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第二部 死闘

第42話  二回目となる第六の犠牲者

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 ――――――――――――――――

 残り時間――4時間36分  

 残りデストラップ――5個

 残り生存者――4名

 死亡者――5名   

 重体によるゲーム参加不能者――3名

 重体によるゲーム参加不能からの復活者――1名

 ――――――――――――――――


 視界の先に人影が見えてきた。やはり、人が話していた声だったらしい。つまり、こいつが銃の犠牲者となることが確定したわけである。

 うっすらと笑いが漏れる。もっとも、顔面も火傷と裂傷を負っていたので、ただ顔を歪めただけにしか見えなかったが、もちろん、そんなことはヒロユキには関係なかった。

 右手に持った銃で、順番にゲーム参加者を殺していくことこそが、今の目標なのだから。

 両足をずざりずざりと引きずりながら前方へと歩いていく。

 声をかけるべきか、それとも相手に気付かれる前に銃を撃ってしまうべきか。

 天井の蛍光灯がすべて落ちてしまっているので、こちらの持つ銃に気が付くのは遅いはずである。ならば、近付けるだけ近付く。そして、確実に相手を殺せる射程に入ったところで、ズドンといく。

 これで作戦は決まった。

 ヒロユキはずざりずざりと前に進む。

「だ、だ、誰……ですか……?」

 前方から声がした。おずおずとした声。一発で相手の性格を読み取れる声。

 ヒロユキの頭に、終始頼りなく弱々しい表情を浮かべていた、ひとりの男の姿が思い浮かんだ。


 相手があの男ならラッキーだぜ。


 ヒロユキは口元をまた歪めた。相手の素性を知って勝てると思い、笑みが漏れたのである。笑顔と呼ぶには程遠い顔の形であったが、ヒロユキはもう勝ったつもりだった。

「ねえ……誰、なんですか……?」

 か細い声で聞いてくる。すでに怖気づいているようだ。これなら、わざわざ銃を出さなくても勝てそうな気がする。

「ちょ、ちょ、ちょっと……こっちにこないで……ください……。先に、名乗って……くださいよお……」

 もちろん、名乗る気なんてさらさらない。こちらの正体がバレたら、相手は逃げてしまうだろうから。

 とにかく、ギリギリまで近付く。ガス爆発のせいで、服はボロボロ、髪もとんでもないことになっているだろうから、相手が自分のことをヒロユキだと認識するのには時間がかかるはずだ。その隙を一気に突いてやればいい。

「ねえ、ねえ……誰、なんですかあ……」

 声を無視して前進。

「ねえ、お願いだから……これ以上は、近付かないで……」

 声を聞き流してさらに前進。

「ねえ……これ以上は……本当に……」

 声を黙殺してなおも前進。

 目の前の人影の正体が分かった。片目はまったく見えないが、予想通り相手は瑛斗とかいう臆病な男だった。

 笑い声がつい出てしまう。もっとも、喉もひどくダメージを食らっていたので、ぐぎゅるぐぎゅるという音しか出なかったが。

 ヒロユキは銃口を瑛斗に向けた。天井が抜け落ちていて、蛍光灯が一切ないこの場所ならば、瑛斗には銃は見えないはずだ。

「じぃでぇど」

 死ねよ、と言ったつもりだが、口からは不明瞭な音が漏れただけであった。

「え? なんですか? なんと言ってるんですか?」

「じぃでぇど」

 繰り返した。これで相手が理解出来ないようならば、銃の引き金を迷わずに引くつもりだった。

「もしかして、死ねよってボクに言ってるんですか?」

 瑛斗が聞き返してくる。

「…………?」

 その声にヒロユキは不意に違和感を覚えた。さっきまでの怯えた声から一変して、むしろヒロユキのことを小馬鹿にしたような口調だったのだ。

「がんがどぉ!」

 なんだと、と言って、ヒロユキは恫喝した。

「悪いけど、そこに立った時点でもう終わっているんだよ――キミはね」

 瑛斗が勝ち誇った表情を浮かべた。薄暗い視界の中で、なぜかその表情だけはしっかりとヒロユキは認識したのだった。視覚ではなく、直感で察知したといってもよかった。

 この瞬間、ヒロユキの負けが確定した。

 もちろん、ヒロユキはそのことにまだ気が付いてはいなかったが――。


 ――――――――――――――――


 近付いてくる人影がヒロユキであると分かった。服はボロボロで半裸に近い状態である。大きな怪我を負っているらしく、歩き方もぎこちない。

 相手がこの状態ならば勝ったも同然である。

 しかし、問題がひとつだけあった。相手がヒロユキならば、警察官から奪った銃を持っている可能性がある。その銃を撃たせる前に決着を付けないとならない。

 床に目を向ける。瑛斗の勘が正しければ、『これ』で勝てるはずである。

「ごどじでばる」

 殺してやる、とヒロユキが言ってきた。

 やるなら今しかない。

「それはこっちのセリフだよ!」

 瑛斗はその場で勢いよくジャンプした。

 一瞬後、ドンと廊下に瑛斗の着地音が響いていく。

「あれ? おかしいな? 衝撃が足りなかったかな?」

 首を傾げつつ、もう一度その場で瑛斗はジャンプ。再び着地の衝撃。

「じぃにあがれ」

 ヒロユキが引き金を絞る。

「――――」

 瑛斗は無言でジャンプを繰り返す。そして、着地の衝撃。

「べへへ……」

 ヒロユキが不快な声で笑いをこぼす。勝った気でいるのだ。そして、さらに銃の引き金を絞る。あとほんの数ミリ引けば、銃弾が発射されようとしたとき――。


 耳をつんざくほどの硬いものが崩れ落ちる音が轟いた!


 一瞬後、ヒロユキが立っていた廊下が消失していた。廊下の床がすっぽりと抜け落ちたのである。

「ふーっ、少し時間がかかったけれど予想通りかな」

 瑛斗は抜け落ちた廊下のギリギリのところに立っていた。

 さっき見た、折れ曲がって読めなかった『パン』の表示板。

 おそらく、あの表示板には『パソコン』と書かれていたのだ。パソコンルームか何かを表す表示板だったのだろう。それが破壊の衝撃で折れ曲がってしまって、『パ』と『ン』の間に書かれていた、『ソコ』の字が見えなかったのである。


 つまり『ソコ』の字が抜け落ちていたのだ! 『底が抜け落ちていた』のである!


 瑛斗はそれをデストラップの前兆と予想したのだった。果たして、その予想は見事に当たった。

 瑛斗がジャンプして着地する際の衝撃を受けて、廊下の底が抜け落ちたのである。天井が抜け落ちて、そこから大量のガレキが落ちてきたことにより、廊下の強度はギリギリのところで保っていたのだろう。そこにジャンプした瑛斗の着地の衝撃が加わることによって、最後のひと押しになったに違いない。

 もうもうと粉塵が舞う中、抜け落ちた廊下に出来た穴から、二階の様子を眺めてみた。

 コンクリートと天井パネルが山を作っており、そこに半分埋まる形でヒロユキの姿があった。腕が微妙に動いている。虫の息であることは間違いないが、まだ生きているみたいだ。

 瑛斗は二階の廊下までの距離を目測する。ガレキの山に着地すれば、三階からでも降りられなくはない。

 肋骨の痛みはあるが、しっかりとトドメを刺さないといけない。

「危険な要素は早めに消去しておかないとね」

 瑛斗は意を決して、廊下に出来た穴から二階へと飛び降りた。


 ――――――――――――――――


 スオウたちが待機している部屋の壁に振動が走った。

「瓜生さん、今の爆音はなんですか? まさか、またどこかでガス爆発が――」

「いや、今のは爆発じゃないぞ。なにかが崩れ落ちる音だ」

 瓜生が冷静に正す。

「ずいぶん近くで音がしたけど、同じフロアなんじゃないですか?」

「ああ、俺もそう思う。また大きなデストラップが発動したのかもしれないな」

 瓜生は廊下の先を透視でもするかのように力のこもった視線で入り口のドアを見つめている。

「おれ、外の様子を見にいってきます!」

 スオウは立ち上がった。

「ダメだ! さっきも言ったが、君はすぐにイツカちゃんと一緒にこの病院から逃げるんだ! これ以上は危険すぎる!」

 瓜生の回答はさきほどと同じであった。

「逃げるんだとしたら、なおさらにさっきの轟音の正体を探らないといけないんじゃないですか? 逃げるのはそれからだって遅くはないはずです」

 ここまできたら、スオウも自分の意見を曲げるつもりはなかった。

「スオウ君……」

 瓜生が悲しげな目でスオウを見つめ返してきた。

「悪いけど、おれ、行ってきます!」

 スオウは瓜生の視線から逃れるように、廊下に飛び出した。

「スオウ君、わたしも一緒に――」

「イツカはここにいて、瓜生さんと愛莉さんを看ててくれ!」

 背中越しに声をかけてきたイツカに、それだけ言い残して走り出した。


 ――――――――――――――――


 瑛斗がガレキの山に飛び降りると、足元からくぐもった声がした。意図的にしたわけではないが、ちょうどヒロユキの下半身が埋まっている場所に飛び降りてしまったみたいだ。

「悪い悪い」

 言葉とは裏腹に、瑛斗は悪いとは微塵も思っていない明るい表情で、ヒロユキの苦痛に満ちた顔を凝視する。このまま放っておいても、そう長い時間はもちそうにない顔をしている。

「映画だとさ、こういうときって痛みを長引かせない為に、ひと思いに殺してあげるんだよね。でも、今のボクにはキミを殺す道具がないんだよなあ――」

 独り言をつぶやく瑛斗の視線が『それ』をとらえた。

「なんだ、やっぱりまだちゃんと持っていたんだね。じゃあ、せっかくだから、『それ』を使わせてもらおうかなあ」

 瑛斗はヒロユキが握り締めていた銃を簡単に奪い取った。

「キミの一番の失敗はホールで正体がバレたときに、この銃を撃たなかったことだよ。一発でも撃っていれば、皆ひるんで、反撃しようだなんて気は起こさなかっただろうからね。出来る人間と出来ない人間との差が、そこにあるんだよ。ちなみにボクはもちろん出来る方の人間だけどね」

 瑛斗は銃口を虫の息状態のヒロユキの額に押し当てた。絶対に外しようがない距離である。

「さよなら、負け犬クン」

 一切の躊躇を見せることなく、瑛斗は引き金を引いた。

 薫子のお腹を切り裂くときに見せた儀式めいた雰囲気は全くなく、あたかもスイッチを切ってテレビを消すかのように、ヒロユキの命のともし火をあっさりと消した。

 瑛斗にとって人間を殺すこととは、所詮その程度のことでしかないのだ。そのことがおかしいとは、露ほども思っていない。
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