二人組みではないみたいだが、どのみち生き残りは全員殺すつもりだった。殺す順番が変わるだけだから、まずはこの男を殺すことにした。
男はなにかの作業をしているらしく、廊下に座り込んで、しきりに床の上で手を動かしている。何かを探しているのか、それとも良からぬことを考えているのか。
いずれにしろ、この銃に勝てるわけがない。
「床掃除ですかあ? 大変ですねえ」
相手が誰だか分らないが、おそらく自分が銃を持っていることはもう知っているはずだ。さっきのように相手をダマして隙を突く攻撃は出来ない。だから、あえてこちらから声を出した。
「あのー、ひょっとして誰かが銃で撃たれて、床が血で汚れたんですかあ?」
挑発している気はさらさらないのだが、相手の傷口をさらに引き裂く言動をつい口走ってしまう。それが瑛斗の心の闇を如実にあらわしていた。
瑛斗は手にした銃を一度確かめて小さくうなずくと、人影に向かってゆっくりと近付いて行った。
――――――――――――――――
床に並べられた大型の酸素ボンベが三本。手にはそれよりもふた回り小さいボンベを握り締めていた。このボンベの使い方が鍵になる。
スオウは足の痛みに耐えながら立ち上がった。しゃかんだままでは相手に警戒感を持たれると思ったのだ。ただでさえ怪我をしているというのに、今は重いボンベを持っているので体がふらつく。
男が横倒しになった自動販売機を越えて、瓜生まで三メートルの距離の所で止まった。
「なんだか、ふらふらしているじゃないですかあ。いいんですよ、そこに倒れていても」
男――瑛斗が銃口の先で床を指し示す。
「悪いが、お客様をおもてなししないといけないからな。こうして立って出迎えてやるよ」
瓜生は手にしたボンベのノズル部分を瑛斗に向けた。
「面白い形の銃ですねえ。でも、それってガスボンベじゃなくて、ただの酸素ボンベでしょ? そんなものでこの拳銃に勝てるんですか?」
瑛斗が銃口を瓜生の体に向けてきた。狙いは瓜生の胸の辺り。
心臓を打ち抜かれたら、それで瓜生は終わりだ。かりに心臓直撃を免れたとしても、胸に当たれば反撃することは無理だろう。なんとしても瑛斗が銃を撃つ前に決めないとならない。
「なんだ、バレちまってるのか。ガスボンベがあったら、お前もろとも吹き飛ぶ覚悟をしていたんだけどな。残念ながら、これはただの酸素ボンベだから、そうもいかねえ。でもな――」
瓜生は床に並べた酸素ボンベに目を向けた。
「こういう使い方も出来るんだぜっ! 覚えておきなっ!」
手にしたボンベの底で、床に並べたボンベのバルブのハンドル部分を思い切り強く叩いた。
ハンドルが簡単に砕け散った。途端にジューという太い音があがる。漏れ出る酸素の勢いで、ボンベがガタガタと動き出す。
そして――。
それだけだった。酸素がすべて抜け出て、ボンベの動きがぱたっと止まる。
「――いったいなにをしたかったんですか?」
瑛斗の言葉は、しかし瓜生の耳には入ってこなかった。予想外の事態でそれどころでなかったのだ。
本当ならば漏れ出た酸素の勢いでボンベが瑛斗目掛けて飛んでいく予定だったのである。
すぐさま、二本目の酸素ボンベに移る。手にしたボンベで、バルブのハンドル部分を強打した。しかし、いっかな壊れない。
まさか……俺の予想は、間違っていたのか……?
背筋を氷の手で撫でられた気がした。心が恐怖に少しずつ侵食される。
瓜生は缶ジュースから炭酸が噴き出したのが、酸素ボンベが飛んでいくデストラップの前兆だと予想したのだ。
しかし、それはまったくの思い違いであったらしい。
瓜生は瑛斗の顔を見つめた。勝ちを確信した瑛斗の顔。
これで万事休すか……。
奥の手が失敗に終わった今、瓜生に残された道は、死ぬ気で瑛斗に飛び掛ることだけである。だが、怪我をしている足でどこまで瑛斗に近づけるか。
銃口をぎっと睨みつける。
ニューナンブM60の装弾数は五発。最初の一発は警察官に。そのあとで、はたして何発使われたか? 愛莉に一発。ヒロユキに一発。スオウに一発。これで計四発。
昔から巷間に伝わる都市伝説として、警察官が持つ拳銃の初弾は空砲、というものがある。暴発の恐れを避ける為などそれらしい理由が囁かれているが、実際のところは一発目からしっかりと実弾は入っている。都市伝説ライターとして、それだけは断言できる。
もしも、瓜生の知らないところでヒロユキか瑛斗が一発撃っていたら、すでに目の前の拳銃の弾は切れているはずである。
しかし、それを確かめる術はひとつしかない。瑛斗に実際に引き金を引かせるしかないのだ。
確率はフィフティーフィフティー。伸るか反るかの勝負である。
「なにを考えているんですか? もう次の手はないんですか? それじゃ、こちらの番ですね」
瑛斗が引き金に掛けた指に力を込めていく。そして、迷うことなく拳銃の引き金を引いた。
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